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ボンボン

 激闘のダークデーモン戦を終えたあくる日。

 俺はいつものメンバーと共にコソカナ近辺に広がる森の中で勇猛果敢に剣を振るっていた。


 相手はオークの群れを率いる凶暴な赤きオーク『レッドハイオーク』。

 今回、俺達が受けたクエストの討伐対象モンスターだった。


「もらった!!」


 素早く敵の懐に飛び込み、鋭い一撃でレッドハイオークの急所を捉える俺。

 その一撃で勝負が決まる。


――ウガァッ!!


 レッドハイオークは悲鳴をあげて倒れ動かなくなった。


 攻撃力が高く、タフなモンスターだったが、昨日のダンジョン攻略での死闘を思えば、なんてことはない相手。

 楽な戦闘だった。


 いつもより攻撃重視、大胆に戦う俺の姿に『ナナム』の三人娘達は言う。


「ノリノリだなイージス」

「気合入ってる……」

「絶好調ですね、イージスさん!!」


「ふっふっふ、はやくレベル10になりたいからね」


 レベル10になれば銀行に預けた『レベルアップポーション』を使ってレベル11になる事ができる。

 その事を思えば、自然とクエスト消化、経験値稼ぎのモチベが上がろうというものだ。

 そしてそのモチベの高さが戦闘スタイル、攻撃性にも表れていたのだ。


「いいよなぁイージスのやつははっきりした目標があって。それに比べてあたしらはレベル10で頭打ちだろうし、何よりいまさら800ゴールドぽっちの報酬じゃなやる気でないよな」


 少々やる気に欠ける宝条の態度。


――俺が継承戦の助っ人でイリメルさんから大金貰った時も似たような事言ってたな。気持ちはわからないでもないが……。


「あ~あ、また美味しい新ダンジョンでも見つからないかな~」


 そんな都合のいい話を夢見る宝条を二人の親友が注意する。


「何事もコツコツが大事……。いまの私達じゃ、たとえダンジョンが見つかっても攻略できるとは限らない……」

「そうだよ。私達はまだレベル10にもなってないんだから、まずはそこを目指してしっかり頑張らないと」


 ポム嬢と姫岸さんの言う通り、妄想したところでレベル上限が解放されるわけでもなければ、報酬が増えるわけでもない。

 結局はコツコツとやっていくしかないのだ。


「それはわかってるけどさぁ。まぁいいや、とりあえずさっさと帰ってクエスト完了の報告しよう」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 レッドハイオーク討伐完了を報告しにコソカナの街へと帰還した俺達は、いつもの酒場へと向かっていた。

 その途中、街の様子がいつもと違っている事に気が付く。


――なんだありゃ。


 レッドハイオーク討伐に向かった時には見かけなかった大きな立て看板がいつの間にか設置されていて、そこにザワザワと人だかりが出来ていたのだ。

 それを見て、期待に浮つくような口調で宝条が言う。


「おお、なんか面白い事でもやんのかな?」


 いったい何が書かれているのか。

 俺達は人ごみに混ざり立て看板に書かれている文字を読み上げてみることにした。


「情報求む。『ゲート』と異なる移動魔法発見との噂あり。何かしら知っている方は宿屋『ポードル』に宿泊中のエレイアまで。コソカナの街に使用者ありとの情報もあり。有力な情報提供者には報酬一律十万ゴールド……」

「おいおいこれって……」


 宝条の視線が俺に向けられる。もちろん他の二人も。


 エレイアなる人が求める情報とは、どう考えたって俺の持つメルフォーネのことについてだろう。

 ある程度人目は気にしていたとはいえ、散々使いまくってる状況だ。

 目撃者から話が零れて、噂が立ってもおかしくはない。


「ゲート以外の移動魔法ってマジか!?」

「ああ、なんか一部では最近噂になってたな」

「へえ~」

「マジなら大発見じゃん」

「情報だけで十万か~」


 立て看板を読んだ周囲の人達が騒いでいる。


「とりあえず場所を変えよう。クエストの報告も済ませないといけないし」


 当事者としてどう行動するにしたって、こんなに人がいる中で話し合うわけにはいかない。

 俺達は酒場でクエストの報告だけ先に済ませて、『ナナム』のギルドハウスへと移動した。


「それでどうすんだよ、街中にあんなデカイ看板まで立てられてさ」

「すごく注目されてましたね」


 宝条と姫岸さんの言葉に俺はうなりながら返答する。


「う~ん、どうしようか……」

「このままダンマリでいくのか?」

「いやぁ……」


 判断を迷う俺にポム嬢が言う。


「コソカナの街にいる事まで知ってる相手……、そこまで知られてるのならイージスのことに辿りつくのは時間の問題……」


 彼女の考えに宝条が頷く。


「だよなぁ。情報だけで十万だもんな。喋る奴は絶対でてくるって。結局コソカナにいるって情報も誰かが何かしら喋ったから知ってるわけだろ? もう隠し通すのなんて無理だろ」


 彼女らの言う事にも一理ある。

 ダンマリを決め込んだところで、看板の主が俺を探し当てるまでそう時間はかからないのかもしれない。


「まぁね……。別に隠し通さなきゃいけないってもんでもないし、バレるならバレるでいいんだけど」

「だったらいっそあたしらの方から話もってくのはどうよ。そしたら情報料の十万ゴールドもゲットできる」

「さすがにそれは……」

「なんでだよ。情報は情報だろ」


 宝条のこうも不安もなく言い切れる感性はある意味羨ましい。


「相手だって物が欲しくて探し回ってるわけだし……、メルフォーネの書がちょっと特殊なアイテムだってのはわかってるでしょ? 情報だけ持ってって物は渡せませんってなったら、相手も面白くは思わないよ、きっと」

「仕方ないだろ、それはそれで。事実なんだから」

「そりゃそうだけどさ。面倒な人だったらややこしい事になりそうだし……」

「はぁ?」

「だって情報料だけで十万ゴールドも出すような相手だよ? そんな大金ポンと出せる人間に悪い意味で目をつけられたら……、と思うとね。会うのもちょっと勇気がいるというか」

「うわぁ、お前ほんとなんて言うか……、面倒な性格してんな……」

「慎重な性格と言ってくれ」


 まぁたしかに考えすぎと言われればそれまでだし、自分でもそう思わなくない部分もあるけど……。

 だけど、この手の世界では筋違いの嫉妬や恨みを買うことがあるというのもまた事実。慎重に動くに越したことはない。


 などと決断しきれない俺にポム嬢がアドバイスする。


「噂レベルの新アイテムの情報に大金を出すとなると、それなりの財力がいるはず……。もしかしたら看板に書いてた名前、エレイアって人、有名なPCかもしれない……。お兄ちゃんなら何か知ってるかも……」


――なるほど、たしかに顔の広いシラハさんなら何かしら情報を持っているかもしれないな。


 ポム嬢とシラハさん。

 二人の関係上、わざわざイロモ世界で会いに行くまでもなく、現実世界で容易に連絡をつけることができる。なので俺達は話が済むまで大人しく待つだけでOKだった。


 待機することしばらくして、離席状態から戻ったポム嬢に宝条が問う。


「どうだった?」

「聞いてみたけど……、知らないって……」


――残念。そう上手くはいかないか。


「いくらシラハさんでも他の国のプレイヤーとかだと付き合いない人も多いか」


 俺の言葉にポム嬢は頷いて言う。


「うん……。それにお金出してる人が直接動いてるとは限らないって……」

「ああ、金だけ出して他の人を動かしてたら、たしかにわかりようもないね。大手ギルドだと、それこそ使う人間には困らないだろうし」


 空振りに終わった結果に宝条が言う。


「で、どうすんだ? 結局エレイアとかいう奴のことはわからずじまいだけど」

「う~ん、とりあえず会うだけ会ってみようかな。気は進まないけどね。なんか指名手配犯みたいに探しまわられるのも嫌だし……」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 看板の主と接触する事を決めた俺達はさっそく街の宿屋『ポードル』へと移動した。


『ポードル』はごく一般的な宿屋で、情報料に大金を出せる人間が泊まるにしてはえらく庶民的作りの宿だった。

 やはり人を使ってるだけだからこれで十分という考えなのか。それとも財力はあっても泊まる部屋のグレードは気にしない人間なのか。


 それはどのみち、この後直接会ってみればわかることだが……。


「すいません。街の看板を見て来た者なんですけど……」


 宿屋の受付NPCに俺がそう言うと、彼女はこちらの目的をすぐに察してくれた。


「ああ、エレイアさんのお客様ですね。情報提供者の方が来たら部屋へお通しするよう言われています。ついてきてください」


 そして言われた通り後をついていくと受付NPCは部屋の一つの扉をノックする。


「エレイアさん、また新しい情報提供者の方がいらしてますよ」

「通して」


 部屋の中から返ってきた声を聞いて、俺達はその扉を開けた。

 するとそこには金髪に青い目をした同じぐらいの年頃の女の子がいて、彼女は静かに椅子に座ってこちらを見ていた。


 冷静な声色で彼女は俺達に言う。


「話を聞きましょう」

「え~と、俺達街の看板を見て来たんですけど……、実は……」


 俺はさっさと話を切り出そうとするが、それを阻止するように宝条が割って入ってくる。


「ちょっと待った。話の前にさ、確認しときたいんだけど情報料に十万ゴールド払うって、ほんとにそんな大金払ってくれんのか?」


――こ、こいつ……、マジで大金払わせるつもりなのか!?


 余計な揉め事は抱えたくはない。

 その考えは伝えていたから、てっきり情報料のことは諦めてくれたもんだと思ってたのに……。


 けれども彼女は俺の懸念などは知ったことかというように、エレイアさんを問いただす。


「大金ポンと出せるようには見えないけどさ」


 たしかにエレイアさんの身なりはいたって普通。

 高級そうな装備も見当たらず、大金を軽くだせるような人間には見えない。


「それともあんたはただの使い走りってだけで、金の出どころは別なわけ?」


――おお、そういうことか。


 いきなり核心の話をするよりかは大金の出処を探り、背後関係をチェックするってのはありだろう。

 ただ金にがめついわけじゃなく、宝条なりの考えがあって質問していたのか……。


「それでは報酬に関して先にお話しておきましょう」


 問われたエレイアさんはそう言って小袋を出現させる。

 ジャラジャラと硬貨の音をさせる袋の中には、十万ゴールドもの大金が入っていた。


「この通り、情報料となる十万ゴールドはすでに用意しています。ただしこれを全額この場でお支払いするのは、こちらで信憑性が高いと判断した情報に限ります。そうでない場合は先にいくらかお支払いした後、目的の移動魔法を確認した際にその貢献度合いによって残額をお支払いします。持ち込まれる話全てに情報料を支払っているとキリがなくなりますので、その辺りはご了承ください」


 淡々とした語り口で説明する彼女の様子は非常に事務的である。

 とても自身が望んで探し回っているようにはみえない。


 とはいえ、彼女の話は支払いに関する事に徹しており、それ以上の事には踏み込まない。

 こちらとしては資金の出処が気になるのだが、答える気はなさそうだった。


「じゃあさ、あたしらが実物を持ってきたって言ったら?」


 予想もしていなかったであろう宝条の台詞に、エレイアさんは驚くような、困惑するような、何とも言えない表情を浮かべる。


「実物を……、ですか?」

「そう。あんたらが探しまわってる新しい魔法ってやつを直接見せてやるよ」

「つまり……、あなた達がゲートとは異なる新しい移動魔法を発見した方々だと?」

「そういうこと。どうやってそいつをゲットできたかも、魔法の性能に関しても教えてやるよ。なっ?」


 勝手にぺらぺら喋ってから俺の方を見る宝条。

 いまさらここで話を振られてもな……、と思いながらもここはとりあらず同調しておく。


「まぁ、そういうことです」

「そうですか。その話が本当ならもちろんこの場で全額お支払いしますよ」


 十万ゴールドもの大金、その支払いを確約するエレイアさんだったが、宝条のヤツはそれで良しとする気はなかった。

 自信満々、それが当然というように要求する。


「倍だ」

「倍?」

「情報料は倍額の二十万ゴールド。当人から話が聞けるんだ、いろんな奴に情報料払い続けるのに比べたらよっぽど安上がりだし手間も省ける。悪い話じゃないだろ?」


 強気で情報料の倍増を要求する彼女に俺達は驚いた。

 いらない揉め事は避けようって事前の話はどこへやら、完全に稼げるだけ稼ぐモードだぞこの女……。


「ちょっとライナ!!」

「欲張りすぎ……」


 宝条の勝手な行動に姫岸さんやポム嬢が注意するが、当人はまるで気にする様子もなく言い放つ。


「なんだよ、二人とも。別に貧乏人から詐欺ろうってわけじゃないんだからこれぐらい当然だって。出せるもんはしっかり出してもらわないとな」


 そんな宝条の言い分に少しばかり考える間をおいて、エレイアさんは返答する。


「わかりました。ですがまずはあなた達が本当に新しい移動魔法を手に入れたのか。その証明をしてもらえますか? それ無しにあなた達の話を信じろと言われても無理がありますので」

「よしっ。わかってるって」


 無事に情報料の吊り上げに成功すると、宝条のヤツは自分の役目はここまでといった感じで俺を見て言う。


「んじゃイージス。あとはまかせた」


 任されてしまった。

 とりあえず俺達の話に信憑性を持たせるにはアレコレ説明するより実際にその力を使ってみせた方がはやい。


「じゃあ、とりあえず見てもらった方が早いと思うので……」


 そう言って俺はメルフォーネの書を取り出す。

 そして力を発動させ、エレイアさんの目の前で短い距離ではあるが転移してみせた。


「と、まぁこんな感じです」

「詠唱なしですか……」

「そうです。この本を手にしておく必要はありますけどね。このメルフォーネの書がマジックアイテムに近い役割を果たしていて……」


 説明の途中で再び宝条が割って入ってくる。


「どうよ。あたしらの話、二十万ゴールドの価値はあるだろ?」

「ええ……、そうですね。たしかに本物のようですし詳しい話を聞かせていただけるのでしたら、その情報料として二十万ゴールドをお支払いしましょう」

「当然」

「ですが少々お時間をいただけますか?」

「時間? なんだよこの場じゃ払えないってのかよ?」

「いいえ、ただ状況が状況だけに、こちらとしても主人に連絡を入れておく必要がありますので」


――主人?


 エレイアさんが口にした『主人』という言葉。

 まさか夫という意味で言ってるわけじゃないだろう。

 雇い主と取るのが自然。


――答えてくれるかはわからないが、いちおう確認しておくか……。


「つまりエレイアさんの雇い主に連絡を入れたいと?」

「はい」


 頷くエレイアさんに俺はナナムの皆と顔を見合わせる。


 やっぱり彼女は雇われて動いているだけの人間だった。

 動く金額が金額だけにこの時点で金主に報告を入れるのは雇われ人としては当然の行動だろう。

 問題は雇い主がどういった人物であるかだ。


 探してる魔法が見つかったとなれば本人がこの場にでてくる可能性もある。

 あんまり厄介な人だと変に揉めるかもしれないしなぁ。

 そうならないといいんだけど……。


「えっと、ちなみにそのエレイアさんの雇い主っていうのは……、どういう人なんですか?」


 俺の問いにしばし沈黙するエレイアさん。

 宝条からの似たような質問にも答えずじまいだったし、やっぱり名前を出すのは止められているのだろうか。

 でも本人が動くなら、どっちみち……。


 なんて思っていると、彼女は意外にもあっさりと雇い主の名を口にした。


「トミタロウ坊ちゃまです」

「トミタロウ……坊ちゃま!?」


――いや、誰だよ……。


 トミタロウなんて名前に覚えはない。

 それは俺だけじゃなく姫岸さんやポム嬢、宝条のやつだって同じだった。


 俺達にわかるのは、トミタロウくんが坊ちゃまなのだということだけ。

 いったい何者なんだ……。


 そんな至極当たり前の疑問が思い浮かぶ中で宝条がストレートに問う。


「……って誰だよ?」

「四友財閥の御曹司、四友トミタロウ。それが私がお仕えしているお方です」


――んん!?


 ここでようやく俺はある事に気がついた。

 エレイアさんはイロモ世界の有名PCに雇われた人なんだと思い込んでいたのだが、どうも違うらしい。

 彼女は現実世界での話をしているのだ。


 しかも四友財閥といえば社会に疎い子供でも知ってるぐらいの大企業群。


「四友ってあの四友銀行の四友か?」


 驚きながら宝条が確認すると、エレイアさんは落ち着いた口調で涼やかに回答した。


「はい、その四友になります」


 続いて姫岸さんが質問する。


「CMとかでもよく見るあの四友ですか?」

「CMで流れまくってるその四友です」


 最後にポム嬢も確認する。


「四友製菓の四友……」

「お菓子も作ってるその四友です」


 何重にもしつこく確認した事実に、思う事はただ一つ。

 その俺達の思いを代表するかのように宝条が大声をあげる。


「マジかよ。めっちゃ金持ちのボンボンじゃん、トミタロウ!!」

「はい。めっちゃ金持ちのボンボンでございます」


 メルフォーネのことを調べまわってるのが、まさかあの四友財閥の御曹司だったとは。

 想像外だにしなかった展開だが、イロモは世界的人気ゲーム、金持ちのボンボンが遊んでたって何ら不思議ではない。


――そういやアイルの話じゃオグさんの中の人も結構いいとこのお嬢様らしいんだったな……。


 エレイアさんが連絡を入れて待つ間、俺達の話題は自然とトミタロウのことに集中した。


「どんな人かな?」

「エリート……」

「いやぁ、逆にとんでもないアホぼんかも」


 あれやこれやと想像する三人娘達。

 そうして好き勝手言い合うのをエレイアさんはただ黙って聞いているだけだった。


 俺は妄想を膨らますよりかは手っ取り早いと、彼女にトミタロウ坊ちゃんについて聞いてみたりもしたのだが……。


「申し訳ありませんがメイドの身で主人の人格を評するような真似は致しかねますので」


 との事だった。


 別に執拗にさらすような真似をしなければいいだけのような気もするが……。

 わざわざ言及を避けるということは、生真面目さゆえか、それとも……。


――う~ん、どっちの可能性もありえる。


 エレイアさんの反応に一抹の不安を覚え、トミタロウの到着を待つことしばらく……。

 部屋の外、廊下から幾人か分の足音が近付いてくるのが聞こえてきた。


 その音を耳にしてエレイアさんが言う。


「お付きになられたようです」


――来たか、トミタロウ……。


 一瞬、なんとも言えない緊張感のようなものが部屋の中を覆った。


 四友財閥の御曹司、四友トミタロウはいかなる者か。

 紳士と出るか。アホぼんと出るか。


 俺達の前に現れたのは……。


「おお~、エレイアでかした~!!」


 間延びした声を発する、利発さをまるで感じさせない緩みきった顔立ちの男だった。


――うわぁ~、めっちゃアホそうなの来ちゃったよ……。


 いかにもなお坊ちゃまの登場に嫌な予感を覚える俺達ではあったが……。

 だがしかし、人を第一印象だけで判断してはイケないともいう。


――こう見えて彼は話のわかる、いいお坊ちゃんかもしれないじゃないか!!


「んで、こいつらがアタリなわけ?」


 駄目みたいですね。礼節ゼロのアホぼんですわ、これ。


「はい。入手方と新魔法の性能についてお教えしていただけるとの事です」

「ほほう~。けどずいぶんへっぽこそうな奴らに見えるな~。本当に持ってんのか、こんなやつらが新魔法なんて」

「あの、イージスさん。よろしけばもう一度新魔法の方を坊ちゃまの前で使ってはもらえませんでしょうか?」


 トミタロウのえらそうな態度はイラッとくるが、まぁそれで納得して出すもの出してくれるのなら断る理由もない。

 俺はメルフォーネの力を使って部屋の中を移動してみせる。


「おお!! すごいすごい、本物だ!! よしお前、その魔法どうやってゲットしたのかさっさと教えろ」


 尊大さを微塵も隠す気のないトミタロウのその態度。

 教える気も失せてこようってもんだが、これも情報料二十万ゴールドの為。

 そう己に言い聞かせて、俺はとりあえずメルフォーネをどうやってゲットできたのかを彼に説明した。


「レベル5の地図からか……。やはり簡単には手に入りそうもないな……」


 入手方法を聞いて少し考え込むトミタロウ。

 そうして少し間をおいて何事かを決断すると、彼は言った。


「よし!! その本を売ってくれ!! お前みたいなへっぽこそうなNPCが使うより、僕に使われた方が本も喜ぶだろう、うん!!」


――なに言ってんだ、こいつ。


 素でそんなツッコミが口から出そうになったが、ぐっと堪えて俺は返答する。


「売ってくれって、そういうわけにはいきませんよ」

「金なら出すぞ。百万ゴールドでどうだ?」

「いや……」

「むむ、じゃあ二百万ゴールドなら!!」

「そうじゃなくて……」

「貧乏人はどいつもがめついな。さらに倍の四百万ゴールドだそう。これなら文句はないはずだろ」

「いやだから金額とかの問題じゃなくて……、メルフォーネの書が選んだ持ち主は変更できないようになってるんで、どうしたって取引なんて無理なんですよ」

「どういうことだ?」

「どうもこうもそのままの意味で、メルフォーネは言わば半スキル半アイテムなんですよ。秘伝書で覚えたスキルをキャンセルして、他の人がそのスキルを覚えるなんてのが無理なように、このメルフォーネの書を扱えるのは最初に契約を交わした者のみ。俺だけってことです」

「ぐぬぅ、……新アイテム惜しさに嘘を言ってんじゃないんだろうな?」

「嘘なんて言うわけ……、じゃあとりあえずエレイアさん、これ持ってて貰えます?」


 疑い深いお坊ちゃんを納得させる為に俺はメルフォーネの書をエレイアさんに手渡す。

 そして距離をとってから念じてみせた。


――メルフォーネ。


 その瞬間、エレイアさんの手もとにあった本は俺のもとへと転移する。


「この通りスキル『メルフォーネ』には自身を転移させる力とは別に、『メルフォーネの書』をいつでも引き寄せることができる力がある。しかも自身の体を転移する時とは違い、『制限』はなし。アイテムロストの心配いらずというわけですが、使い方しだいじゃトレード詐欺にも使える」


 トミタロウのそれまでのえらそうな態度がむかついたこともあってか、俺はちょっとわざとらしく挑発めいた余裕をみせながら言葉を続ける。


「まぁどうしてもって言うのなら取引も考えなくもないですけど、……そちらだって置き物になるだけの本が欲しいわけじゃないですよね?」

「当たり前だ!!」

「そういうわけで、俺達が渡せるのはどうしたって『情報』だけなわけです。納得してもらえましたか?」


 欲しかった物が目の前のありながら、それを手にすることは絶対にできないという口惜しさ。

 誰しもが少なからず経験あることだろうが、だいたいの欲しい物はホイホイと手に入る環境で育ってきた金持ちのお坊ちゃんにはなおさらキツいものがあるだろう。


 何も言えず悔しそうに口をつぐむトミタロウに宝条が言う。


「まっ、宝探しを頑張って自分達の分は自分達で探せってことだな。んじゃ約束の情報料二十万ゴールド、さっさと渡してくれよ」


 こちらの要求にエレイアさんがゴールドの入った小袋を出現させる。

 そしてそれを俺達に手渡そうと彼女がした時だった……。


「待て!! エレイア!!」


 トミタロウが待ったをかけた。


「金はナシだ。こんな『情報』だけに二十万ゴールドなんて払えるか!!」


 今さら支払いを渋り出すトミタロウに宝条が抗議する。


「はぁ!? ふざけんなよ、約束が違うだろそれじゃ」

「僕は確実に新魔法とやらを手に入れる為にその情報を集めてたんだ。宝の地図なんてものはお前達に言われるまでもなく日頃から集めてる。つまり、お前達の情報なんてなくたって、僕はいつか目的の新魔法を手に入れる時が来たってことだ!!」


――それは『メルフォーネの書』がユニークアイテムじゃなかったらの話なんで、『その時』は一生訪れないと思うけどね……。


「だから何の価値もない情報に二十万ゴールドの大金はだせない」

「んな無茶苦茶な言い訳が通るかよ!!」

「無茶苦茶じゃない!!」

「無茶苦茶だよ!!」


 そうしてぎゃあぎゃあ宝条とトミタロウの二人が言い争っていると……。


「坊ちゃま」


 突如、聞き慣れない女性の声が新たにした。


 その澄んだ声がする方に視線を向ければ、そこには大人びた綺麗な女性が立っていた。

 そしてその人を見たトミタロウはわかりやすいほどに表情を変えて悲鳴のような声をあげる。


「げっ!! シオン!!」


 シオンと呼んだ女性の登場を彼が歓迎していないのはその態度から明らかだった。


「なんでお前が……、『シルバードレイク』の討伐を命じたはずだろ!! まさか、もう!?」

「はい。坊ちゃまに言われた通りシルバードレイク二十体を狩り終えてまいりました」


 そう言って非情に落ち着いた様子で、討伐の証である『シルバードレイクの鱗』20枚が入った小袋を取り出す彼女に俺は驚いた。


――おいおい、シルバードレイクを二十体……!?


 ドレイクはドラゴンに似ており、ブレス攻撃や飛行能力を有する強力なモンスターだ。

 シルバードレイクはそんなドレイク種の中でも上位に入るほどの強敵で、今の『ナナム』メンバー全員で挑んだって一体を倒すのにもかなりの苦労をするに違いなかった。


 それを彼女は二十体も倒してきたのだという。

 トミタロウの命令でチームで動いてるにしても並のパーティーには無理な仕事だ。


――何者なんだこの人……。


「それで坊ちゃま。こちらの方々とはいったい何を揉めていらっしゃったのですか」

「いや、それは別にだな……」


 口ごもるお坊ちゃまの様子にシオンさんは視線をエレイアさんの方へと移す。


「エレイア、説明して」

「はいメイド長、実は坊ちゃまが……」

「こらっ!! エレイア!! お前は黙っとけ!!」


 慌てて止めに入るトミタロウの様子に俺は察する。


――だいたいの関係性は見えてきたな。


 メイド長と言うぐらいだからシオンさんはエレイアさんの上司に違いないだろう。

 そしてどうも彼女にはあの四友財閥の御曹司といえど強く出られないらしい。


 なるほど、これは悪くない状況だ。

 メイドさんの長なら礼節をわきまえていらっしゃるはず。

 馬鹿なお坊ちゃまと違って話が通じる相手だろうし、上手くこの場をおさめてくれるに違いない。


 そんな俺の期待に応えるように、シオンさんはエレイアさんから話を聞くとすぐにゴールドを用意してくれた。


「イージス様、大変失礼いたしました。こちらは約束の情報料二十五万ゴールドになります」

「二十五万……!?」


 約束した情報料は宝条の吊り上げがあったにしても二十万ゴールドだったはず……。

 驚く俺達にニコリと笑顔を浮かべてシオンさんは言う。


「皆様の貴重な情報に、主人のトミタロウは甚く感謝しておりまして、そのお気持ちということでございます」


 金を出し渋っていた本人の前で堂々と嘘を言い切るメイド長様。

 早い話、迷惑料として五万ゴールドもプラスしておきますってことだろう。


 もちろんトミタロウが黙っているはずもなく……。


「おい、シオン!! なに勝手なことっ!!」


 と、抗議しようとするが。


「坊ちゃま、少々お静かに」


 涼やかなその一言を発するだけで、彼女は主人であるはずのトミタロウを黙らせてしまう。

 傍から見れば、これじゃどっちが主人だかわかりゃしない有り様だ。


「まっ、そういうことならもらっといてやろう。サンキューなトミタロウ」

「ぐっ……」


 シオンさんからお金を受け取る俺を尻目にわざとらしくトミタロウに礼を言う宝条。

 彼女の挑発に財閥のお坊ちゃまは何も言えず、ぐぬぬと唇を噛みしめるのが精一杯らしい。


「そんじゃあたしらはこれで。アイテム探し頑張ってな」


 受け取る物を受け取ったら長居は無用と、さっさと退室しようとする宝条。

 そんな失礼な友人に代わって姫岸さんは慌ててシオンさん達に礼を述べた。


「あ、あの、ありがとうございました!! お金は大切に使わせてもらいます!!」


 我がギルドマスターに合わせてポム嬢と俺もぺこりと頭を下げておく。


「それじゃ俺達はこれで……」


 そうして退室する際、背中に感じる悪意ある視線。

 ちらりと振り返り見てみれば、そこには頭を下げて見送るシオンさん達と異なりじっとひとりトミタロウだけがこちらを睨みつけていた。


――うわぁ……。これは完全に悪い意味で顔を覚えられたな。これから先、何事もないといいけど……。

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