第4話
三人はエレベーターに乗ってさらに上の階を目指した。
ムサシは男だけの密室空間になってすっかり意気消沈の様子だが、そんな姿を気にもせず兵士はコンビに説明した。
「いいか、お前達は運が良かったから少将相手に多少の非礼も許されたが、今から行く査問会で会うのはどなたも将軍クラス以上の軍のトップの方々だ。立場をわきまえろよ、質問に答える場合は必ず敬語で答え、絶対にお前ら側から質問はするな。もし失礼な言動をすれば場合によって国家侮辱罪で逮捕する場合もある。肝に銘じておけ!」
本来であればこの国でクルトン、サファイアの両少将に民間人ふぜいがため口で話しかける事も十分おかしな事なのだが、コンビを束縛し貴重な証言を聞けなくなるのを恐れたからか、今回はおとがめなしで済んだのであろう。
さすがのコンビもこの国のトップ陣との面会が間近に迫っているとあって緊張の色は隠せなかった。
エレベーターが目的の階に三人を運び終える。
コンビは再び兵士に案内され通路を進むが、明らかに空気の違うそのフロアにはただならぬ静けさが漂っていた。
中央司令部85階に奥行きのある窓のない広い部屋がある。奥の壁にはロビー同様真っ赤な国旗がでかでかと飾られていた。入り口側の部屋の角には古風な柱時計が、その反対には観葉植物が飾られていて、静かな部屋では柱時計の振り子の音がよく聞こえた。
「コッ、コッ、コッ、コッ、コッ………………………」
国旗の前には複雑な彫刻が側面に彫られた木製の長机が置かれ、三人の将校がそれに並んで座っていた。
「恐れながらグルネルド元帥閣下、民間人相手に我々が出張るのはやはり大袈裟な話ではありませんか?」
右側のスキンヘッドの将校が中央の白い髪と長いひげを生やした老将校に話した。
「何を言うか将軍、今回聴取する内容は我々が直接総統陛下にご報告せねばならぬ。信頼のある我々が行う事がなにより陛下ご自身のご希望じゃ」
「は、失礼しました…」
「しつこいようですが、我々が確認せねばならないのは『ジョーカー』
と『零式』の同一性です。尋常ではない戦闘能力から考えて奴が『零式』であるという事は推測できる、欲しいのはその確証です」
左の席のオールバックで切れ長の目をした将校が口を挟んだ。
「…………『零式』…奴は我がミッドルト帝国が産んだ恥ずべき失敗作じゃ。陛下も何より奴の存在をお許しになれなかった。警官ごときがわずかに接触しただけでどれほどの情報を掴んだか…たかが知れとるがやっと手に出来る情報じゃ、確認する価値は大いにあるのう」
「確かにあの時処分したはずの『零式』が、蘇って我らに牙を剥いた…この推測が当れば我等の命、前線に出ず帝都ランブルクにいながらにして危険にさらされることになる」
「止さぬか縁起でもない!まだ推測に過ぎぬ事をやすやすと口にするでない!!」
「はっ…失礼しました……」
「コッ、コッ、コッ、コッ、コッ………………………」
扉をノックする音が小さく鳴る。
「失礼します、お待たせしました。2名を連行しました」
部屋に現れたのはクルトン。
続いてウォード、ムサシの順番でその静かな空間に足を踏み入れた。
コンビは前に出てきれいに横一列に並び制帽を脱ぐと、3人の将校に向けて敬礼をした。
「第7地区、レッドブルー署より出頭しましたムサシ=ハナノカワ巡査長です」
「同じくジェームズ=ウォード巡査長です」
コンビの後ろのドアの前ではクルトンが微動だにせず正面を見つめ立っている。
「ふむ…両名とも掛けたまえ」
オールバックに言われてコンビは3人の将校からみて10メートルほど前方に置かれた金属性の椅子に腰を降ろした。
オールバックが続けて口を開く。
「では始める前に私から注意事項を説明する。今から行う聴取の内容は全て録音され、軍の公式な情報として扱われる。もし両名が自らの知り得る情報の隠蔽、また虚偽の報告を行った場合はその事実が判明した時点で国家反逆の罪とみなし、それがどんな理由であろうとも即刻処刑の処置をとる。
また今回聴取する内容は決して他者に漏らしてはならない。これを破った場合にも先程と同等の処罰が下される。以上だ」
コンビの表情が強張った。
「それでは聴取に入る…」
「コッ、コッ、コッ、コッ、コッ………………………」
査問会は2時間経っても一向に終わる気配がなかった。コンビはただ聞かれたことに素直に答え、昨日の夜の出来事をありのままに伝えた。
「どんな経緯で現場に居合わせたのか?」
「ジョーカーと接触するまでの経緯は?」
「何が原因でジョーカーと交戦状態になったのか?」
「ジョーカーの特徴は?」
「ジョーカーとの戦闘経過は?」
などなど雨のように質問がコンビに降り注いだ。
特に注目されたのはムサシの偶然の一撃によりジョーカーが怪我を負ったという話である。
「なんと!!おぬしジョーカーに怪我を負わせたと!?」
「はい、弾がかすった程度とは思いますが血を見ました」
将校全員が驚いた。
「クルトン少将!」
「はっ!現場検証の際この2名以外の物と思われる血痕を発見しております。今の証言に間違えはないかと…」
「うむ、実に興味深い…IRFにも手が負えなかった相手にどうやって傷を負わせたのじゃ?」
一番聞かれたくない質問にムサシは困惑した。
「………………………」
「どうした?早く答えろ!」
仕方なくムサシは事実を説明した。本来ならば笑いが起こっても仕方が無い事実であったが将校達の表情はいたって真剣であった。
さらに注目されたのはコンビがジョーカーの声を聞いたという点である。
「奴の声の特徴は?」
「低くはありましたが若い声でした、仮面で少しごもって聞き取りづらかったですが」
「コッ、コッ、コッ、コッ、コッ………………………」
さらに聴取は続きようやくウォードが気を失ったところまで話が進んだ。
「(ふぅ…これで俺の役目は終わった、そういえば俺がのびた後は一体どうなったんだ?)」
「…ではムサシ、その後君はどんな行動をとったのだね?」
「ちょうど奴の死角にいたのでパトカーの影から飛び掛りました。両足を抱え込むように低い姿勢でね」
「それで?…」
「奴を地面に押さえつけるところまではいきました、ですがすぐに抜けられて強力な蹴りを受け私もそこで気絶してしまいました。次に目覚めたのは病院のベッドの上です。」
ムサシのその証言を聞いて特に敏感に反応を示した真ん中のグルネルド元帥が口を開いた。
「押さえつけたじゃと?本当か?」
「はい」
それを聞いてウォードも驚いた。
「ではその時分かった奴の特徴は?体格などはどうじゃった?」
ここへ来て将校たちは随分真剣な顔をしていたのでコンビは不思議だった。
「ほんの一瞬だったので正直何も…1つだけ言えるとしたらただ奴は細身だった事ぐらいです」
ただそれだけの情報にも関わらず3人の顔は一瞬ではあるが固まって見えた。
「コッ、コッ、コッ、コッ、コッ………………………」
この間振り子の音が良く聞こえた。
そしてグルネルド元帥はムサシに尋ねた。
「実際に奴に触れたおぬしに聞くが、奴が女であるという可能性は考えられるか?」
「いえ…そこまでは分かりませんでした」
ムサシは国家反逆罪を犯した!…がそれを知り得るのはムサシ本人以外誰もいなかった。
一方で不思議な質問をした元帥をウォードは変に思っていた。それはコンビの後ろに立っていたクルトンも同じことであった。
「我々は正体不明のテロリストを相手に多角的な考えで捜査にあたっている。『ジョーカー』が必ずしも男であるとは限らないからな」
と横からスキンヘッドが加えた。
「………ひとまず質問は以上じゃ、皆の者ご苦労であった」
少し焦った様子でグルネルド元帥が強引に査問会を終わらせた。
「はっ、以上で当査問会を閉会とする」
クルトンがドアを開けると3人の将校はコンビを置いて部屋を後にした。
「以上だ、先程言われたように貴様らの持っている情報及び今回の査問会の事は絶対に他言するな!それが貴様らの身のためだ。署の方へはパトロール中の交通事故と伝えてあるしその工作も我々の方で終わらせた。いいか貴様らはジョーカーに出くわしたのではなくパトカーでフリンク金属加工工場の塀に突っ込んだのだ」
「……………」
「なあ少将、エリス…病室にいた俺のガールフレンドの事なんだけど…」
病室で『ジョーカー』の名前を出してしまった事でエリスを心配に思ったムサシが尋ねた。
が、クルトンは質問に答えるよりも早く腰の拳銃を手に取ると、素早く射撃準備を終わらせ、ムサシの眉間に銃口を押し当てた!
「図に乗るな!貴様らは民間人であり私は誇り高き帝国軍人だ。気安く話しかけるんじゃない」
査問会が終わり、クルトンはすでにコンビへの興味を失っていた。それでもムサシは強い眼差しでクルトンから目をそらさなかった。クルトンは銃をしまうと去り際に
「いらん心配をするな、貴様らが口に出したのは名前だけだろう?貴様らから冗談だったと伝えておけ。………おいっ!この2名を病院まで送ってやれ」
「はっ!」
と、部下にコンビの送迎を命じるとクルトンは部屋を去った。
今日一日でコンビはクルトンのことを随分嫌いになったようだ。