やれる事
PKキスカの事はレティリアさんに任せ、俺達は砦の奥へと急いだ。
一階部の目ぼしいところを調べあげるが、空振り、空振り、空振り。
監禁場所を見つける事が出来ない。
はやる気持ちと共に、足早に二階へと向かう。
そうして、いくつかの部屋を調べあげた後、ようやく俺達は目的の場所を見つけ出す事に成功する。
大部屋へと繋がる通路に見張りのPKが立っていたのだ。
間違いない、この先に姫岸さんはいるはず。
問題は見張りのPKの後ろには大勢の仲間がいるという事だ。
「どうする」
「見張りは二人か」
死角に隠れながらカイトさんともう一人の仲間が様子を窺う。
「残りは通路の奥か、部屋に引っ込んでるだろうな」
「このまままともにやりあって勝てるだろうか」
「今さら何言ってる、やるしかないだろ」
声を殺しながら会話する二人。
いくら寄せ集めのPKが相手といっても、シラハさんもレティリアさんもいない状況で三十人も相手にして勝てるか……。
まったくの考えなしに挑むのは無謀に見える。
さりとて、歴史上の名軍師や、アニメや漫画の切れ者よろしく、この土壇場で名案を思いつくような人物がいようはずもない。
しかしそうであっても、無いなら無いなりに知恵を絞らすしかないだろう。
絞りだしたモノがどんなにつまらぬモノでも、事態の好転に繋がるかもしれぬのなら、言うべき事は言っておくべきだ。
何故ならそれこそが、この戦いにおいてわずかレベル5のNPCにも出来る、数少ない事であろうから。
「あの、作戦ってほどじゃないですけど俺に考えがあります」
俺は自分の考えを、この場にいる皆に伝えた。
それは作戦と呼ぶには程遠い出来のモノではあったが、カイトさん達は真剣に聞いてくれ、そして賛同してくれた。
「それでいこう」
「悪くないんじゃないか」
ここまでこの戦いで貢献らしい貢献が全くなかった俺。
彼らの言葉に少しだけ救われた気分になる。というより、ようやく戦いに入れた感覚だった。
あとはもうへっぽこはへっぽこなりに全力で剣を振るうだけである。
作戦開始。
まず最初の一手で、見張りのPK二人を素早く排除しなければならない。
「ぐあっ!!」
「ぐっ!!」
その役目を担ったのはカイトさんと、気絶攻撃に長けたもう一人の仲間。
彼らは相手の死角から飛び出すと、わずか数秒の間に標的を戦闘不能状態とした。
戦闘不能状態と言ってもHPが0になったわけではない。
一時的に気絶状態になっているだけだ。
それでいい。
ここで重要なのは彼らのHPを0にして完全に殺してしまう事ではない。次の攻撃に繋げる事だ。
だから今は気絶し地面に転がってるPKに止めを刺すよりも、別の事を優先する……。
「レモン!!」
見張りが守っていた通路、その先を確認しながらカイトさんが叫ぶ。
それは合図。
俺達の切り札、活きの良い魔法少女に送るGOサイン。
少女は合図があろうがなかろうが既に長い詠唱を始めていた。
その途中で送られてきたGOサインを受けて、彼女は走り出す。
「……汝の御手に抱き、灰と化せ。ヴォルラ!!」
そして詠唱の終わりと共に足を止め、大部屋へと繋がる通路の奥深く目掛けて必殺の魔法をぶっ放した。
「即ち、ウルトラ・アルティメット・レモン・ザ・ファイアーです!!」
杖先から猛烈な勢いで炎を噴出させる魔法少女。
彼女の炎は通路に屯していたPK達に反撃の隙を与える事もなく、その全てを飲み込んでしまう。
強力にして、無慈悲なまでの圧倒的破壊力。
まともにこの攻撃を食らってしまっては無事では済まないだろう。
――すごい。
少女の魔法攻撃に俺は心の内で感嘆の声を上げた。
炎の範囲魔法攻撃『ヴォルラ』ならば、前世で何度も目にしている。
確かに威力のある攻撃魔法ではあったが、これほどまでに大きく、これほどまでに激しいものは初めて見た。
同じ呪文でも使用者のステータスによって見た目にも多少の変化はあるものだが、ここまで違いがでるとは……。
彼女のヴォルラはもはや別の呪文と言えるほどで、名前のセンスはともかく、わざわざ別名を付けるだけの事はある。
しかも彼女はまだレベル10止まりの魔術師というから恐ろしい。
炎の魔法攻撃の後、焼け焦げた通路に残ったのは、転がるPK達の姿だった。
ゲームのシステム上、醜く焼け爛れた黒こげの焼死体にこそならないものの、ぴくりとも動かず、絶命している。
こちらの二手目が見事成功した証だ。
「なんだなんだ」
「奴らがきたんだ!!」
さすがにこれだけの大技をぶっ放せば奥の大部屋や通路脇の部屋に引っ込んでいた者達も事態に気付く。
部屋の扉を開き、わらわらと焼けた通路に飛び出してくるPK達。
ここで二発目のヴォルラを撃てればよかったのだが、この魔法は長い詠唱を必要としており、それは不可能であった。
「おいおい、なんで奴らがここに。あの猫女が仕留めてるんじゃなかったのかよ」
こちらの姿を確認したPK達からそんな声が漏れ聞こえる。
どうやら念話か何かでキスカが自分に任せろとの連絡を入れていたらしい。
どうりでクレイブの提案したゲームの最中だというのにPK達に隙が多かったわけだ。
そのおかげで戦力差を一気に縮める事に成功したわけだが……。
「くそう、とにかく来ちまったもんは仕方がねぇ。やるぞ!!」
「おう!!」
戦闘態勢をとるPK達。
そんな彼らに対してカイトさんは言う。
「黒刃がわざわざ雇ったPK達、どれほどのものかと心配していたけど、全然楽勝みたいだな。やっぱ所詮はアマチュアか」
「何を!!」
「てめぇ!!」
「そこを動くなよ!!」
侮辱されいきり立つPK達。
その様子を見て、カイトさん達は逃げるように来た道を戻り始める。
ここがPK達にとっての現実世界、死が絶対の世界であったのなら、いくら屑の集まりだといっても易々と挑発にのる者はそう多くはいないだろう。
しかしこれはゲームだ。彼らにとってはイロモという死が絶対ではないゲームの世界。
たしかにPKのデスペナルティは高く設定されている。
それでも現実世界での死と比べれば、圧倒的に軽い。死が軽い世界だった。
だから止まらない。だから簡単にキレる。
だから歪んだ自己の尊厳の為に。
「てめぇ、逃げんな!!」
「待てこら!!」
慌てて追いかけようとする。
「おい、おまら勝手に動くな!!」
それを止めようとするPKもいるが、もとより寄せ集めの集団だ、耳を貸すはずもない。
てんでばらばら。
追う者とその場にとどまる者とで戦力が二分されるPK達。
そして案の定、考えもなし突っ走った者の末路はろくなものではなかった。
「待てぇ!!」
頭に血を上らせ猪突猛進するPK達はその時になるまで気づかなかった。
自分達が標的を追いかけるうちに、敵の敷いた魔法陣へと入り込んでしまった事を。
「うぉ!!」
「げっ!!」
彼らが魔法陣に足を踏み入れた瞬間にそれは発動し、無数の土塊の触手がPK達を束縛する。
土塊の触手の締め上げる力は強く、捕らわれたPK達はもがき苦しんだ。
そして、苦痛に顔を上げた彼らが見たものは、天井に描かれたもう一つの魔法陣。
それがたぎるように赤々と発光し、そこから発せられた熱が彼らの顔を焼いた。
その焼け付く痛みが、これから自分達の身に何が起ころうとしているのかを知らせているのだ。
「大丈夫か、お前ら!!」
戦力分散を危惧し、あとを追ってきたPK達が魔法の土塊に拘束された仲間達の姿を発見する。
天地両方に発動する魔法陣を一目見て、彼らも状況を理解。
「おい、ディスペルだ!!」
慌てて魔法陣の効果を消す呪文を仲間の魔術師に要請するが。
「間に合わねぇ!!」
その呪文が発動する前に、天の赤き魔法陣が吐き出した炎は、土塊ごと捕らわれたPK達を焼いた。
「くそっ!! だから勝手に動くなって言ったんだ!!」
焼かれて死んでいく仕事仲間に悪態をつくPK。
彼らに仲間を救えなかった後ろめたさなど微塵もありはしない。
「馬鹿が、こんな古典的な手に引っ掛かりやがって」
それよりも、易々と敵の罠に掛かってしまった愚かな味方に対する怒りの感情の方が優っていた。
魔法陣型、設置型の魔法は使用箇所や使用場面が限られている分だけ、威力や効果は同クラス帯の魔法に比べてかなり強力になっていた。、
だからこそ、建物やダンジョン内など狭いスペースを行く際には注意が必要となる。
それはイロモでは基本中の基本、初心者の冒険者すら知っている事である。
そんな基本すら怠り簡単にやられてしまったのだから、呆れこそはすれ、同情など出来るはずもない。
目の前の光景に、負の感情を覚えたPK達とは対照的に。
「いいぞ!! これで半分近くは減らせたな!!」
カイトさんはガッツポーズを見せ喜んでいた。
「あとは奴らを片付けるだけだ!!」
「おう!!」
「はい!!」
数を半数近く削ったと言ってもPK達の方がまだ多い。
それでも現実的に勝算のある範囲内に持ってこれたと言えるだろう。
策は尽くした。
こちらの戦意も十分。
あとはもう体が動く限り闇雲に戦うのみ。
「いくぞ!!」
次々と仲間をやられ途惑いの残るPK達を相手に一気に乱戦へと持ち込む。
「くそう!! やるしかねぇ!!」
「元ルル・ルクルスだって言ってもシラハのおまけの雑魚なら俺らでもやれるはずだ!!」
PK達の方も戦う覚悟を決める。
そして敵味方入り乱れての戦いが始まった。
剣と剣がぶつかり合う音。
魔法の発動音。
ダメージを受けて苦痛の声をあげるプレイヤー達。
「こいつら思ったよりやるぞ!!」
PKを相手に苦戦する味方からそんな声が上がってくる。
単に腕のいいPKが相手だったという可能性もあるが、そうではなく、この土壇場の状況下になってようやくPK達も真価を発揮し始めたのかもしれない。
戦いは混迷を極めた。
戦況の優劣を確認する暇もないほどの激しい乱戦だった。
一進一退の攻防。
戦っている自身達にすらその行く末を想像する事は出来なかった。
だが、先は想像尽かぬとも、その先は時間と共にやってくる。
「ぐあああああ!!」
「くそが!!」
「いてぇ!!」
PK達が倒れ。
「がはっ」
「きゃっ!!」
「不覚……」
仲間達が倒れていく。
その激戦の果てに、生き残ったのはたったの二人。
満身創痍、脚をふらつかせながら、通路の奥へと必死に向かおうとするカイトさん。
それと。
そんな彼を支えて歩く同じく傷だらけの戦士。
その男のレベルはわずか5。
そしてそいつはPCですらなかった。
「悪いな」
俺の肩を借りながら、カイトさんが申し訳なさそうに言った。
「いえ、このぐらいの事」
「もう少しやれると思ったんだけどな」
「カイトさん……」
「……残念だよ。俺はここまでみたいだ」
苦しそうな表情でカイトさんはそう言い、歩みを止める。
もう彼にはこれから先も戦うだけの力が残されていなかったのだ。
彼のHPは削られ続けていた。
戦いの中で繰り出された敵の状態異常攻撃の数々、その内の毒攻撃が彼の体を蝕んでいたのだ。
その毒性は強く、所持していた解毒アイテムでは効果がなかった。
この場には自分達以外には誰もいないし、無論レベル5の戦士キャラである俺には解毒する技などない。
彼に残された結末はたった一つ。
「もういい、ここでおろしてくれ。こんな態勢で万が一敵に襲われでもしたら君まで巻き添えだ」
俺は彼の言葉に従った。
そして壁を背に腰を下ろしたカイトさんは言う。
「とりあえず、死ぬ前にやれるだけの事はやっておこう。まずは念話でマリーに連絡して敵がどの程度残ってそうか聞いてみようか」
外で待機中のマリーさんは現実世界を通して姫岸さんと連絡が取れるようになっていた。
つまり、監禁が行われている部屋にどの程度の敵が残っているのかを把握する事が出来る状況下にあったのだ。
俺達はその情報を手に入れようとしていた。
「あれだけの数を相手にしたんだ。そう多くは残っていないはずだし、もしかしたらもう……」
この乱戦に全てのPK達が出払ってしまって、もう監禁部屋には誰も残っていないかもしれない。
そんな甘い期待。
だがそれも、すぐに否定されてしまう。
マリーさんと念話するカイトさんの表情は険しさを増し、彼は俺に向かって残酷で、無慈悲な事実を告げる。
「あと四人残ってるってさ……」
奇跡的に生き残ったレベル5の戦士にとってそれは絶望的に思えるほどの戦力差である。
「シラハさんやレティリアさんもまだやりあってる最中らしい」
彼らの方が先に始めただろうに、戦いはまだ続いている。
それほど実力が伯仲しているという事か。
しかし、同時にそれは望む結果が得られるかどうかわからないという事でもある。
「あっちの決着が着くのを待つってのも手だけど、レティリアさんの方は押されているみたいだ。時間を潰して待ってみたところで、キスカとかいうPKが先に勝ってしまえばそれまで……」
厳しい状況に、沈黙が場を支配する。
そんな中、互いの頭を過ぎる一つの選択肢。
「どうする。念話でシラハさん達に退却の合図をだす事もできるけど……」
諦める。姫岸さんの救出を断念してこの場から逃げ出す。
そんな考え。
「いえ、やりますよ。いきますよ、俺は。どんなに小さい可能性でも、ここまで来て逃げ出すなんてなしです」
もとより玉砕覚悟で志願したのだ。ここで退却の選択肢はない。
「そうか、そうだよな。……必要ならマリーを呼ぶってのも出来ない事はないけど」
たしかに四対一が、四対二になるだけでも、救出作戦成功の可能性はいくらか高くなるだろう。
だけど、冷静に分析してしまえば、それでもなお勝ちの目は薄い。
戦闘が得意ではないマリーさんを無理に巻き添えにしても犠牲者が増えるだけとなる可能性のが断然に高い。
「大丈夫です。これはもう俺のわがままみたいなもんですから、無理に付き合わせるわけにはいきません」
「わがままか……」
「はい、わがままです」
死んでも生き返れる世界で、戦いから逃げ出さなかったという事に、どれほどの意味があろうか。
安っぽい意地。
結局は免罪符が欲しいだけなのかもしれない。
やるだけはやった。
自分は彼女を見捨てないで逃げ出さなかった。
そんな免罪符が。
それはもう何一つ誇れるようなモノではなくて。
わがまま。
ただの自己満足と呼んでしまえるモノにすぎない。
「そうか……。こういう時、シラハさんやレティリアさんだったらもっといろいろ言ってあげられるんだろうけど、俺じゃ上手く言葉が見つけられないや。……まぁ、がんばれよ」
「はい」
その方が良い。
いろいろ言葉をかけて貰えるほど、立派なもんじゃない。
その事は自分がよく知っている。
「カイトさん、いえ皆さん。本当にありがとうございました」
無言で手を挙げ、俺の礼にカイトさんは答える。
そして、死にいく彼を残し、俺は通路の奥、姫岸さんの待つ大部屋へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ここが姫岸さんが囚われている部屋……。
独り歩き続け、大部屋への入り口となる扉を前にした俺は改めて思考した。
姫岸さんをどう助けるか。
大部屋で人質を守る四人のPK達をどう倒すか。
PK達はどんな攻撃を仕掛けてくるか。
扉を開けた瞬間、不意打ちがくるか。
有効な対策はあるのか。
考えれば考えるほどに解答の見えぬ絶望的な現状を思い知らされる。
このまま一日、二十四時間悩んだとしても、たぶん俺に答えは出せないだろう。
――だったらもう出たとこ勝負だ。
捨て鉢のような結論を出した俺は剣を手に、目の前にある扉を勢い良く開け、その中へと素早く足を踏み入れた。
――くるか!?
そして敵の先制攻撃を警戒しながら、大部屋の中を確認する。
そんな中、俺が目にしたのは、耳にしたのは、予想外の一撃だった。
それは拍手。
ぱちぱちぱちとまばらな拍手、そして。
「コングラッチュレーションズ」
「おめでとう」
祝福の言葉。それも敵であるはずのPK達からの祝福の言葉。
「やぁ、おめでとう」
PK達が扉から入ってきた俺に対して、何か攻撃を仕掛けるわけでもなしに、ただただ拍手を向け、笑顔を浮かべて似たような言葉を投げかける異常な光景。
予想外。完全に想定外。不意も不意。正しく不意打ち。
状況を飲み込めず唖然とするしかない俺を愉快そうに眺めながら一人のPKが言う。
「ふふっ、見事見事。実に見事な表情だ。素晴らしい。おめでとう」
それは聞き覚えのある声だった。
声の主に俺は問う。
「何がそんなにめでたい、トウタ」
俺に名を呼ばれたその男は、浮かべていた笑みをいっそう意地悪く歪ませた。




