済ますべきこと
プロージアさんの諫言に俺達が何も言えずにいると、彼女はギントからの伝言を告げる。
「そういえば今朝そのギントから伝言を預かっている。『明日久しぶりに時間をとれる予定だから時間合う奴は一緒にどっか行かないか?』との事だ」
「くそっ、なんてタイミングの良い奴だ。レアアイテムだけちゃっかり受けとるつもりだな」
「ギントの野郎、ちゃっかりしやがって」
悪態つくハセとツカオをアイルが注意する。
「何を言ってるにゃ。腕輪のお金はギントだって出してるのにゃ。ギントだって受け取る権利があるのは当たり前だにゃ」
「むむむ……」
「まぁたしかに……」
「仕方ない、アイテムの事は寛大な心で許してやろう。彼女の事は許さないけど」
「そうだな、アイテムの方は寛大な心で分け与えてやろうじゃないか。彼女の事は許さないけど」
「いちいち一言多いやつらだにゃあ」
――ふっふっふ、アイルよ。我ら童貞ブラザーズの嫉妬パワーは見苦しくもそう簡単にはなくならないのだよ!!
などとしょうもない事を俺が内心で誇っているとハセが言う。
「とにかく明日は久々に五人全員が揃うってことか。新アイテムもゲットできたわけだし、お披露目も兼ねてみんなでちょっと難度高いクエに挑もうぜ」
彼の提案に猫娘は微妙な表情を浮かべる。
別に高難度のクエストを受ける事が嫌なわけではなく、彼の『五人全員』って部分が彼女には気に入らないらしい。
「五人は全員じゃないにゃ。団長がいてこそ全員と言えるのにゃ!!」
「まぁ、そりゃそうだけどよ。だって……、なぁ……」
ツカオの方を見て言うハセ。
彼が五人で全員としたのも無理はない。
団長セイガはもう長いことログインしてきていない。
ハセも内心諦めているのだろう。
それが咄嗟に口から飛び出しただけのこと。
いや、彼だけではない。他のメンバーだって実際のところは理解しているんじゃないだろうか。
『団長セイガがこのギルドハウスに姿を現すことはもうない』って。
それでも彼らはPCセイガを団長にしたまま、この『無明に宿る赤き黄金の月団』で活動している。
他のギルドに移る事もせず、決して安くないレアアイテムまでお金を出し合って団長の為にと買ってくれたりしている。
――なんでだ? アイルは皆が慕ってる証だとか言ってたけど……。しかし俺は別にそこまで慕われるような立派なギルドマスターなんかじゃなかったぞ。どうしてそこまで……。
そんな素朴な疑問を俺は口にする。
「あの、アイルから聞いたんだけど、ここのギルドの団長って長い事不在が続いてるんだよね? 新しい団長を決めたりとかはしないの?」
今や部外者にすぎないイージスの身でこんな事は聞くのは不快に思うメンバーもいるかもしれない。
それはわかっちゃいるが、やっぱり気になって聞かずにはいられなかった。
そんな俺の質問に他のメンバーと顔見合わせた後、ハセが答える。
「まぁ、考えた事がないってわけじゃないけど。一度そういう話になった時オグさんがすげぇ反対してさ」
「オグさんが?」
いつも皆の意見を優先する事が多いオグさんにしては大変な珍事だ。
驚いて彼の方を見てみると、オグさんはちょっぴり申し訳なさそうにしていた。
「団長が団長であってこその『無明に宿る赤き黄金の月団』だ、って。それでまぁオグさんがそこまで言うのなら、現状のままでいいんじゃねぇかってことになった」
――オ、オグさん……。俺の事をそこまで高評価してくれていただなんて、やっぱりあんたは最高の相棒だったよ!!
と、感動してばかりでもいられない。
オグさんはそれでいいとしても、他のメンバーに不満はないのだろうか。
「でも団長不在のままだと不便な事もない?」
「団長の承認が必要な機能なんてほとんど使う機会ないからなぁ。副団長のオグさんがいればだいたいの事は問題なくできるし」
「けど俺だったらギルドマスターがいないギルドってやっぱなんか嫌だし。そんな状態が続くなら移籍も考えそうなもんだけど。……ギルドガーディアンが言うような事じゃないかもしれないけどさ」
「移籍かぁ。まぁそれも考えた事もあるっちゃあるけどね。けどなぁ、やっぱ違うんだよなぁ」
「違う?」
「今も時々、他のギルドのパーティーとかに混ぜてもらったりもするけどさ。別につまらないわけじゃないんだけど、なんか違和感があるっていうか」
ハセのそんな言葉にツカオも同意する。
「そうそう。なんか違うんだよね。距離があるっつうか、隔たりがあるつうか」
「それはギルドが違うからじゃないの? 移籍してしばらくすればそのうち慣れてくると思うけど」
俺の意見にハセは首を捻って否定する。
「そういうのともまた違うんだよまぁ。だって俺、初めてこのギルドのメンバーと冒険行った時、一発で思えたもん。こいつらおもしれぇな、ギルドっていいなって」
それはこの手の話をあまりしないハセのギルドに対する本音。
彼の本音にツカオも賛同する。
「俺も同じ。俺さ、ここのギルド入る前に所属してたギルドがあるんだけど、そこは結構な大手でさ。たしかに冒険に役立つ情報やアイテムくれたりして、便利と言えば便利だったんだけど……。なんか既に仲いい者同士でグループがいくつか出来上がっててさ。いつまで経ってもそこに入り込めないって感じであんま面白くなかったんだよね」
昔所属していたギルドについてツカオは語る。
前世で多くの時を一緒に過ごした仲だが、やはりこういった話は俺にとって初めて耳にする話だった。
「それで今度は小さいギルドに入ってみたんだけど、そこはそこで気の合わない奴と無理やり付き合わされる感じっていうか。他のメンバーの顔色常にうかがわなきゃ駄目って感じがして、それがすげぇ嫌で結局長く続かず辞めちゃった。……で、なんかギルドって面倒くせぇもんなんだなって思ってたらこの街で団長に勧誘されてさ。最初は興味はないって断ってたんだけど、団長あまりに必死だったから、お試し加入ってことでここに入る事になったんだけど……」
「団長メンバー勧誘めちゃ必死にやってたもんな。こんな田舎街のギルドなのにいつかはイロモ史に名を残すでかいギルドにするぞって。結局総勢6PCだけのこの様だけど」
「まずギルド名がだせぇもん。最初名前聞いた時ひいたもん。痛々しすぎて危ないギルドくさいって」
ハセとツカオのの言葉にアイルはけらけらと笑い、オグさんすらも笑みを浮かべてる。
――そんな事言ってもしょうがないだろ!! 迷って迷って徹夜明けにつけた名前なんだよ!! その時はイケてると思ってたんだよ!!
ギルド設立には大金が必要になる。
ギルド名の変更はできないから、当然名前を変えようと思ったら大金払って設立しなおしだ。
やっとの思いで自分のギルドを設立した当時の俺にそんな余裕があるはずもない。
徹夜明けのテンションで付けちゃった名前だろうと、後戻りはできなかったのだ。
そんな悲しい記憶を俺が思い出していると、ツカオが話の続きを口にする。
「まぁなんだかんだでみんなとクエやる事になったんだけど。俺もハセと同じでその一回目で、自然に思えたんだよね。ああ、ギルドって面白いじゃんって」
そして何処かしみじみと実感のこもった口調で彼は言う。
「だからさ。なんつうか俺は結局この『無明に宿る赤き黄金の月団』っていうギルドじゃないと、イロモ・サーガを100%楽しめない。そんな気がすんだよなぁ」
二人の言葉は素直に嬉しい反面、そんな彼らにもうPCセイガとしては何もしてやれないという現実が辛く、重くのしかかってくる。
「そっか……」
上手い返しもできず黙り込む俺に場の空気をかえようとハセが言う。
「まっ、俺達の話はこれぐらいにして、お楽しみのアイテム分配、今のうちにやっちゃおうぜ」
「いいね。ギントの奴にはあまりもので十分だ」
「たまにはちょっと良い事言ったと思ったらこれだにゃ。意地汚い男達だにゃあ」
福引でゲットしたレアアイテムをわいわいと騒がしく分配し始めるハセ達。
部外者である今の俺がこれ以上この場いたって仕方がない。
「んじゃ、アイル。俺はもうそろそろ行くわ」
「帰るにゃか?」
「うん。もう少しラーベンの街をぶらぶらてきとうに散策してから例のスキルでね」
そう言って俺は懐かしのマイハウスを後にした。
そしてラーベンの思い出の場所を見て回ったり、店をまわったりしていると、何だかんだで夜もいい時間になっていた。
――コソカナに帰る前にもう一度だけ、見ておくか。
何となくそう思ってマイハウスの前に再び移動する俺。
今回は建物の前にプロージアさんの姿はなかった。
――またお前ともしばらくお別れだな、マイハウスよ。
別にメルフォーネの書の力があればいつでもここには来れるのだが、でもそういう事はすべきじゃないような、そんな気がする。
俺はNPCイージスであって、PCセイガじゃない。
ここはあいつらの家であって、もう俺の家ではないのだ。
――そうか。『マイハウス』でもなくなちまったんだな。
そんな当たり前の事を今さら気づいた自分自身に、俺は失笑してしまった。
――よし、帰るか。
郷愁の念にいつまでも浸ってるわけもいかず、『ナナム』のギルドハウスまで帰ろうとした時だった。
「何か用か?」
プロージアさんに声をかけられたのだ。
彼女は街の食堂で夕食をとってきたその帰りらしい。
「悪いが副団長達はもうログアウトしてしまってるぞ。伝言があるなら聞いておくが」
「いや別に用ってわけじゃなくて、ちょっとこの建物をもう一度見ておこうかなぁって思ってさ」
「そんなに珍しい家でもないと思うが?」
怪訝な顔つきでプロージアさんが俺を見る。
「まぁ、そうなんだけど……」
――このままじゃ完全に怪しい人だな、俺。どうしよう。
と、一瞬迷ったものの。
ふとひらめく、一つの発想。
――彼女になら、いっそ素直に事情を打ち明けてみるのもいいんじゃないか。
俺が抱える事情は、他のプレイヤー達に話せるようなものじゃない。
だがプロージアさんはNPCだ。しかも『無明に宿る赤き黄金の月団』のギルドガーディアンという立場。
事情を打ち明ける相手としては彼女以上の適任はいないとすら思える。
それにアイル達と姫岸さん達の交流もしばらくは続くみたいだし、彼女には俺の事情を知ってもらっておいた方がいろいろ動きやすいかもしれない。
――このままひとりで抱え込んでてもしょうがないしな……。
俺は彼女に事情を打ち明ける事にした。
「プロージアさん、少し時間とれますか? 聞いて欲しい事があるんですけど……」
「ああ、それは別に構わないが」
クールに応じる美人エルフに俺は自身の事を簡単に説明した。
俺が団長セイガであったことを知って、彼女は多少驚いてはいたものの、これまでの俺の不審な行動に合点がいったらしく結構すんなりと納得してくれた。
そもそも彼女だって同じ転生者なのだから、生まれ変わりに対する認識がある分、俺の話に納得しやすいのだろう。
「つまり私達のギルドマスターはもう死んでしまってて、どれだけ待ってても帰ってくる事はないわけだ」
「それでまぁ、どうしたんもんかと思いまして……」
「イージスはどうしたいんだ?」
プロージアさんに問われ、俺はあらためて今の己の考えを整理する。
「突然の事だったからなぁ。ほんと何も言えずにそのままって感じで……。これからあいつらがどう活動しようっとそれはあいつらの自由なんだけど。ただ、俺の為に資金出し合って腕輪を買ったりしてるのとか見ちゃうと、なんか違うなって。このままじゃ駄目だよなって思うのに、何かできるわけでもない自分の無力さが嫌になるというか……」
そうして言葉にしていくうちに自分の中にあるモヤモヤの正体、やりたかった事が見えてくる。
「あいつらと別れるにしても、もっときっちりと区切りをつけたかった……」
「団長のセイガとして別れの挨拶ぐらいは済ませておきたいと」
「……そんな感じです」
俺はそんな事できるはずもないと諦めていたのだが、プロージアさんは意外なことを言い出す。
「だったら今からでも済ませてしまえばいい」
「済ませてしまえばいいって……。無理でしょ」
「どうしてだ?」
「どうしてだって、プロージアさんも知ってるでしょ、転生の事とかをプレイヤー達に話すのは禁止されてるって」
「別れの挨拶をするだけならそんな事まで話す必要はないだろう」
「いや、でもその話抜きじゃ別れの挨拶も何もあったもんじゃ……」
「そんなことはない」
「そうかな……?」
「そうだ。お前のその腕とペンは何の為に存在している?」
「腕とペン……。あっ……」
なるほど。
その手があったか。
――話せないなら書けばいい。
俺はプロージアさんの助言に従って、アイル達に団長セイガとしての手紙を書いて残す事にした。
これなら転生云々の話をしなくたって、彼らに別れの挨拶ぐらい済ます事ができる。
理想を言えば、顔を合わせてしっかりと言葉を交わす方がいいのだろうけど、さすがに今の俺にそれは無理だ。
手紙という形であれど、現状のまま知らぬ顔で放置し続けるよりはずっとマシだろう。
俺はプロージアさんに協力してもらい、ギルドハウスの中に再び入ると、団長室へと移動する。
この部屋は以前俺がPCセイガであった頃、『無明に宿る赤き黄金の月団』のギルドマスターとして使用していた部屋だった。
ここならペンと紙ぐらい置いてあるし、書く為の机もばっちり設置されている。
――昔のままだなぁ。
部屋の中はほとんど俺が当時使っていた頃そのままで、長らく使われていないわりには埃もたまっていなく、綺麗なもんだった。
プロージアさん曰く、俺がいつ帰ってきてもいいようにと、オグさんが暇を見ては掃除してくれていたらしい。
――やっぱりめちゃいい人だな、オグさん。
そんないい人オグさんや皆の為にも、バシっと決まったお手紙を書き上げるぞ!!
俺は団長室でひとり、ギルド『無明に宿る赤き黄金の月団』の団長としての最後の仕事。
皆との別れの手紙の作成に取り掛かった。
伝えるべき事はそれほど多くはない。
大仰な言葉で装飾し、あれやこれやと無駄に書きまくるのも、俺らしくはないだろう。
簡単な言葉でいい。
PCセイガはイロモを引退する事、このギルドの今後について、そしてメンバーひとり一人に対する別れの言葉。
それだけを記して、俺は手紙を書き上げた。
――こんなもんかな……。あとはこいつをどうするかだけど……。
俺がこのギルドハウス内で偶然拾ったふりしてメンバーの誰かに渡すって方法もあるが、それはちょっと無理矢理すぎる気がする。
オグさんが定期的に部屋の掃除してくれてるらしいし、このまま団長室に置いておけば、そのうちメンバーの誰かが見つけてくれるのだろうが、そうすると手紙に気がつくまでタイムロスがある。
あまり趣味のいい話ではないが、やはり俺としても団長セイガからの最後の手紙に対する彼らの反応は気になるし見ておきたい。
と、なるとここは……。
「プロージアさん頼める?」
「私が?」
「うん。団長室の手紙に気がついたって感じで渡してくれればいいかな」
「まぁ、それぐらい構わないが」
――よし、これで後はアイル達がログインしてくるのを待つだけだな。
ふっふっふ、少々趣味は悪いが観察させてもらうとしよう。
敬愛すべきギルドマスターからの手紙を貰って、感動に打ち震える我が団員達の姿を!!




