神々の作品
子供が子供をいじめるのにたいした理由はいらない。
小さな失敗、小さな違い、いたずらな気まぐれ。
ほんの些細な事が、その標的の理由となる。
昔から俺は他人とどこか違っていた。
いや、本当は誰もが一人一人違っていて、その違いを皆は上手く隠せていただけなのかもしれない。
結局俺はそういう違いを隠すのが苦手な子供だったのだ。
どうにもどうやら世間一般の子供というのは、気に食わない他人に嫌がらせをするのが大好きなもので。
どうにもどうやら世間一般の子供というのは、それを見てみぬふりをするものらしい。
でも、俺が憧れていた漫画やアニメのヒーローってのは、困ってる人を助けていたし、俺が憧れていた親父は困っている人を助け、困ってる人がいたら助けろと言っていた。
だから特に深い考えもなしに真似ていたんだろう。
いじめられてる奴がいたら、それを止めに入っていた。
大人達はそんな行為を褒めはしたが、それが余計に同級生の反感を買うはめになっていた。
そんな中生じたある『事件』、それは俺がいじめの標的となるに十分な理由となった。
最初は口汚い罵倒や仕様もない嫌がらせ程度の事が続くだけだったが、いつしか彼らもそれでは飽き足らず直接的な暴力を振るうようになっていく。
抵抗すれば抵抗するほど、それは陰湿さと強さを増し、逆効果となった。
彼らは楽しいのだ。
標的が浮かべる苦痛や怒り、そういった反応が楽しくてたまらない。
それがわかったから、俺はいつしか抵抗する事すらやめてしまい、ただじっとそれを雨や嵐が過ぎ去るのを待つが如く耐えるようになっていった。
大人を頼る事はしなかった。
馬鹿な子供と言えばそれまでだが、大人を頼るってのはなんだか情けなくて、かっこ悪いような気がして……。
それに、嫌だったんだよ。
自分の事で誰かが怒ったり、泣いたりするのが。
自分の為にあの人達がこれ以上傷つくのが。
でもまぁ、いろいろ御託を並べてみても、結局は勇気がなかっただけなんだろう。
『助けてくれ』。
その一言を言うだけの。
それはたぶん助けを呼ぶ事も、助けに入る事も出来なかったあの日の彼女も同じで……。
不思議なもんだ。
人間ってのは個人差はあれど案外大抵の事には慣れてしまう。
馬鹿にされるのも、殴られるのも、そのうち日常のそれとして自分の中では処理出来る様になってしまう。
だけどさ。
それでも、どうにも慣れない事もある。
こればっかりは、いつも胸を締め付けるような痛みに襲われる。
――姫岸さん……。
PK達に嬲られるようにして弄ばれる中で俺が見た少女の表情。
それは忘れられるはずもない、あの日の彼女と同じもの。
――またあなたにそんな顔をさせてしまった……。
「おらおら!! どうしたよ!! 一矢報いてみようっていう気概はねぇのか、気概は!!」
一方的にPK達に殴られ続ける。
反撃しようにも朦朧の状態下では満足に出来るはずもなく、ひたすらに殴られ続ける。
彼らに俺を仕留める気はまだないらしい。
攻撃を受け減ってきた俺のHPを回復してまで、その行為は続いた。
「てめぇは何しにきたんだよ、おい。なぁ聞いてんのか僕ちゃんよぉ!!」
何しに……。何しに来たんだろう。
「勝てると思ってたのかよ!! レベル5の雑魚NPCがよお!! 何か出来ると!! おらっ!! なんとか言えよ!!」
思ってないさ。わかっていたさ。
本当は何も出来やしないって。
だって、結局はいつも……。
いつも……、出来やしないのだ。
「ほらぁ、お喋りできまちぇんのでちゅか~?」
そう言ってわざと拳を止めるPK。
だが、俺が何か言おうと口を動かした瞬間。
「……はい、時間切れ!!」
顔面に躊躇なく放たれる蹴り。
「ぎゃはははは!!」
「いいの入ったねぇ!!」
トウタ達が盛り上がる中、姫岸さんのPCを見張っていた魔術師のPKが言う。
「お~い、トウタ。こっちの女、ログアウトしちゃったみたいだけどいいのか?」
見れば、さきほどまで悲痛な表情を浮かべていた少女の姿はそこにはなく、瞳の色が抜け落ちた無機質な人形が代わりに横たわっていた。
「まぁ、別にいいだろもう。……もうちょっとぶっさいくな泣き顔見るのも悪くなかったけどな」
「ぎゃははは!! 何、何、トウタ、お前そういう系? そういうのが好きなの?」
「ちげぇって、や~め~ろ~よ~」
「ぎゃははは!!」
たった一人の観客が居ようがいまいが、彼らのやる事は変わらない。
「外の決着もそろそろつくだろ。それまでこいつでもうちょっと遊んどこうぜ」
「先生~、イージス君がボクシングごっこがやりたいって言ってます!! しかも彼、サンドバック役やりたいそうで~す」
「おっ、イージス、えらいぞう。よしそれじゃあまずは君からいってみようか。それ、ワン、ツー。ワン、ツー」
「うわぁ、似てるわぁ。あれだろ、三年の時の大塚の真似だろ」
「おっ、わかっちゃった?」
「わかるわかる。まじでお前才能あるわ~。似てたわぁ」
「よ~し、近藤、気合だぞ、気合。拳に力を入れろぉ。それ、ワン、ツー。ワン、ツー」
「ぎゃははは!!」
彼らは笑う。
良心の呵責はなく、後ろめたさはなく、彼らは殴り、蹴り、罵倒する。
それは俺が彼らにとってゲームのキャラクター、中身のないNPCであるから出来る事なのだろうか。
まさかな。
きっと同じさ。
俺がPCであっても同じさ。
姫岸さんの涙を見て、あんな事を言ってた奴らだ。
ゲームの世界だけでなく、こいつらは現実世界でも同じような事をやって喜んでるんだろう。
楽しそうに笑いやがる。本当に楽しそうに……。
理不尽じゃないか。
理不尽じゃあないか。
どうしてこんな奴らが楽しそうに笑っていて、あの子が、姫岸里利奈が涙を流さねばならなかったのか。
どうしてこういう連中が楽しそうに笑っていて、あの人が、あの人達が涙を流さねばならなかったのか。
どうして、どうして……。
「ずいぶんとお困りのようですね」
突然聞こえてきた突き刺すような澄んだ声。
聞き覚えのある声。
――ミカエル……。
顔を上げた俺の目の前で、天使が笑っていた。
彼女の顔を見て浮かんでくる疑問はいろいろとある。
何故ここに、何故今、何故……。
だが、それらも奇妙な状況下ではあやふやなまま漂っているだけで、かたまりきらない。
突如現れた天使の存在に気付いているのはこの場ではどうやら俺だけらしく、PK達の様子に変化はなかった。
彼らの様子を窺った俺の目の動きを見て、天使は言う。
「彼らには見えていないわよ」
だろうな。見えていたら騒ぎになっている。
「それにしても見事にボッコボコねぇ」
殴られ放題の人間を見てでてくる言葉がそれかよ……。
見てないでどうにかしてくれ……。
「出来るわけないじゃないそんな事、運営の天使よ、私」
そう言う気がしてたよ。……ん?
というかさっきからこの天使、俺の心を……。
「読んでるわけじゃないわ、漏れてる心の声を拾っているだけ」
いやいや……。それはどういう違いがあるんだ……。
「まぁ、そんな事はどうでも良いじゃない。その方が君にとっても都合いいでしょ。まともに喋れそうにないものね、その様子じゃ」
そりゃそうだ。殴られながら平気で話す人間がいたらびっくりするよ。
あと、殴られてる人を見て平然と話す人間にも驚くけどな。ああ、いやあんたは天使か……。
それに目の前にいたな。
殴られてる人を見て平然と話す人間、殴りながら平然と話せる類いの人間達が……。
――なぁ、天使様。神様ってのはやっぱりすごいんだろ。こんなリアルなゲーム作って、訳の分からない魔法みたいな神様の力でさ、なんだって出来ちまうんだろ。だったらさ、だったら……。どうしてこんな奴らがいるんだ。どうしてこんな事が起きるんだ。何故、あの子が泣かなければならない? 前世ってやつでも同じだった。同じだったんだよ。
俺の脳裏に自然と浮かぶ両親の顔。
――輪廻転生がなんだってんだ。悪い事をしたら来世で報いを受ける? なんで来世なんだよ。次じゃなくて、今、助けてくれよ。困ってる時に助けてくれよ。なぁ、あの人達が幸せに生きてちゃいけない理由でも何かあったのかよ教えてくれよ。どうして世の中こんな理不尽なんだよ……。
「いったい君はその問いを何度繰り返して来たのかしらね……。神は人に試練を与える、誰かがそんな事を言っていたけど、……でもそんなのは嘘っぱち。特別な理由なんてありはしないわ。それが彼らが創りしルール。その法則のもとに人は生き、死んでいく。その中に不幸な生と死があるというだけ」
――それを受け入れろってか。
「君が受け入れようがいまいが、世界はそうやって続いていく」
――諦めろと?
「好きにすればいいわ。君にはその自由がある」
――自由だって? 馬鹿にしてるのかよあんた。そもそも神様ってのは何を思ってそんなルールを作った。
「彼らが世界の様を楽しむのにそれが必要だった。そして世界の動き、その先に生まれるモノを彼らは望んでいる」
――世界の様を楽しむだって? ふざけるなよ。そんなものの為に、親父達は死んだってのか。理不尽に殴れ、理不尽に轢かれて……、それを笑って見てやがってたのかよ!!
「それは違う」
――違う? 何が違うんだよ。あんたさっき言ったろ、神様が楽しむ為だって。
「私が言ったのは世界の様よ。君の両親個人の生死を彼らが笑ったりするはずもない。……だって気付きもしていないのだから、人の生死、その一つ、一つになど」
――なんだって?
「驚く事もないでしょう。人の生死に、特別意味を見出すのは君が人間だったから、それだけの事よ」
――それだけって……。
「君は、……あなたは山を歩いた時に踏み潰した雑草その一つ、一つの事を覚えているの? お腹が減って食べた牛や豚の事、果物の事をどれだけ覚えているの?」
――……違う、人間はそんな物とは違う。
「同じよ。彼らにとって人の命など、たった一つの魂など。……世界の存在そのものすら神々にとっては一つの作品にすぎない。それは君の前世もこのイロモも同じ事。人として生きたあなたなら一度は絵を描いた事があるでしょう」
――絵?
「世界は彼らにとって一つの作品、一つの芸術、言ってみれば一つの絵。あなた達人間は、絵を描く時に塗りつぶされた色のひとつにすぎない。……ねぇ、あなたはその色の一つ一つを覚えているの?」
衝撃。
思いっきりぶん殴られるよりも激しい衝撃。
天使ミカエルの告げた事実。
それは俺の内にあった前提や常識、思考や感情、ありとあらゆる物を穿つほど衝撃だった。
別に俺は信心深い人間であったわけではない。
神社で神頼みや両親の墓参りぐらいはそりゃしていたが、本気で神様だ、天国だなんて信じていたわけじゃなかった。
世間一般の奴らがそうであったように、なんとなく信じながらも、心のどこかでその存在を軽んじていたのだ。
本当は神様なんているわけがない。何度と無くそう思った事もあった。
煉城聖我として死に、この天使ミカエルに出会う、その時までは……。
彼女に会って、神様ってやつの存在を知って、俺は安堵した。少しは救われた気になっていたんだ。
輪廻転生ってのがあって、神様は見ててくれていて、いい人は次はいい人生を送れるんだなって。
不満はあったさ、次じゃなく今どうにかしてくれって。
それでもないよりはましだ。
俺の両親の魂にも救いがあったのだと喜んでいた。
でも違った。前提からして違っていた。
輪廻転生ってのは神様が悪人を懲らしめて、善人を救う為に作ったものなんかじゃなかったのだ。
神の決めた一つのルールがあって、それによって生を終えた魂が処理されて、次の人生が決まっていく。
ただそれだけのもの、それだけのシステム。
彼らにとってはゴミムシも人間も同じなのだ。
それは等しい価値の分別にすぎず、その基準に良いとか悪いだとか、崇高だとか、そういったものは一切関係なかったのだ。
ただ偶然、人間から見てそれが善人が救われているように見えるだけの事だった。
――……あんまりじゃねぇか。勝手に恨んで、勝手に救われた気になって感謝して……、それも全部人間側の独り相撲だなんて。
「でもそれがこの世の真実よ」
――俺は認めねぇ。親父の人生が、母さんの人生が塗りつぶされていくだけの色だったなんて。そんなもん認めるわけがねぇ。罪もない誰かが塗りつぶされていくのを見ているだけだなんて許せるはずもない。
「だったら剣を手に取り戦いなさい」
天使の口調が強まる。
「悲しみの色を見たくないのなら。人の悪意に足掻き続けて見せなさい。それすらも出来ないで、神がどうだとか笑わせないでよ」
彼女の言葉にはどこか熱がこもっているように感じられた。
――……ああ、足掻いてやるさ。どこまでも、いつまでも足掻き続けてやるさ。
俺はPK達の攻撃によって手から落としてしまっていた剣を拾い直す為に、自由の利かぬ体を精一杯動かし、地面を這いつくばりながら進んでいった。
「おっ、あの剣が拾いたいみたいだぞ」
「今さらあんな剣一本で反撃しようってのか」
「ぎゃははは。芋虫だ、芋虫がいるぞ」
「ほらほら、あんよが上手、あんよが上手」
「ぎゃははは。歩けてねぇのに、あんよは下手の間違いだろ」
のろのろと進む事しか出来ない俺の様をPK達は笑い、罵り、蹴りを浴びせる。
だがそんなものは今の俺には毛ほどにも通じない。
這って進む俺の内にあるのは無念。あるのは後悔。あるのは怒り。
そしてその全てを怒涛のように消し去る『渇望』。
――力が欲しい。
姫岸さんを守れるだけの力が。
――力が欲しい。
大切な人達の笑顔を守るだけの力が。
――力が欲しい。
糞みたいなもんを全部ぶっつぶせるだけの力が!!
心の内の叫びと共に、指が剣へと届く。そしてその時、俺の魂は再び世界を越えた。




