第20話
くそっ!!
何でこんな事になっちまったんだ!!
零式の姿が一瞬にして消えた後、振り返るとそこには変わり果てたブルートの姿があった。
銀色に輝くブレードには真っ赤な血がしたたり、その先には心臓ごと貫かれたブルートが宙づりにされている。
決して重くはないブルートの身体だが、零式は難なくそれを串刺しにしたまま片腕で持ち上げている。
絶命したブルートは首をうなだれたまま二度と動くこともない。
「ブルート!!!!!」
その光景にクラインがいち早く反応するも無論、彼が乱発する9mm弾が零式を捉えられるわけがない。
ブルートを串刺しにしたまま弾丸をかわしきった悪魔は、部屋の奥まで瞬間移動すると、ゴミを捨てるようにブルートの遺体を放り捨てた。
その光景を前に怒り狂い、マガジンを装填するクラインを俺は必死の思いで止めた。というより飛びついて床に押さえつけた!
「止せクライン!!さっさと武器を捨てろ!!」
零式が一体何をもって敵を確認しているか分からないが、とにかく帝国軍人でない事をアピールしないと殺されちまう!!
奴の攻撃スピードを考えるとクラインの武装解除などしている暇なんて無いはずだが、今回は運がいい。
戦いたがってるバカ野郎が目の前にいるじゃねぇか。
「来い、化け物。俺が相手だ」
本人も俺達を守る気なんてさらさらないだろうが、大佐はその頼もしい巨躯を零式に向けて自慢の日本刀を構えている。
『お前は・・・あの時の隻眼の男・・・』
「フン、化け物にも記憶力があるのだな。以前の様にはいかぬぞ!!」
何だかこいつらの戦いを見てみたい気もするがこれは千載一遇のチャンス!!
逃げるが勝ちだぜ。
しかしこの非常事態の中でもDrシュバルツはなおも冷静な表情を浮かべている。
「ククク、大佐、私も先に失礼するがくれぐれもご用心を・・・
こいつも以前の様にはいかなないはずだ・・・」
「Dr・・・貴様こいつの事をどこまで知っている?」
「フッ、少なくともこの世の中では私が最も真実に近い人間だろうな・・・」
「貴様、これが片付いたら全て話してもらおうか」
「いいだろう、ただし大佐、あなたがこの場を生還できたならね・・・」
そう言い放つとDrは見かけに寄らない素早い歩調で真っ先に部屋を後にした。
って、俺達も行かねぇと!
Drを見失ったら出口までのルートが分からねぇ!!
「行くぞクライン!!」
「フン、腰抜け共め!!」
フォレスト大佐が構えた日本刀は真っ直ぐに零式を捉えて微動だにせずにその首を狙う。
零式もまた構えてはいないものの確実に大佐を殺す事を目的とし堂々とその前に立ちはだかる。2度目となる両者の戦い、以前と同じように両者動かず数秒の時間が流れた。
「一つだけ問う。貴様一体何者だ?」
『・・・・・・・・・我が名は零式
・・・・・・・・・我はただの兵器
・・・・・・・・・我は主の定めた敵を討つのみ』
「主だと?誰の事だ?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
無言の後に零式は姿を消した。
それは攻撃開始を意味する。
明りが少なく薄暗い部屋に耳を劈くような斬撃音が響きわたる。
「はぁ、はぁ、はぁ!!
くそ!!どっち行った!?」
「ムサシ、駄目だ!完全に見失ったぞ!!」
あの野郎、華奢な癖して逃げ足だけは速いな。
俺とクラインは狭い廊下の続く基地内で完全に迷子になっちまった。
先程の出来事で事情を察知したクラインは急いで軍服の上着を脱ぎ捨てながら俺の前を走る。その後ろで俺の頭はくだらないことを考えていた。
もともとこんな辺鄙な森の中に基地があるはずもなく、エリスを発見してからその隔離・監視を目的として建設されたであろうこの地下基地。
こんな物を簡単に造れてしまうミッドルト帝国は一体どれだけの力を持っているんだ?
はっ、いかんいかん!俺の悪い癖ですぐに余計な事を考えちまう・・・
違うな、嫌な事を前にすると現実逃避しちまうのが癖なだけだ。
「お、ムサシ!ここは確かさっき通ったぞ!」
「確かに見覚えがあるな。ということはこっちだ!!」
と、俺が指差した先には運悪く帝国軍兵士の姿が!
俺達に気付いた兵士がとっさにライフルを構える。
「クライン!!弾をくれ!!」
だがクラインは俺に渡すマガジンより先に腰のナイフを取り出し間髪入れずにそれを投げつけた。すげぇ、ナイフは狙い通りに兵士の喉元に突き刺さり、声を上げさせることなく兵士をあの世へと送る。
「ほらよ、次に同じ事が起こったら迷わず撃ちな」
「あ、ああ、ありがとよ」
こうして俺達は逃げているわけだが、
当初の目的がズレている事にようやく気付いた。
だってよ、俺達はエリスを・・・零式を探してここまで来たんだ。
奴を味方に引き入れようってのがここに来た目的だったはず。
いきなりブルートを殺られてそれどころではなくなっちまったんだ。
「ムサシ、あいつは軍人以外は殺さないんだよな?」
「そうだ、ブルートは変装をしていたせいで殺されちまったんだ。
落ち着いて考えれば逃げる必要なんかねぇ」
ここで俺達の頭の中で先程の部屋での戦いの結果が気がかりとなる。
零式が勝利していれば万々歳、あとは落ち着いて奴と話し込むだけだ。
俺達2人の考えが一致して、もと来た廊下を振り返った時だ、
突風が俺達をすり抜け、それにつられて再度前を向いた先に奴はいた。
『少し手こずったな・・・』
息も切らさず、さっきからここに居たかのように立ちはだかる零式。
大佐と戦った直後とは思えないほど平然とした、いや機械的な表情の彼女はその細身の身体を黒マントに包みこちらを向いている。
「・・・・・・・・・・・・・・」
何を話せばいいんだ?
恐ろしくて言葉が喉を通らねぇ!!
同じくクラインも完全に固まっている。
『ムサシ=ハナノカワ・・・』
「!!」
化け物に突然名前を呼ばれビクついてしまった。
『残りプログラム起動時間5分24秒・・・・・
プログラム終了後、お前がこの娘を守れ・・・・
次回再起動予定は271時間43分52秒後だ』
「はぁ!!?」
意味不明の言葉を言い放つと零式は再び突風を巻き起こしながら俺達の前から消えた。
「・・・・・・・・どういうことだムサシ?」
「俺に聞くなよ!!訳わかんねぇ!!」
「残り5分?・・・とにかく出口へ向かおう」
一応会話をしたわけだがあまりにも一方的過ぎる。
プログラムって何のことだよ!?
「うぉっ!!!」
出口へ向かう道中、その場に居た兵士たちは見事に斬り殺され、
廊下は辺り一面血の海と化している。
その先には出口へ続く最後の階段が!
よし、とにかく外に出る事ができる!!
地上へ出ると、思っていた以上に時間が経っていたらしく、
周囲は明るさを取り戻しつつあり、空は青白く見える。
水辺のせいか霧が立ち込めてやけに静かだ。
遠くから聞こえた鳥の鳴き声と周囲の静けさに一瞬気が緩んだが、優しい風が吹き、霧が軽く吹き流された時、俺達はようやく自分達が立たされている状況を理解した。
こんなに多くの銃口に睨まれた事はない・・・
「ガッハッハッ!!観念するんだなムサシ!!この俺様から逃げられると思ったか!!」
ペイルワールに居たはずのバンカー少佐率いる追撃隊。総勢100名以上はいるだろう。
対岸の陸、ボートの上、桟橋から俺達の前方を完全に包囲して、誰ひとり例外なく俺達に向けライフルを構えている。そうか、表の兵士が通報しやがったな!
「諦めるんだな!!それとお前!!お前はこっちへ来い。
何の真似かは知らんが我が帝国軍に刃向かうバカ者が本当にいたようだな。
仲間を殺されたくなきゃ大人しく武器を捨てて投降しろ!!」
「!!!」
バンカー少佐の言葉を聞いてクラインの表情が明るくなる。
そして追撃隊の中にその姿を見つけた。
「ネル!!生きていたのか!!?」
後ろ手に縛られたまま銃を突きつけられたネルの姿を見るなりクラインは目に涙を浮かべた。
「クライン、行けよ」
「馬鹿な事言うな!俺がここを離れた瞬間に撃ち殺されるぞ!!」
「俺の事は気にするな。妹のそばに行ってやれ」
「!!!・・・・お前、気づいてたのか?」
当たり前だ、俺の目は節穴じゃねぇ。お前が厚化粧だったから気付かなかったが、
ネイルが女装を解いてクラインに戻った時に気付いたよ。
そりゃあクラインがB班の事を気にかけるのも無理はない。
「何だって妹までジャッジメンに入れたんだよ?」
「俺が入れたんじゃねぇ!あいつがどうしてもって聞かなかったんだ」
全く聞き分けのないのは兄妹そろっての事だな。
この分だと俺の右腕の銃を作った一番上の兄貴もそんな感じだったんだろう。
「こらぁ!!何をぶつぶつ言ってやがる!!さっさと来やがれ!!てめぇも殺すぞ!!!」
バンカー少佐が再びその下品な声を上げる。
「おい、奴らの拷問に耐えられるか?」
「俺もネルも覚悟の上だ。ムサシ、お前も死ぬなよ」
クラインは数秒俺を見て悔しそうな表情を浮かべ、武器を川に捨て、桟橋近くのボートへ飛び乗った。
ボートでは待ち構えていた兵士が銃床でクラインを殴りつけると、倒れたクラインを強引に縛り、ボートを少佐の方へと進めた。
さて、どうする・・・
周囲は川に囲まれ逃げ場がない。
右腕の銃ではとてもじゃないが太刀打ちもできない。
くそっ!!!こんなところで死にたくねぇ!!!
「ガハハッ!!!死ね!!ムサシ!!!!!!」
クラインを乗せたボートが向こう岸へ辿り着いたのと同じタイミングだっただろう。
取り囲む兵士たちが一斉にトリガーを引き無数の発砲炎が花火みたいに俺の目の前に鮮やかに広がる直前、その視界を遮るように黒マントが翻る。
俺は瞬きせずにそれを凝視した。
零式は両掌を兵士たちに突き出し立ちはだかる。
その掌を中心に広がるぼやけた透明の大きな光の膜。
「ギャン」という金属音と共にところどころ火花が弾け飛ぶ。
これってもしかして・・・
いやもしかしてじゃない!!弾丸が目の前の膜に弾かれている!!
光のシールド・・・
おいおい、こんな事までできるのかよ。
霧の変わりに硝煙が煙たく漂う水辺で、目の前で起こった現象に驚き動けずにいる兵士達。
バンカー少佐も同じく度肝を抜かれ、言葉を失いマヌケ面を浮かべている。
俺も驚いたがそれどころではない。今がチャンスだ!!
奴らの陣形を乱そうと少佐のいる辺りをめがけグレネードキャノンを構える。
『残り起動時間20秒。
私が奴らを消す・・・再起動までの間この娘を守り切れ』
光のシールドが消え、なおも両掌を構え続けながら零式は俺の方を見る事無くつぶやいた。
「零式!!待て、聞きたい事が山ほどある!!」
そこから先は悪夢だった。
先程のシールドとは比べ物にならない眩い光が零式の手元に宿る。
一瞬その光が小さな球体に縮んだ次の瞬間だった・・・
朝の森の静けさを吹き飛ばすような轟音!!
この世のすべてをぶっ壊してしまうような衝撃と風圧!!
そして目の前が真っ白になるほどの強烈な光!!
零式の後方にいた俺ですら吹き飛ばされ、基地の壁に打ち付けられた。
一体何が起こった?
鳴り止まない耳鳴りとはっきりしない視界。
目の前の光景を理解するのに時間がかかる。
「ぐっ、どうなってんだよ?」
一番に感じ取れたのはさっきまで全く感じる事のなかった熱。
そして次第にはっきりしてきた視界・・・
そして地獄を見た。
爽やかな森の風景は一変して辺り一面焼け野原。
それも目の前なんてもんじゃねぇ!!
基地の目の前から扇状に広がるようにその地獄は果てしなく続く。
木は全て炭と化して、ところどころに人の形をした黒焦げた物体が無造作に置かれている。
ではなくて兵士達が真っ黒に焼き尽くされている!!
異臭が漂い、再び吹いた風で黒焦げの兵士達は脆くも崩れていく。
「ウソだろ・・・何だよこれ・・・」
この地獄を作り出した張本人は俺の目の前に力なく倒れていた。
「零・・・・、エリス!!」
近寄って抱き起こすが意識が無い。呼吸と脈を確認した後、俺は炎の地獄に向かい叫んだ。
「クライン!!ネル!!」
唯一焼け残ったボートに乗り込み対岸へ渡る。
信じらんねぇ!!全てが黒焦げだ。
「クライン!!クライン!!
ネル!!ネル!!」
必死で探したが周りは顔も分からねぇ黒焦げ人形だらけ。
酷い、酷過ぎる!!
「ム、ムサシ・・・・・・・」
微かに聞こえた力ない声に反応したが、そこに立っていたのはバンカー少佐の形をした炭人形。
「おい!!どこだ!?返事しろ!!」
「ムサ・・・シ・・・・・・」
見つけた!!
真っ黒の炭人形に覆いかぶさられるようにして地面に倒れているネル。
この灼熱の中、奇跡的にも生きている!!
「ムサシ、兄さんは?・・・・・兄さんはどこ?」
涙を流しながら、もはや正気を保てないネル。
俺は気づいてしまった。
クラインは灼熱の衝撃波が迫る中、自分の妹をかばおうと自らが盾となったのだ。
時計職人としての夢を捨て、自ら命を捨てる事になってもこの子を守ろうと瞬時に判断したのだ。黒焦げになり息絶えようともなお妹を危険に晒すまいと抱きしめ続けているのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・クライン」
ネルもそれを理解し、自分にのしかかる黒焦げになったクラインの亡骸を抱き寄せる。
バラバラに砕け散る亡骸は灰となり風に乗って、空へとさらわれていった。
「兄さん!!兄さーーーーん!!!!!!!」
周囲の灰が次々と空に舞う中、俺は現実と悲しみを受け止め、その重圧に押し潰され跪いた。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
仲間を失った悲しみとこれから俺を待ち受ける過酷な戦いを前に俺は本能に駆られ、腹の底から叫んだ。
もう・・・・・決して後戻りはできねぇ。
火の粉が降りしきる水辺でDrシュバルツはムサシ達が乗るボートを眺めながらじっと動かない。
「シールドと消滅波動・・第2形態への移行・・・・どうやら彼女のエボリューションは順調に続いているようだ。おもしろい・・・レポート通りならば世界の終りも近いな・・・・」
全てを知る男は炎に揺らめく陽炎の中にゆっくりと消えていった。




