第23話
ムサシ=ハナノカワらによる反乱事件が発生した同時期。
帝都総司令部内に君臨する将官クラスの高級将校達の間で衝撃が走った。
決して公式に発表される事の無かった事実・・・
中央司令部85階、奥行きのある窓のない広い部屋。
奥の壁にはミッドルト帝国の国旗がでかでかと飾られていて、
入り口側の部屋の角には古風な柱時計が、その反対には観葉植物が飾られていて、
静かな部屋では柱時計の振り子の音がよく聞こえた。
かつてムサシ達が強制的に招集された査問会が行われたこの部屋に、彼らと同罪の疑い
で同じく取り調べを受ける者がいた。
部屋の奥に置かれている複雑な彫刻が側面に彫られた木製の長机。三人の将校がそれに
並んで座っている。
以前の様に右側にはスキンヘッドの将校が、左側にはオールバックの切れ長の目をした
将校が、だが中央に居た老将校の姿が無い。
代わりに座るのは純白の軍服に中将階級の勲章を胸元に携えた短髪の男が。
異例のスピード出世とは言え両側の将軍を差し置いて中央に居座るクルトン。
その視線の先に置かれた金属製の椅子に座っているのは蒼く澄んだ瞳が特徴の銀
髪の美女。
「・・・注意事項を説明する。これより行う聴取の内容は全て録音され、軍の公式な情報として扱われる。
もし貴官が自らの知り得る情報の隠蔽、また虚偽の報告を行った場合はその事実が判明した時点で国家反逆の罪とみなし、それがどんな理由であろうとも・・・」
「もういいわ、早く始めてもらえないかしら?」
長机に両肘をつき、口元で両手を組んだクルトンの表情が強張る。
「サファイア、君は自分の立場を理解していないのか?」
緊迫していた空気にさらに緊張感が加わる。
何故少将の階級を有する彼女に反逆の罪が被せられたのか?
「クルトン君、帝国士官学校同期のあなたに査問会の席でしかもこんな形で会う事になるとは思いもしなかったわね」
「それはこっちのセリフだ。いいから黙ってもらえないか?これは査問会であり貴官は国家反逆罪の容疑者。本来発言権すらないのだ」
プライドの塊であるクルトン。サファイアの口からアカデミーの話が出たとたんに苛立ちが表情に表れる。それもそのはず卒業席次はサファイアが首席、クルトンは次席であった。
「フン、良かったな。デザートロック送りになる前に弁解の場が設けられて。これもグルネルド元帥閣下の寛大なる計らいによるものだ」
「御爺様には申し訳ないと思ってるわ。ただあなたのやり方自体もどうなのかしら?レディの外出を見張らせるなんて男として考えられない行動よ。そういう意味では反逆者ムサシ=ハナノカワの方があなたより上ね」
完全に冷静さを失ったクルトン。彼にとって今ムサシの存在以上に感情を刺激するものはない。
「いい加減にしろ女狐!!私はグルネルド元帥閣下のご指名でこの席に着いている。ご自身の孫娘に厳罰を言い渡すことが苦痛のためのお考えだ。もはや貴様に逃げ場などないぞ」
「クルトン中将、査問会は始まっている。慎みたまえ」
「・・・・・失礼致しました」
再び冷徹な眼差しでサファイアを睨みつけるクルトン。
緊張感で氷の様な冷たさが張り詰めるこの部屋に柱時計の振子の音だけが淡々と響き渡る。
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帝都総司令部査問委員会
第3544号査問会報告
重要参考人:レイニード=ルネ=サファイア
階級:少将
罪状詳細:国家反逆罪への一部加担
聴取内容:
A項 反乱者ムサシ=ハナノカワ(以下表記反乱者)と重要参考人の接点
1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
B項 反乱者の計画への加担に関して
1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
C項 ・・・・・・・・・・・・・・
D項 ・・・・・・・・・・・・・・
E項 ・・・・・・・・・・・・・・
・・ ・・・・・・・・・・・・・・
・・ ・・・・・・・・・・・・・・
以上
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「閣下、そちらの報告書に記載の通りご報告申し上げます」
「御苦労であったクルトン中将」
「はっ、ご孫嬢の処罰に関しては閣下のお申し付けどおりに・・・」
「うむ・・・・よくやってくれた」
「はっ、勿体ないお言葉でございます」
「うむ・・・・下がってよい」
「はっ」
時刻は査問会が終了した夕刻。眩しい夕日が元帥の個人オフィス全体をオレンジ色に染める。グルネルド元帥への報告を済ませその場を去るクルトン。
誰もいなくなった部屋に残された元帥はクルトンのキビキビとした歩調とは正反対の力ない動きで窓際へと進む。
「サファイア・・・・・・後は頼んだぞ」
眼下に広がる帝都の光景。
オフィス内同様に夕日に染まるその風景を見つめながら元帥は独りつぶやいた。
昼間の晴天は夜中まで続き、周辺に人工的な明りが少ないおかげでシュナルダク軍港上空には星空が一杯に広がる。月齢は下弦の三日月、静かな夜であった。
しかしその雰囲気を壊すように完全武装の兵士達が市街地内を慌ただしく駆け回っている。エルムスタ大尉率いる追撃隊の捜索は夜間も続き、市街地の住居はもとより人が隠れていそうな場所は徹底的に調べ上げられていた。
「貴様ら土地の者ではないな。何のためにここに来た?」
「へぇ、先程も申し上げましたが私らはペイルワールの者で、帝国軍様の部品ご注文のためにしばらくこの町に住ませていただく事にしたわけです。私はトール、こっちがネル。ほら身分証もこの通り」
「ふん、貴様らも知っていると思うが現在この男がシュナルダク内に潜伏している。既に知っていると思うが我がミッドルト帝国への反乱を企てた危険人物だ。この男を見つけたら直ちに我々に通報しろ。褒美はこの通りだ」
そうやって兵士が差し出したビラには指名手配されたムサシの顔写真と報奨金の額面が。
「分かりましたよ。ご苦労様です」
こんなやり取りが昼間から何度も続いている。
ムサシ達の潜むボロ空家には現在5名いるがそのうち3名が軍の捜索対象となってしまっている。
見つかればトール、ネルの両名は間違えなく処刑されるだろう。
「ふぅ、行ったな。出てきていいぞムサシ」
ネルが絨毯を剥がすとその裏から床下の食料貯蔵庫が現れ、その扉が開く。
ムサシはそこから恐る恐る顔を出し安全を確認すると立ち上がり、タバコに火をつけながらその狭い空間から這い上がった。
「はぁ~・・・しつこいな。何度目だよ?」
「4度目だムサシ=ハナノカワ。
貴様を追い続ける追撃隊が海岸線のシュナルダクまで来たという事は貴様が捕まるのも時間の問題だ」
ムサシと同じく体をかがめて貯蔵庫に隠れていたDrシュバルツも続いて姿を現す。
立ち上がり、ずれた眼鏡を戻すと足早にエリスが眠る隣の寝室へと戻っていく。
「ムサシ=ハナノカワ、手伝ってくれたまえ。
エリス=ローズをベットに戻す。私一人では無理だ。」
「へいへい・・・」
「私も手伝うよ」
ムサシに続いてネルも寝室へ。
自力で動けないエリス身体はお粗末にもベットの下に隠されている。
2部屋しかない間取りだ、致し方ない・・・。
「博士の言う通りだ、このままではいずれ見つかる。おまけにエリスの容態を考えるとこのままでは危ない。くそっ!!どうすりゃいい!?」
ベットに戻されたエリスの顔を月明かりが優しく照らす。
窓から見えるのは月光で美しく輝くメルデン海の海面。
「この海さえ渡ることができりゃな・・・
トール、あんたの言っていた定期便ってのは間違いないんだろうな?」
「うむ、間違いない。
昼間港を歩き回って調べた。
メルデン海を渡った先にクレバニスタ王国がある。
そこへ行き来する定期輸送船の航路はいまだ健在だ。
だがミッドルト帝国とクレバニスタの国交は最近雲行きが怪しいらしい」
そりゃそうだ、こんな自分勝手な国と仲良くなんてしたくねぇだろ普通。
どこの国も最初はそうやって抵抗するが、いざ戦争を仕掛けられるとあっけなくやられちまうんだけどな。
「定期便は毎日早朝と夕刻に1便ずつだ。
それにうまく乗る事が出来れば国境を越えられるはずだ」
トールが探してきてくれた定期便という脱出ルートはある。
だが今問題なのは街中をうろつく追撃隊の存在だ。
定期便はあくまで交通機関。人の往来の為にあるもので、大がかりな荷物を運ぶのには必ず軍のチェックを受ける事になる。ペイルワールを脱出した時のように出荷品に紛れるとなるとなかなか難しいようだ。
さてどうしたもんかな?
「ムサシ、こんな時はこれよ、これ!!」
と、ネルは親指と人差し指で○を作り俺に見せつけた。
「なるほど、ワイロか!!
定期便を警備する兵士に金を渡して船内に荷物ごと浸入する・・・
ってアホか!!そんな金どこにあんだよ!?」
「分かってるわよ!!そんなに怒んなくても・・・」
こんな軽い冗談を言えたタイミングだ丁度いい、これだけはハッキリさせておこう。
「・・・。
なぁネル、いろいろ考えてくれてありがとうな。
お前がいてくれるとほんと助かるよ」
「何?そんな急に?」
少し照れながらムサシを見つめるネルだが、その後のムサシの発言に激昂する事になる。
「トール、悪いがあんた達とはここまでだ。ネルを連れてペイルワールに帰ってくれ」
「ちょっと!!どういう事!!?」
激しく感情をむき出しにするネルとは対照的にトールは落ち着いていた。
「悪いなムサシ、お前が言いださなければ俺の方から言わなきゃならなかったとこだ」
「ちょっと、トールさんまで!!どういうつもり!?」
「ネル、ここまで来れたのは本当にお前らジャッジメンのおかげだ。
だが国境は目の前、お前らが一緒に来る必要なんかない。ここからは俺一人で十分だ」
「嫌よ!!ここまで来てメソメソ帰れって言うの!?」
彼女の気持ちも分からないでもない。
兄貴や仲間の命に代えてでも俺とエリスを守ってくれたのだ。
だがこれ以上ネルもトールも危険な目に会わせるわけにはいかない。
「ネル、ムサシの言う事を聞け!!
お前ら兄妹全員死んじまったら誰がペイルワールを支えるんだ?
クラインが死んだ以上武器の設計はお前が中心なんだ。ジャッジメンは十分に役割を果たしただろ!!」
「・・・」
ようやく静かになったネル。涙を浮かべて部屋を飛び出してしまった。
「悪いな、トール・・・」
「という訳だ、俺とネルはあくまで軍からの受注でこの町に住みこんでいる。
俺達とお前らは無関係だ。軍の見回りの時はかばってやる。だがもし見つかってもお前に脅されてかくまった事にするからな」
「ああ」
「だがムサシ、これだけは忘れるな。
この戦いはお前ひとりだけの問題じゃねぇ!!
死んだジャッジメンの連中の命がかかってる。簡単に死ぬんじゃねぇぞ!!」
「・・・ありがとよトール」
こうして俺はジャッジメンを離脱する事となった。
しばしの沈黙の後に寝室から現れたトレンチコート姿のDrシュバルツ。
「なんだ博士?お出掛けか?悪いがあんたもお尋ね者だぜ」
「それは君だけだムサシ=ハナノカワ。
軍は私を探しているが見つけたところで殺すことはできない。
私の頭脳を失う事は軍にとって最大の損害なのだからな」
まったく、いちいちイヤミな野郎だ!!
「そんな事よりムサシ=ハナノカワ、君こそ準備したまえ」
「?」
「エリス=ローズ搬出の準備は出来た。今に始まるぞ」
「・・・?おい、なんの事だよ?」
と、日の出でもないのに眩しい光が窓から差し込んだ。
眩しい閃光にとっさに窓に目をやると
赤とオレンジに輝く閃光が海面に現れ、それに照らされる巨大な黒煙が広がっていく様を
確認する事が出来た。
続いてやって来た強烈な爆音が俺達のいるボロ屋を激しく揺らす。
「何だ何だ!!?」
爆炎に照らされて海面には数隻の軍艦が浮かび上がった。
程無くして警報サイレンが響き渡る。
続いて軍港、艦隊の船舶からサーチライトが照らされ先程までの静寂が嘘のように慌た
だしい光景が広がった。
「どうなってんだ!?」
「見ろムサシ、軍の船が夜襲を受けたんだ!!」
続いてさらに激しい爆発が3度。
弾庫に誘爆して火の手が増している様子がムサシ達の目から見てもはっきり分かる。
「私が先導する。ムサシ=ハナノカワ、彼女を運べ」
「おい博士!!どういう事なんだ!?説明しろ!!」
「悪いが説明する暇はない。さっさと準備しろ」
帝国海軍第一艦隊
旗艦 戦艦ヘルドラッド艦橋
「ハイドリッヒ司令、被害状況報告いたします!!
巡洋艦レイニードル左弦後方にて爆発あり!!中破口発生のち弾庫誘爆にて2次災害に及び火災発生!!現在消火活動中です!!」
「うむ、敵軍の夜襲か・・・。
巡洋艦2隻に消火活動の応援を伝達!!
第2攻撃もあり得る、全周警戒を厳に!!
他艦は砲戦用意と索敵に全力を注げ!!」
「は!!ルブランス、パーミッドの2艦はレイニードルの消火を助けろ!!
他は全周警戒を厳に!!砲戦用意と索敵急げ!!繰り返す・・・」
あまりに突然過ぎる襲撃に完全に面を喰らった様子の第一艦隊。
執った対処に間違えはなかったがまさか領土に近い軍港内で襲撃されるとは全く考えていなかったようだ。消火作業はスムーズに行われたがどこから仕掛けてきたかも分からない攻撃に艦隊は混乱。夜が明けるまで見えない相手との戦いが続く事になる。
艦隊だけではない、軍港内でも慌てふためいた様子は隠せず。
当直の兵はおろか睡眠中であった兵士も総動員され警戒に当たらされていた。
「おい博士待てよ!!置いていくな!!」
エリスを背負った格好でムサシは必死にDrシュバルツを呼びとめる。
「全く・・・バカなのかね君は?
せっかくこの混乱に乗じて港まで向かおうと言うのに叫んでどうする?」
「うっ・・・」
流石に反論できないムサシ。
だがDrシュバルツの言うようにたった一発の爆発ではあったがシュナルダク全体を混乱させるには十分すぎる効果があったようだ。鳴り止む事のないサイレンに踊らされるように兵士達が駆け回ってる。ムサシ達のいたボロ屋は軍港から離れた場所にあるため兵士が手薄になっている。海上の火災の炎は軍港全体を照らしだし、その薄暗さは隠れながら行動するには丁度良い。Drシュバルツが先導する方向はまだ民間用に使われている港で数隻の船が停まっているのが見える。おそらくはあのどれかがトールの言っていた定期船なのだろう。高台にあるボロ屋から港へはひたすら階段を下るコースとなるが途中密集した民家を通り抜けるため意外にも複雑そうな道だ。
「はぁ、はぁ、おい博士。このタイミングで定期便に忍び込むって事か?」
「定期便?そんなもので本当に国境を越えられるとでも思っているのか?軍の警戒は君が思っている以上だ。乗りこめたとしても間違えなく見つかる」
「じゃあどうするつもりだ?」
「なんの算段もなく行動するようでは君の命もそう長くはないな。
この先で迎えを準備している」
「迎え?」
一体どういう事だ?だがこいつの言っている事が本当なら助かる。嫌だけどだんだんコイツが良いヤツ見えてきちまった。
薄暗い路地を進むムサシ達。民家の間をすり抜け、コンクリート製の倉庫が立ち並ぶ少し開けた路地に差し掛かった時である。
「止まれ!!!」
突然の野太い声に2人は制止させられた。
続いて複数の照明が背後から迫る。
「貴様ら何をしている!!両手を挙げてこっちを向け!!」
「くそっ!!」
エリスを背負ったまま小さく左手を挙げるムサシ。切り札の右腕はまだ挙げる訳にはいかない。ふと隣を見ると既に両手を挙げた姿のDrシュバルツが不敵にも余裕の表情を浮かべながら今まさに振り返ろうとしている所であった。その表情は自らは絶対に殺されることが無いという自信からであろう。
「Drシュバルツ!!!なぜあなたがここに!!?」
Drを確認した兵士達がその姿を見て驚く。
「そっちのお前もだ!!背中の女は何だ!?」
ムサシはゆっくりとエリスを地面に下ろした。
「いやぁ、なに・・・ちょっとこの子が飲み過ぎたもんだから少し海風に当たらせてあげようとね。横の博士さんはたまたま走る方向が一緒だっただけさ」
「・・・・」
兵士達は無言であったが全員構えていたライフルのトリガーにかけた指に再び力を込める。
「やだなぁ、先輩・・・。こんな時でも女連れですか?」
忘れたくても忘れられない声にムサシはため息をついた。
もはやこの状況で逃げるのは難しい。だが奴は俺の右腕の存在を知らない。
ここで死ぬならせめて奴だけでも道連れにしたい。
「全員銃を降ろせ」
「は!!しかしエルムスタ大尉・・・」
「いいから降ろせ。こいつはボクの手で葬らなければ気が済まないのだ。先輩、ご心配なく早くこっちを向いて下さい」
ムサシは今にも飛びかかりたい怒りを抑えながらゆっくりと振り返る。
「ふーん、ジャクソンてめぇ、本当の名はエルムスタって言うのか・・・しかも偉そうに大尉だと?」
振り返ったムサシの目には3名の帝国兵と1名の将校が映っていたがもはやムサシには中央の将校、エルムスタ大尉の姿しか映っていない。
「お久しぶりです先輩。ずいぶん探しましたよ。早速ですが死んでください」
エルムスタ大尉が腰の銃に手を掛けたのと同時にムサシは右腕の銃をリロードした。
「エルムスタァァアア!!!!!」




