第9話
「やーん!ムサシ、久しぶりぃ!最近お店にきてくれないじゃなーい」
群衆の中から突然女が現れ、開いたパトカーの助手席の窓からムサシに話し掛けてきた。
「あー君か…悪いけど今お仕事中なの、今度遊びに行くから」
「こないだも同じ事言ってたわよぉ。もしかして他に好きな娘でもできたんじゃないのぉ?」
ジャクソンとウォードは笑いをこらえながらムサシがどんな対応をするのか期待した。
「君以外の女なんて見ちゃいないさ。それより早く行かないと英雄を見逃すぞ」
「はっ、いっけなーい!私ムサシみたいなクールな感じも好きだけど、大佐みたいな武骨で男臭いのも気になっちゃうのよね」
そう言うと女はムサシに手を振って別れを告げ、足早に第6地区へと駆けていった。
「………ムサシ、今のもお前の好みか?」
「ジョーダン!あのコは勝手にくっついてきただけだ」
軽くため息をつくムサシを見てウォード達の口元が緩む。
「あーやってらんねぇ…」
ムサシは早くこの無駄な任務から解放されたいと心から願っていた。
大佐を乗せた車輌群が確認されてから5分ほどが経過した時、
外境監視所と連絡をとっていた司令部通信課の課員はその異変に気づいた。
「第6外境監視所、どうした?応答しろ!」
「どうした?」
「はっ、先ほどの連絡以降第6監視所から応答がありません」
「何だ?無線機の故障か?…応答あるまで呼び続けろ」
「はっ!」
監視所を目指していた車輌群のスピードが落ちた。
ゲートのすぐ横にあるコンクリート製の小さな建物、これが監視所なわけだが、すでに100メートル付近まで接近しているにも関わらず出迎えに敬礼する兵士の姿が1人もいない。
大佐の勘が的中したのだ…
装甲車の上部に設置された20mm機関銃座に、臨戦態勢を受けて着いていた若い兵士は双眼鏡でその異変を捉えた。
「監視所横に4名倒れてる!!生死不明!!」
だが目視したその場に大量に流れた血を見れば、生死確認の必要などないことが全員分かった。
「攻撃用意!!」
大佐の一声で各車輌から一斉に兵士が飛び出したかと思うと、
直ちに全員が周辺に対し銃口を向けターゲットを探した。
「左サイド異常なし!!」
「右サイド異常なし!!」
「後方異常なし!!」
「前方……!!」
突然吹き荒れた乾いた風でバタバタバタ、と黒マントが音を立てる、
つい先ほどまで誰もいなかったはずの前方に悪魔は平然と立っていた。
前線で研ぎ澄まされた兵士たちの戦闘感覚にためらいなどなく、
その場にあった銃口から一斉に火が吹いた!!
凶暴に吹き荒れる弾丸の嵐とともに強烈な爆音が響き渡り
辺りは一瞬にして戦場と化す!!
何の障害物のない平野で放たれた弾丸は真っ直ぐに正面のゲートに命中し、
「チュンッ!!」
と高い金属音を鳴らし火花が舞った。
部隊の一斉射撃はあまりにもド派手な物だったがすぐに治まってしまった。
………ターゲットが一瞬にして彼らが構えるライフルの照準から姿を消してしまったのだ。
「どこだ!!?」
誰かがそうつぶやくと同時に部隊の最右翼の車輌付近で血しぶきが舞った!!
「ぎゃぁぁぁああ!!」
「うがっ!!」
1人、2人と次々に倒れていく。
悲鳴の前には必ず鋭い斬撃音が鳴り、息をつく間もなく5人が殺された。
その方向に部隊全員が銃口を向けると、またもそこには黒マントが白の仮面を返り血で濡らし立っている。
「化け物……!!」
再びすさまじい一斉射撃が始まったが同じことの繰り返し…
最初の5名がやられた位置から最も近い位置で引き金を引いたフォルツ軍曹。
再び照準からターゲットが消えることを確認した後
地面に砂ぼこりが舞って何かが自分に向かってくるのが分かった。
身の危険を肌で感じ取り、ライフルをその方向に向けたが、それに合わせてその何かも瞬時に軌道を変えて弾丸をかわした。
ほんの一瞬、刹那と言った方が正しいであろう時間、軍曹の目には黒マントの姿が確認できた。
激しく動いているため、全身を覆うマントは鋭くなびき、
屈強の兵士を倒したとは思えない細身の体格が目の前にあった
そして軍曹は最期にそのしなやかな腕の先端が銀色にキラキラと輝く鋭いブレード状になっていることを確認した。
次に黒マントの姿を見失ったのは、フォルツ軍曹の首が胴体から離れた後であった。
悲鳴と銃声が鳴り響き次々と死体の山が築かれていく。
歴戦の兵士たちはこれまでに体験したことのない現実味のない戦闘を前に取り乱し始めていたが、フォレスト大佐一人だけは冷静だった。
ここでようやく装甲車からゆっくり降りると、
持っていた日本刀を腰に差し、穏やかな歩調で部下たちの前に出た。
残った部隊全員それに合わせて自然に銃撃を止めると、
先ほどまで銃声で聞こえなかった
「バババッ」という風切音が聞こえ、大佐に向かって何かが突進した!!
その瞬間に鳴り響いた強烈な金属音とともに部隊全員がその光景に息を呑む…
金属音は黒マントの鋭いブレードがフォレストの日本刀に衝突した音で、ぶつかり合うなりつばぜり合いとなり、砂ぼこりを上げて双方静止した。
「……お主が本国からの報告にあった『ジョーカー』か。
ずいぶん暴れまわったようだがここまでだ!!」
一方ゲートの内側では聞こえてきた銃声で帝都市民がパニックになっていた。
多くの群集がざわめき、逃げる者もいれば、それでも英雄の姿を見ようと留まる者の姿もあった。第六地区の警察隊はこの事態の収拾に手を焼き、あちこちで
「ピーー!!」と警察隊の笛の音が鳴っている。
と、そのざわめきを消し去るように帝都中で警報サイレンが響いた。
何秒かそのサイレンが鳴るとあちこちで軍用車輌が市民を押しのけるように強引に進み、
車輌に乗せられたスピーカーから野太い声が聞こえた。
「緊急命令!緊急命令!
ただ今をもって帝都全域に戒厳令を施行する。
市民は速やかに帰宅し外出を一切禁じること!!
従わぬ者は容赦なく射殺する!!
繰り返す……」
突然の事態に市民のパニックはさらに勢いがついてしまった。
「射殺」は脅しなどではないことが重々分かっているのだ。
市民は我先にと他人を押しのけて進もうとする。
第6地区では群集の大洪水が起こった。
戒厳令の通達はムサシ達のいる第7地区にも発せられ、隣の第6地区に比べればマシだが群衆がパニックとなり、さっきまで希望に満ちた表情で行き交っていたが今ではどの表情も恐怖と焦りに溢れ、急ぎ帰路についている。
「どうなってんだ?」
3人は突然の事態にあっけにとられて群集の慌てふためく姿をパトカーから傍観していた。
が、すぐに無線が入り、傍観などしていられない立場になる。
「ザーーーーーーー
こちらレッドブルー署、各員に告ぐ。
たった今軍令部より戒厳令施行のための出動命令を受けた。
全員直ちに管轄区内の治安維持に専念し軍をサポートしろ!!」
1ヶ月程前にもまったく同じ命令が下されたが
あの時とは違いムサシは命令を聞くなり素早くパトカーを飛び出し、
流れる群衆の波にぶつかりながらも目前の「ベンジャミン」へと駆けていった。
「おい!ムサシ!!」
「先輩!!」
猛ダッシュで「ベンジャミン」に向かうムサシの頭は不安で一杯だった。
ここでエリスの存在を確かめることができればサファイア少将から与えられた任務からも、エリスに対する馬鹿馬鹿しい疑惑からも解放される。
だがもしも不安が的中したなら…………。
ムサシは勢いよく「ベンジャミン」のガラス戸を開いた!
店内はすでに客は一人もおらず、皆あわてて出て行ったのであろう少し散らかっていた。
カウンターにはいつも見る小太りでひげの生えた店主が、いつもとは明らかに違うムサシの様子を見て驚いた表情を浮かべていた。
「……エリスは……?」
「あぁ、あの娘ならちょっと前に帰ったよ。
おかしいな…今日は君に会うって言ってたんだけど」
「マジかよ…」
ムサシは顔を強張らせパトカーへと急いで駆け出した。
その様子を終始YT-400のスコープで監視していたテラの横で
もう一人のIRF隊員が同じく望遠鏡でその様子を見ながら無線機を手に取った。
「ハゲタカが動きました。
ポイントより移動する模様。
ご指示を?」
報告を受け取った無線機が設置されているのは中央司令部の諜報部指令センター。
暗い室内に多数の無線機が敷き詰められた空間で、クルトン少将は応答のために無線機のマイクに向かった。
「ネストよりウルフ3、
ハゲタカを追跡しろ。我々も向かう」
「了解、追跡します」
クルトンは即座にセンターを出ると、部下を引き連れ廊下を足早に進んだ。
「残念だよムサシ巡査長……
やはり君が案内してくれる事になったか」
クルトンは冷たい笑みを浮かべつぶやいた。