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お話中

 コソカナの中心区には街の豊かさを象徴するように一際大きな建物が並んでいる。

 その中でも最たるものは街の行政と議会を司る市庁舎であろう。

 だが、それに見劣りせぬほどの建造物が街の中心区から遠く離れた場所にも存在する。


 象牙色を基調としたその建造物は纏う装飾もあってか荘厳さを兼ね備えており、それがただの富豪の住家ではない事を主張していた。

 建造物に掲げられた金毛の狼の旗。

 このイーゴスでそれが意味するのはたった一つ、『ルル・ルクルス』、イーゴスで十指に入るプレイヤーギルドにして王国の騎士団、俺達はその本部である彼らのギルドハウスを訪れていた。


 巨大な建造物のこれまた広い広い一室で、俺と宝条とポム嬢の三人はシラハさんを待っていた。

 休日と言っても彼には彼なりの用というものが現実世界である。常にイロモ世界にいられるはずもないのだ。

 それでも彼はポム嬢から、実の妹から今回の話を聞き、出来るだけすぐに来てくれると言ってくれたようだ。

 ならば、彼が一秒でも早く来てくれる事を信じて待つしかない。


「大丈夫よ」


 この部屋に案内してくれた金髪碧眼の美しい女性が俺達に優しく声をかける。

 彼女の名は『レティリア』、ルル・ルクルスの古参メンバーであり、シラハさんと長く行動を共にしてきた者。

 そして姫岸さん達が『ナナム』を結成する以前、このギルドに所属していた時、自分達の面倒をよく見てくれた方だそうだ。


 金髪碧眼と言っても現実でも異国の人というわけではない。

 イロモ世界でのキャラクター作成時に自分そっくりにしなければいけないなどのきまりはなく、ほとんど別人になって遊ぶ人間は大勢いたし、第一、彼女は人間ですらなかった。

 確かに人間とほとんど見た目は変わらない。だが、明らかに目立って異なる箇所があるのだ。

 それは耳。

 尖った耳は人間のそれとは明らかに違う。


 彼女のキャラクターの種族は『エルフ』。

 人間とは違う種族である。


 イロモでは、プレイヤーはキャラクター作成時に様々な種族の中から好きなものを選ぶ事が出来た。

 そしてプレイヤーだけではない、様々な種族のNPCがイーゴスの街で生活している。

 千年王国イーゴスは人間だけのものではないのだ。


 もちろん『ルル・ルクルス』にも様々な種族のキャラクターが所属している。

 ただ『一人、一キャラクター』という制限のせいか、種族の比率で言えば圧倒的に人間が多かった。

 俺達のギルド『ナナム』に所属するメンバーも全員人間だ。


「私達に任せて。きっとすぐに解決出来るはずだから」


 仲間を連れ去られ、不安と苛立ちが募る俺達の気持ちを少しでも和らげようとしてくれるレティリアさん。

 彼女に慰められながら、設置された時計の時間を確認した時、部屋の扉が強く開かれ男が飛び込んでくる。


「悪い!! 待たせた!!」


 待ち人が来たのだ。


「お兄ちゃん!!」


 ポム嬢がシラハさんに駆け寄る。

 兄の顔を見て緊張の糸がふと切れたせいなのか、泣きそうになっているポム嬢。

 そんな彼女の頭を優しく撫でながらシラハさんが言う。


「遅れて悪かった。……そんな顔するなよ、リリナちゃんは必ず助け出すから」


 美しい兄妹愛だが、感動している暇などない。


「とりあえず詳しい話を聞かせてくれ」

「はい」


 俺達はすぐに今回の出来事について出来るだけ詳しくシラハさんに話した。


 襲われた場所。

 最低でも三人はいたであろう事。

 PKが仕事だと言っていた事。

 ほとんど戦闘らしい戦闘はなかった事。

 それでもそのうちの一人、トウタと言う人物と少しだけ剣を交えた感覚からレベルや装備品で辿り着けぬほどの差を感じなかった事。


 つまり、相手のレベルが恐らく10であろうという事だ。


 レベル10と言うのはイロモプレイヤーにとって大きな壁がある地点だ。

 5を過ぎれば多少上昇し辛いという点はあっても街中で受けられる討伐クエストを適切にクリアしていくだけで、いつかは10になれる。

 だが11以上となるとそうはいかない。


 特別な魔物を討伐する。

 特別なアイテムを使用する。

 特別なイベントを経験する。

 特別なクエストを達成する。


 これらがない限り11以上になる為の経験値が一切手に入らないシステムになっており、それが意味するのはゲームの実力のみならず『運』、それも大きな幸運がレベル11になるのに必要だという事である。


 10から11へ到達する為の厳しいふるい。

 11以上のレベルとなれる者はイロモプレイヤーのうち一部の者だけであり、そしてそうであるからこそ11以上が英雄レベルと呼ばれているのだ。


 しかし、レベル10で成長の止まった者達の一部はその苛立ちをぶつけるかのように凶行に走った。

 それがPKである。

 少し考えればわかるだろうが、『一人、一キャラクター』という絶対的な制限があるイロモで忌み嫌われるPKになるリスクの大きさは、他のゲームと比べ物にならないほどに大きい。

 名前が赤くなった時のデスペナルティも大きく、とてもじゃないが気楽にPKになれる世界ではなかった。


 だがレベル10から11の間にある大きな壁が、一つのきっかけとなり凶行に及ぶ者を少なからず生んでしまっている。

 逆説的であるが言い換えれば、ほとんどのPKは己の限界にぶつかったレベル10の者達であり、11以上、英雄レベルに入っているようなPKは猛者中の猛者で、ナナムのような初心者ギルドのパーティーにとっては強さから装備品まで圧倒的な差がないとおかしいのだ。


 トウタというPKからはそれが感じられなかった。


「わかった。ありがとう」


 俺達の話を聞き終えたシラハさんはちらりとレティリアさんの方を見た後に言う。


「実は一ヶ月ほど前から、この街からある程度の範囲内でPK行為のみならず、PCが行方不明になる事件が起こっていてね」

「行方不明……」

「行方不明と言っても現実世界で」


 そこで言葉を一瞬止め、NPCである俺の方を見てシラハさんは言い直す。


「……もう一つの世界で彼らとは連絡がついている。彼らから話を聞くと、皆一様にこう答えたよ『PKに襲われた』って」

「それって……」

「ああ、恐らく監禁されたのだろう」

「恐らく?」

「行方不明になってるPCは常にブラックアウト状態でね。眠らされてるか気絶してるか、いつログインしても視界は暗いまま。確認が取れないんだ」

「でも犯人達から要求があったはずですよね、まさか……」

「そのまさかだよ。襲ったPK達からの要求が一切ない。だから監禁されてるだろうとしか言いようがなかった」


 なんて事だ。

 要求のないPCの監禁。

 それはもう犯人達が愉快犯であると言っているようなものではないか。


「トウタは……、俺達を襲ったPKは言ってました。これは仕事だって、仕事優先だって。犯人達がそれらの事件と同一ならおかしくないですか!?」

「同一犯なのは間違いないよ。事件の被害者からもトウタの名は何度か出ていたから。だけどさっき話を聞いていて俺もそこが引っ掛かってね。言葉のあやだって可能性はゼロじゃないが、もっと別の理由がありそうだ。と言うより抱いていた疑念が確信に変わったよ」

「どういう事ですか」

「間違いなく愉快犯ではないだろうって事さ」

「でも要求がなかったって……」

「要求はないよ。けど……、これを見てくれ」


 シラハさんが部屋の机に広げられていた大きな地図を見るように俺達に促がす。

 彼がこの部屋に来た時、後ろから付いてきた男が運んできた物だった。

 地図はイーゴス国全土を描いた物で、ごく最近だろうか、いくつかの文字や点、円などの記号が付け加えられていた。


「ここがコソカナ」


 シラハさんが地図上でのこの街の位置を指差す。


「そしてこの周囲で赤く色のついた点が一カ月前からの行方不明事件の発生箇所だ」


 コソカナの街の周辺に書かれたいくつかの赤い点。

 ここでPC達が次々と姿を消したのだ。


「イーゴスの領土は広い。その全てを俺達が把握しているわけではないけど、それでも『ルル・ルクルス』に入ってくる情報は膨大だ。『監禁』みたいな事件なら特にね。これを見た時、イージス君は何か感じないか?」

「何か……、いえ、赤い点や色違いの円があるなぁぐらいしか」

「赤い点はどこにある」

「どこって、そりゃコソカナ周辺の……、あっ」


 俺はシラハさんが言わんとするところを理解する。


「そう。これだけ広いイーゴスの領土で赤い点が一箇所に固まりすぎてる」

「奴らの活動拠点が近くに」

「当然それもあるが、もっと別の事に気付くはずだ」

「別?」

「単純に不自然なんだよ、監禁事件の発生場所が短期間でこんなに固まるのは。これじゃあ拠点がここら近辺にありますよと宣言しているようなものだけど、そんな事になるのがもうおかしいのさ。PK側にとっても監禁ってのはかなりリスクの高い行為なんだ。監禁を行ったプレイヤーが捕まれば、報復によってこの世界から去る覚悟をしなくちゃならない。つまりは『監禁』をやり返されるのさ。そして報復者が解放を条件に何か要求するなんて事は少ないだろうね。この世界から去るまで拘束し続ける。いや、去ってからでもそれは続く。勿論、対象を二十四時間監視し続けるとなるとそれなりの規模のギルドにしか無理だ」


 PCがこのイロモ世界で監禁を行うのは容易な事ではない。

 死亡すれば魂状態からの復活がある世界で生かさず殺さず拘束し続けるのはかなりの労力を伴う。

 思いつきで行えるものではない。


「それなりの規模……」

「この国で活動する人間ならコソカナにルル・ルクルスの本部があり、この街がその影響下にあることを知らない者はいないだろう」

「つまり」

「よほどの大馬鹿者でもない限り、犯人は俺達が出てくる可能性が高い事をわかっててわざと事件を起こしたって事になる。捕まればこの世界からいられなくなる、その事もわかったうえでだ」

「愉快犯だとしたらトップランクギルドを相手にするなんてリスクが高すぎる」

「そういう事。超人的な単独犯ならともかく今回の事件はレベル10の複数犯、それも二人や三人って数じゃないだろう。それだけの人を明確な利益なしで集められるか? ゲームオーバー覚悟でルル・ルクルスに喧嘩売ろうって連中を」

「明確な利益……、だけど犯人達からの要求はない……」


 わからない、犯人達が何を考えているのかが。


「分けて考えてみてくれ」

「分ける?」

「犯人達が今回の事件で得られる利益はそれぞれ異なるのさ。要求する対象がこちら側の人間とは限らない」

「それって……、ああ!! 雇われてる!! 誰かに雇われたんだ!!」


 俺の回答にシラハさんは頷いた。


「連中の大半は、いや実行犯全員が雇われた人間である可能性が高い。そう考えればトウタというPKが仕事だと口走ったのも理解出来るしね」

「全員……」

「だってそうだろ。レベル10程度のPKに用意出来るか? ルル・ルクルスに喧嘩を売る、その対価になるだけの物を」

「確かに、そうなると裏には」

「大きな黒幕がいる。自慢じゃないけどね、ここまで大きいギルドになるといろいろと敵も多くなるもんさ」

「けどそれじゃあ、マスターが、リリナさんが解放されるのは、その黒幕から何か要求があるまで待つしかないって事ですか!?」

「正直、この事件の裏にいる人間が具体的に何をかんがえてこんな事をしでかしたのかまではわからない。だけど、要求を待つ必要はないよ」

「えっ」

「さっきイージス君も言ってたよね、奴らの活動拠点が近くにあるって」

「あっ」

「こちらから仕掛けるよ、リリナちゃん救出作戦を」

「だけど細かい場所までは今すぐにとはいかないですよね……」

「おいおい、事件は一カ月前から繋がってるって言っただろう。その間、俺達だって何もしてなかったわけじゃないよ。当然ある程度調べはつけてある。被害者がログアウトを行った地点からの徒歩や馬での移動限界地、そして時間内での『ゲート』使用時に予想される転移可能範囲から、候補になりそうな場所は絞ってあるんだ」


 シラハさんが言う『ゲート』はプレイヤーがイロモを遊ぶ為に使用する装置の事ではなく、高度な転移魔法『ゲート』の事である。

 魔法『ゲート』は多数の人物を他所に異空間を通して飛ばす移動魔法であり、移動距離は使い手の能力に依存する。

 そして使用する為には最低でもレベル11以上が必要で、自然と使い手となる魔術師の数は限られている。


「ゲート……」

「当然、そのレベルの魔法が使える協力者がいるだろう。でないと短期間にこんな何箇所も行方不明者が出るわけがないからね。……それよりも今回リリナちゃんがさらわれてすぐに連絡をくれたのがよかったよ。ドルボ山、その麓からの範囲での候補地は一つしかない」

「それじゃあ」

「ああ、犯人達は恐らくそこにいる。すでに人をやって調べにいかせているから、彼からの連絡を待って動こう。実行犯がレベル10程度のPKだとしても、黒幕側にはそれ以上のPCがいるだろうから一応の警戒は必要だ。……でも、今回はたぶん大丈夫だろうけど」

「そうなんですか?」

「たぶんだけどね。黒幕側の連中だって罪もないプレイヤーを監禁してるなんてばれたら、信用は地に落ちて、まわりは敵だらけになってしまう。それを避けたいからこそレベル10のPKをわざわざ雇ったりしてるんだろう。当然、PK達は自分らが誰に雇われているのか知らない、その程度の工夫は簡単に出来る。黒幕側から実行犯への直接的な協力者は最低限の人数に抑えてるはずだよ。それこそゲートを使える人間一人いればいい。その協力者の魔術師すら口の固いのを一人雇ってるだけなのかもしれない。……とにかくだ、偵察からの連絡を待とう」

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