第27話
「どうしたの?撃たないの?」
そう言ってライトニングスピアを構え直したムサシの手を握ると、サファイアは自らの眉間に銃口を押し当てた。
僅かな時間の沈黙が続くが、ムサシは緊張感で引き締まった表情を和らげる。
「敵わねぇな・・・。あんた、俺が撃たねぇの分かってやってるだろ?」
「あなたにとって私がどう映っているのか解らないけど、今伝えた事実は私の知り得るすべて。嘘偽りはないわ」
「そうかい、だったらもうあんたを生かしておく理由はないな・・・」
船倉の中に数発の乾いた銃声がこだまする。
ライトニングスピア独特の軽い銃声だが、銃声がやんだ後もトリガーを引き続けるカチカチという音は何度も響いた。
「どういうつもり?」
銃口からは硝煙が舞っているが、その銃口はサファイアの眉間からは外され、放たれた銃弾は船倉の金属の壁に命中していた。
「瞬き1つしないとはな。流石は元ミッドルト帝国少将。ひとまず信用しといてやるよ」
「・・・フフッ、これでも他人に銃口を向けられたこと自体が初めてよ」
ムサシが弾倉の空になったライトニングスピアを放り投げた時、銃声に気付いた船員が船倉へ駆け込んできた。
「何事です!!?」
「何でもねぇよ、気にすんな」
「その通り、問題ないわ」
「いや、しかし今確かに銃声が・・・」
心配そうな船員は即座に『零式』が格納されたカプセルに駆け寄り異常がないことをを確認すると安堵の表情を浮かべる。
「おかしな真似はやめて頂きたい。そうだムサシ殿、先ほど艦長より国境を通過したとの連絡がありました」
本来であれば喜ぶべき話なのだろうが、今のムサシにとってはあまり効果がないようだ。
夕刻、水平線上に浮かぶ太陽が海面と空をオレンジ色に染めている。
ムサシ達を乗せた高速巡洋艦は全速でメルデン海を駆け抜け、ようやく目的地に到着。
艦はミッドルト帝国シュナルダク軍港からメルデン海を北上し、クレバニスタ王国を目の前に減速航行中であった。
甲板に出て煙草を楽しむムサシ。
その眼前には夕陽に照らされるクレバニスタ王国の姿があった。
周囲約900km程の島国であり、沖から見ても分かる西洋式の白い石造建築の家屋が島の斜面に並ぶ街並みが特徴的。その斜面を登った先には周囲を強固な城壁と塔に囲まれた巨大な城が勇壮な姿を誇っていた。
「何度見ても美しい国ね」
クレバニスタ王国を眺めていたムサシにサファイアが近づく。
「なんだ?サファイア、あんた来たことあんのか?」
「ええ、何度かね。この国は外観だけでなく街も市民も穏やかで活気があるわ。240年続くシャーカール王朝が統治し、武力に頼らずに貿易で外交を上手くやることで戦争を避け、常に中立国としての立場を守り続けてきた。北方のニグルス大陸と南方のミッドルト帝国、2つの大陸間の中間に位置している。だからこそ貿易の中継地点として交易が盛んに行われていたのよ」
「行われていた?過去形ってことは情勢が違ってきているようだな」
「お察しの通り。ミッドルト帝国が戦線の拡大を続けて、北方のニグルス大陸を目指したことによって情勢は一変。ニグルス大陸では帝国の侵攻に対抗するために主要3国による北方連合国が成立。軍事同盟を結び対ミッドルト帝国戦への準備を急いでいるわ」
「中間に位置するこのクレバニスタ王国はその争いに巻き込まれるってことか?」
「帝国にとっても、北方連合国にとってもクレバニスタ王国は重要な軍事拠点となる。この国を手にした方が制海権を握ることになるわ」
「迷惑な話だなぁ、おい」
「現状は侵略の意思の無い北方連合国に与している。とは言え北方連合国からすれば領土拡大のためのこの上ない口実になる。主要3国間もミッドルト帝国を退けた後の事を考えてお互い探り合っているところでしょうね。いずれにせよ帝国の侵攻を食い止めることができればの話だけど」
煙草を海に投げ捨てるムサシ。
一旦は帝国を脱出して気が楽になったのか、欠伸をしながら振り返り、船室へと戻って行った。
甲板に残ったサファイアは尚も眼前に迫るクレバニスタ王国の姿を悲しげな眼差しで見つめ続けていた。
「セラティア、シャルル・・・」
間もなくしてクレバニスタ王国の港に降り立ったムサシは驚愕する。
沖から見ていた王国の景色は美しいものと感じていたが、実際に自らの足で立ってみるとそれを遥かに上回る光景が広がっていたのだ。
「お~!!なんだよ!?ステキな所じゃねぇか!!」
メルデン海に照りつける夕日が街中の建物の白い壁をオレンジ色に染める。海を眺めるとキラキラと輝く水面が実にまぶしい。上空にはカモメが数羽飛び交い、静かな雰囲気が時間の流れを感じさせない。
街中には帝都ランブルクとは違った色の石畳の地面が続いているが、その上を行きかう人々は微笑みに満ちている。話に聞いていたように貿易で賑わう国のためか、港は広く、工業品のみならず食料品、衣類、日用品もところどころに木箱に詰められ山積みにされている。今の時間は夕食の買い出し客が港の市場にごった返しており、また貿易関係者の姿も多く、皆仕事の話で盛り上がっているようだ。
「どお、ムサシ?素敵な国でしょ?」
「あ、ああ。お尋ね者になる前に旅行で来とけばよかったぜ。と言うよりこんな所に住んでみたかった・・・」
しかしそんな雰囲気を「KEEPOUT」の文字が大きく書かれた看板とそれと並列して続く金網のフェンスが打ち砕く。フェンスを境に港の雰囲気は一変する。
味気ないコンクリート製の建物が連なり、お堅い感じの軍人が姿勢正しく歩き回っている。そして何より岸壁に寄せられた数隻の軍艦群の姿。そこにはつい先日まで潜伏していたシュナルダク軍港と同じような堅苦しい空気が流れていた。
「全く・・・せっかくの雰囲気が台無しだぜ。クレバニスタ王国も迫り来る帝国軍を前に軍備増強中ってことか」
「いいえ、これは全て北方連合国の駐留軍。王国は常に中立を守り平和を望んでいる。彼らは決して重砲火器による武装に頼らず、騎士道を重んじる実に気高い民族なのよ」
「騎士道?」
「これはこれは、お待ちしておりましたサファイア殿」
ムサシ達の会話を割って軍人らしき一団が現れる。
体格はいいが少し肥満気味で偉そうに歩く男を先頭に、その取り巻きであろう数名の兵士が続く。
肥満気味の男はずいぶんと機嫌がいいようでニコニコと笑顔で歩いてくるのが見えた。
ムサシは身構えたが、その前にムサシ達をシュナルダク軍港で援護した部隊の隊長が駆け寄る。
「ラファエル指令、ご報告申し上げます!!
ミッドルト帝国領内シュナルダク軍港への斥候任務に関して、第一目標『零式』の奪取。第二目標サファイア殿の身柄確保。第三目標Drシュバルツの身柄確保。以上全て完了しました。加えて帝国第一艦隊巡洋艦1隻大破の戦果です」
「うむ、ご苦労だった。流石は我が軍の精鋭、ここまで上手くいくとは大したものだ。
さて、お初にお目にかかります。私、北方連合国軍先遣艦隊、指揮官のラファエル。ラファエル=イジューイでございます」
「ご丁寧にどうもラファエル司令。元ミッドルト帝国少将レイニード=ルネ=サファイアですわ」
「お待ちしておりました、貴殿の亡命を心より歓迎します。まったく、噂通りのお美しい方だ」
「・・・・・。ラファエル司令、のんびりお話なんかしている場合ではないはずよ。今この場所には今後の戦争の行方を決める重要な兵器が存在している」
「これは失礼。しかし重要な存在は何も『零式』のみではない。貴殿とDrシュバルツ、貴方方も含めおもてなし致しますよ」
相変わらず満面の笑みを変えないラファエル。
無視され続けるムサシにはその笑顔が何とも胡散臭く感じられた。
「さぁさぁ、続きはシャーカール王朝の象徴でもあるクレバニスタ城に移ってから。連合各国の参謀方がお待ちだ。それとサファイア殿も良くご存知、この国の姫君達もね」
「まるでクレバニスタは既に北方連合国の手に堕ちたかの様な仕切り振りね、司令」
「ハハッ、お気を悪くされたのであれば失礼。このラファエル、もちろんクレバニスタ王国は反帝国の同盟国と認識しておりますぞ」
「・・・分かったわ、早く行きましょう」
サファイアもラファエル司令には疑いの念を持っているのはムサシと変わらない。
超級兵器『零式』を含めた一行は北方連合国軍の厳重な警護の元、街の中心部にそびえ立つクレバニスタ城を目指した。
シュナルダク軍港
ミッドルト帝国海軍前線司令部
かつてはシュナルダク港の港湾管理のための事務所として使用されていた建物であったが、
改装され現在ではミッドルト帝国海軍の前線司令部となった堅牢な建物の会議室に第一艦隊のハイドリッヒ司令官を含め、海軍首脳陣が集合していた。
「先日の襲撃事件以降、兵士たちの士気に影響はないか?」
「はっ、卑劣な奇襲を受けたということで逆に復讐心を燃やしている兵が多くいます。問題は無いかと」
「そうか、ならば良い。
巡洋艦レイニードルを除く第一艦隊の陣容は戦艦2、駆逐艦6、巡洋艦7、空母1、砲艦6。対するクレバニスタに集結する北方連合国軍は?」
「はっ、現在確認できているだけで戦艦3、駆逐艦8、巡洋艦6、空母2、砲艦4、潜水艦8。しかしながらさらなる艦艇の増派が行われるとの情報も得ております」
「このままでは戦力に差がある状態での艦隊決戦となる。加えて敵軍は増派だと!?」
無敵を誇るミッドルト帝国軍には統一された戦訓がある。
敵を殲滅する際にはそれに対して2倍以上の戦力を持って臨むこと。
これまで豊富な資源と圧倒的な生産力、人員で常勝を続けてきたのだが海上戦力は新設ということもあってその戦訓に習う戦力が整っていない状況であり、敵の戦力が集結する前に進攻を急ぐべきか、戦力の増強を待つべきかと言う論争が司令部内に湧いていたのだ。
意見が二分する司令部であったが、その膠着状態を打ち破る一報が入る。
「ハイドリッヒ司令、総司令部クルトン中将よりお電話です」
一瞬その場にいる全員の表情が強張る。
「ハイドリッヒです。はい・・・・はい・・・・はい・・・・承知しました閣下」
受話器を置いたハイドリッヒに全員が注目するとハイドリッヒは息をついて会議室の一同に向かった。
「閣下の根回しでこちらも増派が決まったそうだ。増派内容は空母3」
「なんと!?空母3隻だと!」
「合わせて空母4隻の艦載機全てを飛ばせば120機の大編隊が組める!!」
「艦艇の数こそ圧倒できていないが、空からの攻撃に重きを置けば確かに有利だ」
ざわつく会議室に一気に楽勝ムードが漂う。
しかし慎重派のハイドリッヒはそれでも冷静であった。
「盛り上がるにはまだ早い。敵の増派戦力は未だ不明。安易な決め付けで戦は勝てんぞ!閣下の言では空母の増派は3ヶ月後。それまでにまた敵軍の破壊工作があるやも知れん。気を抜くな!!」
一同を一喝したハイドリッヒは会議室を後にした。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩いた先で意外な人物と遭遇することとなる。
「!!」
「ハイドリッヒ、久しいな。貴様が新設艦隊の初代司令官とはな」
「フォレスト!なぜ貴様がここにいる!?」
「気にするな。ところで今回の戦、上陸戦に俺の部隊を使わないか?」
ミッドルト帝国きっての猛将の登場。
2人は帝国士官学校同期であるが、血に飢えた獣のようなフォレストの眼光に睨まれ、味方ながら一瞬恐怖を感じてしまった事をハイドリッヒは隠せずに表情を強張らせていた。




