第6話
ムサシの新人教育が始まって数日後、ようやくウォードにも退院の許可が下りた。が、復帰当日ウォードはいきなり有給休暇をとった。
「セントラルニュ―ス、戦況速報です。東部戦線におけるバレンクス攻略戦において本日帝都時間0730時、フォレスト大佐率いる第3師団は全軍をもって攻勢に転じ、バレンクス反帝国軍を一掃。同都市を陥落させ、激戦が続いた東部戦線は終息に向かいました。この報告を受けて中央司令部は近く、フォレスト大佐に国家英雄勲章授与を決定し、早ければ大佐は今月末に帝都に凱旋帰還するとの 発表がありました」
テレビの中で真面目そうな軍広報部のキャスタ―がカメラに向かって原稿を読み上げた。軍の勝利報道が流れると帝都はにぎやかになる。酒場には人が押し寄せ、酒樽は一夜にして底をつく。第7地区居住区にある「オ―ルドセブン」、ムサシとウォードが仕事終わりによく足を運ぶ普段は静かな大人の雰囲気の酒場である。ニュースが流れて間もなく店は満員となった。
「ミッドルト帝国バンザーイ!!!ぎゃははははははは!!!!」
「俺達帝国に刃向かうなんざ千年早いぜ!!!!」
この店も例外なく大いに戦勝ムードに酔いしれていた。
「まったく…おめでたい結婚記念日ね」
ウォード最愛の妻リーンは混雑する店内を煙たそうにつぶやいた。
「まぁいいじゃねぇかリーン、結婚記念日に戦勝報告とは縁起がいいじゃねぇか」
退院しても未だあごのギブスが外せないウォードは喋りづらいが優しくリーンをなだめた。
「だからってあんた、せっかくの結婚10周年くらい静かに祝いたいじゃないの」
リーンはウォードに似て体格がよく、料理上手の専業主婦である。結婚した当初は体格も割と細めで近所でも綺麗な若奥様で通っていたのだが、ウォードと暮らす時間が長くなると大飯食らいの夫と同じ食生活を送ってしまうため、10年の歳月をかけ体格の良い肝っ玉母ちゃんに変貌してしまったのである。
「まぁそれはそうと、ほれ」
ウォードは少し照れながら足元に隠しておいた花束をリーンに渡した。
「まぁ、あんたもたまには洒落たことするんだね。見直したよ」
ウォードはしてやったりと得意げな表情を浮かべたがすぐにその表情は怒りに変わった。
「ガシャァーーン!!!」
店の奥で騒いでいた若者の集団の一人がウォード達のテーブルに突っ込んだのだ!料理はぐちゃぐちゃになり酒で床が水浸しになった。
「あーーすまねぇなおっさん、ちょっと飲みすぎちまって」
「ぎゃはははは!何やってんだよ!!」
店内はその光景で爆笑が巻き起こったが、一人の眠れる獅子をたたき起こしてしまったことには誰も気づきはしなかった…。
「ん?なんだこれ?」
床に落ちて酒でビショビショになった花束を見つけた少年はそれを拾うと
「愛してるぜ!俺と結婚してくれオバサン。ぎゃはははは!!!!」
と悪乗りでリーンに差し出した。これが悲劇の始まりである…。
少年は酔っているせいで自分の体が宙に浮いている事に気づかなかった。ようやく異変に気づき振り返ると、そこには顔を真っ赤にしてあごには何やら得体の知れないプロテクターを装備したゴリラロボの姿があった。ゴリラロボは片手で襟を掴んで少年を軽く持ち上げながら、その恐ろしい眼光で獲物を睨みつけていた。
「ひっ!!」
少年は一瞬で酔いを覚ますと顔を真っ青にして固まった。次の瞬間少年の目には天井と床が逆転する光景が飛び込んできた。
「ぎゃあああ!!!」
「ガッシャーーーン!!!!パリーーン!!!!」
ゴリラロボは持てる力の全てを注いで少年をバカ騒ぎ軍団に向かってブン投げた!!
そして勢い良く軍団に向かって前進した。
「何だぁ!?おっさんやるのか?」
「ふざけんな!やっちまえ!!!!」
ゴリラロボVS泥酔サル軍団のゴングが鳴らされた。
「………はぁ」
リーンは帰りたいと思った。
戦いの内容は多勢に無勢にもかかわらず酷いもので、サル軍団にゴリラロボの進撃を止められる者はおらず他人から見れば弱いものいじめにも見て取れた。
「いいぞー!やれやれ!!!」
この戦いを見ていたギャラリーのテンションはさらにヒートアップし、全く無関係の者まで無謀にもゴリラロボに戦いを挑み無残に散っていった。ついにはゴリラロボにとってなじみの店のマスターも全く止める様子も無く、その光景を見て大笑いしていた。
もはや事態は収拾つかず、食べ物と酒と悲鳴と笑い声が飛び交う戦場と見間違う程の光景と化してしまった。
「カン!!カン!!カン!!カン!!」
この血みどろの戦いに終止符を打ったのはリーンの鍋とスプーンによる終了ゴングであった。
「あんた達いい加減にしなさい!!!!」
リーンの一声にゴリラロボの暴走もピタリと止まった。気が付くと床にはサル軍団がKOされていて、全く無関係の人間の首根っこを掴み殴ろうかといった体勢であった。
「まったく…今日は結婚記念日じゃなかったの?ほら片付けるわよ!」
「………はい」
すっかりしおれてしまったウォードはちょっぴりさみしそうな顔で素直に片付けを始めた。周囲の者もリーンに注意されたのがまるで自分であるかのようにウォードに続いた。さすが肝っ玉母ちゃんである。
通常なら警察官が一般市民に暴力を振るった問題事件だが、どういうわけかこの国では戦争に勝利した日は皆心が広く、多少の小競り合いなど「まぁ、戦争に勝ったんだからいいか」と軽く流してしまう妙な風習がある。
それほど戦争が深く市民の生活に関っていて、常勝国であるこの帝国の軍事力を普段は恐怖に感じながらも市民は誇らしげに思っているのが当然であり、ムサシ達のように兵役を逃れ自分の好きなように生きようとする者はこの国の中ではやはり変わり者なのである。
片づけを黙々と続けるウォードの横で最初にテーブルに突っ込んできた少年が目を覚ました。しばらくボーっとしていたがふと横を見るとウォードと目が合った。
「ひっ!ごめんなさい、もう殴らないで!!」
怯える少年を見てウォードは悪ふざけのつもりで
「お前らまだ酒飲んでいい歳じゃねぇだろ、お巡りさん呼んでやろうか?」
と脅したが。
「ち、違うんです。無理矢理飲めって勧められただけですって!!」
ウォードの力をその身をもって体験した少年にはもはや冗談も通じなかった。
「あんた!!くだらない事してないで手を動かしな!!!」
リーンに怒鳴られウォードは再び掃除に専念した。
「(はぁ…何でこうなるかなぁ…)」
ウォードはゴミの溜まった袋の口を縛るとそれを片手に2つづつ計4つを軽々と持ち上げ、裏口に運んだ。裏口を出たところにゴミ袋を下ろすと、裏路地からふと明かりの点いている建物が目に入った。2階建の「オールドセブン」よりも一回り高い建物で、明かりの点いているそのフロアもやはり戦勝のニュースににぎわっているようだ。がどことなく落ち着いた雰囲気であった。
「あそこは確かちょっと高いレストランだったな」
ウォードは以前、ムサシから「オールドセブン」の裏にある高級レストランで当時のお気に入りの女の子と食事をしたといって自慢されたのを思い出した。ならば、と思いリーンを連れてそのレストランを訪ねたのだが、あいにくリーンの苦手なシーフード専門店であったため入店には至らなかった。そんな事を思い出しながらレストランの窓を眺めると、そこには見覚えのある茶色のクセ毛でタバコをふかす細身の男を見つけた。
「ムサシ!?」
見ればムサシがあの引き締まった表情で誰かと話している。ウォードの立っている場所からだと柱が邪魔して丁度相手が見えなかった。
「(エリスちゃんか?)」
そう思い、窓を見ながら建物に近づく形で歩み寄ると、相手の姿が確認できた。相手はこれまた見覚えのある銀髪に高貴な顔立ちをしたいかにもムサシが声をかけそうな大人の女…………
「サファイア少将!!!!!」
驚きのあまりウォードは声を上げてしまった。
周りに誰もいないのにウォードは自分で自分の口を塞いだ。
「(あのバカ!本気で高級将校を口説く気か!!?)」
ウォードは何より軍の人間に手を出して(しかも浮気で)ただで済むのかとムサシを心配した。
「こら!あんた!!こんなとこでサボって。まだ片付けは終わってないんだから!!!」
後からリーンに叱られると思わずビクッと反応してしまい、ウォードは何か本当に悪いことをしてしまったように感じた。
「あぁ、すぐ行く。なぁリーン、こないだのシーフードの店もう一回行ってみないか?」
「こないだのってあんた、そこのレストランの事かい?わたしは魚介類ダメだって言っただろ、これ以上記念日を台無しにする気かい?」
そう言われるとウォードは何も言い返せなかった。
「さ、そんな事より片付け、片付け!!ほら行くよ!!」
「あ、あぁ…」
ウォードは渋々裏口に向かったが、振り返り再びレストランの窓を見た。
「厄介ごとだけは勘弁しろよムサシ…」
相棒の心配をよそにムサシは生き生きとした表情でサファイアとの食事を楽しんでいた。