取引しましょう
――ふふふ、どうしようかなぁ。何を買おうかなぁ。
ギルド『ナイトウォーカー』の二代目ギルドマスターが決まったその翌日。
俺は『ナナム』のギルドハウスでひとり頬を緩めていた。
目の前には150,000ゴールドもの大金があった。
それはイリメルさんから受け取った継承戦の報酬。これだけの資金があれば日頃手が出せないレアアイテムも買えてしまうだろう。
そんな状況を楽しむなという方が酷というものだ。
――前世で使っていたPCセイガの余り物がまだ『無明に宿る赤き黄金の月団』のギルドハウスに残っているならそれを売ってもらう手もあるなぁ。でもせっかくだし新アイテムが欲しい気もする……。う~ん。
そんな嬉しい悩みに考え込んでいると……。
「あっ、イージスさん」
姫岸さんがログインしてきた。
昨日は帰還してもそのまま『ナナム』の誰とも会わずじまいだった。
彼女との話題は当然継承戦の事に。
「昨日はどうでしたか?」
その質問に俺は親指を立てて返答する。
「助っ人としてイリメルさんのチームを見事勝利に導く大活躍をしてきたよ」
「さすがですね。お疲れ様でした」
自画自賛する俺を笑顔で労うマスターリリナ。
十五万ゴールドの大金も彼女の笑顔にはかなわないわ。
――よ~し、笑顔が素敵な貴方には、小金持ちになったおじさんが何でも買ってあげちゃうぞ。
「マスターも何か欲しい物があったら言ってね。成功料と合わせて150,000ゴールドもの大金が手に入ったし、だいたいの物なら買えちゃうよ」
「すごい大金ですよね。でも私は何もしていませんしイージスさん自身の為に使ってください」
「いやいや、俺はギルド『ナナム』に雇われてるNPCだからさ。マスターの為はギルドの為。つまりギルドガーディアンとしての本分ってやつですよ」
などと俺が言ってしまったその瞬間、最悪のタイミングで望まぬ女が現れる。
「おっ、いい心掛けじゃんイージス」
――げっ、宝条。
彼女の傍にはポム嬢の姿もあった。
「姫の為がギルドの為になるってことは、当然あたしらの為もギルドの為になるわけだ」
「いやぁ、それは……」
「何オゴってもらおうかな。そういやこないだ広場で八万ぐらいする良さげな防具売ってる露店があったな」
――八万って、そんなもんオゴらされたら、せっかく稼いだ大金の半分以上が飛んでしまう。姫岸さんならともかく宝条なんかにそんな金だせるか!!
「ライナ様さすがにそれは……」
「あれぇ? 誰かさんは姫にはだいたいの物は買ってやるとか言ってたのになぁ?」
――お前と姫岸さんが一緒の扱いになるわけないだろ!!
などと声を大にして言えるような男ではないのです、俺は。
「ぐぬぬ」
あつかましい女の要求に困っていると……。
「ライナ、がめつすぎ……、いくらなんでもイージスがかわいそう……」
「そうだよ、これはイージスさんがひとりで頑張って稼いできたお金なんだから」
ポム嬢と姫岸さんが俺の味方をしてくれた。
――よかった。ジャングル育ちの野蛮娘と違い、常識が通じる二人がいてくれて、本当によかった……。
文明人と過ごせる有り難さに俺が感謝と安堵の念を抱いていると、宝条のやつは不服そうに口をとがらせる。
「何だよ、ちょっとからかっただけだろ。マジでは言ってないって」
「ライナが言うと冗談にきこえない……」
ポム嬢のその言葉に俺は大きく頷いた。
「はいはい、悪かったって。で、稼いだ大金の使い道はある程度決めてんのか?」
「いやぁ別にコレって決めてるわけじゃないけど……、とりあえずアイル達に余り物でも売ってもらえないかなぁとは考えてる」
「そういや福引の時にオグさんがいろいろ当ててたもんな。お前なら向こうのギルドと一瞬で行き来できるし、いいんじゃねぇのソレ」
「うん。予算的にどうなるかわからないけど、皆の分も買えそうな物あったら買っとくよ」
「いいのかよ」
「八万の防具はさすがに無理だけど、それなりの物なら予算内でもなんとかなるはず」
その言葉にあらためて姫岸さんが言う。
「気持ちは嬉しいですけど、私達のことは本当に気にしないでいいですよイージスさん。何もやってないんですから」
「いや、さっきの話じゃないけどさ。結局みんなと一緒にクエスト消化することが多いわけだし、みんなが強くなればそれだけ自分も楽できるから。みんなの分の装備を俺が買ったからって、単純に俺が損するってわけでもないよ」
「まぁたしかにそうだよな。あたしらのギルドガーディアンとしてこれからもやってくわけだし」
「それじゃあ……、今回はイージスさんのご厚意に甘えさしてもらいますね。ありがとうございます」
「イージス、太っ腹……」
戦力アップに好感度アップ。
その二つを同時になすのは悪くない。
十五万もの大金の使い道がひとまず決まったら、いつまでもギルドハウスで話し込んでるわけにもいかない。
「んじゃそろそろ酒場にいきますか」
俺達は今日のクエストに取りかかる。
キングスネーク討伐に、プリムスライム討伐、そしてペネン草の納品。
夕暮れまでに計三つほどクエストを請け負い、俺達が稼いだ報酬金は2800ゴールドほど。
これをさらに四人で分け合うのだから一人当たり1000ゴールドにも届かない。
今日の稼ぎの分け前を受け取りながら宝条とポム嬢が言葉を交わす。
「今日一日頑張ってこれだけかぁ」
「贅沢言い過ぎ……、これでも稼ぎはいい方……」
「まぁそうなんだけどさ。やっぱイージスがあれだけ大金稼いだ後だとなぁ」
物足りなげな宝条に俺は言う。
「あれは例外中の例外。こうしてクエストやってればお金だけじゃなく経験値も入るし、レベルが上がって装備も良くなれば、もっと実入りのいいクエストも受けられるようになる。こつこつやっていくしかないよ、結局」
「まぁな。でもレベルは基本10が上限だからなぁ。あんま伸びしろもないから、そういった意味じゃお前が猫娘達から買ってくるもんには期待しておかなくちゃな。物によっちゃワンランク上のクエストが受けられるようになるかもしれない」
「善処するよ」
「よし、それじゃあ昨日のイージスの働きの労いもかねて、今日の稼ぎはパーっと使っちまおうぜ!!」
こつこつが大事といっても、楽しむ為のイロモ世界でもある。
多少ハメをはずすのも悪くない。
俺達は宝条の提案に乗って、豪勢な料理の注文に今日の稼ぎを全額費やした。
そうして彼女らとわいわいと飲み食いし別れた後、俺はアイル達に取引の交渉を持ちかける為、メルフォーネの力で『無明に宿る赤き黄金の月団』ギルドハウスへと移動する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
建物の前にはプロージアさんが立っていた。
ギルドガーディアンである彼女がここにいるってことはアイル達も遠出はしていないはずだ。
それなら暇があればイロモやってるプレイヤーの集まりだし、建物の中に誰かしらはいるだろう。
「プロージアさん、アイル達いますか?」
「ああ、全員いるぞ」
――全員……。さすがだな……。
「何か用か?」
「アイテムの取引でもできないかなと思って。使えそうな装備で余ってるのあったら売ってもらいたいんだけど」
「武具の取引か……」
プロージアさんの表情に少々困惑の色が見える。
とくに迷惑がるような話ではないはずなのだが……。
「どうかしたの?」
「いや、取引は結構なんだが……、ただ今はみんなちょっと取り込んでてな」
「何かあったの?」
「んん、まぁ……な。とにかくアイル達を呼んでこよう。少し待っててくれ」
どうにも歯切れの悪い返答をして、プロージアさんは建物の中へと入っていく。
わざわざ外で待たされるほど、ギルドハウスの中では重大な話し合いが行われているのだろうか。
気にはなるが勘繰っても仕方がない。
俺は言われるがままアイル達を外で待っていた。
そうしてしばらく、扉を開いて俺の前に現れたのは再びプロージアさんだった。
「中で話を聞くそうだ」
彼女に連れられ案内された部屋には『無明に宿る赤き黄金の月団』の二代目ギルドマスターとなったオグさんを始めとしてギルドメンバー全員が集結していた。
俺にとってはよく知った顔が並んでいるわけだが、今日の雰囲気はあまり馴染みがないものだった。
場の空気がどこか張り詰めている感じがする。
「ふっふっふ。よく来たにゃ、イージス」
「話は聞いているよ。俺達と取引したいんだって?」
戸惑いを覚える俺に対して悪役風の声色で話すアイルとハセ。
この無理のあるキャラ作りはいったい何の為にしているのだろう……。
「ああ、うん。余ってる装備売ってくれないかなと思って寄ってみたんだけど……」
と、用件を口にする俺に対して今度はツカオとギントが言う。
「イーゴスの街ならそれなりに装備も手に入りやすい環境だろうに、わざわざ俺達に取引を持ちかける理由……」
「あわよくば市場価格より安く買いたいという下心があるというわけか……」
――ほんとに何なんだこの雰囲気……。もしかして怒ってらっしゃるの?
俺とアイル達の関係は前世の時と違って、今はまだ知り合ってから日が浅い。
そんな関係性で装備を安く譲ってもらおうなどといきなり押しかけるのは、ちょっとずうずうしかったのかもしれない。
だけど、そこまで彼女らの機嫌を損ねるような行いだろうか。
それとも取り込み中に押しかけたのがまずかったのだろうか。
よくわからないが、とりあえずここは一歩退いておこう。
「いや下心というか、安く売ってもらえたら助かるのはたしかだけど……、でも無理にとは言わないよ。相場通りの価格でも買うし、売れる物がないってなら大人しく……」
まだ俺が話している途中だというのにアイル達は深刻そうな顔付きから一転、パッと笑顔になって言う。
「OKにゃ!!」
「いいよ!!」
――あれ?
「いいの?」
「うん、いいよ!!」
――これは……、やっぱり安く売るのが嫌なだけだったのか?
「じゃあ相場通りの価格で買い取るよ」
俺がそう申し出るとハセが異な事を言い出す。
「何を言ってるんだ。きみと俺達との仲じゃないか。めいっぱい安くさせてもらうよ」
「んん!? あれ、取引しぶるから、てっきり安売りしたくないのかと……」
「何を言ってるにゃ、アイル達は一言もそんなこと言ってないにゃ!!」
「いや、でもなんか嫌そうにしてたから……」
「そんなわけないにゃ。親友の頼みならアイル達は一肌でも二肌でも脱ぐのにゃ!!」
「なんだったらタダで持ってってくれ、我らが友よ!!」
――わけがわからん。ほんとに何なんだこの茶番……。俺をからかってただけか?
そんな戸惑いと共に覚えるある予感。
プロージアさん曰く、彼女らは何か重要な話し合いをしていた最中だったらしい。
そこへ呼ばれての、この芝居がかった茶番だ。
――なんか、嫌な予感がするなぁ。
「じゃあ、まぁ……、とりあえず売ってもいいって装備品みせてくれない?」
「ちょっと待つにゃ!!」
ギルドの倉庫から装備アイテムを引っ張り出してくるアイル達。
そのアイテム群から、俺は合計で十五万という予算内に収まりそうな物達を選ぶ。
「まぁ、このへんかな……。いくらぐらいになる? いちおう予算は十五万ゴールドほどあるんだけど」
伝えられた金額の多きさにアイル達は驚く。
「そんなに持ってるのかにゃ」
「結構貯め込んでるんだな」
「うん、こないだ偶然大金をゲットできる機会に恵まれてさ、それで装備を新調しようってことになったんだよ」
「アイルとのお宝探しで超レアアイテムゲットしたうえに、今度はたまたま大金が転がって入ってきたのかにゃ?」
「転がってはないよ。それなり苦労して稼いだ金だよ」
「それでも、そんな大金稼ぐ機会なんてめったにあるもんじゃないにゃ、とんでもなく運のいい奴だにゃ!!」
――いや、オグさんの福引レアアイテム当てまくりの方が恐ろしい豪運だったと思うけど……。
「その強運に是非あやかりたいものですなぁ。ふっふっふ」
ハセ達の意味深な笑いに、ひっかかるものを感じながらも俺は取引を先へと進める。
「で、これいくらぐらいになる? 予算内には収まるはずとは思うんだけど……」
選んだ装備の合計金額を尋ねると、ハセは言った。
「タダでいいよ」
「えっ……」
「タダでいいよ。どうせ置いておいても倉庫の肥やしになるだけの装備だし」
俺が選んだ物の中に突出してレア度が高いような装備はない。
それでも、『無明に宿る赤き黄金の月団』の面々が毎日のようにイロモ世界で冒険を繰り返して集めた装備アイテム達だ。
どんなに安く見積もっても数万ゴールドにはなり、とてもはした金と言えるものではない。
「いやいや、でも売ったら結構な金額にはなるでしょ、これ」
「イーゴスの街と違ってこっちじゃ装備を売るのも一苦労だからなぁ」
滞在プレイヤー数が多いイーゴスの街と滞在プレイヤー数が少ないカナイの街では、たとえ同じアイテムであっても需要に大きな差がある。
今ここで俺が選んだような装備をラーベンの街で売り払おうとすれば、たしかに苦労するかもしれない。
だが、ラーベンで露店を開かなくとも、知り合いに売り込みに回らなくとも、商売のやりようはいくらでもあるものだ。
現実の世界においてイロモは大人気のゲーム。その手のネットサイトにアレコレ売りますと、書き込めばあっという間に買い手がみつかることだろう。
プレイヤーの中にはゲートの魔法を使って、いろんな街に買い取り出張してる商売人達だっている。
そういったものをちゃんと利用すれば、田舎街のラーベンを活動拠点にしていたところで、言うほど苦労はしないはずなのだが……。
「でも買い付けにまわってる人とかも来るでしょ」
「まぁねぇ~。でもいいよ、いいよ。俺達からギルド『ナナム』さんへの友好の証ってことで」
「そうにゃ友情の証にゃ」
「うむ。美しい友情の証だ」
「何なの、その友達押しは……」
「まぁまぁ、とにかく受け取ってくれよ」
「そこまで言うならまぁ……」
合計で数万ゴールドにはなるであろう装備をタダで貰えるなんて、どうにも美味過ぎる話だが……。
俺は彼らに言われるがまま、選んだ装備品を己のアイテム欄へと収納する。
アイテムが異空間へと消えるのを見てハセが言う。
「じゃあ取引完了ってことで」
その顔には何とも怪しげな笑みが浮かんでいた。
「うん。ありがとう助かったよ。何か取り込み中に押しかけて悪かったね。じゃあ俺はこれで……」
よからぬ予感に俺はさっさと場を後にしようとするが……。
その肩をがっしりと掴み止めてハセが言う。
「イージスくん、ちょっと待ってくれないかな? 実は俺達からも大切な話があるんだ」
――待ちたくないです……。




