第22話
心地よい海風がカーテンを揺らす。
天気も快晴、眼前に広がるメルデン海の海面は青く煌めき実に気持ちがいい。
俺も久方ぶりの安息の時間に椅子に腰かけたまま爆睡をこいちまった。
「フッ、呑気なものだなムサシ=ハナノカワ」
感情のこもっていない嫌な声に起こされる。
彼女の眠るベッドの傍らで眠りこけていた俺の横にはDrシュバルツが。
「何とか生命維持措置は完了した。とは言えここでも万全とは言えない、できるならば早く設備の整った場所へ移送したい」
「悪いな博士、助かったぜ」
「勘違いするな。私はあくまで零式の確保のために力を貸したに過ぎない」
目覚める事のないエリス。
彼女の身体はペイネン区の基地で試験管に閉じ込められていた時の様に全身にいろんなセンサーを繋がれていて、
まるで人間の扱いを受けていない。
あの時の様にマスクまで当てられていないものの、食事を取ることもできないものだから点滴によって必要な栄養素が絶えず体内に送り込まれている。
「博士、ここに来る途中の話だが、続きを聞かせてくれ」
「・・・・・・・断る」
「そうかい、これでもかよ?」
もともと嫌いなタイプだからだろうDrシュバルツに突きつける右腕にも力が入る。
だがこの男がこの程度で口を割るとは思えない。
「忘れるなムサシ=ハナノカワ。
私の判断次第でこの生命維持装置を止めることもできるのだぞ」
予想通り。
そして文字通りお手上げだ。
腐って窓際へ向かう俺だが、
「よせ!ムサシ!窓に近寄るんじゃない!!」
ペイルワールに居た小男の主任に制止される。
「あ、悪ぃ。狙撃されるかもだな」
全く・・・随分遠くに来たってのに苦労が絶えねぇ事に変わりはない。
再び椅子に腰かけエリスの顔をじっと見つめる。
だがやはり彼女は微動だにしない。
「コン、コン……………コン、コンコン…………コンコン!」
聞き覚えのある合図のノック。
続いて例のやり取りが当たり前のように行われる。
「合言葉を」
「ノートラン海岸は良い天気」
お互いの確認を終えた後、部屋へ入ってきたのはネル。
全員分の食事や着替え等の買い出しから帰ってきたところだ。
「悪いなネル。イケてるヤツはあったかい?」
「・・・こんな港町で贅沢言わないでよ。あなたが外に出ることもできないから試着もできないし」
少し不機嫌な顔で買ってきた着替えを俺に差し出すネル。
フーム・・・まぁ仕方ねぇ。
今着てる泥だらけの迷彩服に比べれば遥かにまともだ。
「ちょっと、ムサシ!ここで着替える気?」
「?・・・あ、ああ悪ぃ」
何も気にせず着替えようとした俺をネルは顔を真っ赤にしながら止めた。
お年頃の女はデリケートだな。
隣の寝室へ移動し、鏡の前で裸になった時に気付いた。
「おお~」
久々に自分の姿を鏡で見た。
短期間ではあるものの戦いに身を投じた事によってか俺の身体は少し引き締まって見えた。
なんか胸板も厚くなったような気がするし、腹筋に割れ目ができてる。
「反逆罪にさえならなきゃモデルの道でも食っていけたな」
アホな妄想を終え、外の景色を眺めながら思考を現実に戻す。
「エリス・・・」
昨日の事である。
クシャルタ湖の湖畔で発見したDrシュバルツの名で発せられた発光信号。
少し距離があったもののようやくその発信元へ辿り着くと意外な人物が俺達を待っていた。
「生きていたかムサシ、ネル!!」
「あんたは!!」
ここでペイルワールの小男主任トールと再開する。
乗っている車もペイルワールで見た覚えのある搬送用のトラックだ。
そして助手席から何故かDrシュバルツが現れすぐさまエリスに近づく。
「『零式』は無事か!?」
初めて見る博士の感情のこもった表情。
だがそれはエリスの無事よりも『零式』の安否の確認のための物だということはすぐに分かる。
「ムサシ=ハナノカワ、生命維持措置が必要だ。早く彼女を荷台に移せ」
まったく、ムカつく野郎だ。
言われるままに彼女を担ぎ、荷台へ運ぶとそこにはお粗末ではあるものの木箱を積んで作
られたベッドと何だかわからない医療機器が彼女の到着を出迎えた。
「後は私に任せたまえ」
そう言い放つと博士は俺達の存在など完全に無視してエリスの治療を始めた。
「なぁ、主任さんよどういう事だ?」
「そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺の名はトール。
なに、お前達がペイルワールから脱出した後、街もようやく軍から解放されてな。
心配になって配送を名目に街の皆でお前たちを探したんだ。
その途中でお前たちを見つける代わりにそこの大先生と出会ってな。
道路の真ん中にいきなり飛び出してくるものだからもうちょっとで轢き殺す所だったぞ」
殺さないにせよ骨の一本ぐらい折っちまえばよかったのに・・・
「それで話を聞いてみるとお前達の居場所を知ってると言うものだから案内どおりここで待ってたって訳だ」
「なるほど、さすがDrシュバルツ。何でもお見通しって事か」
褒めたつもりはないがこの男、俺の言葉には全く耳を貸す気はないようで、
相変わらずエリスに懸かりっきりだ。
「なぁ、トール。他の連中の事は聴いたのか?」
「・・・ああ、博士が全部教えてくれたよ
先走りやがって、あんな若い連中が死ぬ必要なんてねぇだろ」
「すまねぇ・・・」
「なに、お前さんが謝る事なんかない。悪いのは帝国軍の奴らだ」
本当にそうだろうか・・・
クライン達も俺と出会わなければ零式の存在を知ることもなく
いつも通りに武器の密輸だけで帝国に対する反抗は続けられた。残されたネルも兄貴や他の仲間を失う事もなかったはずだ。
本当のところ俺は俺自身の復讐を果たしたいだけなのに。
くそっ!!
「応急措置は済んだ。だが手持ちの医療パックでは一日も持たない。
残りのガソリンでシュナルダクまで行く事は可能か?」
「問題ない。
あそこなら最近軍港が出来たばかりで部品注文を取りに行く口実で近づきやすいぜ先生」
こうして俺達は荷台に身を潜めながらノートラン海岸の港町シュナルダクへ向かう事になったのだ。
疲労と悲しみに打ちひしがれフラフラのネルは俺の肩に寄り添いながら眠りに就いている。
その正面には木箱のベットの上で眠り続けるエリス、それを挟んでDrシュバルツが
スーツケースと一体式の心電図のモニターを凝視し続け、零式の安否のみを心配している。
しっかりと整備された幹線道路のおかげで揺れは少ないものの暗闇に心電図のモニターの
明りだけという空間は少し不気味である。
「Dr頼む、これだけは教えてくれ。彼女の容体はどうなってる?」
「・・・・・・貴様と逃亡した際に地下水路へ落下したそうだな。単純に水中での窒息が原因の脳死状態だ。呼吸以外の生命活動が停止している」
ウソだろ・・・・・
これでは守ろうとした女を俺は既に殺してしまっているのと同じだ。
一体俺は何をしてきたんだ。
「おい!エリスが目覚める事はもうないってのか?」
「残念だが私は医者ではない。よってこのエリス=ローズの蘇生になど全く興味はない。
この娘は『零式』を宿しているだけの器に過ぎないのだ」
「何だよそれ!!」
俺が勢いで身を乗り出したせいで眠りに就いていたネルを起こしてしまう。
だが心中それどころではない。
この事態を引き起こしたのは俺自身だ。だから他人を責めたところで仕方ない。
しかしこいつの発言の1つ1つが俺を怒らせる。
重要人物だから乱暴な真似はできないが、抑えられずに表情に出ちまう。
「加えて言えば私は帝国軍の人間ではない。この優秀さを認められ軍から協力を求められているに過ぎない。よってお前達が反逆者であろうが何であろうが私には関係のない事だ。私はこの零式の行く末を確認せねばならん」
こんな奴でもエリスの消えかけた命を繋ぎとめるには必要だ。
口は悪いがその辺は聞き流してしまおう。
「そうかい、なぁ超優秀なシュバルツ博士さん。あんた『零式』について随分詳しいみたいだがどこまで知ってる?」
「・・・これまでその質問をどれほど投げかけられたか。
その度にこう答えてきた・・・・・・断る」
もう何を言っても無駄だな。
「フッ・・・ムサシ=ハナノカワよ、いいだろう今回は例外だ。お前自身が私の研究材料の重要なパーツである事は間違えのない事実。
私にとってもお前の機嫌取りは必要だ。特別にお前の質問に1つだけ答えてやろう」
エリスの容体の事で頭がいっぱいだがこんなチャンスは2度とないはずだ。
一度軽く深呼吸をしてから俺は心の中で最もひっかかっている最大の疑問を投げつけてやった。
「だったら教えてくれ博士、『零式』とは一体何なんだ?」
しばらく車内に沈黙が流れる。
「・・・良い質問だムサシ=ハナノカワ。1つだけの質問だが核心を突く良い問いだ」
再び沈黙が続いた後博士は初めて俺の目を見ながら話し始めた。
「完全自律進化型戦闘兵器・・・・・・生産されたNo.1~No.100までの元となったプロトタイプNo.0・・・・・それが零式だ」
「は?・・・完全自律進化型??
ちょっと待て、どう言う事だ!?
No.100までって、同じ奴があと100体もあるってのかよ!!?」
「安心しろNo.1からNo.99までは既に破壊されている」
「No.100は?」
「・・・・・・質問は1つだけと言ったはずだ」
ふざけんな!!!!
これじゃ何にも分からねぇじゃねぇか!!
俺の悔しがる表情を見てほくそ笑む博士は再びモニターを注視したまま動かない。
こんなやり取りの後、その日の晩に俺達は無事シュナルダクに到着した訳だ。
エリス・・・すまない。
よく考えたら俺は彼女の事をどれほど知っているだろう。
「ベンジャミン」の店員である事と18歳って事、あと住んでる家が・・・
はぁ、こんな事どうでもいいや。
今の俺を支えるもの・・・本当に復讐心だけになっちまいそうだ。
「うぉ!!」
回想を止めて再び鏡に目をやると自分でもビビるほどの表情をした俺と向き合っていた。
「・・・・」
視野を広げるとそこには真新しい黒のシャツとちょっと作業着っぽい厚手のカーゴパンツ
に身を包んだ俺がいた。体格が良くなったせいかネルのサイジングが悪かったのか服を着
た上からでも筋肉がついてきたのが分かる。
外は快晴だ、新品の服で港町を歩き回りたいのはやまやまだが仕方ない。
しばらくは借りたこのボロアパートの一室に潜むしかないな。
快晴のノートラン海岸沿いの港町シュナルダク。
人口は1万人程のとても大きな町とは言えないこの港町。
数年前まではブルガルデンという平和な小国の1都市であったのだが、ミッドルト帝国の
進攻を受け敢えなく国ごと帝国軍占領下となってしまった。
もともと貿易が盛んでミッドルト帝国とも友好関係を築いていた事もあり、帝国軍侵攻
後すぐに条件講和のもと帝国の傘下へ入る事になったため、帝国から侵攻を受けた国に
しては珍しく戦死者が少ない。
そのおかげで町の雰囲気も平時のものと変わらず穏やかな空気が流れていた。
だがここにきてシュナルダクの半分以上が帝国軍に接収され平和だった港町は軍港へと
急速に整備を押し進められていた。
軍港整備の理由はただ1つ・・・
「帝都セントラルニュース
本日1100時帝都総司令部より発表。
我がミッドルト帝国はさらなる版図拡大のため北方ニグルス大陸方面進出の第一段階として兼ねてより設立中であった
帝国第二兵力を予備軍から正式に正規軍へ改変する事を決定。その正式名称は帝国第二兵力改め帝国海軍とする。
本日その先発隊としてハイドリッヒ大佐指揮の精鋭第一艦隊を最前線基地となるシュナルダク軍港への配備を決定」
難しい言葉が並ぶがつまりはこれまで陸上戦しか戦ってこなかった帝国軍が次なる進出を目指して海を渡るために海上兵力を設立したという訳だ。
帝国海軍第一艦隊
旗艦 戦艦ヘルドラッド艦橋
「ハイドリッヒ大佐・・・失礼。
司令、第一艦隊全艦投錨完了しました」
「うむ、出撃はしばらく先だ。
急ピッチな海軍設立のために訓練漬けの毎日が続いた、兵士を順次上陸させて陸で休ませてやれ」
「はっ」
新設とあって艦内の兵士の着る帝国海軍専用の白の軍服は純白に輝き、
その指揮官たるハイドリッヒ大佐の着るものは実に誇らしく威容を放っている。
他の兵士とは間逆の真紅の兵装には金色のボタンや刺繍が。
足元の黒のロングブーツもピカピカである。
とは言え新設されたばかりの帝国海軍、元々はハイドリッヒ大佐も陸軍出身で海上での実戦経験は皆無である。
佐官クラスから選抜され、度重なる訓練の中で最も優秀な成績を収めたがために
この度先陣を駆る第一艦隊の司令官に任命されたわけだ。
陸軍時代にも度々功績を残しており、部下からの人望も厚い。
「ミッドルト帝国初の海上戦力・・・その初陣を指揮できるとは実に栄誉な事だ」
「我々も司令が陣頭指揮を執るのであれば何も心配ありません。地獄の果てまでお供いたします」
「ハハ、だが油断するなよ我々には実戦経験が無い。これから向かう先には海上戦の経験豊富な敵軍が待っている。初戦は多少の犠牲を共にする覚悟はしておけ」
平和なシュナルダク港沖メルデン海には十数隻の帝国海軍第一艦隊の艦船が停泊している。
青く煌めく海面に漆黒の鋼鉄兵器が群れをなすその光景を町から見下ろせる高台。
ムサシの姿を追い続けるあの男がいた。
「エルムスタ大尉、追撃隊全員しらみつぶしで奴を捜索しましたがついに海岸線まできましたね」
「奴は必ずこの町にいる。海軍の進出で強引な行動が取りづらくなるが閣下の命令だ、問題はない。隅から隅まで調べさせ必ず狩りだせ」
「はっ!!」




