第3話
コンビは呆れた。最初のゲートをくぐり司令部に着くまでに何と3回も似たような厳重なゲートを通ったのだ。最後のゲートをくぐると3枚目の壁は異常なほど分厚く造られていて、カイザーは壁にポッカリと空けられたトンネルに吸い込まれるように進んだ。
トンネルを抜けるとまぶしい光が車内に差し込んだ。コンビは何が出てくるのか期待していたがその光景はじつに殺風景なものであった。特に目立った建物もなく道路と標識があるだけで殺伐としていた。
目の前にまた壁が現れた。「まだあるのか?」とムサシが心の中でつぶやくとカイザーが右折して後部座席に座っていたコンビにも窓からその壁が何であるのかがようやく確認できた。コンビの目の前に現れたのはさっき見た城壁とは比にならないほどの高さを誇る、
強大な軍事国家ミッドルト帝国の最中枢、帝都中央司令部であった。真っ白な五角形の外壁のその建物はビルというよりもタワーと言ったほうがその姿に合っていた。
「遠くから見てもでかいとは思っていたがまさかこれほどとは…」
ウォードが息を飲みながらつぶやくとカイザーは指令部正面玄関の前で停車した。
「降りろ」
クルトンの指示でコンビはカイザーを降りると再び天を見上げ、目の前の司令部の巨大さに見とれた。
「私は先に行って査問会を招集してくる。こいつらの案内は任せた」
「はっ!」
とコンビを部下に預けるとクルトンは足早に司令部の中へ消えていった。
「こっちだ」
続いてコンビは兵士に案内され司令部の大きなガラス張りの正面玄関を通過した。コンビがピカピカに磨かれた床に足を踏み入れると正面に巨大な2本の石柱が現れた。一階のロビーは吹き抜けになっており、その石柱も見上げるほどの長さで天井まで続いていた。
石柱の間からはここに来るまでに、特に最初の第7ゲートをくぐってから頻繁に見かけるようになった、真紅の生地に黒で剣と竜のモチーフが描かれたミッドルト帝国の国旗が大きく飾られていた。帝都ランブルク市民に限らず、広大な版図を誇るこの帝国に住む国民なら誰でも日に1度は見るその絶対的武力の象徴は国旗にとどまらず、一般兵の軍服の
袖、クルトン達高級将校達の軍服の胸元にまでエンブレムとして登場している。
司令部の中は外の光景とは逆に多くの将兵達が誰もが無駄な動きを一切せずに早足で行き交っている。しかもどの顔も表情は引き締まり無機質なその空間は緊張感に満ちていた。
「俺達は絶対軍人には向いてないな…」
「あぁ…納得…」
コンビの無駄口にムッとしたのか案内役の兵士が強い口調で
「こっちだ、来い」
とあごで真っ赤な国旗の下にある10基以上はあるエレベーター入り口の列を指した。
案内の兵士に連れられて空いたエレベーターに乗り扉が閉まると、ロビーではやかましかった革靴の足音がとたんに消えて、三人だけの静かな空間になった。
「ムサシ、やばいちょっと緊張してきた…」
「何言ってんだよ顔に似合ってねぇぞ」
何階まで登るのか、随分長い時間沈黙が続く。
ようやくエレベータが停まり扉が開いた。すると操作盤の横にいた案内の兵士が、突然気をつけの姿勢から指先をピンと伸ばしたまま、右腕が胸の前で床と平行になるように素早く腕を上げ静止した。これがミッドルト帝国軍の敬礼である。
扉に向かって正面を向いていたコンビの目にはクルトンと同じ真っ白の軍服が目に入ったが、視線を下に移していくと女性将校が内勤用に着用するひざ丈の黒いスカートからスラッと伸びた綺麗な細い脚に、黒の上品な革靴が履かされていた。
再び視線を正面に戻すとムサシの目つきが変わった。コンビの目の前に立っていたのは銀色の長い髪を後ろで留めた、高貴な顔立ちが印象に残る蒼い瞳の美女であった。
「ウォード、軍も悪くないな」
「始まった…」
ウォードが呆れてため息をつくと横から兵士が
「おい失礼だぞ!さっさと降りろ!!」
とコンビを叱った。
「いいのよ、それよりこの子達が例の2人組みね。ここから先は私に任せてあなたはクルトン君のところへ戻りなさい」
「は、…しかしサファイア少将、私はクルトン少将からこの2人の監視も任されていますその命令を破棄するのはちょっと………」
兵士が食い下がるとサファイアと呼ばれた将校は
「だったらその監視も私がするわ。彼に何か言われたら私の名前を出しなさい」
と全く寄せ付けなかった。
「は、…そういうことでしたら……。おいお前達いつまで乗っている、早く降りろ!」
コンビを降ろすと兵士はエレベーターに乗ってコンビの前から姿を消した。
「さぁこっちよ」
サファイアは静かで少し薄暗いこのフロアでコンビを先導した。
「なぁサファイアさんよ、大丈夫なのか勝手なことしちゃって?」
「おい!よせよムサシ!!すいませんね少将殿、気にしないで下さい」
ウォードはムサシが目の前の美人将校にため口を聞いていることではなく、明らかに口説きにかかろうとしていることを止めようとした。ムサシの顔は昨日の晩、ジョーカーと対峙した時の引き締まった顔とはまた違った甘いそれ用の顔となっていた。
ウォードはコンビ結成以来ムサシがお気に入りの女を見つける度にこの顔を見てきた。
「エリスちゃんもかわいそうに…こんな男にあの娘も惚れちまったのか…」
そう心の中でつぶやくとウォードは「見ちゃおれん」と2人から少し距離をとり、窓から外を見るふりをしてその場の空気から抜け出した。
ムサシにスイッチが入ると名コンビは一時的に解散するのが日常である。
「あなた達に興味があるのは査問会だけではないわ。退屈な待ち時間を使って私にも少しくらい話を聞かせてくれてもいいんじゃなくて?」
ムサシは口元を緩ませるとサファイアの目を真っ直ぐ見つめながら顔を近づけた。
「いいぜ、なんなら査問会なんか行かずに俺と2人でゆっくり話しでもするかい?」
「フフ、誘ってるつもり?いいわ、おもしろいものを見せてあげる…」
そういうとサファイアは再び歩き出した。
「ゴホン!!」
ムサシの後ろから「俺はどうすりゃいいんだ?」とウォードが咳払いをすると、また普段どおりの間の抜けた声で
「行くぞ、ウォード」
と答え、ムサシもサファイアに続いた。
2人が案内されたのはサファイア少将の個人オフィスに続く応接室であった。本棚はきちんと整理され、コンビに出されたお茶が入ったコーヒーカップは新品同様で、部屋にはサファイアの見た目にマッチした清潔感で溢れていた。コンビは並んで高価そうな少し硬めの皮張りのソファーに座らされた。
「少し外してくれる?」
とサファイアが秘書らしい男に退室を促した。
「………………一体何を見せてくれるんだ?」
ムサシが尋ねると、サファイアはコンビの向かいにゆっくりと腰かけその細長い脚を組んだ。
「これが何か分かる?」
と持っていた大きな封筒から写真を取り出すとコンビとの間にあるテーブルにそれを広げて見せた。
「うおっ!!」
「!!!!こりゃひでぇ……」
写真に写っていたのは無惨にも斬殺された帝国兵達の姿であった。
「先週起きたゴドウェル元帥閣下暗殺事件の現場検証の際の写真よ。まさに戦場のようだった…」
「だった?君は現場を見に行ったのか?」
「私が現場検証の指揮をとったの、捜査も私と部下達で進めてたけど、昨日の事件発生で任務から外されたわ、今はクルトン君が引き継いでる」
「………それで少将、我々にこんなもの見せてどうするつもりです?」
サファイアは2人の顔を見渡しながら続けた。
「ここに写っているのは我が軍の中から選び抜かれた精鋭部隊IRFの一個小隊15名。戦士として徹底的に鍛え抜かれた彼らは1人で一般兵5人と対等いや、それ以上に戦えるほどの実力を持っていた……それがジョーカー1人を相手にものの15分で全滅、はっきりいってあり得ないわ。頭の固い我々軍人には『ジョーカー』の正体は全く想像もつかない」
「そんな愚痴をこぼすために俺達を招いたのかい?」
「おいムサシ!」
ムサシの高級将校並みの態度にサファイアが笑みを浮かべた。
「サファイア、君はクルトンとは違って話の分かる人間だ、それに美しい。おいしいお茶をいただいたお礼にとっておきの特ダネを君に……」
そういうとムサシはテーブル越しに身を乗り出してサファイアの耳元で何かをささやいた。
サファイアがそれを聞いて冷静ながら驚いた表情を浮かべた。
それを見てウォードは「はぁ」とうつむきながら軽くため息をついた。
今更言うまでもないがムサシとウォード、2人の女性観には天と地ほどの差がある。
ウォードには結婚してちょうど10年になる妻がいて、この10年間浮気など一度もしたことがなかった。もともと女性と接するのが苦手で、特に美人にはムサシとは違った意味で弱い。
だからサファイアを前にしてから彼は妙に静かで、言葉遣いもクルトンを相手にした時とは明らかに違っていた。とにかく今のウォードは査問会が待ち遠しい心境にあった。
「コンコン」
ウォードの願いが届いたのか先ほど退室したサファイアの秘書が現れ、
「サファイア少将、クルトン少将の使いの者がいらっしゃいました。査問審議会の準備ができたそうです」
「そう、ありがと。入っていいわよ」
秘書が部屋に戻り、コンビが立ち上がるとサファイアが
「面白い特ダネを聞けて良かったわ、また会いましょう」
とにこやかに見送った。ウォードは早々に、ムサシはサファイアとの別れを惜しみながら部屋を出ると、廊下では先ほどのクルトンの部下が待ち構えていた。
「行くぞ」
再び廊下を歩き出すとウォードはムサシに尋ねた。
「おいムサシ、特ダネって何のことだ?」
「ウォード、そんな事聞くなんて野暮だぜ」