イリメルとナイトウォーカー
「おう、ご苦労さん。そいじゃこれが報酬の1000ゴールドだ」
酒場『赤い宝石亭』の店主にクエスト羊皮紙と討伐の証である『クリムゾン・キメイラの甲殻』を渡して、報酬金を受け取る。
「三人で1000ゴールドか、うまいな」
「とは言ってもポーションをけっこう消費しちゃったけど」
報酬金にホクホク顔の宝条に俺は言う。
ポム嬢がいればパーティーの火力が上がり、消費アイテムの使用はもっと抑えられたに違いない。
「回復ポーションはこないだの宝来祭で特価でたっぷり仕入れたじゃん。アイル達から福引の余りも貰ってるし、ちょっと派手に使っても全然OKだろ」
「そんな事言ってたらあっという間に在庫が底をつきるよ。セールでもなきゃポーションも結構いい値するんだから、なるべく節約しないと」
「ああもう!! せっかくどっさり報酬入ったつうのに、ケチ臭いやつだよなぁ、イージスちゃんはよぉ」
クエスト受けるたびに赤字になってたら破産一直線だ。
かかる費用に気をまわすなんて普通のことだと思うんだけど……。
「1000を細々と分けるのは面倒だから取り分は3、3、4でいいよな?」
宝条の言葉に姫岸さんは頷いて言う。
「そうだね。イージスさんが400ゴールドで」
「いいの?」
「そもそもお前のスキルが無かったら、このクエ無理だったしな。それに300ゴールドでも上等だろ。オークやゴブリン狩りで100ゴールド200ゴールドを三人、四人で分けてたこと思えば」
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
活躍に応じてしっかり取り分を増やしてくれるというのなら、素直に喜んで受け取っておこう。
そうして報酬金の1000ゴールドを分け終えると、宝条が言う。
「今日のクエはこのへんにしとくとして、一仕事終えて収入も入ったし、ログアウトする前にここで飯食っていこうぜ」
「賛成~」
「イージス、まさか食費浮かそうとかケチ臭いこと言い出さないよな?」
ポーションの件の意趣返しとばかりに言う宝条。
たしかにギルドハウスにはまだまだ食材は残っているので自分達で料理を作れば食費を浮かすことができるが、一稼ぎしたお金でちょっとばかし贅沢したってバチは当たらないだろう。
「さすがにそんな事は言わないよ」
無事クリムゾン・キメイラ討伐に成功したことを祝して、俺達は『赤い宝石亭』でちょっとばかし値の張る料理を注文する事にした。
注文を終えて席で待つことしばらく……。
「お待ちどうさま」
店員さんが運んできた料理をテーブルの上に並べていく。
それを見て姫岸さんと宝条の二人が歓声をあげる。
「わあ、美味しそう」
「さすが店の人気メニュー、見た目だけでも美味そうなのがわかるな」
テーブルの上に並べられる料理の中でも一際目を惹くのは、なんといってもこの酒場自慢の『特製肉巻き』。
秘伝のタレがかかったスパイシーな見た目と 焼きたての肉の香ばしい匂いがシンプルに食欲をそそる。
「そういやマスター達もこの肉巻き食べるのはじめてなんだっけ?」
「はい」
「結構いい値段するからな。いつもクエの受注にこの酒場利用してるのに、今まで食べられずじまいできちまった」
特製肉巻きは一人前で150ゴールドもする。
なにかと入り用な駆け出し冒険者には手が出しづらい価格だ。
そんなものを注文できちゃうなんて、水とパンで必死に空腹をしのいでいた転生したての頃のひもじい食生活が嘘のようだ。
「美味しい!!」
「このピリ辛かげんが癖になるな」
「150ゴールドもするのに人気になるわけだよ」
名物料理に舌鼓を打つ俺達。
特製肉巻き単品としての美味さもさることながら、秘伝のタレのちょうどいい辛さが『トマトスープ』や『スモークサーモンと野菜のマリネ』の酸味とも良く合っていて、いくら食べても飽きがこない。
皿の上に乗せられていた肉巻きはあっという間にその数を減らしていく。
「食べ過ぎても太る心配がなくていいね」
「だな」
姫岸さんの言葉に宝条は頷く。
味覚機能があるイロモだからこその食い道楽。
実際冒険そっちのけでこの世界の『食』に熱をあげるプレイヤーもいたりする。
まぁ良い物を食べようと思ったら手間と金が相応に必要となるのは、現実世界と一緒だけどね。
「あ~美味しかった」
「奮発した甲斐がありましたね、イージスさん」
「うん、これだけ美味いとまた注文したくなるね。明日からもクエスト頑張らないと」
「んじゃ、ギルドハウスに戻るとしますか」
そうして赤い宝石亭の料理を堪能した俺達が勘定を済ませていると。
「やぁ」
「あ、シラハさん」
シラハさんと遭遇する。
「レベル5の財宝から新アイテムゲットしたんだって? 妹から聞いたよ」
「はい、かなり便利ですよ。新アイテムというか新スキルというか、両方というか。さっそくクリムゾン・キメイラ討伐に役立ってくれました」
「詠唱時間のいらない空間移動スキルだもんなぁ。逃げ足のはやいモンスターも楽に狩れるよね。誰だって欲しがるレアスキルだ」
シラハさんのその言葉に宝条が俺の方を見て言う。
「まぁその誰だって欲しがるレアスキルのせいで、さっそく厄介事に巻き込まれちまったけどな」
「厄介事? タチの悪い連中にでも目をつけられたのかい?」
心配そうに尋ねるシラハさん。
彼は俺達が新アイテム、新スキル狙いの悪党にからまれたんだと思っているのだろう。
「いや、そういうんじゃないんですけど……、実は俺がメルフォーネ使ったところを他のPCに見られちゃいまして、それでその人にこのスキルを使ってちょっと手伝って欲しい事があると頼まれまして……」
「イージス君が手伝う事に?」
「はい、イリメルさんっていう人なんですけど」
「イリメル!?」
それまで淡々と俺の説明を聞いていたシラハさんが『イリメル』という名前に反応する。
「知り合いですか?」
「あっ、いや……、それでどんな事を手伝うって話なの?」
「それが詳しい話は一週間後にあらためてってことになったんですけど、なんかすごく困ってるみたいで」
俺の話に少し考え込むような仕草をみせてからシラハさんが言う。
「……そのイリメルって人。まさか種族がディモニアなんてことはないよね?」
「はい、ディモニアでしたけど。たしかギルドは『ナイトウォーカー』っていうところに入ってるみたいで……」
「あちゃあ……」
――えっ『あちゃあ』って、何なのシラハさん、その反応……。
シラハさんの意味深な反応に困惑する俺。
何かまずい事なのだろうか。
「いや、まさかとは思ったけど、よりによって彼女かぁ」
「有名な方なんですか?」
「有名かどうかの判断は人によるだろうけど、そこそこ顔の広いプレイヤーではあるよ。大きなギルドの幹部となると他のギルドの人間と接触する機会は多いし。それに彼女が所属するギルド『ナイトウォーカー』は少し前までエスラの街のトップギルドだった。種族限定ギルドで街のトップギルドになるようなところはそうあるもんじゃないからね。その幹部ってなると記憶に残りやすい人物ではあるよ」
「大手ギルドの幹部……。イリメルさんってそんなすごい人だったのか」
俺がイリメルさんの正体にびっくりしていると宝条が言う。
「で、そんな大手ギルドの幹部様がなんだってイージスなんかに頼み事しようってんだ?」
たしかに大手ギルドの幹部になっているようなプレイヤーなら、いくらでも問題を解決する為の伝手がありそうなもんだ。
なんで俺なんんかに?
どうしても俺のメルフォーネの力が無ければ解決できない問題なのだろうか。
「その事なんだけどね……。実は俺も『ルル・ルクルス』の古株だったから彼女とは面識があって、それでちょっと助けてくれないかって昨日頼まれてね」
「シラハさんも? それで何を頼まれたんですか?」
「継承戦の助っ人を頼めないかってね」
「継承戦って……」
「ギルドマスターの継承戦だよ。彼女の陣営に力を貸してくれないかって頼まれた」
ギルドには戦争する為に用意された専用の機能がある。
そしてその戦争機能を利用した場合、事前の取り決めは絶対に順守しなければならず、取り決めを反故にしようとするのは魔法の力によってできないようになっていた。
この戦争機能。
基本は他ギルドとの戦争をする為にあるのだが、ギルド内での争い事に利用する事も可能だった。
ギルドマスターの継承戦とは、この機能を利用して同じギルド内で争い、次のギルドマスターを決めるという方法だった。
「なんだよそれ。じゃああの女、身内の揉め事にイージス巻き込もうってのかよ」
怒る宝条にシラハさんは言う。
「まぁそうなっちゃうね。だから俺も断ったよ。彼女にもいろいろと事情があったみたいだけど、継承戦となると今の俺の立場では簡単には手は貸せないから」
継承戦の一陣営の肩を持てば、他陣営の人達からは反感を買うかもしれない。
一緒に『ルル・ルクルス』を抜けた人達と新たに設立したギルドのギルドマスターになっているシラハさんが、闇雲に首をつっこむわけにはいかないというわけだ。
「イージスも断っちまえよ。会ったばかりの人間の厄介事に首つっこんでやる義理なんてないだろ」
「う~ん……、けどもう一度引き受けちゃってるしなぁ」
「あんなの無効だよ、無効。何をやるかも秘密にしようっていう向こうが悪いんだって」
宝条の言うようにあんまり無茶な内容なら、直前だろうが断ろうと思っていたのはたしかだ。
継承戦の助っ人なんてのも、正直気が進まない。
でも、イリメルさんのあの必死さ。
はたしてあれは単に己の陣営を勝たせたいっていうだけの私欲からだったのだろうか。
もしかしたら何か別の理由もあるような……。
「シラハさん、さっき『いろいろと事情がある』みたいな事言ってましたけど、その事情って具体的に何なのかわかります?」
彼女が見ず知らずのNPCにまで助けを求めた理由を探る為、俺はシラハさんに質問した。
「さっき『ナイトウォーカー』がエスラの街のトップギルドだったっていう話をしたよね」
「はい」
「実は最近そのトップギルドの座に変化があってね。オスロっていう男が立てた新興のギルド『ピエロ』がギルド戦で『ナイトウォーカー』を破って一気にエスラの街のトップギルドの座についた」
「新興のギルドが街の最大手を相手にですか!?」
「そう。もちろんこれには裏がある。『ピエロ』には別の大手ギルドがついていた。というより『ピエロ』自体最初からその大手ギルドが『ナイトウォーカー』をハメる為に送り込んだ刺客だったわけだ」
シラハさんの話に宝条が問う。
「なんでそんなまわりくどい事を? 最初から喧嘩売るつもりならその大手ギルトとやらが直接やりゃいいじゃないですか」
「ギルド戦の取り決めを自分達にとって有利にするためさ。『ピエロ』と『ナイトウォーカー』の取り決めはこうだった、『負けた方のギルドメンバーがエスラ周辺にあるいくつかの場所に立ち入る事を禁止する』」
「いくつかの場所?」
俺の問いにシラハさんが答える。
「いわゆる狩場さ。負けた方が美味しい場所に入れなくなってしまうわけさ。『ピエロ』は徹底して『ナイトウォーカー』メンバーのクエスト妨害や狩場荒らしをしていたからね。それを強制的にやめさせる為の取り決めでもあったわけだけど……」
「そのギルド戦に『ナイトウォーカー』は負けてしまった」
「そう。取り決め場所はエスラの周辺地域に限られていたからゲートで遠出すればクエストなりをこなせないわけではなかったけど、ゲートの魔法には詠唱時間がかかるし何より使い手は限られている。大きなギルドメンバー全員の冒険をカバーしようなんてのは土台無理な話だ」
「そうなっちまったら、もうギルドごと他の街に引っ越すしかないよなぁ」
宝条の言葉にシラハさんは頷いて言う。
「そう主張してるのが例の彼女、『暗鬼イリメル』とそれに同調するメンバー達というわけだ」
「ギルドの移転に反対している人達もいる」
俺の言葉に彼は再び頷く。
「うん。自分達がずっと活動してきたエスラの街に思い入れがあるプレイヤーも当然たくさんいるからね。移転に反対してエスラの街に居座っての徹底抗戦を主張しているのが継承戦のもう一方の陣営というわけさ」
シラハさんの話を聞いていて気になる事が一つある。
「シラハさんみたいな有名人はともかく、俺みたいな無名にも声をかけるなんて、イリメルさんの陣営ってそんなに不利な状況なんですか?」
「『ナイトウォーカー』の三幹部のうち彼女をのぞく二人、『獣鬼ライオネル』と『鉄鬼ゴード』は抗戦派陣営だ。そして彼らに同調するメンバーも武闘派のプレイヤー達が多いらしい。それに単純に数だけで言っても移転派陣営は抗戦派陣営に後れを取っているようだよ」
「『ピエロ』とかいうギルドのやり方が気に食わないってのはわかりますけど、そんなに偏りがでるほど差がつくもんなんですか? 徹底抗戦するって言ったって相手がギルド戦を受けてくれるかはわからないし、受けてくれないとなるとPK含めた泥沼のゲリラ戦やる事になりますよね。『ナイトウォーカー』がどういうギルドかは内情はよく知りませんけど、そんなゲリラ戦に気合入れてついてくる人間が大勢いるとも思えないんですけど……」
もともと好戦的なプレイヤーが集まっているギルドというのなら話は別だろうが、普通のプレイヤー達の集まりで大手ギルドがバックについてる相手に対して長期的なゲリラ戦を仕掛けるなんて、なかなかできる事じゃない。
戦力的な優劣は別にして、数だけで比べたら移転派の方が多くなるのが自然ではないかと、俺には思えたのだ。
俺の疑問にシラハさんは言う。
「ああそうだね。実際『ナイトウォーカー』に所属していた人間のうち徹底抗戦を訴えているのは一部の人間だけにすぎないよ」
「じゃあなんで……」
「継承戦に参加する移転派がそれ以上に少ないってだけの話さ。移転した方がいいと考えてるプレイヤーの多くは実益的な計算を別にして、単純に争いごと自体にうんざりしてる人間が多い。そういうプレイヤーにとっては次のギルドマスターを決める為と言っても、今まで仲良く遊んでた連中とやりあおうだなんて気にはなれないのさ」
イロモはプレイヤーにとってゲーム世界といえど、殴られれば痛いし殴れば当然相手も痛がる。
痛みの程度に制限があるといえど痛覚が機能しているゲームで、仲間と戦うという心理的なハードルは他のゲームとは比べものにならないほどに高い。
誰もが割り切って継承戦にのぞめるわけではないという事だった。
「『ナイトウォーカー』メンバーの多くはどっちの陣営が継承戦に勝つか様子見というわけさ。そしておそらく抗戦派が勝ったら様子見プレイヤーの多くは『ナイトウォーカー』を抜けるだろうね。というより、既にギルドを脱退した人間も大勢でているみたいだ」
「そうなんですか?」
「『ピエロ』との取り決めは『負けた方のギルドメンバーが』って話だったからね。『ナイトウォーカー』を抜けてしまえば、そのプレイヤーはエスラの街での活動自体は続けられる」
「だからってさっさと抜けちまうのか。薄情な連中だなぁ」
宝条の言葉にシラハさんは苦笑する。
「仕方ないさ。ギルドに対する思い入れなんてのは人それぞれだ。それに、もともと『ピエロ』とのギルド戦自体に乗り気じゃないメンバーだってたくさんいた。そんな状態で一戦交えて負けてしまったうえに、このゴタゴタだ。彼らにしてみればギルドを抜けるっていうのは当然の選択でもある。『ピエロ』とのギルド戦を始める前に比べると、三分の一のプレイヤーが抜けたって彼女は話していたよ」
「そんなにですか……」
「うん。ギルドマスター自体が辞めちゃうのも影響してるだろうね」
「『ピエロ』とのギルド戦に負けた責任をとってですか?」
「それもあるだろうけど、やっぱり単純にショックだったんじゃないかな。自分が設立したギルドをこつこつ地道に大きくして、エスラの街のトップギルドにまでしたんだ。それを一回の失敗でどん底にまで蹴落とされてしまった。ギルドマスターを辞めるだけでなく、イロモ自体辞めるつもりらしいって話だし、やっぱりそれだけショックだったんだと思うよ」
ギルド戦の敗北。ギルドマスターの引退。
既にギルドメンバーの三分の一が抜けているうえ、継承戦で抗戦派が勝てば様子見のプレイヤー達も大勢抜ける事になる。
まさにトップギルドのこれ以上とない転落劇。大崩壊だ。
――なるほど、そりゃイリメルさんがああも必死になるわけだなぁ。
「イージス、やっぱ断っちまえよ。んなグチャグチャになってるところに首つっこんだってめんどくせぇ事になるだけだ」
イリメルさんが抱える事情を聞いてなおも宝条は、俺が彼女を手伝う事には否定的だ。
もちろん宝条の言う事にも一理あるわけだが……。
「う~ん、まぁそうなんだけど……。だけどイリメルさん、すごく大変そうだしなぁ」
「戦力的にも勝つのは厳しそうなんだろ? お前一人が助っ人に入ったところでなんとかなるような感じでもねぇだろ」
「そうかもしれないけど……」
イリメルさんからの依頼を受けるか断るか決断できない俺にシラハさんは言う。
「まぁ迷っているのなら彼女から直接話を聞いてから受けるかどうかを判断してもいいんじゃないかな。一週間後にまた会うんだよね? やっぱ伝聞だけじゃ決めかねる部分はあるだろうし」
気軽に手助けできるような件ではないとしても、イリメルさんがこの事ですごく困っているのはたしかだ。
困っている人の助けになれるのなら、できる事はやってあげたい気持ちはある。
「そうですね。一週間後あらためて会う事になってるんで、その時に決める事にします。最初からそういうつもりでもあったし」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
約束の日。
俺達はコソカナの街の広場でイリメルさんと再会した。
彼女と一通り挨拶を交わした後、宝条が言う。
「あんたがこそこそ隠し事するから、先にこっちで調べさせてもらったけどさぁ……。はやい話、継承戦の助っ人をイージスに頼もうっつうんだろ?」
「あらぁ、そこまでもうわかっちゃってるのね」
「聞いた話じゃあんたのチーム、かなり不利みたいって話じゃないか。イージスまき込んだだけで、どうにかなるのかよ」
「どうにかする為に、イージスくんの力を借りたいと思ってるのだけど……」
そう言ってイリメルさんは俺の方を見る。
単純な戦闘能力だけでいえば俺は戦局を変えるほどの力は持っていない。
自身でも理解しきれていないあの『アストビア』の力を発動させる事ができたのなら別だろうが、そんな力を持っている事を彼女が知っているはずもない。
彼女が俺に期待しているのは、『メルフォーネ』の力なのだ。
あの力を、彼女は継承戦でどう役立てるつもりなのか……。
「何か考えがあるんですか?」
俺の問いにイリメルさんは頷いて言う。
「継承戦は『オブジェクト戦』でやる事になっているの」
「オブジェクト戦……」
「今回は、互いに相手の陣地に設置された石像を破壊したら勝ちっていうルールよ」
「なるほど、そこで俺の『メルフォーネ』の力が役立つってわけですか」
「そういう事」
イリメルさんの意図を瞬時に察する俺と違い、我がギルドの女性陣はピンときてないご様子。
「あ、あの、……どういう事ですか?」
尋ねるマイマスター姫岸さんに俺はイリメルさんの狙いを説明する。
「戦力的に不利な相手とまともにやりあっても勝ち目はない。だから俺が持つ『メルフォーネの』力で相手陣地に奇襲を仕掛けて石像を破壊してしまう。そうしたら極端な話、相手陣営の人間とほとんど戦わなくたって勝てるっていう話だよ」
「そんなに上手くいくかぁ? 相手だって自分達の石像を守る人間は残してるだろ。そこへイージス単騎で突っ込んだって厳しいだろ」
宝条の言う通り、相手陣営だって奇襲を警戒してある程度の人数を石像の守備に割くはずだ。
イリメルさんだってそんな事には気がついているはず……。
「そこは俺も気になってたとこだよ。何か別の策があるんですか?」
俺の問いに微笑を浮かべながらイリメルさんは言う。
「ええ、もちろん。ちゃんと手は打ってあるわ」
「いったいどんな手を……」
「また秘密とか言わねぇだろうな」
「ふふ、大丈夫。今度は隠し事なし。ちゃんと教えるわ」
そう言ってイリメルさんは自分達の陣営が勝つ為に打った手を俺達に説明してくれる。
「あのね今回の継承戦、私達のチームに有利な条件がいくつか設定されてるの。まず助っ人の事。制限はあるけど何人か入れていいって事になってる。これのおかげで私はこうしてイージスくんにお願いできてるわけです。そしてもう一つ。こっちがさっきの話にも関わってくるのだけど、石像の破壊以外にも私達のチームには勝利条件があるの」
「他の勝利条件?」
「継承戦開始から二時間以内に決着がつかなかったら、時間切れでこちらの勝ちって条件よ」
「つまり相手の石像なんか狙わなくたって、時間まで自分達の石像さえ守りきればOKって事かよ」
宝条の言葉にイリメルさんは頷く。
「ええ、そうよ」
通常、継承戦は条件を対等にして行うものだろうが、どういうわけかかなりこちらに有利な条件になっているようだ。
「一方的に有利になるような条件をよく相手が呑んでくれましたね」
「そこは交渉の仕方しだいってやつね。多少不利な条件であっても私達相手に勝てないようじゃ、他のギルド相手にするなんて無理だって言って要求を押し通したの」
う~ん、さすがと言うか、何と言うか。
最初に会った時もそうだったけど穏和そうに見えて、いやらしくグイグイと押してくるよねイリメルさんって……。
「けど守りに徹するなら、イージスの力なんてあんま役に立たなくないか?」
「そんな事ないよ。守りに徹して時間切れでの勝利を狙っているように見せかけて、相手の攻勢が強まって石像の守りが薄くなったところを、俺の『メルフォーネ』の力で一気に奇襲をかける。そういう事ですよね、イリメルさん?」
「ええ。とくに時間切れが迫ってくれば奇襲対策だなんて相手は言ってられなくなってくる。その時は石像の守りにほとんど人手は割かないはずよ。もしからしたら空になってるかも」
そこまで上手くいくかはわからないが、十分勝ち目はありそうな作戦に聞こえる。
「どれだけ長く自分達の石像を守っていられるかが重要って事ですね」
「そうなの。そしてこの作戦はイージスくんの協力がなければ成り立たないの」
にっこりと笑顔のプレッシャーを俺にかけてくるイリメルさん。
笑顔の裏に強い執念を感じるわ……。
「けどさぁ、最初は『メルフォーネ』のこと秘密にしてもらうかわりに協力するって話だったのに、これじゃあ意味なくないか?」
たしかに宝条の言う通りでもある。
何十人ものプレイヤーが参加する継承戦なんかで力を使えば、その噂はたちまち広がってしまうだろう。
秘密にする事を優先するつもりなら継承戦に参加するのは悪手だなぁ。
いや、でもここで協力を断ってしまうとイリメルさんが『メルフォーネ』の存在を黙っておく必要もないわけで……。
――あれ。これってどっちにしろもう隠しとおすのは無理でないかい?
「そこは私からみんなにちゃんと注意しておくから……。お願い、どうしてもイージスくんの力が必要なの」
とは彼女は言うものの、口止めしないといけないプレイヤーの数が数だからなぁ。
継承戦に参加してメルフォーネの事が洩れないってのは、まぁ無理な話だろう。
「それに謝礼も弾むから」
必死でお願いしてくるイリメルさんに宝条が言う。
「前もそんな事言ってたけど、結局いくら貰えるんだよ」
「100,000ゴールドだすわ」
「そんなにですか?」
イリメルさんの口から出てきた金額に俺達は驚いた。
1クエスト数百ゴールドの報酬を分け合って、ちまちまと稼ぐのが基本の俺達にとって10万は間違いなく大金だ。
廃人プレイしてた前世のPCセイガ時代だって簡単に出せるような金額ではない。
それはエスラの街のトップギルドの幹部だったとはいえイリメルさんとて同じだろう。
それだけこの継承戦に本気という事か……。
「勝敗は関係なく払ってくれるんだよな? 負けたらただ働きだなんて言い出さないだろうな」
あまりに大きな金額に疑い、確認する宝条。
「もちろん支払いは継承戦の勝ち負けに関係なしよ。逆に継承戦に勝てたなら追加で50,000ゴールド払います」
「まじかよ。それは美味しいな……。よしイージス頑張れ」
想像よりもずっと多かった謝礼金に、宝条の態度がころりと変化した。
――現金だなぁ。
「金額の話はともかく、聞いておきたい事があるんですけど……」
「何かしら?」
「こんな事言うのもアレですけど、継承戦までして争うぐらいなら移転派の人達とギルドを抜けて新しいギルド作るって手もあると思うんですけど……」
「そうそう。そうすりゃエスラの街に残っての活動だってできるわけだし」
俺の言葉に相槌を打つ宝条。
「実際そういう事してる人達もいるって聞いてます。イリメルさんが俺みたいな人間にお願いしてまで、今回の継承戦にこだわる理由って何なんでしょうか」
「私はね。もっとみんなと一緒に遊んでいたいだけ。移転賛成、反対に関わらず今まで一緒に遊んできたみんなとね。全員一致で新しいギルド作るって話なら考えなくもないんだけど、やっぱりギルド『ナイトウォーカー』って看板に思い入れの強い子も多いから」
「自分達の街を離れる事になってもですか」
「もちろんエスラの街の事は好きだし愛着はあるけど、それ以上にギルドのみんな事が好きなの。だから移転反対派の子達を残して他のギルド作ったり、そういう事はしたくないのよ」
俺の問いかけにイリメルさんは迷いなくそう言い切った。
それが彼女の偽りのない本心なのだろう。
「わかりましたイリメルさん、俺なんかでよければ協力させてください」
俺はイリメルさん陣営の助っ人としてギルド『ナイトウォーカー』の継承戦に参加する事を決断した。




