失恋
俺はそれから覗き魔の汚名を背負って生きた。同級生達からのいじめに耐え続けた。
覚悟はしていたし、はっきり言っていじめ自体は慣れてしまえば、耐えれる程度のものだった。
たいした事はない。だが、そんなものよりもっと辛いモノ。
それは、今まで自分を信頼していた人間を失望させてしまった事だ。
いじめられっ子を助ける煉城聖我と人間を認めてくれていた人達を、大人、子供問わずに失望させた。
正直、この事実が一番きつかった。
それでも俺は、それがいい事だったかどうかは別にして、真実に蓋をして生きていく事を選んだのだ。
これが覗き魔事件の真相、天使すらも俺を犯人扱いしてた、あの事件の真相だ。
――うぅ。
言いたい。すごく言いたい。
俺じゃないって、本当は、俺はそんな事してないのだって、憧れの姫岸さんには知っておいて欲しい。
でもそれはもう生まれ変わった今では叶わぬ望み……。
そんな風に思考しながら苦悶していると、姫岸さんが予想外の事を言い出す。
「……私、知ってるんです。覗きをしていた本当の犯人を」
――へ?
どういう事だ。何故、彼女が知ってるんだ。
俺は誰にも真相を喋った事はないぞ。
「本当の犯人?」
「はい、実は……」
姫岸さんが語り始める。
彼女が言うには、その日家の都合で学校に来るのが遅れていたそうだ。そして丁度、覗き魔事件の発生する時間に登校したのだと言う。
そこで彼女は目撃してしまう、田中が覗きをやっている瞬間を。
覗き現場に遭遇するという衝撃的な出来事に彼女はパニックを起こしてしまう。
彼女の性格を考えれば無理もない事だ。
同級生が覗きやってるなんて、ある種の恐怖体験とも言えよう。
そしてトイレに逃げ込み、先生に言うべきかどうか悩んでる内に外が騒がしくなり始める。
様子をうかがってみると、なんと別人が犯人扱いされてるではないか。
冤罪だ。
しかもその対象が、自分が好意を寄せてる男子。
彼女は決意する。
犯人を告発しようと。
しかし、そう思って騒ぎの現場に近付いてみると、様子がどうもおかしい。
冤罪のはずなのに。
犯人扱いされている男の子は黙ったまま、ほとんどろくに反論していない。
何故……、そう考えてすぐに彼女は理解した。
真犯人を告発すれば、その子がまたいじめられる事になるからだと。
あらぬ罪で疑われている彼は、庇おうとしているのだと。
それを理解してしまった時、彼女は真犯人を告発する勇気を持てなくなってしまった。
一度タイミングを逃してしまえば、あとはもうずるずると、時間が経てば経つほど、今さら言い辛い状況のみが出来上がっていく。
真犯人を知っていながら黙っている自分。
冤罪のせいでいじめられているのを知っていながら何も出来ない自分。
ただ臆病に、時が過ぎるのを待つ事しか出来なかった自分。
『卑怯な人間なんです』。
あの言葉に込められた姫岸さんの苦悩を、ようやく俺は理解出来たような気がした。
「きっと彼は、こんな私を知ればひどく軽蔑するでしょうね」
するわけないじゃーん。
そんな軽蔑するなんて、ありえないですよ姫岸さん!!
自責の念に囚われてる彼女をどうにか元気付けなくては……。
よ~し。
「う~ん、俺にはそうとは思えないな」
「えっ?」
「話を聞いてる限りさ、マスターの事情を考えもせず、責めるような奴には思えないよ、その男の子」
思えないというか、張本人です。
「それは……」
「きっとその子がマスターに何か思ってるとしたら、自分の事で変に悩んだりしないで、マスターには笑顔でいて欲しい。たぶんそういう風に考える人じゃないかな」
「イージスさん……」
前世の俺を上げつつ、姫岸さんを元気付けしつつ、さらに今の俺の好感度も上げていく。
完璧じゃあないですか!!
「そうかもしれませんね。優しい人でしたから……」
「うんうん、きっとそうだよ。だから元気出して」
「……なんだか不思議です、こうしてイージスさんとお話してると、まるで彼と話してるみたいで……」
うん、だって本人ですからね。
しかし、これはなかなか悪くないんじゃないか。
前世の俺に姫岸さんは好意を抱いていたわけで、その好意をこのまま現在の俺へとスライドさせていけば……。
「えっ、そうなの。じゃあもしかして俺にもチャンスあったり?」
「ふふ……」
なんなの!!
その、ふふって意味あり気な笑いは!!
やっぱりこれはあれか、NPCに口説かれても対応に困るわ的な笑いなのか。
――そうだよな。俺NPCだもんな。いろいろと無理があるよな。
と、独りで盛り上がったり、盛り下がったりしてると姫岸さんが何やら語り始める。
「私がこのゲーム始めたの、実は彼の影響なんです」
えっ、そんな彼氏の影響で始めましたみたいなノリで語られても、俺達そんなに親しくなかったじゃん。
そんな嬉し恥ずかしイベントなかったじゃん。
どういうこと?
「影響?」
「彼の事、何も知らなかったんです、私。あまり話せる機会がなくて……、いいえ、話し掛ける勇気がなかったんです」
彼女の話を俺は黙って聞く。
「好きな人の事を何も知らない自分。好きな人に何も聞けない自分。そうやってそのまま時間だけが過ぎていく……。そんな時でした。彼がこのゲームにすごくはまっているっていう話を聞いて、興味が沸いたんです。……彼が夢中になってるイロモってゲームはいったいどんな物なんだろうって」
なんだかむず痒くなるような話ですが……。
「それで先にこのゲームで遊んでたライナに遊び方を教えてもらって、私もやってみる事にしたんです」
なるほどなぁ。
あんまりゲームとか興味なさそうな姫岸さんがイロモやってたのはこんな理由があったからなのか。
「最初は途惑いました。わからない事だらけだし、怖いモンスターとかたくさん出てきて」
怖いモンスターか。
まぁさすがにVRMMO初体験だとリアルさにびっくりもするか。
慣れるとモンスター達も可愛いもんだけど。
「でもいろんな人に助けてもらいながら、少しずつこの世界の事を知っていって……」
いろんな人……。
以前も世話になっていたというシラハさん達の事だろうなぁとか考えてると、姫岸さんがこちらを向く。
そして……。
「今日は本当にありがとうございました」
あらためてのお礼。
「あの人が好きだった物を、嫌いにはなりたくなかったから……。それに今では私も好きです、この世界の事が」
監禁なんて怖い思いをしたら、そのままこのゲームから遠ざかってしまってもおかしくない。
しかし、彼女のこの様子を見ると、それはどうやら杞憂のようである。
「そっか。それはよかった。この世界はさ。すごく広くて、いろんな人がいて、まだまだ面白い事がたくさんあるからさ。無理せず楽しんでいってよ」
「はい……」
今日は一日大変だったけど、これでめでたしめでたしだな。
それにしても、だいぶ話し込んだなぁなんて事を俺が考えてると、どうやら彼女も御休みの時間らしい。
「そろそろ戻らないと……」
「うん、おやすみ~。俺はもうちょっとここで星でも見とくよ」
「はい、おやすみなさい」
御休みの挨拶をして、屋上から去ろうとする姫岸さんだったが。
その歩みを途中で止める。
「……イージスさん」
両手を後ろで組みながら黒髪を揺らし、こちらへと振り返る彼女。
「やっぱり、私まだ彼の事が好きみたいです」
そう言って微笑むリリナは世界一美しかった。
――う~ん、これはふられたって事なのかな。
まだ俺の事が好きだから俺がふられる。
これも失恋の内に入るのだろうか……。




