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EVOLUTION  作者: チューベー
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第5話

査問会から一週間が経った。あごのギブスが外せないウォードを病院に残し、ムサシは先に仕事に復帰していた。久々にレッドブルー署に出勤すると


「ようムサシ、怪我はもういいのか?しかしえらい目にあったな」


「まったく…戒厳令で女の子なんて1人も外にいないのに何に見とれて事故を起こしたのよ!」


「ウォードのギブスは笑えたな!マンガに出てくるロボットみたいだった!」


と、入院中見舞いに来てくれた同僚達がムサシを出迎えた。クルトンの偽装工作は完璧だったようで、誰一人コンビの事故を疑う者はいなかった。


「俺がゴリラロボって呼んだら顔を真っ赤にして怒ってたぜ、「ウホウホッ」ってな」


「わはははははは」


いつもどおりの光景がムサシを包むと、一週間前にあったことが嘘のように感じられた。


「おーいムサシ!こっちに来い」


上司であるタール警部に呼ばれムサシは警部のデスク前まで歩いていった。


「何です警部」


「大変だったな、怪我の具合はどうだ?」


「ええ、おかげさまでこのとおり」


ムサシは警部に向かって両手を広げてアピールした。普段仕事熱心ではないが一週間も病院生活を送り身体がなまってしまったので、ムサシは何でもいいから動きたいのである。


「早速だがムサシ、ウォードが復帰するまでの間お前に新人教育を任せたい」


「新人教育?」


「こっちだジャクソン」


警部が呼ぶと窓側のデスクから真新しい制服を着たいかにも青少年という感じの若い男が走ってきた。


「紹介しよう、こいつがしばらくお前の面倒を見るムサシ巡査長だ」


「3日前からレッドブルー署配属になりましたジャクソン巡査です。よろしくお願いします」


ジャクソンのさわやかな笑顔はムサシにとって何ともまぶしいものであった。


「警部…新人というものはまず基本を身に着けなくちゃ、俺みたいに個性的な人間と一緒にいると悪い影響が出ますぜ」


すると警部は顔を近づけムサシにだけ聞こえるように言った。


「パトカー一台廃車にしといて口ごたえするんじゃない、入院していたから俺が代わりに始末書書いてやったんだぞ!やってくれるなムサシ君?…」


ムサシは急に笑顔になった。


「…………ようこそレッドブルー署へジャクソン君!新人のうちは分からないことだらけだからねぇ~、何かあったら遠慮なく聞きたまえよ!」


「はい、ありがとうございます先輩!!」


笑顔の裏でムサシは思った


「(クルトンめ!!廃車はやり過ぎだろうが!!!)」


「では早速パトロールにでも行ってこい、もちろんジャクソンの運転でな!」


張り切るジャクソンを前にムサシは苦笑いで応えた。

長身のムサシに対し小柄なジャクソン、新コンビは兄弟のようであった。


 ジャクソンに運転を任せ、助手席を倒して頭の後ろで手を組みタバコをふかすムサシ。


「先輩、いいんですか病み上がりなのにタバコなんて吸って」


「いいんだよ俺にとっちゃ栄養だ。それよりジャクソン、なんでまた警官なんかになったんだ?」


「自分戦争なんか行きたくなかったんです、人殺しになんかなるより人を守る仕事がしたいと思って」


ジャクソンはムサシを見ながら喋っていたため危うく前を行く車に追突しそうになった。


「っと!前見て運転しろよ。前線に出ずに人殺しになるつもりか?…ふーんそれで徴兵逃れができる警察へね。立派だね最近の若者は」


「先輩はどうしてなろうと?」


「軍の訓練がきつそうだから逃げただけだ」


この国において軍人以外の職業は全て平等に見下される。18歳を迎えた若者が徴兵制に従うのが当たり前であり、軍事労働者やジャクソンのように警官になる者は大半が臆病者か変わり者である。


「おっ!ちょっと止めてくれ」


ジャクソンに停車させるとムサシは車を降りた。


「悪い、10分で戻る」


そういって駆け出した先には石畳の坂を下った交差点にある「ベンジャミン」であった。


「すごい、ほんとに噂どおりだ」


他の先輩に聞いていた通り、女の事になると仕事そっちのけとなるムサシにジャクソンはあ然とした。

店先で掃除をしていたエプロン姿のエリスに、鼻の下を伸ばして話しかけているムサシを運転席から眺めて、ジャクソンにはそれが戦時下の光景とは思えなかった。


だがそんな平穏な空気を壊すように突然すさまじい衝突音が鳴り響く。


「貴様ぁあ!!!」


ジャクソンが後方に目をやると、軍のジープに青い一般車両が追突していた。

怒って出てきた兵士が追突した車に詰め寄ると、運転手の中年の男の顔が青ざめていた。


「すいません!すいません!ほんとにごめんなさい!!!」


すでに男は土下座で目に涙を浮かべながら大声で謝っていた。

が、兵士はそれを全く聞き入れず3人で男を囲むと硬いブーツの底で顔面を思いっきり蹴った。それを見たジャクソンはすかさず駆け寄る。


「おい!やめろ!!謝ってるじゃないか」


「なんだ小僧、変な正義感ならやめとけよ、悪いのはこいつなんだからよ」


そしてさらに兵士は男を殴りつけた。


「ゴキッ!!」


鈍い音がすると男は完全にのびてしまった。


「なんてことするんだ!!」


ジャクソンは何も恐れずに兵士と男の間に割って入ると軍曹の階級バッジを付けた兵士を睨みつけた!


「ほう、面白いな小僧。何のつもりだ?」


軍曹は何のためらいもなく銃を抜くとジャクソンの眉間目がけてその銃口をかざした。


「パンッ…パンッ…パンッ…」


辺りに緊張が走ったが、それは明らかに銃声とは違う迫力のない乾いた音だった。

離れたところにいたムサシが坂を登ってジャクソン達に近づきながら手を叩いたのである。


「おーい、ジャクソン何やってんだよ。すいませんねぇ軍曹殿、こいつまだ新米でルールってもんが分かってないんですよ。気にしないで下さい」


ムサシは独特の間抜けた調子で軍曹達に近づくと、ジャクソンの袖を引っ張って軍曹から遠ざけた。


「何だ貴様は!警官ごときがでしゃばるな!!」


軍曹の部下がつっかかってきたがムサシは気にせず


「後のことはお任せください軍曹殿。こういった街で起こる小さな事件事故を処理するのが我々の仕事ですから。車も無事なようですし早く大切な任務を再開されて下さい」


と、らしくない笑顔と口調で軍曹達をなだめた。


「ふん!しっかり始末しとけよ」


言葉ではそう言いつつも軍曹はのびている男の顔面を踏みにじった。

次の瞬間、ムサシは青ざめた。遠ざけたはずのジャクソンが隙を突き、軍曹に殴りかかったのである。

軍曹は腰を落とし、青い車に背中を打ちつけた。


「軍曹殿!!貴様ぁ!!」


今度は逆にジャクソンが兵士に殴り飛ばされた。ムサシはこの場から逃げたい気持ちでいっぱいであったが、とにかくジャクソンがこれ以上余計な事をしないように必死に彼を押さえた。

ジャクソンはムサシに押さえられながらも兵士達に向かおうとしている。


「お前ら軍人だからってそんなに偉いのかよ!!!」


「あぁ、お前なんかよりはるかに偉いさ」


起き上がった軍曹に加え2人の部下達はすでに容赦する気配もなく銃口をジャクソンに向けた。


「(終わった………)」


ムサシが心の中でそうつぶやいた時である、ポンポンッと誰かが軍曹の肩を叩いた。

振り返ると軍曹の視界には誰も入っておらず、石畳の町並みが広がっているだけであった。

驚いて首を元に戻すと、そこには黒の髪を後ろで束ね、垂れ目ではあるが鋭い目つきをした、タンクトップに下は深い緑の軍服に軍用ブーツといった異様な雰囲気の女がポケットに手を突っ込んで立っていた。


「何だ貴様!!お前も殺されたいのか!!!」


軍曹が銃を女に突きつけた瞬間である、「ヒュッ」と、とてつもなく素早い動きで3人の銃に女が手を触れた。


「下品な物向けんじゃないよ!」


ムサシは再びあの神業を見た、3つの銃全てが分解され砲身は女の手の中にあったのだ。

女は奪った砲身を地面に捨てると軍曹に詰め寄った。


「弱いものいじめする暇があったら一度は前線に出て少しは技を磨きなよ、内勤軍曹さん」


軍曹は顔を真っ赤にして女の首に掛けてあった鉄でできた軍の認識プレートつかみ、反対の手で握り拳を作った。

女は冷ややかな目で軍曹を見ると人差し指で軍曹が握るプレートを指差した。


「……………………」


軍曹は恐る恐る手を開くとその場で硬直した。

認識プレートには名前と登録ナンバー、少尉の階級に続き「I.R.F」の三文字が刻まれていたのだ。


「し、しし失礼いました!!!」


作った拳を素早く開き軍曹が急いで敬礼すると、部下もそれに続き同じ事をした。


「はいはい、邪魔だからさっさと行きなよ、あたしはそこのケーキ屋に行きたいだけなんだからさ」


「はっ!し失礼します!!」


そう言うと軍曹は部下と共に逃げるようにしてジープに乗り込んだ。

こうしてこの場から緊張が消え、周囲の人間が女少尉に尊敬の眼差しを送ったのであった。


 救急車が男を運び終え、辺りに普段と何も変わらないにぎやかな空気が流れた。


「いやー助かったぜ」


ムサシも今回ばかりは肝を冷やされたのか、かなりの安堵感に満たされていた。


「すいません先輩…つい……」


「ついじゃねーよまったく、とんだ狂犬だなお前は」


落ち込むジャクソンに女少尉まで


「この国で生きるんなら最低限のルールは理解しとくんだね、あたしが止めなけりゃあんた死んでたよ」


と説教した。


「IRFか、実際初めて見たが、エリートってのは伊達じゃねぇな」


「へっ、当たり前だね。あたしらと奴らでは格が違いすぎるんだよ!そんな事よりあんた達、助けてやったんだからあたしにちょっと付き合いなよ!」


そういって少尉が親指で後方の「ベンジャミン」を指すと、ムサシは「サボれる」とここぞとばかりにその誘いに乗った。

余談であるがこの女少尉、兵士ではあるもののムサシのお目にかかるほどの容姿を持っている。しかしムサシは強い女に興味はないので、普段どおりの抜けた表情で少尉の誘いを受けたわけである。あくまでこの場でのムサシの狙いはエリスなのだ。


 ムサシ、ジャクソン、IRFの女少尉。異色の三人組は店内の奥にあるテーブルに腰掛け、注文したケーキを待った。


「仲間がさ、ここのケーキはうまいって言ってたから一度来てみたかったんだ。誘っても誰も行かないってんだから丁度よかった」


IRF内部がどんなものかムサシには全く想像もつかないが、いくらエリート部隊でも休日くらいは普通の女の子と過ごしたいはず、こんなでかい態度の女に誘われても断るだろう、と男心から隊員達の心情を察した。


「なんだい、若いの元気がないね?」


「ジャクソンです、その、さっきは本当にありがとうございました」


ジャクソンは申し訳なさそうに謝った。


「気にするんじゃないよジャクソン、でもあんた見かけによらずいい度胸してるね!」


バシバシッと背中を叩かれジャクソンは少し照れていた。


「えーと、テラ少尉ですかね?」


ジャクソンが胸元にかかった認識票の名前を読むと

「どこ見てんだよ!このスケベ!!!」


とさらに強く叩かれた。ムサシはこの2人を見てなんだかむずがゆくてたまらなかった。


「はいっお待たせしました」


エリスがケーキとお茶を持ってくると、すかさずムサシは顔を引き締め、


「ありがとうエリスちゃん、ところで今度の日曜だけど…」


「おぉ~~うまそうじゃん!!!どれどれ?」


ムサシが延期になったデートの話を切り出すと、横からテラが割り込み、エリスの持ってきたケーキに手をつけた。


「ん~~~~~~うまい!!!!おねぇさんこれうまいよ!」


「どうもありがとうございます」


「(こりゃだめだ)」ムサシはそう悟ると黙って好きでもないケーキを口に入れブラックコーヒーで流し込んだ。

エリスも仕事があるのですぐにカウンターの方へと消えてしまった。


「…………なぁテラ少尉」


「ん?テラでいいよ」


「ああ、テラ、さっきのやつだけどあれはIRFなら誰でもできるのか?」


ムサシはふと先程のテラの技を思い出し、そしてジョーカーのことも思い出し尋ねた。


「あぁあれね、あれは訓練さえ受ければ誰でもできる、ただし片手で分解バラせるのはあたしくらいなもんかな。男は指が太くてスライドを止めるコックを瞬時には外せないからね、片方の手で押さえながらじゃないと」


「へぇ、すごいんですね」


横からジャクソンが感心した。

ムサシはこれ以上の詮索はすまい、とタバコに火をつけた。奥の席は窓側なので日あたりが良く、タバコの煙が日差しに照らされて目立っている。


「おっ、お兄さんあたしにも一本くれる?」


最後の一本だったので渋々渡すと慣れた手つきでテラも火をつけた。


「最近セントラルが騒がしくてね、突然お呼びがかかって警護の任務だよ。相手はたった一人なのに」


「なめてかからない方がいいんじゃない?お仲間がやられたんだろ?」


ムサシの何気ない一言にテラは反応した


「へっ、全く情けない。私は負けないよ!『ジョーカー』だか何だか知らないけど必ず仕留めてやる!!」


仲間が殺されたのに全く恐れていないところがさすがとは思ったが、ムサシは目の前の女がサファイアに見せてもらった写真の惨殺死体のようになると考えると黙ってはいられなかった。


「テラ、こいつは助けてもらった礼だ、もし悪魔に出会ったらこれを見せるといい。こいつには魔除けの効果があるんだ」


そういって渡したのはムサシの警官バッジであった。


「あははははは、あんた面白い事言うね。IRFのあたしにピンチの時はお巡りさんになれって?」


「いいから受け取ってくれ」


真剣な顔で言われたのでテラは少し動揺した。


「わ、分かったよ、そこまで言うならもらっといてやるよ…だけど勘違いするんじゃないよ!あたしはこんな安いプレゼントで落ちる女じゃないからね!!」


「(勘違いはお前だよ…)」


ムサシは少し後悔した。


「いやーうまかった!ところでお兄さん、あたし今日持ち合わせないんだよね」


わざとらしいセリフにムサシはムッとしたが、助けられた事を考えると財布を開かざるおえなかった。


「…分かったよ」


「サンキュー優しいね!」


ムサシはテラにバッジを渡すところをエリスに見られていないかが心配だったが、調理場の奥で忙しそうにしている彼女に手を振り、いつもと変わらぬ笑顔が返ってくると安心して「ベンジャミン」を出た。


「それじゃあねお二人さん。ジャクソン、今度あんな目にあっても助けてやんないからね。気をつけな!」


ジャクソンは深く頭を下げて、ムサシは軽く手を振りながらテラを見送った。


「………先輩ずるいですよ!エリスちゃんがいるのに次はテラさんですか!?」


「はぁ…」


ため息をつくとムサシはジャクソンを置いて先にパトカーへ歩き出した。


「先輩、なんかテラさんって素敵な人ですね」


「マジか?……」


ムサシはこのくせの強い新人を前にいち早く相棒ウォードの復帰を願った。


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