モルド渓谷
宝探し当日。
最初にログインしてきたのは姫岸さんだった。
「おはようございます」
「おはよう、……って少し早くない?」
少々驚きながら俺が尋ねると、彼女は言う。
「先にお昼の用意しとこうと思って。昨日、何も食べずに寝ちゃいましたし」
もちろんこれはイロモ内での話。
そういや昨日は整理終わったらみんなそっこうでログアウトしてたな。
PCの空腹度は結構なものになってるだろう。
空腹状態のペナルティは無視できるようなものではない。
腹が減っては冒険はできぬのだ。
「なるほど。だったら俺も手伝うよ、マスター」
「いえ、大丈夫です。簡単なもので済ませちゃおうと思ってるんで。イージスさんはどうぞゆっくりしててください」
「いやいや、どうせ俺も暇してるんで」
「そうですか? それじゃあ……」
そんな流れで二人ギルドハウスの台所へと向かう。
台所には昨日福引でゲットした食材がどっさり積まれていた。
その光景を目にしながら姫岸さんは言う。
「これだけあると当分食材には困りませんね」
「まぁ時間の節約を考えたら、お店で注文する方が早くていいんだけどね。料理するは料理するで結構めんどうなもんだし」
「でも私は料理するのも楽しくて好きですよ」
「……実はボクもそうなんですよ。意外や意外、こう見えて、結構楽しんじゃうタイプなんです」
前世の家庭事情含めて、料理なんて正直義務的にやる程度のもんだったが、姫岸さんが言うのなら、俺も今日この瞬間から料理好きになりましょう!!
軽薄な男と笑いたければ笑えばいいさ。
俺の手首は姫岸さんと仲良くなる為なら三百六十度回転するのだ。
「とは言っても腕の方は全然なんですがね。誰か教えてくれる人が身近にでもいたら違ったんだろうけどなぁ……」
ちらちらと目線を姫岸さんに送りながら俺はアピールする。
「じゃあ私でよければ……。でも本格的に勉強したわけでもないので、教えられることなんてほとんどないかもしれませんけど……」
「いやいや、俺まじで初心者に産毛が生えた程度のレベルなんで。基本的なことでも助言がもらえるとすごく助かります!!」
「そうですか。じゃあしばらくはこの食材達を使っていかなくちゃいけないですし、今日みたいに二人でお料理していきましょう」
にっこりと優しい笑顔でそう言うマイマスター。
――ああん、ステキ。
しかし姫岸さんの手料理が食えるどころか、一緒に料理を作れるとか……。
イロモってホント最高のゲームだわ。
まぁそんな感じできゃっきゃうふふと作業を進め、料理ができる頃には他のメンバー達も続々とログインしてくる。
料理は彼女らの分も当然作ってある。
俺と姫岸さんとの愛の料理を振舞ってやり、冒険の準備を整え、そろそろ出発しようかという時。
我らのギルドハウスへ一人の訪問客がやってくる。
それは俺達がよく知る人物。
レティリアさんだった。
「よかった。間に合ったみたいね」
やって来て早々意味深なことを言うレティリアさんに、姫岸さんは突然の訪問理由を尋ねる。
「レティリアさん、どうしたんですか?」
「うん。ちょっとね。シラハにリリナちゃん達のことを頼まれたから」
「シラハさんが私達のことを?」
「心配のしすぎかもしれないけど……。ほら、昨日の宝来祭での福引でレベル5の宝の地図当てたそうじゃない?」
「はい。丁度いまからその地図を使って財宝探しの冒険に出発するところです」
「それなんだけど、その宝探し、私も手伝おうかと思って」
「レティリアさんがですか?」
「ええ。シラハから聞いたんだけど宝の地図を手に入れた時、ちょっとした騒ぎになったのよね?」
シラハさんはポム嬢の実の兄。
妹から昨日の話のあれやこれやを聞いていて知っていても不思議はない。
彼女の問いに、宝条が俺達に確認するかのように言う。
「まぁ騒ぎというか。オグさんがめちゃ当たりだしたところに金賞だったからなぁ。見物人は結構集まってたよな?」
頷く俺達。
それを見てレティリアさんが言う。
彼女曰く、レベル5の宝地図ともなれば財宝や地図自体を強奪しようと企む輩がいてもおかしくないという。
たしかにカナイの田舎街と違いコソカナは人で溢れており、祭りの日となれば遠くの街や、アイル達みたいに国を越えてやって来るプレイヤーもいる。
中にはよからぬことを企む輩もいるだろう。あれだけの見物人がいたのだ、俺達とて危険性はゼロではない。
そこで彼女が手助けしてくれるというわけだ。
「私のゲートで目的地まで飛べば、移動は楽だし後をつけられる心配もないでしょ?」
レティリアさんの申し出の影で、アイルがこっそりと俺に質問する。
「ゲートの魔法をあのお姉さんは使えるのかにゃ? 何者だにゃ?」
「ああ、いろいろとお世話になってるレティリアさん。レベル15の超上級者さ」
「レベル15!! それはすごいにゃ……」
驚くのも無理はない。
彼女が活動の中心にしているラーベンの街じゃ、まず見る事のないレベルだからな。
レティリアさんに協力して貰う事になり、財宝探しの報酬に関して山分けの人数を一人分増やそうとする俺達だったが……。
彼女は言う。
「いいの、いいの。報酬なんていらないわ。言ったでしょ、シラハに頼まれたって。借りなら彼に返してもらうから」
頼もしい助っ人を得た俺達は、彼女の出したゲートを利用し、宝の地図が示す地を目指し、『モルド渓谷』へといっきに移動する。
「にゃはは、さすが移動魔法だにゃ!! 楽々到着だにゃ!!」
「ホント便利だよなぁ。ポムもこの魔法使えるようになってくれよ」
「がんばる……」
魔法ゲートの偉大さにあらためて感心する娘っ子達。
とはいっても、ゲートの魔法も万能ではない。
出現させられるポイントには制限があり、無制限にどこでも出せるわけではないのだ。
目的地は現在地よりさらに奥深く進んだ先にあった。
モルド渓谷奥部『巨顔像の遺跡』。
ゲートに頼れない場所。
お宝が眠る場所までは自力で進んでいくしかなかった。
存在こそは知っていたものの、初めてモルド渓谷を訪れた俺達にレティリアさんがアドバイスをくれる。、
「巨顔像までは、単純に距離だけ見たらここを真っ直ぐ進んでいけばいいんだけど……、このパーティーだとちょっと突破は無理かな」
彼女曰く、モルド渓谷はリザードマン達の巣窟となっており、一体一体こそ今の俺達でも十分相手できる程度のモンスターであるが、一度戦闘が始まれば、どこからともなく次々と仲間のリザードマンが集まってきて冒険者達に休む間を与えないという。
そして連戦に次ぐ連戦でMPや回復アイテムの尽きたプレイヤー達は、彼らの餌食にされてしまうという。
中級者プレイヤーにとってはなかなかの難所らしい。
「でも遺跡まではここを抜けるしかないんじゃ?」
突破が無理と言われたところで一見、他に道はないように思えた。
そんな俺の質問にレティリアさんは笑顔で答える。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと遠回りになるけど迂回路があるから、そっちのルートにしましょ」
レティリアさんが言うにはモルド渓谷にはいくつも横穴が存在しており、その穴同士が複雑に繋がり合ってるらしい。
ルル・ルクルスではその横穴を調べ上げ、巨顔像の遺跡までへの迂回ルートを構築したそうだ。
――この手の情報がさらっとでてくるあたり、さすがトップギルドに所属していた超上級者。頼りになるな。
迂回路を利用するとなると距離的には当然タイムロスはある。
だが本来ならこのモルド渓谷に来るまでにかかるはずだった時間を、ゲートの魔法によって大幅短縮出来ており、それで十分相殺できるという。
それ以前にそもそも、距離的に近いからと強引突破を試みそれに成功したところで、今のパーティーの戦力では度重なる戦闘に時間を食われてしまい、迂回路を通るよりかえって遅くなるだけ。
急がば回れという事だ。
「比較的安全なルートと言っても戦闘は避けられないわ。それといざ戦闘になったら派手な攻撃は自重すること。音を聞きつけて次から次にリザードマンが湧いてくるからね」
レティリアさんから事前の注意を受け、俺達はモルド渓谷での冒険を開始する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トップギルドが開拓した迂回ルートを進む俺達。
渓谷はリザードマンの巣窟という話だったが迂回ルートの効果か、途中、鳴き声を耳にすることはあったものの、実際に魔物の姿を見る事はなく、非常に順調に奥へと進めていた。
だが事前の言葉通り、いくら迂回路といえど戦闘を完全に避ける事は出来なかった。
ある程度進んだ地点で、俺達は行く手に居座るトカゲ人間達を発見する。
その数はたったの二体。
この程度の数、単純に戦うだけなら負ける要素はないのだが……。
「少し距離があるわね」
リザードマン達の様子をうかがいながらつぶやくレティリアさん。
相手のモンスターはまだこちらの存在には気づいていなかった。
奇襲攻撃をかける事も可能な状況。
「私の弓で片付けてもいいんだけど……」
彼女が判断に迷う理由は明白だ。
下手にこのまま攻撃を仕掛け討ち漏らせば、他に仲間を呼ばれかねない。
多少の援軍程度ならそのまま蹴散らせるだろう、だがここはリザードマンの巣窟モルド渓谷。
迂回路といえど、どれだけ湧いてでるかわかったものではない。
「レティリアさん、俺に考えがあります」
迷える美しきエルフに俺は打開策を提案する。
作戦はいたってシンプル。
まずポム嬢が昨日覚えたばかりの召喚魔法でウィスプを呼び出す。
そしてそのウィスプを先行させ、囮にして上手くリザードマン達を俺達がいる通路の方へと釣り出す。
あとはまんまと釣られウィスプを追ってきたトカゲ人間達に、通路に隠れる俺達が奇襲の一撃をお見舞いするだけ。
もちろんウィスプの存在に驚き、奴らが先に仲間のリザードマン達を呼ぶ可能性もゼロではないが、この作戦には結構な自信があった。
前世でのプレイでは何度もリザードマンと戦っており、その生態は熟知している。
リザードマンは動きに多少の人間臭さはあるものの、あまり知能の高いモンスターではない。
魔術的知識を持つ者は限られており、浮遊する青き炎に対する警戒心は人間のそれよりかはずっと低い。
だからウィスプに攻撃禁止の命令さえしていれば、慌てて仲間を呼ぶよりも追いかける方を選択するはずだ。
「悪くないわね」
レティリアさんも俺の作戦に賛同してくれた。
「ポムちゃんお願いできる?」
こくりと頷くポム嬢がすぐに召喚魔法に取りかかり、ウィスプを呼び出す。
「常夜とうつし世の旅人にして、闇夜の案内人たる鬼火の子よ。我との誓いを果たし給え……、ウィルオウィスプ!!」
ポム嬢の詠唱によって姿を現すウィスプ。
淡く光を放つ鬼火の従者に彼女は命じる。
「あっちにいるリザードマンを連れ出してきて……、攻撃しちゃダメ……。わかった?」
言葉を発せぬウィスプは主の命令にゆらゆらと揺れ動いて了承の意を示す。
――鬼火なんて夜の墓場でひとり出会おうものなら、なかなかの恐怖体験だろうが……、こうして間近で見るとなんだか可愛らしいもんだな。
そんな事を俺が思っていると、ウィスプはゆらゆらふわふわと浮遊しながらリザードマン達の方へと向かっていく。
その姿を見送りながら宝条が言う。
「なんか墜落しそうな飛行物体って感じだな。大丈夫かよ、あれ」
「大丈夫……、たぶん……」
ポム嬢もちょっぴり自信なさげ。
だが、ウィスプ君はしっかりと仕事を果たしてくれた。
速度を上げて戻ってくると、その後ろにはしっかりとリザードマンが二体ついてきたのだ。
「おりゃ!!」
釣られてやってきたリザーマン達に我がパーティーの前衛陣が襲い掛かる。
助けを呼ぶ声をあげる暇もなく仕留められるトカゲ人間達。
作戦は成功だった。
「やるなウィスプ」
「やれば出来る子ウィスプ君なのにゃ!!」
「えらいえらい……」
一仕事終えて女性陣に褒められるウィスプ君は、嬉しそうにゆらゆらと浮遊している。
とくにご主人様であるポム嬢になでてもらうのが一番嬉しそうだ。
ちなみにウィスプは敵意を持たれていない状態なら触っても別に熱くはない。
鬼火の精霊だろうと触り放題である。
「イージスさんもさすがです!! 作戦ばっちりでしたね!!」
みんなの称賛が鬼火の従者に集まる中で、姫岸さんは率先して俺の事も褒めてくれた。
ここはスマートに返答してさらなる印象アップを狙っていこう。
「ポム嬢の協力あってこその成功だよ」
自分の事よりも彼女の親友をあげていく謙虚な男イージスさん。
――いい男すぎる返答だわ!!
己の完璧な回答に酔っていると、宝条とアイルが言う。
「まぁたしかにな。貢献度で言えば、ポムが九割、イージスが一割ってとこだよな」
「たしかにポムチャの召喚魔法あってこその作戦だにゃ。しかもこの魔法は昨日の福引でポムチャ自身で当てたモノだにゃ。ポムチャ様様だにゃ!!」
――ええっ……、せめて五分五分あたりにしてくれませんかね……。
自分であんな事言っときながら内心不満気に思っていると、ポム嬢が少し恥ずかしそうに笑みを浮かべながら言う。
「そんな事ない……。イージスの作戦がよかった……」
――ポ、ポムさん!!
俺はなんと恥知らずな男だったのだろう。
こんないい娘を、己の評価アップのダシにしようだなんて!!
心の内で謝罪しておかなくては!!
――ポムさん、まことスマンこってす。
てなことがありながら、お宝探しの冒険は続く。
そして俺達は小規模な遭遇戦を何度かこなしながら、巨顔像の遺跡まであと少しという所まで進んだのだが……。
「うわぁ、めっちゃいるな」
「すごい数……」
「五十近くはいるかにゃ?」
行く手を遮るリザードマンの大群と遭遇する。
たむろする大量のトカゲ人間達を遠目から観察しながらレティリアさんが言う。
「ゴブリンシャーマンやハイリザードマンも何体か混じってる、厄介ね。避けて通ろうにも、他に道はないし……、戦うしかないか」
「いけますかね?」
そう問いかける俺に彼女は即答する。
「範囲魔法を上手く使えば一掃できるはずよ」
「でもそうすると音を聞きつけてキリが無くなるんじゃ?」
「この辺りまでくれば、多少派手に暴れても大丈夫。むしろここで下手に時間をかける方が危険かもしれないわ」
イーゴス各地を熟知している超上級者プレイヤーである彼女の判断を信じよう。
レティリアさんの指示に従い俺達は戦闘態勢をとった。
「始めるわよ」
そう言ってレティリアさんは魔力が込められた矢を、呑気にくつろぐゴブリンシャーマンに向かって放った。
その霊樹の弓による先制の一撃を合図に俺達前衛陣も敵モンスターの前へと飛び出す。
「うおりゃっ!!」
血気盛んな宝条を先頭に俺とオグさん、そしてアイルがリザードマン達に接近戦を仕掛ける。
だが深入りはしない。
作戦では俺達前衛陣がモンスター達の足止めをして、そこへレティリアさんの強力な範囲魔法をおみまいすることになっていたからだ。
むろん四人では大量のモンスターを受けきるには人手が足りない。
その人手不足を俺達はレティリアさんが事前に召喚したゴーレム軍団で補った。
ゴーレム達と共に横陣を組んでリザードマン達を押しとどめる俺達前衛陣。
そうしている間に厄介な遠距離攻撃をしてくる奴らをレティリアさんやポム嬢が弓と魔法で仕留めていく。
やがて邪魔になるようなモンスター達を処理し終えると、レティリアさんは勝敗を決す範囲魔法の詠唱を始める。
あとは彼女の強力な一撃をおみまいするだけ。戦況は非常に順調。
誰もがそう思っていた。
「きゃっ!!」
突然の悲鳴。
声がする方へ振り返り見れば、そこには予期せぬ方向から姿を現した何体かのリザードマン達が姫岸さんに襲い掛かっていた。
「姫!!」
慌て持ち場を放棄して助けに向かう宝条。
だがそんな事をすれば、もとからぎりぎりの人数で押さえ込んでいた前線に穴があく。
「ライナ!!」
「ライナちゃん!!」
俺やレティリアさんの声にも宝条は聞く耳をもたなかった。
当然彼女が空けた穴から敵のリザードマン達は雪崩れ込み、場は完全な乱戦状態へと移行する。
これではレティリアさんの範囲魔法も撃てはしない。
さっきまでの楽観ムードはどこへやら、一気に雲行きが怪しくなってきた。
「ライナのおバカ、にゃんで勝手に持ち場離れるのにゃ!!」
「こうなった以上、文句言ったってしょうがない。とにかく回復アイテムでもなんでも使って倒しきろう!!」
リザードマンに四方囲まれてわめくアイルに発破を掛けながら、俺は次から次へと襲いかかってくる魔物達を相手に奮闘した。
――この程度の修羅場なら前世で幾度と経験済みだ!!
と内心気合を入れてみたものの、前世のキャラと違いこのイージス君はまだレベル7の身。装備品だって一部を除けば、性能で大きく劣っている。
それでもなんとか生き残ろうと必死で戦っていたのだが……。
――ぐっ……、しまった!!
不意をついたハイリザードマンの強烈な一撃にバランスを崩して転倒してしまう。
この状況を見逃してくれるほどモンスター達も甘くはない。
倒れる俺にとどめをさそうと周囲の魔物達が群がり襲ってくる。
――回復アイテムも切れたし、さすがにここまでか……。
転生してからの初死亡の覚悟を決める俺。
リザードマンが得物を振り下ろす、その刹那。
「グギャーー!!」
「ギャッ!!」
大振りの大剣がトカゲ人間達を斬り裂く。
――オ、オグさん!!
我が絶体絶命のピンチにかけつけてくれたのは頼れる大男、オグさんだった。
そして彼は戦闘中にも関わらず自分の分の回復ポーションを投げ渡してくれた。
俺が回復アイテム切れを起こしているのを察してくれたのだろう。
これがあれば、まだしばらくは俺も戦う事ができる。
「悪い、オグさん」
手早くポーションを使用して俺は剣をかまえなおす。
そしてオグさんと共に、襲いかかってくるリザードマン達を斬り倒していく。
――何だかなつかしい気分になるな。前世ではこうして二人冒険の苦楽を共にしたもんだ。
最初こそ連携につたなさがあったものの、もとは幾多の戦闘を共にした戦友同士。
キャラの性能の違いや、過ごした時間の空白を埋めるのにそれほどの時は要しない。
自然と理解できる。
彼がどう動き、何を望んでいるか。
自然と理解してくれる。
俺がどう動き、何を望んでいるか。
戦いの最中、俺達は阿吽の呼吸で連携をとれるようになっていた。
――さらに腕をあげたな、オグさん!!
間近で見る彼の活躍に触発され、俺の動きもよりキレを増す。
だが倒しても倒しても相も変わらず周囲はモンスターだらけ。
それでも俺はまったくやられる気はしなかった。
かつての頼もしい相棒が傍にいてくれたからだ。
「ラスト一匹!!」
「グギャッ!!」
激闘の後、最後の一体を斬り倒した俺は肩で息をしながら呟いた。
「ふぅ……、なんとか生き残った……」
それもこれも傍らで共に戦い続けてくれたオグさんのおかげだ。
彼が助けに現れてくれなかったらとっくにリザードマン達にやられていただろう。
「オグさん、まじで助かったよ!!」
あらためて礼を述べ、自然と前世でそうしていたように俺は彼の大きな手とハイタッチを交わす。
そうしてちょっとした感慨にふけっていると、オグさんがじっとこちらを見つめている事に気づく。
「ん、オグさんどうしたの?」
と、尋ねてみるが返事はない。
いや、まぁもとから無口な人だけど……。
――なんだろ……。俺何かまずったかな? 回復アイテムあとで返せってこと? いやでもそんな事言うような人でもないしなぁ。
などと不思議に思っていると、俺は驚くべきモノを目にする。
それは、はらはらとオグさんの頬を伝わり零れ落ちる雫。
涙と呼ばれる物体。
――ええっ、オ、オグさんが、あのオグさんが泣いてる!?
まさかの事態におろおろと動揺していると……。
「オグちゃん、イージス、大勝利だにゃ!!」
勝利の喜びを分かち合おうとアイルが俺達のもとへとやってくる。
当然、彼女はオグさんの様子に気づくわけで……。
「にゃにゃにゃ!! オグちゃんどうしたのにゃ!! イージスに何かひどいことされたのかにゃ!!」
「しないよ!! そんなこと!!」
猫娘の言葉をとっさに否定してはみたものの、何もなければオグさんは泣いたりしないわけで……。
――もしかして知らないうちに俺は彼にひどいことをしてしまったのだろうか……。
オグさんは恥ずかしがり屋ではあるが泣き虫ではない。
前世でそれなり長い付き合いがあったが、彼が大粒の涙を見せることなんて一度もなかった。
今はそれほどの驚くべき緊急事態。
「俺にも何が何やらわからなくて……」
「とにかくアイルが事情を聞くから、イージスは黙ってみてるにゃ!!」
不安に思いながら俺は、オグさんの話を聞く猫娘の様子を見守った。
話を聞くと言っても彼は喋らないんですけどね。
しかし、そこは『オグさん会話検定』マスター、アイル。
達人の業で親友の涙の理由を探り出す。
「にゃるほど、そういうことだったかにゃ……」
――そういうことって、どういうことなの!?
戸惑う俺にアイルは彼の涙の理由を説明してくれる。
彼女曰く、どうやらさっきの戦いでの俺との連携プレイに昔の事を思い出してしまったのが原因らしい。
その昔の事とはつまり、まるで団長セイガと一緒に戦ってるような不思議な感覚に感極まってしまったというわけだ。
まぁ中の人が同じだからね。
その感覚自体は何ら不思議じゃないんだけど、まさか泣くほどとは……。
驚く俺にアイルは言う。
「実は団長とはもう何ヶ月も会っていないのにゃ、ある日何も言わず突然ログインしてこなくなって……。それでもオグちゃんはずっと待ってるのにゃ、また団長と冒険ができる日がくることを。あのプレゼントだって、予算のほとんどはオグちゃんが出したものなのにゃ。いつかまたログインしてきたら皆で渡そうって……。オグちゃんにとって団長はそれほど特別な存在なのにゃ。もちろんアイルや他のメンバーだって同じなのにゃ!! ……まぁそういわけだから、イージスは何も悪くないのにゃ」
悪くない。
アイルはそう言ってくれるけど……。
たしかに俺にはどうしようもないことだったんだけど……。
――あうあう。心が痛いよ~。
申し訳ねぇですだ。
生まれ変わって姫岸さんとお近づきになれるぞ~。うほほ~い。
なんて呑気に喜んでたなんて、ほんと申し訳ねぇ!!
だって、だってオイラ、皆がそんな風に思ってたなんて知らなかったから……。
――申し訳ねぇぇぇ。
心苦しく思えど、俺がこの場で何かできるわけでもない。
三人の間に重苦しい空気が漂う。
そんな中、姫岸さん達他のメンバーもこちらの方へとやってくる。
「……どうしたんだお前ら、深刻そうな顔して。何かあったのか?」
俺達の様子をうかがうなり宝条が言った。
彼女らに事情を説明すること自体はそう難しいことではない。
けれども内容が内容だ。現状、オグさんは落ち着きを取り戻しており、この非常にデリケートな問題は軽々しく彼女らに話すようなものではないと俺には思えた。
その判断はアイルも同じらしい。
「にゃんでもないにゃ……。それよりライナのせいで大変な目にあったのにゃ!! 勝手に動いたせいで作戦がむちゃくちゃだにゃ!!」
「悪かったよ……。レティリアさんにもがっつり叱られた……」
そのせいでこちらにくるのがずいぶんと遅かったわけだ。
みんなの頑張りもあってか死亡者こそでていないものの、危ないところだったことには違いない。
さすがに彼女も今回の事は反省しているらしく少々しおらしくなってるご様子。
――宝条のやつもレティリアさんには頭があがらないな……。
「あの、皆さんごめんなさい。私が油断してたばかりに……」
事態の責任を宝条ひとりのせいにする事に負い目を感じるのか、姫岸さんが謝罪の言葉を口にする。
けれども彼女に非があると考えるような者がこの場にいるはずもない。
「リリナ嬢が謝ることはないのにゃ。戦闘中の不意打ちなんてよくあることにゃ、ライナが魔法の詠唱終わってから動けばよかっただけの話なのにゃ」
「ああ。あたしが勝手にやったことだ姫は何も悪くねぇよ」
アイルだけでなく宝条自身も己のせいだと言い切る。
だけど姫岸さんはそれで良しとはできないらしい。
「違うんです!! ライナが急いで助けにきてくれたのには理由があって……、私にあんな事があったから……」
「あんな事ってなんだにゃ?」
事情を呑み込めぬ猫娘に姫岸さんは例の監禁騒動のことを説明する。
どうやらライナはあの事件の時に何もできなかった己のことをとても不甲斐無く思い、もう二度とそんな事がないようにと気を張りすぎちゃってたらしい。
その気持ちが空回りしてるのが、作戦無視や最近のスランプの原因だったわけだ。
「にゃるほどにゃ~。そんなことがあったのかにゃ……。それならまぁ仕方ないかもしれないけどにゃあ。う~んでもにゃあ……」
監禁屋みたいな悪質なプレイヤーに襲われるのとは訳が違い、冒険でモンスターにPCがやられる事なんてままある事だ。
そんな事を過剰に気にしてみんなが勝手に動きまわってはチームプレイも何もあったものじゃない。
難しい顔をする猫娘の肩をオグさんが叩く。
「にゃ? オグちゃんどうしたのにゃ?」
どうやら彼も宝条達に言いたいことがあるらしい。
「ふむふむ。オグちゃんはこう言ってるのにゃ。『ライナの友達を心配する気持ちはよくわかる。だけど彼女の力を信頼して任せてやることも、心配するのと同じくらい大切なことだ』にゃ」
さすがオグさん、いいことを言う。
相手を思う気持ちと信頼、この両方があってこそのチームプレイですからね。
――そう、俺とオグさんのように!!
先輩プレイヤーからの非の打ち所がない助言に、宝条はしおらしい口調のまま答える。
「ああ、わかってる。レティリアさんにも似たようなこと言われたよ」
さすがレティリアさん、年の功……じゃなかった、一流プレイヤーはいいことを言う。
ってなわけで宝条も十分反省してるようなのでこれ以上彼女を責め立てても仕方がない。
この場に漂うどこか重苦しい空気を振り払うように、レティリアさんが軽やかな口調で指示する。
「さぁ、こんな所にいつまでもじっとしてるわけにもいかないわ。こうしてみんな無事だったわけだし、先を急ぎましょう。巨顔像の遺跡はもうすぐそこよ」




