表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/73

見知らぬ場所で見覚えの無い

 気付けば見知らぬ場所にいた。

 さきほどまで口汚い言葉をあれほど浴びせてきていたPK達の姿はどこにもなく、天使ミカエルの姿も見えない。


 静かで誰も居ない場所。


 床や壁、柱に天井と、それらこそは砦と同じような石造りであったが、部屋の構造は大きく異なっていた。

 後方に振り返ると、そこは広い通路のように長く、長く、先が見えぬほどであり、高い天井を支える円柱が延々と遥か彼方まで続いてる。

 そして無限の如く続くその円柱群よりも強く目を惹くのは、逆方向、自身の目の前に配置された巨大な門であった。


 門には奇怪で不思議な紋様が刻まれており、それが何を意味しているのか俺にはわからない。

 ただその紋様のせいなのか、あるいは門自体の巨大さのせいなのか、不思議と目が離せなくなってしまう。


 何かがこの先にある。


 俺の直感が告げていた。


 自然と足が門へと向かい、手が伸びる。


 閉じきられたその巨大な門は人一人の力ではとても開きそうには思えなかったが、俺は駆り立てられるように、力強く門を押し開こうとした。


 重い。


 確かに重い感覚こそはあるものの、ゆっくりではあるがその巨大さからは信じられぬほどに門はあっさりと開いていく。


 音をたてながら開かれていく巨大な門。


 その先にあるのは……。


「久しぶりね」


 見覚えのない女がそこにいた。


 美しい女だった。

 息を呑むほどに彼女は美しかったが、だがそれは異性に見る肉欲的な美しさではなく、天嶮の山々を思わせる厳しさを秘めている。


 カリスマ。


 彼女が持つ美しさはそれを体現したものだろう。


 言葉が出なかった。

 最初の一言が美しさに呑まれ出てこなかった。


「どうしたの?」


 黙って彼女を見る事しか出来なかった俺を見て、彼女は妖しく微笑む。

 その笑みに込められた妖艶さは女のそれとはやはり異なり、宝石の如く、心を奪う。


「あなたはいったい……」


 ようやく口から零れ出た短い言葉。


「いったい?」


 先を促がすように彼女が言った。


「何なんですか」


 誰でもなく、何者でもなく、何なのか。

 そんな言葉が出てしまうほどに彼女は別格なのだ。

 己の本能がそれを理解していた。


「ひどいわね。わかりきっていた事ではあるけれど……」


 俺の問いに初めて彼女の表情が少しだけ揺らいだ。


「俺はあなたを知らない……、なのにあなたは……」


 そう言ってる最中、突然目の前から彼女の姿が消え、同時に、何者かの手が背後からそっと俺の顔を撫でた。


「肉体に刻まれた記憶が失われようと、魂に刻まれた記憶が失われる事はないわ」


 耳元で囁く声。

 そして脳裏に不思議な光景が浮かんでくる。


 赤い月が照らし、青い星が輝いていた。

 紅の草原に立ち、麦畑に囲まれた村にいた。

 天涯に浮かぶ大理石の街。

 空を翔る鳥の背。

 炎の海を渡る岩鯨。


 そのいずれの場所にも彼女はいた。


 俺は彼女を知っている。

 浮かんできた光景と共に、その感覚だけが己の内に湧いて来る。

 だが、彼女の名や不可思議な景色の数々がいったい何であるのか、そればかりは何一つ思い出す事はなかった。


「俺は……、あなたを知っている?」


 知っているという本能的な感覚と、何一つ理解できぬ頭との乖離。

 それは奇妙な心地となり、途惑いを覚えさせた。


 その様子に背後で女がくすりと笑い言う。


「少しは思い出せた?」


 あれを、あの感覚を思い出したと言うべきなのか。

 途惑いながらも俺は彼女の問いに答える。


「……わからない。不思議な場所が見えました。そこで俺はあなたと一緒にいた。いたような気がする。でもそこが何なのかわからない。あなたの名も、何も……」

「そう。今はそれでもいいわ」

「今は?」

「そのうち思い出す事もあるでしょう。それに……」


 背後から俺の正面へとまわる女。


「今のあなたが必要としているのは過去の記憶なんかじゃないはずよ。どうしてあなたはここにいるの?」


 どうして……。

 そう問われてようやく俺は肝心な事を思い出す。


 自分がすべき事を。


「……そうだ。俺はあいつらと戦っていて、剣を手に取ろうとしてそれから、気がついたらここに……、急いで戻らなきゃ」


 そうは言っても、戻り方がわからない。

 そもそもここがどこであるのかかも、理解し切れてはいないのだ。


「あの……戻り方を教えて下さい。あなたが俺をここに呼んだのでしょう?」


 確信もなく尋ねる俺に彼女は言う。


「あなたが私に会いに来たのよ」

「俺が?」

「必要なモノを取り戻す為に、魂に刻まれた記憶があなたを導いた」

「必要なモノ……」

「そう。力が必要なのでしょ?」


 ただのレベル5のNPCではあのPK達に勝ち目はない。

 そしてもっと大きな理不尽に抗いようもない。


 だからこそ俺は、力を渇望したのだ。


「それをあなたが俺に与えてくださると?」

「いいえ、私の力は既にあなたのもとにある」

「既に?」

「ただ忘れてしまっていただけ。その使い方を」

「使い方……」

「でも、もう大丈夫。こうして私に会いに来れたのだもの」


 何が大丈夫なのか。彼女に会いに来たから何だと言うのか。

 要点を掴み切れぬまま、彼女の言葉は続く。


「恐れないで、ためらわないで。感情を殺せば、力は失われたままになってしまう。たったそれだけの事なの」


 ぞくりとした。

 彼女の話の途中、背に異様な気配を感じ振り返ると、開かれた巨大な門の向こう側に暗い闇夜が見えた。

 そして門から続く無限の円柱がどんどんとそれに呑まれていく。


「さぁ、時間よ」

「ちょっと待ってくれ。俺はまだ何も……」


 何も理解出来てはいないし、必要なモノを取り戻せたとも思えない。

 慌てる俺に魅惑的な笑みを浮かべた彼女が言う。


「魔法の言葉を教えてあげる」


 そして、全てが闇夜に呑まれていくのと同時に、再び耳元で彼女は囁いた。


「『くたばれ糞野郎』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ