プロ
一目でわかる。
自分達の前に立ちはだかったこの亜人の女は、これまで相手にしてきたPK達とは格が違う。
手にした二本の短剣をこちらに向けながら女は言う。
「さて、どれからいこうか」
惨忍かつ冷酷な笑みを浮かべる猫女に、それまで余裕すらあったこちらの空気は一変した。
そして突然の強敵の出現に救出班の誰もが言葉を失う中で、その沈黙を破るのはシラハさんだった。
「黒い鎧に、その強さ……、『黒刃』か」
「ぴんぽ~ん。ご褒美にあんたから殺してあげたいところなんだけど、残念ながらそういうわけにもいかないのよね」
「……クレイブも来ているのか」
シラハさんの言葉に猫女はにやりと笑い、天を指差す。
いや、よく見れば彼女が差しているのは天ではなく、それよりも少し後方に傾いた位置。
そこには、いつのまにか砦の屋上から俺達を見下ろす白髪の男の姿があった。
男は猫女と同じように黒い鎧を身につけており、目立つ装備品の違いはカラスマスクをして口元を覆っている事だろう。
「クレイブ……」
カラスマスクの男の姿を見て、シラハさんの顔はさらに険しくなる。
「会いたかったぜシラハ」
「俺は会いたくなかったよ……」
「そんな事、言わないでくれ。タカミヤがいなくなっちまって、お前とまで遊べなくなったら俺りゃあどうすりゃいいんだよ」
マスクを介し聞こえてくる男の声は薄気味悪さに満ちていた。
「お前がどうなろうと知った事ではないな」
「相変わらず冷たい男だ。『最強を殺し、最強に至る』、俺の熱い想いをそろそろわかってくれないのかい」
「そんなもの理解したくもないし、最強を名乗った覚えもない」
「謙遜するなよ。俺が出会ってきた男の中で、お前は間違いなくタカミヤと並んで最高の男だ。つまりは最強。お前達に比べたらロイも、ヒルルスもひどくつまらない男だった」
「ヒルルス……、赤獅子のヒルルスも殺ったのか」
「ああ、一カ月ぐらい前だったかな。期待してたんだけどさ、これががっかりもがっかり……。全然手応えがないでやんの。ただのフェイク野郎だったよ。それとも俺が強くなりすぎちまったのかな。……お前と久しぶりにやりあえたらそれがわかるかも」
マスクで見えずともクレイブが邪悪な笑みを浮かべてるであろう事はわかる。
この男はPKの中でも特別にタチの悪い快楽殺人者だろう。
そしてPKとしての腕は目の前で二人のPCを一瞬にして屠った猫女と同等、もしかしたら彼女以上にあるに違いない。
黒いPKとシラハとの一連のやりとりを聞きながら俺はそんな事を考えていた。
「まずいのがでてきたな」
俺の傍らで一人の戦士が呟く。
彼はカイトという名のプレイヤーで、この救出作戦において俺と同じ班になっており、砦内突入後には行動を共にする事になっていた。
「ずいぶん腕が立つPKみたいですけど、あいつらいったい……」
「『黒刃』、ブラックブレードとも呼ばれてるプロの暗殺ギルドの奴らだ」
なるほど道理で腕が立つはずだ。
カイトさんは言った、目の前の黒いPK達がプロの暗殺ギルドの者だと。
プロ。
わざわざ他のギルドと区別してプレイヤーがそう呼ぶのは、文字通り彼らが稼いでいるからだ。
何を。
金を。
それもイロモ世界での話ではない。
プレイヤーにとっての現実世界、リアルマネーを報酬として仕事を請け負っているからだ。
そういう連中がいる事は前世でも耳にしていた。
だが実物を見るのは初めてだった。
迫力が違う。
モノが違う。
プロのPKを目の前にしてそれがよくわかった。
一人一キャラクターのイロモというゲームで、PKとして悪名を高めながらその仕事を続けていく困難さは想像を絶するものがあるだろう。
しかし彼らはそれを見事為し続けている。
それを可能とするのは何よりもまず、他者を安易に寄せ付けぬほどの強さがあってこそ。
レベル10で燻ってる程度のPK達とは格が違って当然だった。
「大丈夫ですかね……」
予想外の強敵の出現に俺が心配したのは救出作戦の成否。
状況が状況だ。
いつ退却の指示が飛んできてもおかしくはない。
「どうだかな。ただでさえ数では負けてるんだ。そのうえ黒刃の連中がでてきたとなると、さすがにシラハさんでも……」
この状況にカイトさんも言葉を濁らす。
レベル17というシラハさんの超人的な強さを間近で見てきた人間であろう彼がそうせざるを得ない状況。
クレイブ達が姿を見せる前まで俺達の間にあったどこか楽観的な雰囲気、それはもう既に霧散していた。
さきほどまで確かに見えていたはずの姫岸さん救出への道。その道がここにきて断たれようとしていたのだ。
「クレイブ、聞いておきたい事がある。この連続監禁事件、その狙いは最初から俺にあったのではないか?」
黒いPKとシラハさんとのやりとりが続く。
「さぁそれはなんとも。こっちも仕事なんでね。ぺらぺら喋るわけにはいかないね」
「だがここにお前がいるという事は、少なくともこうなる事がわかっていた、違うか?」
「くくく、俺達の仕事の狙いがなんなのか、そんな事はどうでもいいのさ。大切なのはお前と俺がこうしてここにいるって事だ。なぁ、シラハ。今回はお前を失望させない自信がある。いけるところまでとことんいってみないか? 最高に気持ちよくなれると思うぜ」
「どうでも良くはない。もしお前達の狙いが俺だと言うのなら、罪もない人達を巻き添えにするわけにはいかない。こんな馬鹿な真似はやめて監禁しているプレイヤーを皆解放しろ。そうしてくれるなら、望むだけお前の相手をしてやるよ、クレイブ」
シラハさんの読みでは、事件の黒幕の狙いはルル・ルクルスの力を削る為に、彼と彼を慕う者達をルル・ルクルス脱退へと追い込む事。
その読みが当たっているのならば、彼がルル・ルクルスを抜けた現在、奴らの目的は達成している事になる。
ここでPK達が無理に監禁行為を続ける意味はなくなっているはずだった。
しかし、現実として今、PK達は事件の被害者を救出にきた俺達と激戦を繰り広げている。
そうなると、PK達の目的と黒幕の目的が乖離し始めているのではないか。
そんな疑いが頭に浮かんでくるのだ。
そして乖離し始めたPK達の目的、そのヒントとなるのはクレイブという男が見せるシラハさんに対する執着だろう。
「なるほどお前らしい提案だ。だけど、それじゃあつまらないな。風情に欠ける」
「風情だと」
「何事も楽しむのに雰囲気ってのは大切なんだ。SEXと同じさ。どんなに好みのタイプが裸になってようと、真昼間から都会の人混みの中でおっぱじめる気にはなれないもんだろ。殺し合いも同じさ、楽しめる雰囲気作りが大切なんだ」
「ふざけた事を言う」
「大真面目な話さ。まぁだけど、お前の言いたい事もわかるよ。このままやってもお前達に勝ち目なさそうだしな。俺としてもお前にここで逃げられるのは面倒だ」
「だったら俺の提案を受け入れたらどうだ」
「言ったろ、お前の提案は面白味に欠けるんだよ。……そこでだ、俺からの提案だ。一つゲームをしてみないか」
クレイブの言葉にそれまで黙って話を聞いていた猫女が噛み付く。
「おいクレイブ、あまり勝手な事を……」
「黙れ、キスカ」
「何を!!」
「この仕事の頭は俺が任されてるんだ。ごちゃごちゃぬかすなら殺すぞ、お前」
ひどく冷たく殺意のこもった目だった。
同じギルドの仲間に向けるものとは思えない目でキスカと呼んだ猫女を睨むクレイブ。
「糞がっ、だからてめぇと組むのは嫌なんだよ!!」
PKキスカは不満を見せながらもクレイブに逆らう事が出来ないようだった。
単純に仕事の関係上だからというわけでもないだろう。
クレイブと彼女ではPKとしての力量が違うのだ。
「……話を戻そうか」
仲間の抗議を退け、クレイブはシラハさんとの会話を進めていく。
「ゲーム内容は単純さ。俺とお前とでサシでやる間に、互いの駒をこの砦内でぶつけ合う。そして俺達の戦いに決着がつく前に、お前の駒が目的を達成出来たなら、ここは見逃してやるよ、シラハ」
クレイブの提案にシラハさんは顔をしかめる。
「不服そうだな」
「他人を駒扱いする人間は昔から好きになれなくてね。だがそれよりも砦内に残ってるPK達がどの程度のものか分からなければ、ゲームの公平さに欠ける」
「うちのギルドから派遣されたのは俺とそこにいるキスカの二人だけだ。今、砦内に残ってるのは三流以下のちんぴらばかり、勝ちの目はあるさ」
「数は?」
「残りは三十前後ってところかな」
「こちらの三倍以上だ」
「言ったろ、砦内に残ってるのは寄せ集めのちんぴらばかりだって、お前のお友達とは連携はおろか個人個人の経験でも、装備でも劣っている」
「装備品などいくらでも支給出来る」
「疑い深いな。雇い主も俺達もそこまで羽振りはよくないさ。それに何も三十人皆殺しにしろとは言わない。ゲームにはヒロインが付き物、お前達が助けだそうとしているガキを砦の外に連れ出せたら、その時点でゲームクリア扱いにしてやるよ」
「連れ出すと言っても既に彼女はログアウト済みだ」
「連絡は取れるはずだろ。俺から無闇に危害を加えないよう言っておいてやるから、安心して再ログインするといい」
「その言葉を信用しろと」
「信用する、しないは自由だが他に選択肢があるとは思えないな。その重装備ではいくらお前でも俺の速度には完全についてくるなど不可能。その大きな盾の守りよりも早く、俺の刃はお前の仲間の首に届く。今ここで殺り合って困るのはお前の方だろ。それともかわいそうな囚われの姫君を見捨てて逃げ出すつもりか、巨人殺し」
見え透いた挑発。
それに安易に釣られるほどシラハさんは愚かな男ではない。
難しい顔をしたまま、彼は動かない。
「そんな悩むような事じゃないはずだぜ。正直駒同士の戦いなんておまけみたいなもんなんだから」
「おまけ?」
「言ってみればちょっと特殊な時間制限さ。俺達の戦いにケリがついたらそのまま中の人間の助けに向かえばいい、つまり結局は俺とお前の戦いの行方が駒の命運も決めるって事だ。戦いの最中、お友達に足を引っ張られる心配のない分、お前にとって有利な条件とすら言える」
「そんな提案をどうしてお前が」
「言ったろ殺しにも風情が大切なんだって。雰囲気作りだよ、雰囲気作り。だけどこのゲーム、俺にメリットがまるでないわけでもないさ。お前ほどの男に守りや逃げに徹されたら面倒だからな。勝ち目があると言っても別の場所でお仲間が不利な戦いをしているとなったら、お前も攻めに出ざるを得なくなる。そういう戦いの方がただのタイマンよりずっと面白い」
「なるほどな……」
クレイブの狙いはわかったものの、シラハさんにはまだ迷いがあるらしい。
そんな彼の背中を押したのは、他ならぬ古くからの仲間達である。
「シラハさん、やってやりましょうよ!!」
「こんな言い方されて、のこのこと引き下がれませんよ!!」
「そうだぜシラハ、ギルドを抜ける時に覚悟は出来てんだ。男ならここは勝負だろ」
「女の子もいますよ!!」
やる気十分な元ルル・ルクルスの面々。
「シラハ、私達はあなたが勝てるって信じてる。だからあなたも私達の力を信じて。必ずリリナちゃんを助けだして見せるから」
迷える男の最後の一押しとなったのはレティリアさんの言葉だった。
「……そうか、わかったよ。クレイブ!! お前との勝負受けてやる!!」




