第29話
ムサシ達がクレバニスタ王国に上陸して数週間の時間が流れた。
相変わらず北方連合国軍首脳陣を相手にした軍議が続く中。ムサシは合間を見てはタンゲンに合気道の手ほどきを懇願し、恐るべき集中力で日々修練に励んでいた。
「なんか、、まるで水を得た魚って感じね・・・」
騎士団の戦技鍛錬場の片隅で鍛錬を続けるムサシを見つめるサファイアは、そのムサシの変貌ぶりに驚嘆しながらつぶやいた。
「ふむ、ワシもこれ程懸命に稽古に励む者を見たのは久しぶりじゃ。国の弟子たちにも見習わせて位くらいじゃい。それにあやつ、なかなか才能がある」
「タンゲンさん、あなたが先日ドラグノフ騎士団長を仕留めた技、確かアイキと言ったわね?」
「左様、合気はワシの国に古くから伝わる古武術の一つじゃ。相手の呼吸を見切り、力ではなく理合いをもってして相手を制する。ムサシがどんなに努力したところで一朝一夕に体得できる代物ではない。が、あやつを見ておるとそうでもない気がしてきたわい」
「・・・失礼かもしれないけど、今ムサシがやっている事もアイキの修行なの?」
ムサシは目の前に何もない空間に対してただ目を閉じて立っているだけ。時折武術のような構えをとり随分とスローな動きで何かと戦っているような動きを見せているだけだった。
「はたから見ればそうじゃろうて。目を閉じて目の前に相手の姿を想像し、その動きを真似るという内容じゃ。見た目も地味で、はっきり言って面白味もなくすぐ飽きる。とくに最近の若いもんと来たら、あれを始めると半刻と持たずにすぐに投げ出す。意味がないなどと逃げの言葉を吐いてな」
「ええ、私にもあれを続ける自信はないわ。ムサシは何時からああしているの?」
「今日は日が昇って以来、休憩もせずにああしておる。大したことに見えぬかもしれぬが、あの男恐ろしいほどの集中力の持ち主じゃ」
半分あきれながら手元の懐中時計に目をやると、サファイアは少し申し訳なさげにムサシを呼んだ。
北方連合国軍との軍議の時間が迫ってきていた事と、何よりも差し迫る時間には重要な意味が含まれていたため止む負えなかったのである。
「お、おう・・・もうそんな時間かよ。タンゲン師匠!ありがとうございました。また時間が空いたら来ますので、宜しくお願いします」
隻腕のうえ元々体力に自信のなかったムサシにとって、タンゲンの合気は最適の武器となる。これまでの人間性を疑うほどにムサシは謙虚にその技術を学びっとっていた。
汗をぬぐいながら戦技鍛錬場をサファイアと共に後にするムサシ。
合気の事をいったんは忘れても緊張の表情は解かない。今日の軍議は特別なものであるせいだ。
ミッドルト帝国領内、ペイネン区の森林において、最後に聞いた『零式』からの言葉では、まさにあと1時間ほどで彼女が覚醒するのである。
軍議の場で『零式』の覚醒を披露し、その戦力とコントロールがムサシに委ねられている事を証明するのがサファイアの狙いではある。だが、これまでまともに会話すらできていない相手にそんなことが可能なのか、大半は不安が占めていたサファイアの胸中であり、ここは賭けとなる。覚醒の瞬間にターゲットとなるミッドルト帝国の人間は一人もいない。だがその場合『零式』がどのような行動に出るのか、Drシュバルツですらもそれを把握できていないのである。
そんな意味もあってこの日の軍議は大広間ではなく、城内の中庭が会場となっていた。
ラファエル司令を筆頭に北方連合国軍首脳陣、セラティア、シャルルの両王妃に加え、Drシュバルツらがすでに中庭で中央に置かれた『零式』の格納庫を囲むように集合していた。
後から登場したムサシ、サファイアの2名に対し、全員の注目が集まる。
この国に来たばかりの時は全く相手にされていなかったムサシも、後日Drシュバルツからの説明を聞いた一同にとっては超重要人物へと昇華していた。
疑いの念はあるものの、自分を見る目が恐れおののいている事に対し、少し気を良くしていたムサシであったが、自身も『零式』と対話に臨むのは2度目であり、本当にコントロールできるのかという不安は実際のところサファイア以上でもあった。
「・・・間もなくだ、彼女を外に出してやれ」
Drシュバルツの指示で格納庫周辺の兵士たちが忙しそうに動き出す。
パネル操作によって格納庫が音を立てながら自動で開き、ついに『零式』はその姿を露わにしたのだ。
久々に外気に触れた18歳の華奢な少女の透き通った肌は生に満ちてはいたが、どこか無機質感を帯びながら、いつもと変わらぬエリスの外観を保っていた。
一同が緊張の面持ちで見守る中、約束の時が近づく。
ムサシがいつか見たまぶしい閃光が『零式』を包み込むと同時に周囲に青白い放電を放つ。
突然の出来事にムサシ以外の初見の者達は咄嗟に防御姿勢をとったり、目を細め警戒の眼差しを向ける等冷静さを保つことができず、各々が過剰に反応してしまう中、やがて閃光はおさまり元の静けさが取り戻された。
「これが・・・『零式』・・・?」
目の前に現れた最強兵器と呼ばれる存在を目の当たりにした一同ではあるが、
先程まで横たわって眠りについていた少女が、黒マント姿となり立っているだけという変化に誰もが言葉を発せずにいた。
「Drシュバルツ、この少女が『零式』なのか?」
ラファエル司令が訪ねたと同時に、『零式』の紅蓮に染まる瞳が瞬時に彼に向けられる。
機械のように無機質ながら冷酷さを滲み出すその眼光に恐れを感じたラファエルはたじろぎ、生唾をゴクリと飲み込み硬直してしまう。
「ムサシ=ハナノカワ、君の出番だ。彼女とのコンタクトを試みてくれ」
Drシュバルツから突然振られたムサシだが、彼は冷静であった。
誰よりも彼女との交信を求めていたのは他ならぬムサシ自身である。
『零式』の前に歩み寄るムサシはその瞳を見つめながら口を開いた。
「よう、久しぶりだな。約束どおりあんたの身体はしっかり守ってやったぜ。苦労はしたけどな」
『・・・・・』
「・・・って、なんか言えよ」
『ターゲットは確認できず。待機モード維持』
「・・・ふざけてんのか?」
沈黙がしばし続くその場だが、これではただムサシと18歳の少女が向かい合っているだけ。
北方連合艦隊の首脳陣の中にはすでに疑いの念が交錯しだした頃、はるか上空よりエンジン音が轟いた。
全員が上空を見上げると、高空を航行する1機の飛行艇の姿が小さな豆粒のように確認できる。
ムサシはサファイアとの打ち合わせ通りに事を進めていく。
「『零式』、あれが何だが分かるか?ミッドルト帝国偵察機Ve-101だ。高度5000を飛んでるわけだが、あれはターゲットにならないのか?」
返事もせずに構えると『零式』は力を溜めたかのように腰を落とし、はるか上空を行くVe-101を睨みつけた。同時に彼女の身体が青白い光に包まれ、光の中でどこから現れたかもわからない純白の鎧のような物が纏われていく。鎧の背部は翼のように2本突き出ているが、やがてそこから光が噴き出し、ものの数秒で光の翼が完成した。
その異様な光景を前にあっけにとられる一同。
「おい、シュバルツ!あんたが言っていたのはこいつの事か?」
「そうだムサシ=ハナノカワ。彼女はさらに進化した。超高速飛行モード起動だ!」
光の翼がその勢いを増し、周囲に暴風を巻き起こしかと思うと、『零式』はターゲットへ向け何の無駄な動き無く飛翔したのだ。
北方連合艦隊が事前に鹵獲していたVe-101を『零式』の実力を示すデモンストレーションのためにわざわざ上空を航行させていたのであるが、地上からの合図を受けるとパイロットは直ちに機を捨てパラシュートで脱出。無人となり滑空するVe-101に『零式』の刃が襲い掛かる。
機は一瞬にして真っ二つとなり、発火、派手な爆発を地上に見せつけその役目を終えて墜ちていく。
「おおっ!!」
地上ではそれを見ていた北方連合艦隊首脳陣が固唾をのみ見守っていたが、
はるか上空を舞う『零式』はすでに次の動作に移っていた。
沖合に浮かぶ艦影を凝視する『零式』。
彼女の赤く染まった視界がその艦影を拡大ズームし、すぐにそれをミッドルト帝国軍のレイニードル級巡洋艦であることを確認。
5000M上空でホバリングしながらペイネン区を焼き払ったあの砲撃の構えをとると、彼女の手元から1つの火球が艦影に向け矢のように放たれる。
こちらは鹵獲とまでいかなかったためハリボテで準備された獲物であったものの、寸分たがわず命中。
陸上からでも十分に視認できる強烈な火柱を上げ、その艦影は跡形もなくメルデン海より消え去った。
わずか10数秒の出来事ではあったものの、攻撃を終えると『零式』は再びクレバニスタ城の中庭に降り立ち、何事もなかったかのようにムサシと対峙した。
静まり返る一同。
出てくる言葉を必死に探すが見つからない。
静寂の中、寂しげな拍手の音だけがこだまする。
「いや、素晴らしい!これが『零式』!!本国からの報告を聞いた時は馬鹿げた話だとは思っていたが、とんでもない代物だ」
やはり一番に口を開いたのはこの男であった。
「ラファエル司令、お判りになっていただけたのであれば結構だわ。この『零式』、ミッドルト帝国の兵力であれば、陸海空問わず即時殲滅が可能。強力無比の絶対兵器である事は証明されたわ。そして、ご覧の通りコントロールの鍵は彼が握っている」
「なるほど、我々の言うことは聞いてもらえないと。
この『零式』、本人には意思はないのですか?」
零式に歩み寄るラファエルだったが、ムサシはそれを制止する。
「近づくんじゃあねぇ!!邪魔をするな!!
おい、『零式』、やっと話せるんだ。また時間切れなんて言われる前に答えてもらうぞ。
エリスは、彼女はお前に何をさせようとしてるんだ?」
『・・・・主は、悪魔共を滅ぼせと言っている』
「なあ、エリスと直接話すことはできないのか?」
『不可能だ。だが、お前の言うエリスは、お前の声を我を通して聞いている』
「なんだって!?」
『エリスは死んでなどいない。常に意識を持ち、常に悪に対する憎悪の炎を燃やし続けている。私はそれを具現化し、破壊をもって悪を殲滅するだけの兵器に過ぎない』
「エリスは俺の声を聞いている?届くって言うのかよ?、なあエリス、俺だ!ムサシだ!なんて言うか、その・・・」
優秀な頭脳を回転させているのだが、ここに来て言葉に詰まるムサシ。
今、一番にエリスに伝えたい事は何だ?今思えば彼女と最後に会話したのは平和だった警察隊だった頃の日々。何も無ければ彼女とはスポーツカーでデートに行くはずだった。それが何だってこんな事に。俺は一体・・・。
情けない事に今は目を覚ます事の無いエリスよりも、強大な戦力となり得る『零式』の事ばかりを気にかけていた。
自己嫌悪に陥りそうになった時、これまでに散っていった仲間達の顔がムサシの脳裏に浮かぶ。
「エリス!これからも君の事は俺が守るから!」
返事は無かったが、振り絞ったムサシの言葉は眠りにつく少女の心にしっかりと届いていた。




