第21話
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先程まで吹雪いていた雪も今では粉雪に変わり静かで穏やかな時間が過ぎてゆく。
日光が直接届かないにせよ周囲に降り積もった雪がわずかな日光を照り返していて決して暗くはない。
さて、ここはどこかって?
そんな事は問題ではない。
そんな事より、もうじきここで面白い事が起こる・・・・。
雪景色の中に古いレンガ造りの家屋が並ぶ。
その中を5名の黒ずくめの男達が何かに警戒する様子のなか、無駄のない身のこなしで素早く移動している。各々ライフルを構えている様子からみるとどうやら戦闘中の様だ。
プロであろう彼らが怯えた素振りを見せるからにはきっと相手もタダ者ではないだろう。
慣れた手つきで合図を出し合い、スムーズに意思疎通を図る男達。
順調に雪上を前進してゆく。
と、最後尾にいた男が壁の隙間から突如現れた屈強な腕に捕まり、姿を消す。
ものの2、3秒した後に再び姿を現すも既に絶命している。掻き切られた喉元から大量の血をまき散らし、足元の雪を真紅に染め上げた。その上に倒れ込んだ鈍い音によってようやく他の4名もその非常事態に気がついたようだ。
これまで順調に行動していた彼らも足を止めずにはいられない。
とはいえ帝国軍内でもエリートと呼ばれる彼らだ、決してここで陣形を崩すような真似だけはしない。素早く殺された兵士の周囲を警戒し四方へ射線がとれるように密集した。
「!!」
1人が気づいたようだ。数メートル後方の家屋のドアが半開きになり風で揺れている。
自分が通過した際には開いていなかったはずだ。
全員にそれを伝えようと合図した時だ。
そのドアの奥から飛んできたナイフが彼の左目を直撃。
跪いたままその命を絶たれてしまう。
残る3名は瞬時にドアへ銃口を向け、9mm弾の嵐を浴びせる。
静かな雪景色に銃声がこだまして、木製のドアは粉々に吹き飛ばされた。
全弾を撃ち尽くし新しいマガジンをセット。あれだけ撃ったにもかかわらず誰も油断していないようだ。全員で静かにドアの向こうの暗闇へ向け歩を進める。
先頭の男が懐中電灯で暗闇を照らし確認を急ぐ。
だが家屋の中は9mm弾の乱射でグチャグチャにされただけでそこに誰かがいた形跡すらもない。
相手はバカではない、こうしている間にも自分達の命を狙い、絶好のポジションへ移動しているはずだ。すぐに振り返り、後の2人へ視線をやった時だ・・・
いきなり屋根から男が降ってきた。
気がつくよりも早く首元にナイフを突き付けられ簡単に人質に取られてしまった。
「ぐっ、ムサシ!!!おい、構わん!!俺ごと撃て!!」
味方を人質に取られ一瞬躊躇してしまったのか、2名の反応は遅れてしまい、
帝国軍兵士の命など何とも思わないムサシの行動の方が先行する。
右腕に備えられたギミックガンを人質の兵士の背中に密着させたまま他の2名を狙うムサシ。ここに来るまでどんな経緯があったのかは分からないがその表情、風貌はまさに戦士そのものである。発射された10mmライフル弾は人質の兵を貫きながら残りの2名を襲う。
至近距離での10mm弾直撃の破壊力は凄まじく、辺り一面真っ赤に染まり、まさに地獄と呼ぶにふさわしい。
だが1人は運よく致命傷を避けたようで、
何とか家屋の陰に飛び込み、ムサシから姿を隠す事に成功した。
「ぐ・・・くそっ!!奴は化け物か!!?」
重い足取りで逃げる兵士。
10mm弾が脇腹をかすめ、裂傷となり血が止まらない。
おまけに雪上では足跡がつくうえに血痕が彼の逃げ道を教えているようなものだ。
だがここは彼も経験豊富なエリート部隊隊員。
わざと目印を残しながら倉庫らしき建物へと逃げ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
激痛を押し殺して強引に止血処置を施すと、彼は倉庫内にあったドラム缶を見つけ、
その中に身を隠した。ムサシが血痕に気を取られている隙を突き反撃する算段なのであろう。上がりきった息を必死に抑え、ムサシが入ってくるのを待つ。
・・・しかしなかなか現れない。見失ったのか?
と思ったのも束の間、突然の爆音と共に辺りは炎に包まれ、兵士はドラム缶ごと吹き飛ばされてしまった。
「けっ、アホか。わざわざ相手が隠れた場所に誰が飛び込むかよ」
ムサシが余裕の表情を浮かべながら構えたギミックガンから放たれたのはグレネード弾。
強い衝撃と爆音により事態が把握しきれていない兵士。
気がつけば雪上にドラム缶ごと横に転がっていた。
早く攻撃態勢をとらねば、とドラム缶から抜け出すも時すでに遅し。
後頭部に銃口を突き付けられもはや逃げる事もできない。
「おいおいおい・・・IRFも大した事ねぇなぁ。あくびが出るぜ」
「ムサシ!!・・・貴様!!!」
完全に優位な立場に立ったムサシだが突然表情が曇る。
「ありゃ?」
マガジンは入れ替えたばかり。
セーフティも解除済み。
トリガーは引いている。
「ちっ、詰まりやがった」
隙を見せたムサシに兵士は太ももに装着したアーミーナイフを抜き取り、振り向き様に首もとめがけ振り抜く。
「お~危ねぇ!」
上体をのけ反りそれをかわしたムサシに兵士の追撃が加えられる。
ムサシは兵士の手元を捕まえるとそのまま使い物にならなくなったギミックガンで兵士の
腹部を叩きつける。
悶絶する兵士にさらに前蹴りを喰らわせると兵士はレンガ造りの壁に叩きつけられた。
だがすぐに態勢を立て直し、再びナイフで襲いかかる。
「!!?」
兵士はあっけに取られた表情で天高く大空を覆い隠す雪雲を見つめていた。
いや、正しく言えば地面に背中から叩きつけられて脳震盪を起こしている。
ナイフでの一撃をかわされた後、後頭部を抑え込まれた直後の事であった。
一兵士として何をしたのかその格闘技術を聞き出したかったが、残念ながらここは戦場である。奪われたナイフで止めを刺され、兵士の視界は真っ暗になった。
再び雪が激しく降り出す中、ムサシはタバコに火を点けながら振り返ることもなくその場を後にする。
「フーー。こいつもちょっとガタが来たか?かれこれ3年の付き合いだもんな・・・」
鋼鉄の右腕には大小無数の傷が走り、彼の戦いの歴史を物語る。
だが彼がこれからも向かい続ける地獄はこんなところでは終わらない・・・
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帝都央司令部の個人オフィスでくつろぐ1人の男。
視線を下に向け、丸メガネのレンズを拭きながら無言のまま静かに座っている。
しかめた表情は彼の苛立ちを表す。
無言を通すクルトンを前に過去ムサシ達と行動を共にし、ジャクソンの名で呼ばれていた若者が緊張した面持ちで直立不動のままクルトンの座るデスクを前にしていた。
「クルトン中将、この度のご昇進誠におめでとうございます」
「・・・ああ。同じ椅子を狙っていた女狐の失態のおかげだ。
サファイアめ、馬鹿な事をしたものだ。だがそんな事より何だこの報告は?」
若者のご機嫌取りは失敗し、答えたくもない質問で攻め立てられる。
「ムサシ追撃の任務に就いていた第16軍所属33歩兵連隊、バンカー少佐以下121名全員焼死・・・・それも帝国領土内でだと?」
「はっ、さらに例の娘の警護任務中だったフォレスト大佐が重傷・・・現在治療中。ラボ内にいたシュバルツ博士も行方不明です。」
「元警察隊員1人を相手にか?」
「はっ、詳細は現在の所不明です。何しろラボ周辺を丸焦げにする森林火災です。状況を推測するにも証拠が少なすぎます」
クルトンは視線のみを若者に向ける。これは見たというより睨みつけたと言った方が正しい。
「エルムスタ大尉・・・私は言い訳を聞きたいのではない。求めているのは結果のみだ」
「・・・・・・失礼しました」
しばらくの間冷たい雰囲気が漂い、コーヒーの湯気しか動いている物がない。
「で・・・・・ムサシと小娘は?」
「申し訳ございません・・・・・現在のところ消息不明。目下全力で捜索中であります」
クルトン中将は椅子を回転させ眼下に広がる帝都市街を窓越しに見下ろしさらに表情を強張らせ、無言の圧力をエルムスタ大尉に与える。
「貴様に追撃任務の指揮権を与える。必ず見つけ出してこい!!」
「はっ!!!」
敬礼を済ました後エルムスタ大尉は足早にオフィスを後にした。
「Drシュバルツ・・・なぜ消えた?なぜ上層部はあんな小娘1人にこだわる?
そしてジョーカー・・・上層部は何を隠しているのだ?」
自らの知らぬ場で事が確実に動いている事は分かっている。だが自分が蚊帳の外となっている事がこのプライドの塊のような男には許す事が出来ないのである。
苛立ちがつのり、メガネを持つ指先に力が入る。レンズにヒビが入っても力は抜けず、ついに汚れ一つない彼のオフィスの床に血が滴り落ちる。
「ムサシ・・・・・・・・あの時さっさと殺しておくべきだった」
場面は変わり同じく帝都中央司令部の地下5階・・・
フロア一帯がステンレス製の板で覆われ、眩しい程の白色灯がその床を照らしさらに無機質さを増長している。
そんなフロアの中にある一室で全身を白のビニール製抗菌スーツに包み、頭もすっぽりと同じ素材のマスクで覆った不気味な集団が一台の金属製のベッドを囲んでいる。
ベッドの上には全身傷だらけの大柄な男が・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・おい、俺はまた『戦死』したのか?」
目を覚ました男はこのシチュエーションに慣れているかのように話す。
「フォレスト大佐、今回は死亡状態にまでは至っておりません。
右腕前腕部切断、左下腹部刺傷、及び右肩から肺に至るまでの裂傷。
通常人であれば死に至っていたでしょうが、さすが大佐。
意識不明状態ではあったものの『戦死』には至りませんでしたよ」
男がマスクの下から大佐の受けた身体へのダメージ報告を読み上げた。
だが大佐の右腕は健在、他の傷に至っても跡が少し残っているだけでつい先日に受けたものとは思えない。
「各破損箇所の修復も3日とかかりませんでした。
流石は我が帝国が誇る英雄です」
「くだらんおべんちゃらはいらぬ。刀はどこだ?」
「おなたのオフィスです。大佐、どこへ?」
「零式を倒す。この世に俺以上に強い者などいらぬわ」
ベッドから起き上がると大佐は重傷を負っていた人間とは思えない程、いつもと変わらぬどっしりとした歩調で部屋を後にした。
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宛 中央司令部諜報部
グレンヴェル=L=クルトン中将閣下
・ムサシ=ハナノカワ追撃任務報告
本日より第4方面広域において追撃を開始。
103大隊総員656名を
ポトールフ河川沿いよりノートラン海岸線まで配置。
1420時までに隊を分散し主要個所への配置を完了。
現在当該エリア内にて全力を挙げてターゲットを捜索中。
発 第4方面16軍103大隊
指揮官トルーマン=エルムスタ大尉
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静かな湖面。
日差しが眩しく照りつけてキラキラと輝くその様はひとときの安息を与えてくれる・・・
はぁ・・・とてもじゃないがそんな事言える心境ではないな。
時折その眩しさは一瞬で全てを焼き尽くした零式の一撃を思い出させる。
ひたすら流れに乗って川を進んだ先に辿り着いたのは巨大な湖。
「クシャルタ湖」、帝都で暮らしながらも周辺地図を見ればその存在ぐらいは認知出来るほどの大きさで、警察隊時代に一度当時の女と遊びに来たことのある場所だ。
ここは知る人ぞ知る隠れデートスポットで夜になると満天の星空が湖面に映ってそりゃあもう綺麗なもんだ。
俺の愛車のスポーツカーでも来れるほど幹線道路から近く、正直隠れるにはイマイチの場所だ。
ひとまずボートを乗り捨てて人目のつかないルートで海を目指す事にした。
まだ距離はかなりあるもののノートラン海岸まで行けば港がある。
そこから何とか海を渡って一度ミッドルト帝国を脱出する予定だ。
エリスと零式・・・一体この2人、いや1人と言えばいいのか?その正体は全く分からない。だが俺の当初の目的は彼女の安全の確保だ。それに次に零式が目覚めた時に帝国兵がいればまた強制的に戦闘開始となり零式とも話ができない。
一度ゆっくりできる場所へ移ってから態勢の立て直しだな、海を渡れば帝国軍の力も及ばないし、上手くいけば敵対関係にある反帝国軍の加勢も望める。
いくら零式という強力な味方がいても制限時間付きだしな、俺達だけでの帝都攻略はあまりにも難しいだろう。
「ふぅ~」
湖の水で顔を洗いながらこんな感じで今後のプランを練る俺。
常に帝国軍に狙われる非常時でありながら、死んだドルフから教えてもらったトレーニングメニューを今日もこなし汗まみれだ。
「いい加減にくせぇな・・・」
甘ったれた事は言ってられない。死んだあいつらの意思は俺が継いでるんだ、
体中の痛みなど気にもならない。
川を下りながらネルから聞いた、B班の連中の最後・・・
俺達と別れてからすぐに帝国兵と戦闘となり、最初にテルプトが撃たれ、その後フリックが。そしてドルフは包囲された状況でネルを逃がすため手榴弾を両手に捨て身の自爆攻撃を行い、何人かの帝国兵を道連れにしたんだそうだ。
加えてブルート、さらに兄貴であるクラインまで失って彼女も正直戦える心境にないはずだ。
「おいネル。お前も顔洗ったらどうだ?冷たくて気持ちいいぞ」
「・・・・・・・・・」
「っておい!!何してんだ!!!!」
振り向いた先の光景に仰天し、急いでネルに飛びつく。
「離してムサシ!!こいつが兄さんを殺したのよ!!最初からこいつさえいなければ皆も
死なずに済んだのよ!!」
手にしたナイフを振り上げ、今まさにエリスの心臓めがけて振り下ろそうとしているところだった。
「バカ野郎!!」
女には手を上げない信条だが止むおえない。彼女の手元を打ち払い、ナイフを彼女から遠ざけた。
「いいかネル!!お前の兄貴達は何のために死んだのか考えろ!!
零式を俺達の味方にするために犠牲を払ったんだぞ!ここでお前が殺してどうすんだよ!!」
ネルは再び涙を流しながらそばの木を背にして座り込む。この若さだ無理もねぇ。
にしても・・・
どうなってんだ?エリスがなかなか目覚めない。
というよりも顔色も悪く痩せこけてきてる気がする。
「まずいな、容体は分かんねぇし・・・早めに医者に診せた方が良さそうだ」
とは言えここは辺鄙な湖の片隅。
病院などあるはずもなく、近くの町に寄ろうにもお尋ね者とあっちゃあ話にならない。
俺の腕を治療してくれたジィさんの所へ行ったとしてもルートを逆戻りすることになる。
状況としてはいち早く国境を目指したいのも本音だ。
「ネル、君の気持は良く分かるがモタモタしていられない。行くぞ」
意識のないエリスを背負いながら出発準備をする俺。
よく考えたら今のジャッジメンの戦闘能力は極めて低い。
最近戦いを覚えだしたひ弱な俺と、
経験はあるものの戦力としてはイマイチのネル。
そして最強の力を秘めながらあと10日少々経たなければ目覚めない零式、
その零式を宿した意識のないエリス。
今再び追撃隊に包囲されれば抵抗する間もなく全滅だろう。
はぁ、参ったね・・・
「ムサシ、あれ見て」
「へ?」
ネルが気づいたのはクシャルタ湖に沿った幹線道路上からこちらへ向けて発せられた発行信号。
「・・・・・ネルすまねぇが俺は分からねぇ」
「えーっと・・・【零式ガ無事ナラバ援護可能 直チニ収容スル 返答セヨ】」
「何言ってやがる!!どう考えても罠じゃねぇか!!」
「待って、まだ続きが。【返答セヨ シュバルツ】」
「あいつか!!!」
だが奴も軍人でないにせよ帝国側の人間だ。
口車に乗ったところでうまくいくかどうか。
だがエリスの事を思うと・・・
「よし!」
俺達は不信感を抱きながら信号の発信源へと向かうことにした。




