第24話
2発の銃声が、シュナルダク軍港全域に鳴り響くサイレンの間を縫ってこだました。
1発はムサシの右腕の銃から放たれた10mmライフル弾。
もう1発はエルムスタ大尉が握りしめるシルバーメッキに輝くオートマッチック拳銃から放たれた物だ。
エルムスタ大尉の拳銃は彼が大尉に昇進した際、
当時彼の直属の上司であったクルトンから祝いとして直々に受け取った自慢の一品である。
よほど大切にしていたのだろう、毎日欠かさず磨きこまれたその銃身は僅かな明かりの中でも十分に輝きを放っている。
それはそうと双方の弾丸の行方が気になる。お互い数メートルの間隔を空け対峙し、睨み合っているが、両者とも手応えがないことをすぐに悟った。
それもそのはず、放った弾丸は両者の目の前で光のシールドによって弾かれてしまったからだ。ペイネン区の森で零式が見せたあのシールドである。
「何だと!!どうなっている!?」
エルムスタは突如現れたシールドの存在を容易に受け入れられず、引き続き自慢の拳銃をムサシ目がけて構え直しトリガーを引き絞る。
正反対にムサシはやれやれ、と落ち着いた表情で笑みを浮かべながら右腕の銃を降ろした。
結果は何度やっても同じ。
現れたシールドによって全て弾かれてしまった。
「零式…。ありがとうよ」
ムサシは再びエルムスタを鋭い眼光で睨み、生身の左腕で殴りかかった。
シールドの出現に気を取られて隙だらけだったエルムスタにはムサシのパンチは見えていなかったのだろう、簡単にキレイな一発が入った。
「ようやくお返しができたぜ。どうだ?痛いか?エルムスタ大尉」
勢いで後方に吹き飛んだエルムスタ。
ムサシの怒りの籠った渾身の一撃をもろにアゴに受け、意識が朦朧としている。随行していた兵士2名は現実味のない現象を前にしてキョトンとしていたが、
すぐに我に返りサブマシンガンをムサシに向け乱射する。
が、ここもシールドが登場。
ムサシに対して一発の弾丸も触れることはできない。
「ふっ、実に忠実なものだな。覚醒状態にない今でもムサシ=ハナノカワノの危険を察知すると自動的にその身を守るように動いている」
「Drシュバルツ、確か前にもこんなことがあったが、これも零式の意思なのか?」
「零式ではない…彼女自身の意思だ」
「彼女?…エリスのか!?」
硝煙と砂埃が漂う中、弾丸が通用しないと分かった兵士たちはサブマシンガンを投げ捨て、腰のナイフを手に取った。
「所詮は元警察隊。こんな雑魚これで十分だ!!」
身構えるムサシだが、彼の右腕が兵士たちに照準を合わせるよりも早く、
後方の暗闇より銃弾の嵐が浴びせられた。嵐はムサシとDrシュバルツの隙間を通り抜け、ナイフで襲い掛かる兵士たちをハチの巣にし、その命を簡単に奪った。
「なんだ!?」
「ふっ、お迎えが来たようだ」
振り返ったムサシとDrシュバルツの視線の先には暗闇が広がるが、目を凝らすと、立ち並ぶ倉庫の屋上に数名の黒ずくめが立っているのが分かった。
「お二人ともご無事で?」
倉庫から飛び降り、黒ずくめ達が駆け寄る。
「良いタイミングで来てくれた。これが例の娘だ。丁重に扱いたまえ」
「Dr、何だ?こいつらは?」
「ムサシ=ハナノカワ、安心したまえ。彼らは味方だ」
黒ずくめのうちの1名がエリスを抱き起し、背負うと、他の者は手にしたライフルで周囲に対して警戒の構えを素早くとった。
「Drシュバルツ。迎えはすぐそこです。付いて来てください。 それからあなたも、ムサシ殿。」
「ああ、だがその前に…」
ムサシはエルムスタに止めを刺そうと振り返ったがそこに彼の姿は無い。
「ちっ!逃げやがったか!」
「ムサシ殿、時間がありません!早くこちらへ!」
ムサシ、シュバルツ、黒ずくめの男たち数名、そしてその黒ずくめに背負われたエリス。
海上の爆炎にほのかに照らされる倉庫街の道を進むこと数分、
一行は小さな港へと到着した。恐らくはトールの言っていた定期便が使用している民間用の港であろう。
軍港とは比べ物にならない程の小規模の範囲にコンクリート製の波止場が広がっており、
数個ある街灯に照らされて定期便の待合室であろう、お粗末な木製の小屋が確認できた。
「ちょっと待てDr!あんたさっき定期便は使い物にならないって言ってたよな?」
Drシュバルツはムサシへの応対が、もはやめんどくさい域に達していたのか、問いに対して完全に無視を続け、見かけによらないその速足でそそくさと港に駆け寄る。
「おい!何とか言えよ!!」
ムサシもそうは言いながらも、この状況においてDrシュバルツ、黒ずくめ軍団に従う他なく従順に彼らの行動に付いていく。
2隻の船が停泊しているがどちらも同じ容姿で、木製で、明らかに軍事用でないカラーとデザインが特徴の小型船舶だ。
間違えない、これが話にあった定期便だろう。
ムサシの予想通り、一行は雪崩れ込むように手前に停泊してあった一隻に素早く乗り込んだ。
黒ずくめ軍団は首尾良く、先頭の男が操舵室に目もくれず船倉へと続く階段を駆け降りた。残りはライフルを周囲に向け相変わらずの厳戒態勢を保つ。
「いいぞ!こっちだ!早く零式を中へ!」
先頭を行った男から指示が飛ぶと、エリスを背負った男が素早く船倉へと降りて行った。
「ん!? こいつら零式の存在を知っているのか?」
程なくしてムサシ達も呼ばれ、エリスが連れて行かれた道を辿る。
「なんだ?おい、暗くて何にも見えねぇ」
「ちょっ、押すなよ」
「痛っ!!」
「ムサシ殿、作戦行動中です。お静かに・・・」
「・・・・・・・・」
狭くて暗い場所に押し込められたのは分かった。
俺の他に何人いるんだ?一応座席のような一列のシートに座らされて、横に何人かいる。
向かい合わせで同じく数名が一列に座りただじっと沈黙を守り続けている。
ん?一番入口に近い方から1人入ってきた。
「いいぞ、これで全員だ!すぐに出せ!!」
小さな機械音がしたと思ったら、1つの小さな電灯に明かりが灯り、ようやくこの狭い空間の全体を把握することができた。
狭い!…狭い空間に野郎共が8人、向かい合う2列のシートに2手に分かれて腰かけている。その真ん中にはテーブル?ではなくでかい棺桶のような奇妙な機械が置かれていた。
「これより離脱する。奴らの作戦領域を突破するのにバッテリー残量もギリギリだ。寄り道はできない。最短ルートを取る」
ゴゴン、と何かに擦れるような音がした後、素人の俺にもわかるスクリュー音が続いた。
「えーと、これってもしかして潜水艦か?」
声を発した俺に対し、残る7名の冷たい視線が突き刺さる。
そこにはDrシュバルツの姿も含まれていた。
「潜水艦は初めてかしら?ムサシ元巡査長」
一番奥に座っている、全身をローブのようなマントで覆った女が小さめの声で口を開く。
何だよ、女もいたのか…。いやこの声は聴いたことがあるぞ!俺は美人の声は絶対忘れねぇ!!
「あんた…まさか?」
全身を覆うマントの隙間から少しだけムサシに向けられた青い瞳の視線。
「サファイア!!」
素人丸出しで声を出す俺に耐え切れなくなった隣の黒づくめが強引に俺の口元を塞ぐ。
後から聞いた話だと対潜警戒を掻い潜る際は一切の音を出さないのが常識らしい。
駆逐艦が聴音により海面下を索敵するからだ。
ただただ沈黙が続く…。
どういう経緯だか知ったことではないが、俺はこの女に聞きたいことが山ほどある。
陸に上がったら即座に銃口を向けて知っている情報は全て吐いてもらおう。
場合によってはこの女を撃ち殺す覚悟だってできている。
何たって俺を零式の監視役に選んだ張本人だからな。
何分経っただろう。
重苦しい沈黙が続いていたがそれを打ち砕くように、「コーン」と冷たく長い音が等間隔で襲ってきた。船内に極度の緊張が走る。
軍人であろう彼らは慣れた手つきで合図を出しながら、俺には分からない会話を繰り返えしている。「コーン」「コーン」…何とも不気味な音だが、
気のせいか?次第に大きくなっているような……。
またしばらくの沈黙が続いた後だった。
潜水艦に乗ったこと自体初めてだったが、潜水艦への爆雷攻撃も当然初めてだった。
恐ろしいほどの衝撃が俺達を襲う。
1度!!………2度!!!………3度!!!!
揺れるなんてもんじゃねぇ!!
ドラム缶の中に押し込められて何度も車で轢かれているかのような衝撃だ!!
こんな小さな艦だ、耐えられるのかよ!?
恐怖の時間が過ぎていく。いや、過ぎているのか?それすらも考える暇がないくらい恐ろしいほど長い時間に感じた。
だがそんな恐怖の時間もフィナーレを迎えるのか、衝撃がだんだん小さくなっていく。
周囲の黒ずくめ軍団が各々深いため息をつき、中には手を握り締め神様への感謝の祈りを捧げる者もいた。って事は何とか助かったって事か?
相変わらず声を出せない状況が続くが、奥に座っているサファイアに目をやると流石に冷静を装う事はできなかったのか、安堵の表情を浮かべているのがマントの隙間から見えた。
ミッドルト帝国
第1艦隊 対潜戦隊3番艦「ベルガモット」
「どうだ?手応えありか!?」
「全周浮遊物及び破片等無し!!命中弾無しの模様!!」
「クソッ!!ソナーも感無しか?」
「はっ!現在のところ感無し」
「艦長、わずか4艦での無差別雷撃では分が悪すぎるのでは?」
「構わん!!レイニードルをやられてこのまま指をくわえて待っているよりはマシだ。
全爆雷を使う!進路変更を伝えろ!進路0-2-6!!」
「はっ!進路変更、進路0-2-6!」
バッテリー電力を機動源とするスクリューでは高速移動は難しいが。
上手く第1艦隊の哨戒網をくぐり抜けているようだ。俺達の乗る小さな潜水艦は
ゆっくりではあるが着実に暗闇を進む。国境突破はもう目の前だ。




