クリムゾン・キメイラ
酒場内に設置された掲示板をざっと眺めながら宝条が言う。
「おっ、このクエとかどうよ。報酬も良さげだし」
「どれどれ……、『クリムゾン・キメイラ』の討伐か」
「強そうな名前のモンスターですね」
「強さ的には倒せないって事はないと思うけど、今回はポム嬢抜きだからなぁ」
今日はリアルの都合でポム嬢はイロモにログインできないらしい。
だから今回の俺達のパーティーは近接二人、支援が一人という偏った編成になってしまっているのだ。
「いけるいけるって。こないだの宝来祭で装備もパワーアップしてるんだしさ」
「う~ん、レベルや装備の問題でなくて、このモンスター逃げ足がはやいからさぁ。遠距離攻撃できるのがいないと仕留めるのが大変なんだよね」
前世の経験から『クリムゾン・キメイラ』の討伐には弓なり魔法なりの遠距離攻撃手段が欲しいと俺は瞬時に判断していた。
だが姫岸さんの考えは違うらしい。
「でも逃げ足のはやさが問題なだけなら、イージスさんがいればなんとかなりそうな気がしますけど」
「おっ、たしかにそうだよな」
――ん? 俺も近接担当だし、遠距離攻撃なんてさっぱりだぞ。
二人が言わんとする事に俺がピンとこれずにいると、宝条が言う。
「ほら宝探しでゲットしたレアスキルがあるだろ。あれ上手く使えば、逃げるモンスターに追撃かませるだろ」
「……ああ、なるほどね」
形勢不利で逃げ出す魔物の逃走経路に、移動魔法でワープして追撃をかます。
気づいてしまえばなんてことはないが、俺の頭からはすっぽり抜け落ちていた戦法だ。
――コロンブスの卵的発想だな。
「たしかに『メルフォーネ』ならゲートと違って発動までの時間もほとんどかからないし、悪くない方法かも」
「だろ?」
「うん。それじゃ、このクエにしようか」
掲示板から『クリムゾン・キメイラ』討伐のクエを剥がして、俺達は酒場を後にする。
羊皮紙に記された指定の討伐ポイントはコソカナの街から一時間ほどかけて移動した場所にある薬草の群生地だった。
何回かモンスターとの戦闘をこなしながらその場所へと辿り着いた俺達は、まず気配を殺して草木の隙間から様子をうかがう。
「何かいますね」
「あいつがターゲットか」
そこにいたのは赤い甲殻、尻尾と四本脚を持つ魔物『クリムゾン・キメイラ』。
姫岸さんも宝条も生で見るのは初めてという事もあってちょっと緊張気味だ。
「なんか見た目はサソリみたいなモンスターだな」
「四本脚で毒は持ってないけどね」
討伐目標との戦闘前に最後の確認がてら、俺は二人に助言する。
「攻撃力はそれほどでもないけど防御はあるから戦闘が長引くのは覚悟しておいたほうがいい。弱点は下あごやお腹にあるへこんでる部分だけど、戦ってる最中になかなか狙えるもんじゃないから焦って無理はしないこと」
「わかってるって」
「それとスピードがあるからマスターは基本ここで待機で」
「はい」
近接二名の構成じゃスピードある相手に支援役が狙われたら守りづらい。
俺と宝条でクリムゾン・キメイラを仕留めきるのが理想だ。
「よし、それじゃライナ準備はいい?」
「おう」
「二人とも頑張って!!」
姫岸さんに見送られて、俺達は標的へと攻撃をしかける。
「うおっりゃああ!!」
飛び出すなり果敢に突っ込み、クリムゾン・キメイラの頭部に剣を叩きつける宝条。
ダメージ自体はそれほど出てないだろうが、彼女に反撃しようと標的が気を取られてる間に俺はその死角から接近し追撃を加える。
――ギィィィ!!
俺の一撃は適確に弱点部に命中し、クリムゾン・キメイラは悲鳴をあげた。
「ナイス、イージス!!」
弱点部に攻撃を受けて怯む標的に、宝条がさらなる一撃を加える。
もちろん狙うは弱点部。
――ギィィィ!!
下あごに一撃をおみまいされて、再び悲鳴をあげるクリムゾン・キメイラ。
「おっ、もう逃げるのか?」
硬い甲殻ではなく弱点部に二発も攻撃を受けてたまらず後退する標的を見て、宝条は距離をつめようとした。
だが俺はそんな彼女を冷静な判断で制止する。
「ライナ、まだだよ。慌てて飛び込んでいったら手痛い反撃を食らう」
俺の判断は正しくクリムゾン・キメイラの戦闘意欲はまだまだ健在だった。
相手は距離を取り直しただけで、逃げ出す様子はない。
それでも見事な連携攻撃で大きなダメージを与え、戦況を大幅有利にできた事は違いない。
幸先上々だ。
「このまま確実にダメージを与えていこう」
「おう」
俺達は一体の魔物に、前後左右からとタイミング合わせて攻撃を加える。
相手からの反撃は最小限に抑え、体力を確実に削っていく。
事前のプラン通り、順調そのものだった。
――シャアアアアア!!
「ライナ、尻尾の攻撃がくる!!」
「わかってるって」
敵の奇手も難なく回避していく宝条。
一時のスランプを完全に脱したようで、動きにはキレが戻っている。
「うおりゃ!!」
――ギィィィ!!
それに、冒険回数をこなして戦闘経験を積んだおかげでイロモというゲーム自体に慣れてきたのも大きいのだろう。
彼女には、初見のモンスター相手でも十分戦えていけるだけのプレイヤーテクニックが身についてきていた。
がむしゃらに戦うだけだった初心者の頃とはもう違う。
近接役としてずいぶん頼りになる存在になってきたものだ。
――まっ、オグさんほどではないけどね。
クリムゾン・キメイラとの戦闘はその後も時間は多少かかれど、危なげなく進めていくことができた。
確実にダメージを蓄積していき、戦況はいよいよ大詰めだ。
――キィィィ!!
よろめく魔物は俺達にかなわぬ事を察してついに逃げ出し始める。
逃げ足は速いが、それは事前にわかっていた事。
焦る事は何もない。
「イージス!!」
「わかってる!!」
すかさず俺はメルフォーネの力を発動し、瞬時に敵の逃走先へとまわりこむ。
――ギィィィ!!
突然目の前に出現した俺に驚くクリムゾン・キメイラ。
そうして出来た隙に、俺は標的へと踏み込み、止めの一撃を放つ。
「もらったぁぁぁあ!!」
――ギィィィ!!
残り少ない体力で必殺の一撃を浴びて、ついに倒れるクリムゾン・キメイラ。
討伐完了だ。
「うおしっ、完璧だな!!」
「うん。ライナが上手く戦ってくれたおかげで思ったよりずっと楽な戦闘だった」
「まぁ事前にお前のアドバイスがあったしな」
宝条と互いの健闘をたたえていると、姫岸さんがやってくる。
「二人ともお疲れ様」
「おう、楽勝楽勝」
「マスター、回復の方お願いします」
「はい」
姫岸さんに回復魔法でダメージを癒して貰いながら、討伐の証となるドロップアイテム『クリムゾン・キメイラの甲殻』を回収する俺。
すると……。
「君たちすごいね」
不意に、聞き覚えのない声がした。
――ん?
声がした方に視線を向けると、そこには頭の角と紫瞳が特徴的な悪魔系の種族『ディモニア』のお姉さんの姿があった。
彼女はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
名前は『イリメル』。
ステータスの表示を見る限りPCらしい。
「近接二人だけでクリムゾン・キメイラを倒しきるなんて、なかなか出来る事じゃないわ」
美人のお姉さんに褒められるのは悪い気はしないが、見ず知らずの彼女からいきなり言われても俺達もちょっと反応に困る。
姫岸さん達と顔見合わせてから俺はイリメルさんに言う。
「いや、まぁ、レベルも装備もそこそこあるから……、なんとかなりました」
「そこそこじゃなんとかならないわ。だってこのモンスターってすごく逃げ足がはやいじゃない?」
「そうですね……」
「それなのに、あんなスキルで先回りして止めを刺してしまうんだもの。驚いちゃった」
おっとりとした口調と微笑を浮かべながら接してくるイリメルさん。
一見敵意の無さそうな彼女であるが……、どうにも嫌な予感がするぞ。
「驚いちゃいましたか……」
「ええ、驚いちゃいました」
そして笑みを浮かべたままイリメルさんは言う。
「……ねぇ、よかったら教えてくれないかしら? あなたが使ったあのスキルの事。あんな便利なスキル、いったいどこで手に入れたのかしら」
――やっぱりそれが本題か。
「それは……」
別にメルフォーネの事は絶対に他のプレイヤー達に隠し通さなきゃいけないってわけでもないのだが……。
会ったばかりのプレイヤーにぺらぺら喋るのはどうも気が進まない。
俺が返答に困っていると、不快感をあらわにして宝条が言う。
「おい、ちょっとあんた、いきなりなんだよ。なんであたしらが見ず知らずのあんたにそんな事教えてやんなきゃなんねぇんだよ」
イリメルさんの態度がしゃくに障ったのだろう。
ずいぶんと刺々しい口調だった。
だが宝条の攻撃的な態度にもイリメルさんは意に介さず淡々と答える。
「あら、ごめんなさい。自己紹介もまだだったわね。私はイリメル、ギルド『ナイトウォーカー』に所属するディモニアの黒魔術師よ」
「ナイトウォーカー? 聞いた事ねぇギルドだな」
「『エスラ』を拠点に活動しているディモニアばかりが集まったギルドなの」
エスラはコソカナからずいぶんと南にいったところにある街だった。
コソカナだけでも大小いくつものギルドがあってとても把握しきれるものではないのに、違う街を拠点にしているギルドなど、なおさら知ってるはずがなかった。
「ディモニアばかりですか」
「ええ、ディモニアである事が加入条件になってるの」
同種族ばかり集めたギルドってのは特別珍しいものではない。
エルフや猫の亜人『ケイマン』ばかりが集まったギルドってのはコソカナにもあるしね。
自分の事をニコニコと話すイリメルさんに宝条が言う。
「で、エスラの街の奴がなんでこんなところにいるんだよ」
「コソカナに用があって、そのついでに薬草取りに寄ってみたの」
「だったらさっさと薬草摘んで帰ればいいだろ」
「そのつもりだったんだけど……」
俺の方を見るイリメルさん。
「あんなの見ちゃったら、やっぱり気になるじゃない? だから、つい声かけちゃった」
「かけちゃいましたか……」
「かけちゃいました」
う~ん、どうしてだろう
彼女の笑顔が怖い……。
「すごく便利そうなスキルだもの。できる事なら私も使えるようになりたいわ」
「残念、あんたには無理だね」
「あら、どうして? ……やっぱりあの本が関係してるのかしら?」
あの本とはもちろん『メルフォーネの書』のことだ。
俺がわざわざ本を出してからワープしていたのを見ていたのだろう。
「スキルじゃなくて、実はあの本さえあれば誰でも使えちゃったり?」
「んなわけねぇだろ。契約できた人間しかあの本は使えないからな、なっ?」
イリメルさんの間違った推理に気を良くして俺の方を見る宝条。
――『なっ?』と言われましてもね。お嬢さん、あなた乗せられてぺらぺらと喋らされてるだけですよ。
「へぇ、そうなの」
笑顔を浮かべるイリメルさんに自分が乗せられたことに気がついたらしく、宝条はぐぬぬとした表情を浮かべている。
「契約っていうのがよくわからないのだけど、つまり消費されない秘伝書のようなものと考えたらいいのかしら?」
―理解の早い人だなぁ。
イリメルさんの頭の良さに俺は素直に感心するが、宝条にとってはおもしろくない。
不機嫌そうに彼女は言い放つ。
「知らねぇよ。ひとりで勝手に考えてな」
その突き放した態度に、姫岸さんが言う。
「ねぇ、イリメルさんに本のこと教えてあげてもいいんじゃないかな?」
「なんでだよ。そんな事したってあたしらには何のメリットもないだろ」
「そうかな? 知ってる事を教える代わりに、今日見た事は秘密にしてもらうってのはどう?」
なるほど。
たしかにここでメルフォーネの事を頑なに秘密にしたところで、イリメルさんの記憶が無くなるわけではない。
彼女が今日見た事を周囲に言いふらしてしまえば、噂は瞬く間に広がり一騒ぎとなるだろう。
それを防ぐ為の取引。
そういう考えもできない事はない。
姫岸さんの提案にイリメルさんは言う。
「こう見えて私、口は堅い方よ」
「おいおい信用できるかよ。情報を貰うだけもらったらぺらぺら喋っちまうに決まってる」
なおもメルフォーネの情報を出し渋る宝条に俺は言う。
「まぁその時はその時でいいんじゃないかな。騒ぎになるのは困るけどさ、いつまでも隠しておけるようなものでもないしね、このスキル」
「ちっ、もう勝手にしろよ。後でメンドウなことになってもあたしは知らねぇからな」
宝条が折れた事で障害はなくなった。
俺はメルフォーネについて今現在わかっている事を、イリメルさんに説明する。
「話をまとめると……。レベル5の宝の地図から入手。喋る本との契約に成功する事でスキルを覚え、本の使用ができるようになる。契約可能な人数は一冊に一人まで。しかも契約の解除方法は不明、おそらくは不可能と」
「そうですね」
「という事は私がその本を貰っても、置き物にしかならないってことね……」
「いやぁ、置き物にするのも大変だと思いますけどね」
俺の言葉に首をかしげるイリメルさん。
「ちょっとこれ持ってて貰えます?」
「ええ」
俺はメルフォーネ書をイリメルさんに手渡して、てくてくとその場を離れる。
そうしてある程度の距離を取ってから、俺は念じる。
――メルフォーネ。
その瞬間、彼女の手もとにあったメルフォーネの書は俺の手もとへとワープする。
「って、わけです」
「すごいわ。この本自体も空間移動させる事ができるのね」
「たとえPKなんかに襲われてやられちゃっても本だけは楽々回収できます」
単純に便利能力というだけでなく、この力を悪用すれば売買詐欺も可能だろう。
むろん、そんな事やるつもりはないけどね。
「なるほどねぇ。素晴らしいスキルとアイテムなのはわかったけど……、レベル5の宝の地図から入手するレアアイテムか。新しい物をって思っても、やっぱり簡単には手に入らないわね」
「はい」
「ユニークアイテムだったら可能性は0パーセントになっちゃうし」
ユニークアイテムとはイロモ世界で一つしか存在しないレアアイテムの事だ。
もともとこの世界で、超一級品のレアアイレムはそうそう手に入るものではない。
だから、ただのレアアイテムと思っていた物があとからユニークアイテムだったと判明する事もあるし、もちろんその逆のパターンもある。
メルフォーネの特異性を考えれば、これがユニークアイテムって可能性は十分ありえる。
というか俺は実際そう考えていた。
アストビアにしても、メルフォーネにしても。
彼女達の力を何人ものプレイヤーが入手できるとは俺には思えないのだ。
だからこそ、天使ミカエルが『他にも似たようなものが存在する』と言った時に、俺は焦りを感じていた。
他人には取られまいと。
「時間もないし、困ったわねぇ」
「時間?」
「ええ、少しワケありでね。メルフォーネみたいな力があればすごく助かったのだけれど……」
そう言ってイリメルさんは困り顔を浮かべた。
最初は彼女の事を警戒していたのだが、話してみるとそこまで悪い人じゃなさそうだ。
困ってる美人を放って置くのは忍びない。
という事で、俺は彼女に助力を申し出る。、
「俺に手伝えることなら手伝いましょうか?」
「えっ? いいのかしら、私としてはすごく助かるけれど、イージスくんって二人のギルドガーディアンでしょ?」
「はい。けど、自由時間がまったくないってわけでもないんで」
「おいおい、安請け合いするなよ。こういう女はいい顔しておいて、裏じゃえげつない事考えてるもんなんだからな」
本人の前でずいぶんな事を言う宝条を、姫岸さんが注意する。
「ライナ、そんな失礼な事。……イリメルさんごめんなさい」
「いいのよ。頼み事の内容が、ちょっぴり大変なのは本当ですもの」
「どんな事をすればいいんですか?」
「ちょっとした競争かしら。詳しい事は次に会った時に話すわ」
「なんだよそれ。具体的に何をするかもわからないのに、手伝えってのかよ」
宝条の言葉にイリメルさんは申し訳なさそうに言う。
「いろいろ事情があるの。その代わりと言ったらなんだけど、謝礼は弾むから」
少し迷ったが、結局俺はイリメルさんのお手伝いをする事に決める。
いったいどんな事を手伝うことになるのか不安がなかったわけではないが、よっぽど無茶な話だったりしたらその時は後から断ればいいだろう。
多少しんどい思いをするのは覚悟のうえだった。
彼女とは一週間後にコソカナの街での再会を約束して、俺達はクエスト達成の報酬を受け取りに帰路についた。




