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アストビア

 全身に衝撃が走り、意識が覚醒する。

 砦の床の冷たさが肌に伝わり、耳に聞き飽きたPK達の下品な声が入ってくる。


 再び俺は見知ったイロモ世界へと帰ってきたのだ。


 夢か、意識を失っていたのか。

 それにしては、さほど時間が経っているようにも思えない。

 剣を手に取ったあの瞬間から数秒と経っていないように感じる。


 あれが、あの体験が何であったのか。

 それを頭で理解する事は出来ないままであったが、手に握る剣から伝わってくる不思議な感触がただの幻ではなかった事を教えていた。


 大きく変貌していた。

 認識が、自覚が変貌していたのだ。


 自分の内で、自分の傍で、当たり前であったモノがそうではなくなり、無かったモノが当たり前のように存在している。


 こんなモノが、こんなにも近くにあったのだ。

『私の力は既にあなたのもとにある』、女が言っていた言葉の意味を俺は知る。


 理屈ではない。論理ではない。

 それらを飛ばし、本能が知っていた。


「こいつまじでやる気みたいだぞ」

「ぎゃははは、こんな雑魚もう素手でもいけるっしょ」

「ぼっこぼこにされてもなお立ち向かう、笑えるほどご立派だわぁ」


 剣を握り立ち上がる俺を見てからかい続けるPK達。


 俺は自分が笑えるほど立派だとは思わない。

 だけど、俺は笑えるほど馬鹿馬鹿しいとは思っている。


 力はあったのだ。それは使えたのだ。


 どうしてこんな事に気がつかなかったのか。

 その馬鹿馬鹿しさを笑わずにはいられなかった。


「なんだこいつ、笑ってんぞ」

「殴られすぎてついに壊れちゃったか」

「NPCも壊れるとかあんの?」


 笑う俺を見てPK達が少し気味悪がったが、今さらそんな事どうでもいい。


 もうやるべき事は決まっている。

 もうやりたい事は決まっている。


 脳裏に浮かぶ女の姿。

 残響となり繰り返される彼女の声。


 そして俺は剣を手に、彼女の囁きと同じ言葉を無意識の内に呟く。


「くたばれ糞野郎」


 力の行使に、ためらいはいらない。


「ああん? なんだって?」


 俺の呟きに反応し、鈍器を持ったPKが近付いてくる。


 だが俺の注意はほとんど彼に対して向きはしない。別に脅されようが、殴られようが、半殺しにされようが、そんな事はたいした事ではなくなっていたからだ。


 彼らが何をするかなど、もう関係ないのだ。 


「星を渡る、古きにして常しえの盟友よ。偽りに惑う魂を見守る最後の失望者にして、天秤を捨てし正義の女神よ」


 それは意図的でありながら無意識の内であった。

 意図したのは力の渇望、無意識にしたのは紡いでいく言葉。


「急にぶつぶつとなんだ」

「呪文か?」

「こんな詠唱あったか? 聞いた事ねぇぞ」


 PK達が顔にハテナマークを浮かべて会話している。


「現下の世に汝を求むる者あり」


 俺自身、紡がれていく言葉の意味を知りはしない。

 俺にとってこれは赤子の呼吸と同じ。

 理屈など知りはしないし、誰かから教わったものでもない。

 力を必要としたなら、極自然に、当たり前に、無意識に、言葉は紡がれていくのだ。


「バージョンアップで入った新魔法とか?」

「てかそもそもこいつ戦士キャラだろ」

「まじでAIバグちゃったんじゃね」

「壊れた玩具で遊んでても仕方ねぇし、もうとっとと殺ししちまおう」

「おう、そうだな」


「我が命じるは誓いの成就。我が求むるは宿命を」

「ぶつぶつうっせぇんだよ!!」


 PKは詠唱を続ける俺に対して容赦なく鈍器を振り抜くPK。


「……砕く力。守護者にして断罪者『アストビア』よ」


 詠唱の途中で吹き飛ばされ、倒れ込む俺だったが、それでも 手に握られた剣は決して離さず、詠唱を続ける。


 その様子に少しムキになったPKが鈍器を再び構えながら近付いてくる。そして……。


「これで終わりだ。おらぁぁぁあ!!」


 それを叩きつけるが如く、振り下ろそうとした時。


「我が前にその姿を示せ」


 俺の詠唱も終わっていた。


 剣に眠る力が解き放たれるように溢れ出る。

 それは嵐のような勢いを持って弾け、大部屋を呑みこみ、吹き荒れた。


 圧倒的、全てを圧倒し薙ぎ倒すかのような嵐を生み出した剣は、己を抑え込んでいた錆を落とすようにしてその平凡極まりない姿を変貌させていく。


 冷たく、妖しく、美しく。


 変化するのは剣だけではない。

 溢れ出た力によって俺自身、細胞の一つ一つまでも生まれ変わるような感覚が頭から足の先を覆っていた。


 力の爆発、その嵐が治まった時、部屋に粉塵が舞い立ち込める中、ほとんど何も見る事が出来ない視界とは対照的に、俺の頭はすっきりとひどく冴えていた。


 剣から伝わり、俺の内を脈動する力が教えてくれる。


――ああ、そうか。あれは……。


 この時になってようやく自分が口にした言葉の一端、その意味を知る。

 剣の名は『アストビア』、そしてまさしくそれがあの不思議な女の名であったのだ。

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