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ゲーム2

「難しい顔するなよ。ここまで無事辿り着けた勇敢な戦士に対する単純な称賛だ。他意はない。立派なもんじゃないか、レベルも装備も劣る男が何十人といたPKを相手に戦ってこの部屋まで来れたんだ。それだけで称賛に値する」


 含みを持たせたトウタの言葉に俺は反論する。


「別に俺の力だけでここまで来れたわけじゃない」


 元ルル・ルクルスの面々の協力がなければ、砦の内に入る事すら困難であっただろうし、PK達との集団戦で生き残れたのも過去の経験からくる立ち回りの上手さ以上に、偶然性に救われたと言わざるを得ない。

 今ここに自分がいるのは『他者の力』と『運』によるところが大きい。

 決して胸を張れるような活躍などしていないし、ましてや敵であるPK達に称賛されるような事など何一つしていない。


「そう、そこが良い。良く出来てるじゃないか。あのルル・ルクルスに所属していたプレイヤー達は死闘の果てに散り、マスターの為に戦う弱小ギルドのガーディアンだけが生き残りここまで来た。いいね。いいシチュエーションだ。実に好ましい」


 会話をする内に段々状況が見えてきた。

 どうやら大部屋に残っていたトウタ達、四人のPKは念話、あるいは現実世界を通してこの部屋に向かっているのが俺一人だという事を知っていたのだ。


 トウタは姫岸さんのPCリリナをさらった実行犯、当然俺の強さも把握している。

 つまり彼らには余裕があったのだ。

 自分達の前に現れる敵が、自分達より圧倒的に劣る存在だと知っている、その余裕。


 その結果があの拍手であり、心無い称賛の言葉であったのだ。


 何が他意はないだ。はやい話、レベル5の雑魚が運良く生き残り、ここにやって来た事を馬鹿にしていただけじゃないか。


 不快な気分にさせられる。


 だが、だからといって激昂するなど馬鹿馬鹿しい。

 だってそういう事をする奴らだろう。

 単純なPK行為に飽き足らず、監禁だなんて卑劣な真似をする輩。他人の痛みを、怒りを屁とも思わぬ輩。

 そんな奴らに馬鹿にされたからと怒って見せたところで、彼らを笑わせ、喜ばせるだけだろう。


「御託は良い。マスターはどこにいる」


 トウタの挑発的な言葉を相手にせず、俺は姿の見えない姫岸さんについて尋ねた。


 問いには答えず、にやつきながら仲間の方を見て、合図を送るトウタ。

 合図を送られた魔術師らしい仲間の男は頷き、彼はこちらから死角となっている大きな柱の影へと向かった。

 そして、そこから縄で縛り上げられた少女を引きつれ戻ってくると、彼女を乱暴に突き飛ばす。


 倒れるようにして地に転がる少女。

 この少女こそが姫岸さんのPCリリナである。


「マスター!!」


 俺の言葉に反応を見せる姫岸さんであったが、返事はなかった。

 別に彼女の口が物理的に塞がれていたわけではない。

 ぱくぱくと口を動かし、何やら訴えているような必死の表情を見せるが、肝心の声が出ていないのだ。

 まったくの無音。


 それが意味するのは、彼女が沈黙のステータス異常下にあるという事。


「女の金切り声で騒がれても鬱陶しいからな。ちょっと無理矢理だが静かにしてて貰う魔法をかけさせてもらった」


 PK達は比喩表現としての魔法ではなく、文字通りの魔法を彼女に使用したのだ。

 対象に沈黙のステータス異常をひき起こす、マフ系の呪文だろう。


「……彼女を解放しろ」


 囚われの少女を前に、在り来たりな台詞を吐いた俺をトウタは嘲笑しながら言う。


「くくく、ほんと良いなお前。NPCじゃなかったら完璧だったわ。……まぁ、正義のヒーローの要求を呑んであげたいのはやまやまなんだが、こっちも仕事だ。そういうわけにはいかない」


 彼がそのような事を話す間にも、くすくすと陰湿な笑い声が他のPK達から漏れ出ている。


 やはりと言うべきか、どうやら戦いは避けられそうにない。

 剣を握る俺の手にも自然と力が入る。


「怖い顔するなよヒーロー。仕事だとは言っても俺だってせっかくのゲーム、盛り上げていきたいんだ。だからお前にもチャンスをやるよ」

「チャンス?」

「そう、チャンスもチャンス、大チャンスの大ボーナスだ」


 口ではそんな事を言っているトウタであるが、その顔には変わらず、意地の悪い笑みが浮かんだままであった。


「俺達も外の大将達を見習って、差しの勝負といこう。お前が勝てば彼女は無事解放、それで文句なしにゲームクリアだ」


 砦の外で黒刃のPKクレイブがシラハさんに対して行った提案とは違い、彼が俺とわざわざタイマンを張るメリットは全くないように思える。

 しかし、クレイブもそうだがこの手の輩は享楽主義的な性質が強いものなのだろう。

 そしてその欲求が物質的、あるいは数字で計れるようなモノに向けられるとは限らない。


 自己満足。


 言ってしまえば、それだけの為に他人からしてみればひどく無意味に思える事に拘ったり、好んだりするのかもしれない。


 レベル5のNPCと一対一で戦って何が嬉しいのか、俺にはわからないが、ここでPKの思考や感情を事細かに推測する事の方こそ、今の俺には無意味な事だろう。

 レベル10のPKが四人もいるのに、わざわざ向こうが一対一にしてくれると言っているのだ。

 素直にこの流れに乗ればいい。


「太っ腹なボーナスチャンス。どうだい、俺って優しいだろ?」

「……わかった。だけど後で約束を破るような真似はするなよ。俺が勝ったらマスターは必ず解放して貰う」

「もちろん。そこは安心してくれ。このPK業界、案外信頼が大事ってもんでね。俺は約束を破った事など一度たりとてありはしない」


 監禁行為を行うような卑劣なPKの言葉を信じる事など出来やしないが、とにもかくにもこの男、トウタを倒せるチャンスには違いない。

 そこから先、残りの三人がどう動くにしても、まずは転がってきたチャンスを活かして、敵の数を減らしておくべきだろう。


 当然一対一だからと言って、楽に勝てる相手ではない事は承知しているが、……やるしかない。


 一対一の戦いを了承した俺は部屋の中央へと移動し、PK側の代表者であるトウタと向かい合う形で位置についた。

 心配そうにその様子を見守る姫岸さん。

 彼女の傍らには見張り役が一人ついており、残りの二人は俺の背後にまわり、退路を断つようにして立っていた。


 もとから逃げ出すつもりはない。

 今は目の前の敵、PKトウタに集中する。


「さてと……、お前は覚えてるか知らないが、彼女を連れ去った時、俺は一度、お前と剣を交えている」


 戦いを始める前に何やら語り始めるトウタ。


「あの時は顔を隠してたからな……、わかってないかもしれんが、あれが俺だ」


 ゲームのシステム上特殊な技で偽名を表示するようにしていないかぎり、初見で名を知る事はこの世界では不可能な事ではない。

 そして俺はこの男の事を覚えているし、わかっている。


「もしかしたら、あの時の感触で案外いけると思ってるか?」


 思っていた。


 不意を突いておきながら、あの時トウタは俺に攻撃を阻止されていた。

 一流のPKであるなら黒刃のキスカのように動けているはず、レベル5の戦士ごときに止められたりはしないだろう。


「……だんまりか。つまらん。まぁ、いい。それじゃあ始めようか、お互い正々堂々と恨みっこなしの勝負といこう」


 数歩前に出ながら片手をこちらへと差し出すトウタ。

 どうやら試合前の握手とでも言いたいらしいが……。


「何のつもりだ。悪いが馴れ合うつもりはない」


 俺はそれを拒絶した。


「そうか、そうか。それならそれでいいんだ。ただ一言だけ言わせてくれ、ヒーローさん」


 にっこり笑うトウタ、そしてその笑みはいびつに変貌し、侮蔑的で挑発的な表情へと様変わりする。


「ば~~~っかじゃねえの!?」


――はっ?


 いったいトウタが何を言っているのか理解出来なかった。

 言葉を聞き取れなかったわけではない。

 何故ここで馬鹿という単語が出てくるのかがわからなかった。


 下劣なPKと握手をしなかった。

 そんな事が彼の気をそこまで損ねるようなものだったのか。

 いや、まさかそんな幼稚な……。


 あまりに面食らう発言だった為、俺の思考は一瞬麻痺していた。


 その時、ふと視界に入った姫岸さんの顔。

 彼女は何か訴えるかけるかのように前のめりになっており、その目、その視線の先は、俺の方へと向いている。


 いや……、良く見れば、俺ではなく、その後ろ?


――えっ?


「はい、ドーン!!」


 背後から受けた強い衝撃に世界が歪んだ。


 何が起きたかわからない。

 思考が途切れかけ、意識が淀む。


 耳から入ってくる音を認識する事も困難であり、ましてや自分が置かれている状況を理解する事など出来やしない。


 イロモ世界における状態異常の一つ、『朦朧』状態。


 俺は背後から攻撃してきたPKの一撃によって、その状態に陥ってしまっていた。

 この状態異常がどれほど続くかは使用された技の種類や使用者のステータスにもよるが、例外を除けばそのうちに自然と回復してくるものである。


 徐々に意識がはっきりとしていき、思考がスムーズに行えるようになってくる。

 そして耳から入ってくる音を聞き取り、その意味が理解出来るようになる頃には、自身の身に何が起こったのかを認識することが出来た。


 ただし体は思うように動かす事は出来ない。

 まるで巨大な重りをつけられているかのように鈍くなった自身の体。

 今は腕一つあげる事すら満足に出来やしなかった。


 それは俺が今だに朦朧の状態下にある事を示している。


「おっ、意識が戻ってきたようだぜ」


 仰向けに転がる俺の顔を覗き込むようにして見るPKの一人。

 その男の足は俺の胸あたりに置かれている。


 どうやら攻撃を受け、前のめりに倒れていた俺を足で仰向けに転がしたようだ。


「気分はどうよ、ヒーローさん」


 言うまでもなく最悪だ。

 しかしそんな感想よりも先に、俺の口から出たのは別のモノである。


「話、が……違う……」


 抗議。

 朦朧の異常状態にある中、しぼり出すような声で発した俺のそれをPK達は……。


「ぷっ、ぷぷ、ぎゃははははははははは!!」


 爆笑した。


「は、は、話が違うって、話が違うって、うわぁ、まじで言っちゃうんだ、それ。君、最高だわ」

「話が違うも何もなぁ、最初っからこうするつもりだったしぃ」


 トウタと仲間のPKが馬鹿にするように言う。


「屑が……」


 PK達に対する侮蔑の言葉も、朦朧の状態下にあっては力のないものになってしまう。

 弱々しいその言葉は、彼らの怒りを買うどころか、余計に喜ばせるだけでしかないらしい。


「はぁ? 見事に騙されたあげく出てくる言葉がそれですかぁ? だっせぇ。お母さぁ~ん、お宅の息子さん最高にダッサい事ほざいてますよ~!!」

「ぎゃははは!!」

「てかさぁ、まじで騙されるとは思わなかったよなぁ。だってメリットなくない? 俺らがわざわざタイマン張ってやるメリットなんて。そんな事小学生でもわかるくない? えっ、もしかして君、小学生以下? チンパンジー系?」

「ぎゃははは。おい、トウタ。NPCに小学生なんて言ったって意味わからねぇだろ」


 低俗さに磨きをかけたような口調で話すPK達、これが彼らの本来の姿。


「ああ、そうかそうか。……まぁ、でもこんなあからさまな嘘に騙されちゃったのも仕方ないかもなぁ、俺の演技だいぶキテたからね。俳優になれるかもしれん」

「最高だったぜ、トウタ。ハリウッド狙えるんじゃね?」

「まじか。それじゃあいっちょアカデミー賞狙っちゃおうかな」

「ぎゃははは!! だからアカデミー賞なんて言ったってNPCにはわかんねぇだろ」

「てかさ、てかさ。トウタの演技も最高に腹痛くなりそうだったけど、この間抜けのあの態度、握手拒否ったとこなんて、俺、爆笑しそうなの堪えるの必死だったよ」

「ああ、あれね。ポイント高かったよな」

「はい、は~い!! トウタ、物真似芸いきま~す!! ……『何のつもりだ。悪いが馴れ合うつもりはない』キリッ!!」

「ぎゃははは!!」

「似てるぅ、最高に似てるわ。腹いてぇ~!!」

「思いっきり後ろから鈍器でぶん殴られるのにあの決め顔だからなこいつ、ポイント高すぎだわ。俺、叫びそうになったもん、志村後ろ!! 後ろ~!!って」


 PK達の他人を馬鹿にするような会話が続く。

 低俗極まりない内容。

 何がそんなに面白いのか俺にはわからない。どうしてそこまで下品に笑えるのか俺にはわからない。


 だけど、覚えはある。

 こんな人間、こんな態度、こんな笑い。


 かつて俺が煉城聖我であった時、何度となく目にした光景。


――ああ、嫌な事、思い出しちまったなぁ……。

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