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夏の日の事件

 あれは陽射しの強い、暑い暑い夏の日だった……。


 もうすぐ夏休み、浮かれるキッズ達がプールで泳ぎ回っている中、それを見つめる男子二名。

 二人はこの日、体調が優れなかった為に、見学者として他人がきゃっきゃうふふしてる様を数十分見続けるという苦行を課せられていた。


 その苦行を課せられた二名とは……。


 俺と……、田中という男子だ。


 田中は外見も内面も気弱さMAX!!っといったような感じの奴で、人付き合いも上手くなく、こういった子はいじめっ子のターゲットになりやすい。

 事実、彼は頻繁に同級生達にからかわれていたし、それがイジメと呼べるほどのものに発展してしまった事もあった。


 当然俺はそれを止めたりはしていたものの、表面上の嫌がらせこそ減ったが、影では悪口を言われたり、軽くからかわれたりとそういった事までは完全に無くならなかった。

 田中は常にクラスから浮き気味で、孤立していた。


 そんな彼に対して、ときおり俺は声を掛けたりしていた。

 ゲームやら漫画やら何て事ない話題から、勉強の話題などそれとなく振ってみたりしていたのだが、これが見事に会話が弾まない。


 もとから俺も人付き合いが上手い人間ではない。

 口下手と超口下手の無理矢理な会話は悲劇的なほどにつまらないものだった。


 正直これではお互いしんどいだけだろう。


 そういった考えもあり、ザ・他人といった付き合い。

 困ってる時は助けるし、挨拶ぐらいは交わすけど、俺ら別に友達ではないよな状態に落ち着く事になった。


 それで互いにそれなりに上手くやっていた、……はずだったのだ。


 しかしこの日、悲劇が起きてしまう。


 終了のチャイムが近付くと女子達は着替えの為、一足先に教室へ向かう。

 男子達はというとプールの授業中での悪ふざけがいき過ぎ、連帯責任で説教を受ける事になっていた。


 連帯責任といっても見学者二名は完全に無関係。

 俺と田中は、ほとんど女子達と同じタイミングでプールをあとにする事になる。


 当然教室では女子達が着替え中。

 中に入る事など出来ない。

 彼女らの着替えが終わるまで廊下で待機する事になるのだが、俺はその前に小便を済ませておこうと独りトイレへ、……これがどのような悲劇を生むかをも知らずに。


 ふう、すっきりとトイレから出てきた俺に。

 どんっ、と少年がぶつかる。

 田中だ。


 彼は謝りもせず、そのまま俺と入れ替わるようにしてトイレへと駆け込む。

 そんなに慌てるほど漏れそうなのか……と、呑気に考えていた俺は特に気にする事もなく教室の方へと向かった。


 だが、どうも様子がおかしい。


 ざわざわと教室の中が騒がしいのだ。


 何だろう……、とは気になったものの、女子達が着替えてる中の様子を覗くわけにはいかない。

 大人しく廊下で待っていよう、そう考えていた時。


 力強く教室のドアが開けられ、中から鬼のような顔をした女子が顔を出す。

 宝条雷那だ。

 そして彼女はそこに俺の姿を見つけるや否や。


「煉城!! さいっていっ!!」


 罵声を浴びせる。


――へ?


「死ね!! 覗き魔!!」


――覗き魔??


 一瞬、混乱して唖然とする俺だったがすぐにピンと来た。


 田中だ。


 田中よ……。

 なんてうらやま……、じゃなかった。

 覗きは立派な犯罪ですよ!! いかんですよ!!


 とりあえずこのまま覗き魔にされるわけにはいかない。


「覗きって何だよ、んな事するわけないだろ」

「しらばっくれんな!! ここにいるあんた以外に誰が覗けるって言うのさ」


 田中君です……。

 ってすごく言いたいけど我慢する俺。


「勘違いだろ」

「絶対覗いてた。死ね、変態」


 ここで怒れる宝条の言葉を否定し、田中へと疑惑の目を向けるのはそう難しい事ではない。

 だが、よりによって田中とは……。


 もとからクラスで浮いてる気弱な奴だ。

 覗きをやったなんてばれたら、そりゃもう悲惨な事になるだろう。


 下手すりゃ不登校路線まっしぐら。


 自業自得な部分があるとはいえ、死刑宣告にも近い告発を行う気にはなれない。


 宝条の問い詰めるような視線に、俺は沈黙を選択するしかなかった。

 それはもはや、彼女にとっては疑惑を認めたに等しい行為。


 すぐに糾弾する為の裁判が開かれる事になる。

 教室で俺を囲む同級生達。女子だけでなく、授業を終え、着替え終わった男子達も話を聞いてここに加わっている。

 とくにいじめっ子達は日頃気に食わない奴の失態を騒ぎ立てるチャンスだとばかりに、喜んでこの輪に加わった。


 覗きを認めろと、罵詈雑言と共に迫る彼らの声を聞きながら、俺は必死考えた、この窮地を脱する方法はないかと。

 しかし、ガキの鈍い頭と、急なピンチに陥ったある種のパニック状態のせいで、名案など浮かばない。


 進退窮まった俺が田中の方へと視線を向けると、彼はまるで震えるチワワような情けない目でこちらを見返していた。


――はぁ、しゃあねぇなぁ。


 ここで俺は田中を庇いたい一心で恐らくは最低の悪手を打ってしまう。


「ごめん……、ちょっと魔がさして」


 彼の罪を庇い、嘘の自白を行ってしまったのだ。


 その後どうなったかは、想像するに難くない。

 普段、正義漢気取りでいじめを止めてた野郎が覗き魔となれば、ここぞとばかりにいじめっ子達は喜んで糾弾する。


「うわぁ、気持ちわりぃ。田中ぁ、どう思うよこの覗き魔をよぉ」


 いじめっ子の一人が、田中へと話題を振る。


「……最低だと思う」


 青白い顔しながら田中が言った。


――誰を庇ってやってると思ってんだよ。せめてノーコメントで通せよ……。


 ここでブチ切れて真実を明かす選択肢もあったのかもしれないが、正直その気力はなかった。

 そんな事をしたところで見苦しい言い分けにしかとられないだろうし、何より田中の必死さとアホさ加減に哀れみを覚えていたからだ。


 そう、わざわざ庇ってる人間の反感を買うような事を言ってしまうのが田中という奴なのだ。


 こうして俺がいじめの次の対象になるに十分すぎる理由を、いじめっ子達は手にしたのだった。

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