第28話
堅牢な石造造りの大広間に会する面々。
壁に無数に掲げられた松明の明かりがこの部屋の照明で、大広間全体を薄暗く灯している。
石造の壁には青地に銀色の刺繍で描かれた薔薇と月が特徴のシャーカール王朝の旗が飾られており、銀色の刺繍が松明の火に照らされて神々しく浮かび上がっている。
大広間の中央に置かれた巨大な木製の長方形のテーブル。古くからここクレバニスタ城において国賓をもてなす会食に用いられていた由緒正しい品だが、今その卓上に並ぶのは様々な軍事情報が記された書類ばかりである。
それを囲むように北方連合国軍各国を代表する参謀たちが目を光らせながら、ある者は懐疑の目線を、またある者は貴重な情報源を前にしたためか羨望の眼差しを、同じ卓上に向かうサファイアへと向けている。目の前にいるのはミッドルト帝国中枢を知る人物。各々がそれぞれの思惑を抱きながらも、イニシアチブをいかに握るかなどと濁った思考回路をフル回転させながら黙り込んでいた。
「ようこそ我が北方連合国軍へ、サファイア殿。長旅でお疲れのところ申し訳ありませんが、事は急を要しています。早速ですがこの度の亡命のための約束を果たしていただきたい」
「随分せっかちね、ラファエル司令。
もちろん約束は果たすわ。ただし私達は命が欲しくて逃げてきたただの亡命者などではない。あくまで 立場は対等よ、その事を忘れないで頂きたいわ。」
「もちろんですとも。ただ申し上げた通り急を要しますので・・・ね、皆さん!」
軽くため息をつきながらサファイアは小さなジュラルミンケースを取り出すと、テーブルの上に置きその場の全員に向けて差し出した。
残念ながら席には着かせてもらえないながらもサファイアの後方で壁にもたれて何となく会議に出席していたムサシは、ケースの中身が何なのかさっぱり分かっていなかった。だがムサシの頭の中はケースの事よりも、大広間奥にある壇上の玉座に座るクレバニスタ王国の王妃の事が気になって仕方ないようだ。
面々が険しい表情で囲むテーブルを、見下ろすように位置する玉座には、この国で暮らす全ての国民が崇拝してやまないシャーカール王朝の血統を受け継ぐ、齢わずか18歳の可憐な少女、セラティアの姿があった。その姿は容姿端麗、長いブロンドの髪に国を想う強い意志を感じさせる真っ直ぐな眼差しは気品と気高さに溢れていて、ムサシは完全にセラティア王女に目を奪われており、知らない間に口を開けマヌケ面を浮かべてしまっていた。
「オホン!
さぁ、ラファエル司令これが約束のマイクロフィルムよ。
この中に私の知り得るミッドルト帝国の軍事情報が記されているわ。あなた方が今最も欲しがっているミッドルト帝国海軍の陣容と侵攻作戦の内容も含めてね」
サファイアと対峙して座る北方連合国軍関係者は一同にその眼差しをそれに向ける。
我先にと手を伸ばすラファエル司令であったが、サファイアはその動きを制止するかのようにジュラルミンケースを自らの手元に引き寄せると、一同の存在を無視するかのように玉座へと歩み始める。
「さぁ、女王陛下、これを・・・」
「・・・は、はい。ありがとうサファイアさん」
差し出されたジュラルミンケースを緊張した面持ちで受け取るセラティア。
ケースその物の重量など大したものでは無いが、自らには手に余る代物であることぐらいは若き女王にも理解はできていたのだろう、随分重く感じたらしく、緊張の表情を隠しきれないでいる。
「ラファエル司令、このマイクロフィルムはあなたがここまで取りに来なさい!」
壁にもたれてそのやり取りを見ていたムサシにも、サファイアの考えには共感が持てた。
北方連合国軍に属するクレバニスタ王国は決して、前線基地として国土を提供し、ミッドルト帝国からの侵攻を守ってもらっているのではない。あくまで同盟国として対等の立場である。むしろこの気高い血統を前にあんた達は敬意を払い、来るべき決戦に備えなければならない。サファイアは言葉に発せずともその場にいた一同にそう示したかったのだ。
無論、その態度を前にあっさりとサファイアの考えを受け入れる者など皆無であったが、元ミッドルト帝国少将の肩書は凄まじく、ラファエル司令もその場は従う他なかった。
少し間を置き、玉座へと歩み寄るラファエル司令。
玉座に座るセラティア王妃の目の前で片膝をつき、一礼をすることでお望みの品をようやく手中に収めることが出来た。
サファイアの政治手腕に感心し笑みを浮かべていたムサシ。
突然、足元を何かに突っつかれたのであたりを見渡すも、何も無い。
「何だ?」
今度は着ていたシャツの裾を引っ張られ、同じく見渡すもまた何も見つからない。
「何だ?どうなってんだ?」
コンコン、と義手を叩く金属音がしたので視線を再び足元に下す。
「ねぇねぇ、あなたは鉄で出来てるの?あなたって人間?」
そこにいたのはブロンドの髪を縦に巻いた、
お堅い雰囲気のこの部屋に全く似つかわしくない、あどけなさが溢れる少女の姿であった。
「ねぇ、シャルルつまんない。遊ぼうよー」
「・・・誰だよ?。今は子供と遊んでいる暇なんて無いんだよ、お嬢ちゃん。分かったらあっち行ってくれ」
「だってお姉様もサファイアも遊んでくれないんだもん。ねぇ遊ぼうよー」
「お姉様・・・?とにかく今はダメ!あっち行ってな!」
「何だ、ケチー!!」
ムサシにとって視野圏外の年齢のためだろう、簡単にあしらってしまったのが悲運の始まりであった。
少女は腹いせのため、丁度目の前に置かれたムサシの脛めがけて渾身のキックをお見舞いする。
「痛っつ!!!」
突然大声を出してしまったムサシに、室内全員の冷たい目線が注がれる。
「ハハッ・・・、どうも、どうも・・・」
無理やり作った笑顔で、俺の事は気にせず進めてくれとムサシが促すと、何事もなかったように全員がまたテーブルに向かい話を進めだす。
「(くっそ!何なんだあのガキンチョ!・・・あれ?どこ行きやがった?)」
素早く姿を消したクレバニスタ王国王位第2継承者シャルル王妃は、いつのまにやら姉のセラティアの玉座の陰に身を隠し、ムサシ目がけ、アッカンベーで攻撃を続けていた。
「ぐぅぅ・・・ガキンチョめ~」
大広間での軍議は今日のところは一旦終了となり、ムサシ、サファイアの両名は食事の為、二人の為に用意された居室へ向かうため、長い廊下をクレバニスタ王国の使用人を先頭に歩いていた。
「はぁ、随分長かったなぁ。腹減っちまった」
「ええ、お疲れ様。とは言ってもアナタには理解できる話は少なかったのではなくて?分からない事があればいつでも聞いて。北方連合国軍はアナタの存在価値をまだ判っていないからあんな扱いだけど、明 日にでもDrシュバルツから『零式』について詳しく説明をしてもらうわ。そうすれば皆、アナタへの 態度を改めざる負えなくなるはずよ」
「そいつは楽しみだ。なぁサファイア、あんたのこのクレバニスタに対する思い入れは随分強いようだ な。ラファエルにあそこまでやらせるなんて流石だぜ」
「ええ、あの時は私もスカッとしたわ。思い入れが強いのは、この国とは先代のクレバニスタ王の時から交流があってね、王妃の事も幼い頃から知っているわ。セラティアも立派になったし、シャルルは相変 わらずのお転婆さんだしね」
この国の話をする時、サファイアは自然と軍人らしからぬ表情を見せる。ムサシもその表情を見るとこの国の良さを再度認識することが出来た。
「何より、この国に憧れを持っているのが一番だと思うわ。戦争の事など考えずのびのびと暮らすことが出来るこの国の民を見ていると、自分の置かれていた環境があまりにもくだらなく見えてくる。世界中がこの国のようにあればいいのにと何度思ったかしら」
「そいつは同感だ」
夜になっても海から吹く風が心地良い。
城内の各所に掲げられた松明が幻想的に映える静かな夜だったが、遠くから何やら金属のぶつかり合う音と猛々しい掛け声が聞こえてくる。
「なぁ、案内人さん。あれは何の音だ?」
「はい。騎士団による戦技鍛錬でございます。毎日、朝から晩まで兵士たちが鍛錬場にて腕を磨いているのです」
「騎士団?まるでおとぎ話みたいだ」
「ムサシ、とんでもないわ。彼らの戦闘技術はそんな生半可なものでは無い。見に行ってみましょう。丁度私も久し振りに見ておきたいし」
空腹のムサシにとってみれば少し気の乗らない話ではあったが、そこまで勧められたならと仕方なしに寄り道をする事となった。
クレバニスタ城内
北方連合国軍先遣艦隊司令室
「ラファエル司令、ご覧ください。入手したマイクロフィルムを解析し、ミッドルト帝国海軍第一艦隊の陣容について資料がまとまりました」
「ほう、ミッドルト帝国と言えど海上戦力はこの程度か?わが軍の方が数で上回っているではないか」
「はい、しかも奴らは潜水艦戦力を保有していません。早期に我が潜水艦隊で先手を打てば優位に戦えます」
「所詮は付け焼刃の戦力か。海軍の歴史でいえば我が軍の方がさらに上。恐れることもない」
「唯一気がかりなのは、後方での増派戦力。帝国最大の武器である軍事生産力です。増産計画に空母の数が多くあります。これに注力された場合・・・」
「確かに我が軍は3国の寄せ集め艦隊。今後の増派計画も3国間で足並みがそろっていない状況だ。敵が航空母艦増派に踏み切り、航空戦力で畳みかけた場合は苦戦を強いられる可能性はある。だが所詮は新設の戦力。そこまでの判断を早期に下す前にこちらから仕掛けることが出来れば問題あるまいて。それに我々も生真面目にシャーカール王朝への忠誠を実行する気など更々無い・・・」
「・・・やはり、司令も策士ですな」
「変な言い方は止せ、私は今後平和ボケしたこの王国と同盟を組み戦っていくのであれば、まず戦の厳しさを肌で感じ取ってもらえば良いと考えているだけだ・・・犠牲は最小に留める」
「恐ろしや、流石は北方連合軍先遣艦隊の長を任せられたお方だ。先の事まで見据えておりますな」
「あまり大きな声で喋るなよ。他の2国にはまだここまでの話はしておらん。軍人とは何事も機を伺い、的確に手を打つことが最も大切なのだからな。あの女もでかい顔していられるのも今のうちだ」
クレバニスタ城内
騎士団戦技鍛錬場
松明の明かりの中、凄まじいまでの斬撃音と怒号、剣と剣がぶつかり合う衝撃音が夜の静けさを打ち消している。鍛錬場で汗を流す騎士団は皆屈強で、身にまとった鋼鉄の鎧の隙間からは鍛え抜かれた筋肉が時折その姿をのぞかせた。全員の眼光は極めて鋭く、見学に来たムサシが思い描いていたおとぎ話に出てくるような騎士のイメージを一瞬で打ち砕いた。
「・・・おぉ、確かにこりゃあスゲーな。皆めちゃくちゃ強そう・・・」
「おそらく銃砲火器を使用しない白兵戦であれば、ミッドルト帝国軍でも太刀打ちできる部隊は存在しないわ」
「へぇ、IRFでもか?」
「IRF、彼らでもどうかしら?無傷では済まないだろうけど、同じ装備であれば騎士団に分があるはずね」
「ヒュ~!そんなに強いのかよ!!だったら帝国に身売りできるんじゃねぇか?」
「・・・ムサシ、言葉を慎みなさい」
わずかな軽はずみな言葉であったが、歴戦の騎士団員達は激しい鍛錬の最中にも関わらず、その言葉を聞き逃さず、全員が動きを止め、その鋭い視線だけをムサシ一点にのみ向けて、その場に久方の静寂が流れる。
「・・・な、何だよ。おい・・・。クレバニスタ人ってのは地獄耳なのか?冗談だよ、冗談!!ハハッ・・・」
「其の方!!今、冗談交じりに我らがシャーカール王朝を愚弄しおったか!?」
騎士団の屈強な男達が我先にとムサシに詰め寄る。
鍛錬中の為全員が汗まみれで熱気を纏い、荒波のように押し寄せてきたのだが、その後方からその熱気を振り払うかのように空を切り裂く、強大な斬撃音が唸りを上げる。
斬撃音を聞いた騎士団員達はまるで自分たちがその一撃で振り払われたかのように二手に分かれ、ムサシの眼前に道を開けた。斬撃の主はその開かれた道に立ち、ムサシ目がけて巨大な槍を、今まさに突き掛からんと構えて、迫力のある眼光を血走らせ睨みつけていた。
「ドラグノフ騎士団長!!!」
「やばい!やばいのが出てきた!!」
ムサシは2メートルは優に超えるであろうその大男の姿を見るや否や、頭の中に逃走の2文字しか思い浮かべていなかったのだが、ドラグノフ騎士団長はその外見に似合わぬ素早い動きで、構えを解かずに一気に間合いを詰める!!
瞬時に槍の切先がムサシの喉元に当てられ、ムサシは完全に仰け反ってしまっていた。
「我が名はクレバニスタ王国騎士団団長ドラグノフ!!主の名は?」
「ムサシ!!応えないで!!応えればアナタの命は無いわ!!」
横から突然サファイアが割って入る。
クレバニスタ王国騎士団は敵と命を懸けて1対1で決闘する際、お互い名を名乗り合う。双方名を名乗り終えた事が戦いの開始を表す慣わしで、どんな理由があっても、どちらかが死ぬまで他の者は絶対に手出しをしない厳しい掟があるのだ。
「どうした応えろ!!先程までの威勢の良さはどこへ行った!!?」
「ドラグノフ騎士団長!非礼は私からもお詫びするわ!!簡単には解ってもらえないともらえないでしょうけど、この男はこの世界の行く末を左右する程の重要な人物なのよ!!」
「退け!!サファイア殿!!いくらあなたの願いでもこればかりは聞き入れられない。この男は我がシャーカール王朝を、王妃を侮辱したのだ!!」
もはや突進開始直前の巨大な猛牛と化したドラグノフ。
この怒れる猛将を止める術は無いかに思われた矢先、緊迫したムードに割って入ったのはいつそこに現れたかも分からない、いや、現れたことに誰一人として気が付くことすら出来なかったと言った方が正しいであろう、一人のやせ細った小柄な老人であった。
老人は頭に編み笠を被り、袈裟を纏った、完全に場違いな出で立ちではあったが、誰にも悟られることなくドラグノフ騎士団長の後ろを捕り、あまつさえそのか細い腕から伸ばした人差し指でドラグノフ騎士団長をツンツンとつっついて見せたのだ。
ムサシに殺気を集中していたとはいえ、全く気配を感じさずに自らの刃圏に侵入されたとあって焦りを生んでしまったドラグノフ。咄嗟に後方に向け槍を切り払うも手応えは無い。
「何者!!?」
その野太い声で威嚇し、敵を確認するために身体ごと向けるも、目に飛び込んできたのは奇妙な光景であった。かざした槍の刃の上に、先程の老人が片足で、姿勢を崩すことなく立っている。
ドラグノフ本人を含め、その場の一同が目の前の光景に驚愕して動かないでいると、槍先の老人は、身軽に宙返りをしながら後方へ跳び、着地するなり何事もなかったかのようにただ普通に立っているのである。
「・・・な、何者だ!!?」
「ん?・・・なんじゃあ?でっかいの?名を名乗るんじゃあ無かったのかえ?」
「ぐうぅ・・・、愚弄しおって!!我が名はクレバニスタ王国騎士団団長ドラグノフ!!主の名は!!?」
「ワシか?はて、ワシの名はなんじゃったかのう?」
ムサシの事など完全に忘れ、ドラグノフは渾身の力を愛槍に込めて老人に向け、得意技とする突きを放つ。その巨体の全体重を乗せ切った突きは、彼の、いや気高い気質で知られるクレバニスタ王国騎士団の性格を表すほどに純粋なほど何の迷いもなく、真っ直ぐに老人の喉元目がけて切先を運ぶのだが、まさに直撃せんとした瞬間に老人はドラグノフの眼前より姿を消す。
槍をつかんだ両手の間だろうか、そのあたりに消えた老人が再び姿を現すところまでは確認できた。だがその後の事は何が起こったのか全く理解できなかった。
どうやったのかは解らないが、ドラグノフの巨体は前方に一回転し、頭を石畳の床に強く叩きつけられその後はただ上空の夜空を眺めているだけであった。衝撃により意識が遠のいていく中、逆さまに見える老人の姿がぼんやりと見え、元々か細い声であった老人の声がさらにか細く聞こえる。
「あ、思い出したぞ、でっかいの。ワシはタンゲン。タンゲンと申す。よろしくな・・・」
そこまで聞いた後、屈強な騎士団員達を束ねるドラグノフ騎士団長の記憶は途切れる。
「ほっほっほ、でっかいの、力だけでは戦には勝てんよ。だが、見事な突きであった。
して・・・若いの、女にも守られ、さらにはこの老いぼれにも守られ、みっともないにも程がある」
言いたい放題言われるムサシだが、返す言葉が見つからない。
だが、ムサシは悔しさに満ちた表情ではなく、希望に満ちた眼差しでタンデンを見つめていた。
「ジィさん・・・、いや、師匠!タンゲン師匠!!頼む、今のを俺に教えてくれ」
「・・・なんじゃ、若いの、気色悪い」




