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決断

 今後の方針が決まってから俺達は待ち続けた、シラハさんが送ったという偵察からの連絡を今か今かと。

 そして。


「きた」


 シラハさんが一言だけそう言い、瞳の光を消す。

 ゲームから離れ、現実世界で電話でもしてるのだろう。

 それから一、二分ぐらいで再びシラハさんの瞳に光が戻り、彼は言う。


「ビンゴだったよ。人の出入りがあるようだ。距離があって名前までは確認出来なかったみたいだけど、まず間違いないだろう」

「じゃあ」

「ああ、すぐにでも救出に向かう」


 シラハさんの言葉に俺は安堵の溜め息をついた。

 まだ何も解決していないのだが……。


「あの、俺達も同行した方がいいんでしょうか」


 俺はシラハさんに尋ねた。

 俺の質問に彼が答えるより先に、宝条が反応する。


「おい、なに言ってんだよ。そんな事、当たり前だろうが。あたしらが姫を助けに行かなくてどうすんだよ」


 怒り気味の宝条をシラハさんが制止して言う。


「ライナ、イージス君だって別に戦いが怖くてこんな事を言い出してるんじゃないよ。さっきの話をお前も聞いてたろ、相手のレベルは10あるって。しかも戦いに慣れてる連中だ、正直レベル5程度じゃ戦力になるどころか足手まといになりかねない」

「シラハさん、だけどあたしら……」

「気持ちはわかる。だがもしお前達が捕まって人質に取られるような事があったらどうなる。殺されるだけならいいさ、死んでも生き返られる世界だからね。だけど、どこか別の場所へ連れてかれて監禁されたりしたら、結局はリリナちゃんにも迷惑がかかってしまう」

「それは……」

「信じて待っててくれないか? 必ず助けて帰ってくるから」

「……わかりました」


 宝条がシラハさんに説得されてしゅんとしていると、この部屋に新たに五人のプレイヤーが入室してきた。

 人間の男一人に、同じ仮面をし、全身を白を基調としたローブで覆った性別、種族不明の四人。

 男が四人を引き連れる形でシラハさんに近付いてくる。


「ロクショウ、なんでお前が……」


 眼鏡をかけた男『ロクショウ』を見てシラハさんが言った。


「ずいぶんな事を言う。ギルドマスターが自分のギルドの本部にいる事がそんなに驚くような事かね」


 ロクショウ。

 金毛の狼の頂点に立つ男。即ち、ルル・ルクルスの現ギルドマスター。


 彼とシラハさんの仲があまりよくないらしいと言う事は、俺も姫岸さん達を通して耳にしていた。


 確かに、己のギルドマスターの登場だというのに、シラハさんの見せた表情は少なくとも嬉しそうなものには見えない。


「本部だと? その本部を勝手に王都に移そうとしていたのはどこの誰だ。誰かさんのおかげで今じゃここは名ばかりの本部になった」

「勘違いしてもらっては困るな。移転に反対していたのはお前達のような一部の人間だけだ。幹部会の同意は得ていたはずだぞ。それを私が、かつてを惜しむ者達に配慮し本部として残してやったのだ。感謝される謂れはあっても、恨み節を吐くのは筋違いと言うものだろう、シラハよ」

「よくもぬけぬけとそんな事を……、まぁいいさ、悪いが今は時間がないんだ。嫌味を言いにきたのならあとにしてくれないか」

「どこかへお出かけかね」

「お前には関係ない。……移動しようか、三人共」


 ロクショウを無視して俺達をこの部屋から連れ出そうとするシラハさんだったが。


「例の事件、新しい被害者が出たそうじゃないか」


 ロクショウが呼び止める。


「どこでそれを聞いた。俺はまだお前に報告するよう命じていないぞ」

「必要ないさそんなもの。そんなものなくても情報は入ってくる」

「露骨だな。自分の手の者がここにいると言ってるようなものじゃないか」

「馬鹿を言うな。この本部にいるのは部外者を除けば、皆、私の手の者だ、そうだろ? ギルド員がギルドマスターに報告を上げる。それだけの事でしかない」

「好きにすればいい、探られて困るような事、俺には無いんだからな」

「ほう、では私の杞憂だったかね。お前が指示を無視して勝手に動こうとしているというのは。……言ったはずだぞ、泳がせておけと」

「これまでと状況が変わったんだ。これ以上傍観はしていられない」

「なるほど、では黒幕を突き止め、その証拠も押さえたと」

「そうじゃない。今までは無所属の初心者を狙っての犯行だった。だが今度の被害者はルル・ルクルスにも関係ある人間だ。彼女は以前俺達のギルドに所属していた。それに今彼女が運営しているギルドとは協力関係にある。監禁場所も突き止めてあるのに動かないわけにはいかないだろう」

「協力関係? はてさて、何と言うギルドなんだ。私の頭の中には正式に協定を結んであるギルドの名、全てが記憶されているが、この程度の事件で助けを求めてくる弱小など存在せぬはずなのだがね。それとも傘下に入ってるの間違いかな」

「自分達と関係のあった人間に協力してやるのに、協定も傘下もないだろうが」

「今、それを決めるのはお前ではなくギルドマスターである私だ」

「コソカナは俺の担当のはずだ、それもお前が決めた事だぞ」

「あくまで雑事だけだ。重要な案件はこちらの指示に従ってもらう。わかりきった事を今更言わせるな。この件は泳がせる」

「お前の言う傘下の人間が被害にあっているのにか?」

「傘下と言ってもお前が勝手に面倒を見ているだけの何の役にも立たないギルドだろう。切り捨てたところで大勢には影響しない」


 ロクショウの言い様に黙って聞いていた俺だが、内心腹が立っていた。

 宝条などは我慢の限界とばかりに憤り、噛み付く。


「黙って聞いてりゃえらそうに言ってくれやがって。あんたがゲームの世界でどんだけえらいのか知らないけどな。他人の人助けにまであれこれ命令してんじゃねぇよ。あたしらはロボットじゃねぇんだ」

「品格に欠けるうえ、話の筋も理解出来ぬ野良犬を勝手に連れ込むとは、困ったものだな」

「い、犬!? 誰が野良犬だ!!」

「止せ、ライナ」


 これ以上宝条が噛み付こうとするのをシラハさんが止める。

 そして彼は何か覚悟を決めた表情で、己のギルドマスターに問いかける。


「ロクショウ、どうしても、今動くなと言うのか」

「何度も言わせるな。泳がせておけ、ギルドマスターとしての命令だ」

「そうか、だったら……」


 シラハさんはそう言い、身につけていた黄金の狼のバッジを部屋の地面に放り捨てる。


「シラハ、何を!!」


 レティリアさんが驚きの声を上げた。


「……何のつもりだ」


 ロクショウが冷たくシラハさんに真意を問う。


「見たままの事さ。俺は金狼のバッジを外す。もうルル・ルクルスの人間ではないって事だ」

「正気か?」

「正気も何も、お前の命令は聞けない、だったらこうするしかないだろう」

「呆れた奴だ。まさかここまで馬鹿な男だったとはな。本気で私を敵に回すつもりか」

「何故、そうなる。俺は、自分の気持ちにこれ以上嘘を付きたくないだけだ」

「後悔するぞ」

「……ずっと後悔してきたよ、お前がギルドマスターになったあの日から」

「憐れだな。つまらない義憤にかられ、このまま落ちぶれるつもりか巨人殺しのシラハよ」

「俺にはお前の方がよっぽど憐れに映るよ。つまらない虚栄心にかられ、敵か味方でしか分けられない世界に生きるお前がな」

「くだらない。私には負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」

「だろうな。お前はそういう人間だ」


「シラハ、冷静になって。こんな事……、タカミヤさんとの約束はどうなるのよ」


 タカミヤはルル・ルクルスの初代ギルドマスターで、ロクショウは彼の跡を継いでの二代目にあたる。

 敬愛するタカミヤの名を出して古くからの友人の突然の離脱をレティリアさんは何とか防ごうとするが。


「……悪いなレティリア、あとの事は頼む」


 説得の効果はなく、シラハさんの決意は揺るがない。


「行こう、皆……」


 そして俺達三人をシラハさんは部屋から連れ出した。


 部屋から出た俺達が向かったのはルル・ルクルス本部の外ではなく、内にあるギルド員用の倉庫だった。

 ここでまずは預けていた彼の所有物を外に持ち出そうと言うのだ。


「悪いね、こんな事まで手伝わしちゃって」

「いえ、別に気にしないでください」


 倉庫から必要な物を引っ張り出しながら俺達はシラハさんと会話する。


「シラハさん、その……なんかあたしのせいでこんな事になっちゃって……」


 自分がロクショウに噛み付いた事が発端だと思ったのだろう、ばつが悪そうに言う宝条。


「ライナのせいなんかじゃないさ。知ってるだろ? あいつとはずっと反りが合わなかったんだ。遅かれ早かれこうなっていたさ。それに……」

「それに?」


 宝条が先の言葉を促がす。


「……この様になって、今さらではあるがこの事件の黒幕の狙いがわかったような気がする」

「黒幕の狙いですか?」


 俺は少々驚きながらシラハさんに問う。


「ああ、さっきロクショウとの話でも言ったがリリナちゃん以前の被害者はギルドに所属していない初心者、冒険者として日が浅い者達ばかりだった。それが今回は初心者に違いないが、ギルドに所属している人間、それもルル・ルクルスと関わりのあった者が狙われている。監禁はリスクが高い分だけ、ターゲットの下調べは十分にしておくものだ。まさか偶然って事はないだろう」

「確かに」

「何故、今回と以前とでそんな違いが出るのか、それは以前の被害者達は監禁を速やかに実行する為の練習台に過ぎず、今回のターゲットであるリリナちゃんこそが本命だったからではないか。俺はそう考えてるんだ」

「マスターが本命?」

「正確に言えばリリナちゃんというより、ルル・ルクルスと関係はあるが現在は所属していない初心者、それも俺とある程度知己の間柄である人物」

「どういう事ですか」

「俺とルル・ルクルスの現ギルドマスターであるロクショウとの対立は比較的有名な話でね。もしルル・ルクルスをよく思っていない奴らが、その力を削ごうと考えるならどうするだろうか」

「対立を利用する」

「そうさ。だったら今回のような事件はまさにぴったりだ。上を目指し多少の犠牲には目を向けようともしないロクショウなら、過去にギルドに所属していたと言っても既に脱退しているプレイヤーの事より黒幕を掴む事を優先しようとする。そしてそのやり方に反発する俺は被害者救出を優先する為に逆らう事になる」

「結果、巨人殺しの英雄がルル・ルクルスを去り、ギルドの力は低下する……」

「あくまで俺の予想だけどね。でもこう考えれば全部が繋がるだろ。どうして短期間、一地域で自分達の拠点が絞られるような監禁行為を行っていたか。そのせいでリリナちゃんの監禁実行と共に簡単に奴らの拠点がばれてしまった。その理由もさ」

「そこまで犯人達の狙いだと」

「そう考える方が自然さ。リリナちゃんは実の妹の親友でもあるんだ。監禁場所もわかってるうえで俺が放っておけるはずがない。敵はそこまで考えて一連の犯行に及んだ」

「だったらすごく危険なんじゃ。巨人殺しのシラハが助けにくると知ってて、相手が何の対策もしていないって事はないでしょう」

「だからと言って彼女を見捨てたり出来ないだろう。それに彼女だけじゃない。被害にあってる人達の為にも実行犯達の拠点は少しでも早く潰さないと」

「だけど……」

「まぁちょっと楽観的すぎかもしれないけど、こうも考えてるんだ。俺がギルドを抜けた時点で黒幕の目的はある程度達成出来てる。だったらもう実行犯は用済みで切り捨てるんじゃないかってね。それなら相手はレベル10程度のPKだ。何とか出来ない事もない」

「シラハさん……」


 レベル10が相手だと言ってもその数は未知数。

 多勢が相手になるならいくらレベル17のシラハさんとて楽には勝てないだろう。

 たった一人で敵の拠点に赴かんとする彼を見て、俺は覚悟を決める。


「俺も……、俺も行きます!!」


「行くって……」

「マスターを助け出す手伝いをさせて下さい」

「気持ちは嬉しいけど、イージス君はまだレベル5だろ」

「レベル5でも上手くやればPKを一人ぐらい倒せるかもしれません。倒せなくても囮ぐらいにはなれるかもしれません」

「そうは言ったってな。悪いが君を守ってる余裕なんてないかもしれないんだ」

「それでいいです。むしろそれがいいです。シラハさん、俺はギルドガーディアンです。ギルドを守る為、マスターを守る為に雇われた人間です。どれだけ微力だろうと今が己の力を発揮する時なんです」


 俺の真剣な訴えをシラハさんは黙って聞いていた。

 そして。


「万が一、人質に取られ監禁されそうになっても悪いがリリナちゃんと君とじゃ事情が異なる。見捨てる事になるかもしれないがそれでもいいのか?」

「はい、連れて行ってください。その為に俺はここにいるんです」

「そうか……、わかった」


 何のために生まれ、何の為に死んでいくのか。

 そんな在り来たりの問いに、前世ではついに答えを見つけられずにいたままだった。

 それでも今は、このイロモという現実と仮想が混在する世界で俺は一つ確信を持って言える事がある。


――俺は、姫岸里利奈を守る為にここにいる。


「なに一人でいい格好しようとしてんだ。あたしもいくぜ」

「私も……」


 宝条とポム嬢の二人も救出作戦に加わろうとするが。


「それは駄目だ」


 シラハさんはそれを許さなかった。


「どうしてですか」

「言ったはずだ。お前達に何かあったらリリナちゃんが余計に悲しむ」

「イージスはいいって言うんですか」

「彼とお前達とは事情が違う」

「事情が違うって……」

「世界が違うんだ。わかってくれ」


 宝条とポム嬢は姫岸さんの親友。

 俺は前世ではただの顔見知り程度の仲に過ぎず、今は雇われNPCに過ぎない。

 万が一、二度と彼女と会えなくなってしまっても、それは姫岸さんにとって少しだけ悲しい別れに過ぎないだろう。

 ゲームの一キャラクターとの別れ、そんなものでしかないのだ。


「シラハさんの言う通りだ。二人は待っていてよ。それも立派な役目さ。無事にマスターが帰ってきたらまた冒険に連れて行ってあげないといけないんだ。その時二人がいないなんてなったら助け出した意味がないだろ」


 心からそう思う。

 姫岸さんがこのイロモ世界で必要としているのは、何よりも二人の親友なのだと。


「それに自分の為に友達が痛い思いをするなんて、マスターも嫌がるはずだからさ。優しい人だろ。あの人は」

「なんだよ、自分ばっかりかっこつけてさ……。おい、イージス、蘇生代だって結構するんだからな、絶対無事に帰ってこいよ。馬鹿野郎」

「イージス……、無理しないで……」


 ポム嬢はともかく天敵だった宝条にまで心配されるのは何か変な気分になるが、まぁ悪い気はしない。


「うん、わかってるよ」

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