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第一クエスト

 シラハさんとの会話を切り上げた俺達は、コソカナの北西にある小さな洞窟前へと来ていた。

 ここに住み着いた犬の亜人『コボルト』を退治せよというのが酒場『赤い宝石亭』で受けた討伐クエストの内容だったからだ。


 繁みに隠れて洞窟の様子をうかがう俺達。

 入り口には見張り役だろうか、三体のコボルトがたむろっていた。

 それを見て宝条が口を開く。


「三匹か、いつもより少ないな。まぁ、やる事はかわんねぇ。とっとと片付けちまおう」


 いつも、とはこのクエストを既に何度もこなしているから出てきた言葉だろう。

 難易度が低く街の近場で解決できるようなクエストの多くは、このコボルト討伐クエストのように何度でも発生し、何度でも受けられるようになっていた。

 そしてそれは低レベルのプレイヤーにいきなり遠出を強制してしまうような事態はまずいだろうというゲーム的な配慮であった。

 実際プレイヤーの多くは初心者レベルである5以下のうちは一つの街から離れる事はほとんどせず、この手のクエストを幾度とこなしレベル上げに勤しんでいるのだ。

 もちろん低難易度のうえに何度も受けられるとなると報酬はしょぼい。

 しかしそれでも、当てもなく魔物を探して狩ったところで金銭的見返りを得る事がほとんど不可能なイロモ世界、初心者プレイヤーにはありがたいクエストだった。


 退治しても退治しても同じ場所に住み着く魔物に、報酬を払い続ける酒場の店主。

 考えて見ればなかなかお馬鹿な光景ではあるが、プレイヤーにとっては所詮はゲーム。許容範囲のシステムである。


「ああ、でもあたしらだけでやっちまうわけにはいかないのか」


 宝条が俺の方を見ながら言った。


 イロモのレベルアップや経験値入手のシステムは旧時代のゲームと比べると少々特殊なもので、パーティーを組んでいようが戦闘やクエスト達成に貢献していなければ、決して経験値が入らないようになっていた。

 そのうえ判定はかなりシビアで、昔のゲームにあったようなとどめを刺せばOKというような甘さはない。

 つまりレベル1の俺がぼけぇ~っと彼女らの活躍を眺めているだけであったり、戦いでへろへろになった魔物にとどめの一撃を加えていくだけでは成長できないのである。

 レベル1だろうがなんだろうが、しっかりと戦う必要があるのだ。


 しかし今の俺にとってそういったシステム云々は関係なかった。

 経験値が入るとかそういった事は関係なく、活躍せねばならん理由があるのだ。


――ここだ。ここが己の力を見せる時。


 散々馬鹿にされたりもしたが、ここでいっちょただのレベル1じゃないところを見せておけば、宝条になめられる事もなくなるし、姫岸さん達の評価もぐんっと上がる事間違いなし。


 俺は三人に宣言する。


「俺一人で十分だよ、三体のコボルトぐらい」

「一人でって、お前なぁ、レベル1のくせに無理に決まってるだろ、馬鹿か。二匹はあたしらがやるから、残りの一匹を頑張って始末しな」


 呆れたような口調で命令する宝条だが、俺には自信があった。


「大丈夫だってコボルトなんてさっさと片付けてくるから、まっ、そこで見てて頂戴」

「おっおい!!」


 制止する宝条を無視して俺は繁みの外へと飛びした。


 突然飛び出してきた敵に驚くコボルト達。

 俺は剣を手に彼らへと斬りかかっていく。


――完璧だ!!


 一気に距離を詰め放った俺の攻撃は完全にコボルト達の不意を突いていた。

 俺の剣は見事にコボルトの顔面へ命中する。


 手応えは十分。

 防御体勢もろくにとれずに攻撃を食らったのだ。たとえレベル1の俺の攻撃力であってもコボルト程度なら致命傷に近いダメージを与えた事だろう。

 前世の世界だったら脳味噌を撒き散らせて即死していてもおかしくない、さすがにそこまでのグロテスクな要素はイロモ世界にはないが。


 攻撃を受けたコボルトは脳味噌こそ飛び散らさないものの、体勢を崩して転倒してしまう。


――このまま流れるように二体目を!!


 一対三、低レベルの俺がこの戦いで勝つ為に必要としたのは何よりも速度だった。

 反撃の隙を与える事のない速度。

 耐久性が高くないコボルトを相手にするならば、速度で奴らを上回れば多少の数の差は問題とはならない。


 不意を突いた事で俺に与えれた攻撃の時間的有余は十分とあった……はずだった。


――浅い!!


 深々と敵をとらえた一撃目と違い、二撃目の手応えは薄かった。

 攻撃を避けられたわけではない。

 むしろ一体目と同様に不意はついていた。それなのにほとんど棒立ちに近い状態の相手に対して、俺の攻撃は浅く入ってしまっていた。


 不意を突き、素早く二体のコボルトに深手を負わして戦闘能力を奪う。

 そうしてタイマンに近い状態に持っていく……という当初の目的こそ失敗してしまったものの、ここで焦ってはいけない。


 一体目は確実に深手を負っている、二体程度のコボルトならば多少は手間取るかもしれないが、レベル1でもやれない事はないだろう。


 まずは敵の反撃に備えてそれを回避する事に集中する。


「ぐるるる」


 不意の攻撃に思考が麻痺していたコボルト達が状況を理解し、唸り、吼え、襲いかかってくる。


――きた!! こいつを避けてっ……ぐっ!!


 コボルトの反撃に対する備えは完璧だったはずだった。

 予想通りの攻撃が、予想通りの軌道で飛んできた。


 それなのに、コボルトの手にした棍棒は俺の肉体をとらえていた。


 速度が違ったのだ。


 敵の攻撃速度が想定より若干速く。

 自分の回避行動の速度が思ったより遅かった。


 その二つの微妙なずれの為に、俺は敵の攻撃を回避しきれずもろに受けてしまう。


 こうなってしまっては、全ての予定が狂う。


 もとからレベル1の状態で複数の敵に向かうという無茶をやっているのだ。

 一度体勢が崩れてしまえば、それを立て直す事は困難。


 ダメージを受けて足元がふらつく俺に、三体目が襲いかかってくる。


「がはっ!!」


 コボルトの攻撃によって叩き付けられるようにして地面に倒れる俺。

 劣勢は明らか。


――やべぇ、やべぇぞ……。


 焦ったところで形勢を逆転させる名案など思い浮かぼうはずもない。


――こりゃ死んだな、俺。


 絶体絶命のこの瞬間、俺の脳裏に思い浮かんだのは死の恐怖でもなければ、愛しの姫岸さんでもなく、宝条の事だった。


――怒るだろうなぁ、宝条のやつ。


 何故、この状況で宝条の事を真っ先に考えていたのか。

 それはイロモ世界の死が、前世での死とは全く違う意味を持っているからだ。


 イロモの世界でPCが死亡した場合、PCは魂だけの状態になり蘇生してくれる施設『教会』などに金を払うか、高等魔法を使うキャラクターに蘇生を頼むかする必要がある。

 そして俺のような友好的なNPCについてもそれは同様の事であった。


 その辺の説明を事前に天使ミカエルから受けていた俺にとっては『死』、それ自体に対しての恐怖はほとんどありはしなかった。

 前世でこのゲームをやり込んでいたのだ、何十、何百回とイロモ世界での死は経験済みである。

 そりゃ殴られれば痛いし、キャラクターが死亡する時の妙な感覚は気持ちいいものではなかったが、恐怖に身が竦むような類いのものではない。


 俺が恐れたのは死ではなく、むしろその後の魂状態からの蘇生。

 そこに掛かる手間や費用とそれについて宝条が何を言い出すかと考えた時の方がよほど恐ろしい。


 教会での蘇生費用はレベル依存だが低レベルキャラクターの蘇生でも結構な額であり、初心者プレイヤーには大きな負担となるし、蘇生魔法が使える他のプレイヤーに頼むというのも手間がかかる。

 どちらにしても宝条はいい顔しないだろう。


 俺が地に伏せながらそんな事を考えていると、コボルトがとどめの一撃を加えようと高々と棍棒を振り上げる。


――南無三!!


 神様達が運営するゲームなのに仏に救いを求めたところでどうなんだという話なのだが……、その思いが通じたのだろうか。

 コボルトが棍棒を振り下ろすより早く、繁みより火の球が飛来し、犬の亜人に命中する。


「うりゃああああ!!」


 そして間髪をいれずに女戦士が飛び出してきて、魔物達に斬りかかる。


 ポム嬢の炎の攻撃魔法『イファ』と女戦士ライナの連携攻撃。


 このコボルト達はレベル1の俺が三体同時に相手しようとしていた程度の魔物である。

 彼女らの見事な連携攻撃に耐えられるはずもなかった。


 あっさりと犬の亜人達は倒れ、戦闘は決してしまう。


「ったくよう。命令も聞かずに勝手に飛び出していって、あげくボコボコにされるって、お前なぁ……」


 深手を負い、まだ立ち上がる事の出来ない俺を見ろしながら女戦士は言った。

 その顔は実に不満気である。


 指示を聞かずに飛び出して返り討ちにあったレベル1の雇われNPCに、宝条雷那は案の定怒っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺の企み、『コボルト三体を華麗に始末して娘っ子三人からの評価をどかんと稼いじゃおう』作戦は大失敗に終わった。

 命令無視のスタンドプレイのあげくこの様では、評価が上がるどころか大幅ダウン間違いなし。


 優しい優しい姫岸さんの操るPCリリナの回復魔法『ヒール』で手当てを受けながら、俺は宝条から説教を食らっていた。

 そしてこれからは大人しく彼女らの指示を聞き、二度と今回のような勝手な真似はしないと誓約させられてしまう。


 かつてはレベル10を越え、上級プレイヤーの仲間入りを果たしていた俺がレベル5以下の初心者プレイヤー達の言いなりに。


 完全に俺の失態だったのだ。

 反論出来ようはずもなく、素直に彼女の言葉に頷くしかない。


 回復と説教を済ませると、彼女らは洞窟突入時の役割を決め始める。

 とは言っても初心者用の何度もクリアしてきたクエストである。

 この洞窟の地形も彼女らは把握しており、役割は単純。

 パーティーの先頭をライナが、そして最後方で警戒する役割が俺『イージス』が担うというだけの簡単な決め事だった。


 済ませる事を済まし、決める事を決めたら、さっさと洞窟内へと足を踏み入れる俺達。

 これが俺の前世での世界、彼女らにとっての現実世界ならば、宝条はともかく姫岸さん達は薄暗い洞窟に足を踏み入れるなど、多分に躊躇するに違いない。

 しかし、これは彼女らにとってゲームであり、幾度とクリアし探索し尽した洞窟である。

 何のためらいもなく、三人の少女は洞窟の奥へ奥へと進んでいく。


 初心者プレイヤーの為に用意された洞窟とあってか、その内部も簡素で単純なものだった。

 ほとんど一本道で、内部には照明用の松明までご丁寧に設置されている。


 洞窟内を奥へと歩を進める俺達の冒険は順調そのもので、道中にときおりコボルトが何体か出現したものの数も多くなく、宝条とポム嬢を中心にしてあっと言う間に片付けていく。俺達には雑談しながら歩く余裕すらあった。

 このような状況では回復役の僧侶であるマスターリリナとへっぽこ戦士のイージス君にやれる事などほとんどない。

 ただ眺めているだけで、ついには洞窟の最深部へと到着してしまう。


 洞窟の最深部。

 多少広くなった空間で俺達を待ち受けていたもの、それは……。


 やっぱりコボルトだった。

 それも一体だけ。


 とはいってもその一体の様子はこの洞窟でこれまでに出現していたコボルトとはちょっと異なっていた。

 何が違うのか。


 灰や黒みがかった毛色のコボルト達と違い、最深部にいたこのコボルト、なんと赤。

 赤毛のコボルトだったのだ。


 そして異なるのは毛色だけではない。


 俺達を見つめる赤毛の犬の亜人が口を開く。


「ニンゲンドモメ、コロス、クウ、コロス……」


 唸り吼えるだけのこれまでのコボルトと違い人語を話すのだ。

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