第19話
夕暮れ、ペイネン区の巨大な森は深い闇に包まれようとしていた。
俺達A班の下した判断はその場で待機する事。
ブルートの加勢もあり何とかネイルを説得できたのだ。
ただしB班との合流は必要ということで、ボートを川沿いのオーバーハングした木の下に寄せ、俺達ごと草を被せてカムフラージュし、待機することに。
随時B班との交信を行いランデブーポイントの変更を伝える。
ネイルの言う通り帝国軍基地への接近は暗くなってからという事で決定した。
だが…予定していた出発時間になってもB班からの連絡は途絶えたままだ。
「……ネイル、時間だ」
「………ええ、分ってるわ」
「………ああ、彼らの無線機の故障である事を祈ろう」
辺りを包む暗闇にぴったりの心境が俺達に重くのしかかる。
途中帝国兵から奪った無線機に定時連絡を催促する通信が入ったが、奴らの作戦規定を知らない状態で返電しては危険だと考えて無視すると、案の定異常を察知した帝国軍が付近を警戒し始めた。数隻のボートが俺達に気付かずに何度も通り過ぎて行った。
基地への接近はより難しい状況になったが、俺は1つの作戦を2人に提案しようと思う。
「さてと、お2人さん。この状況じゃ今までみたいに見つからずに接近するってのは不可能に近いよな」
「ああ、奪った軍服で変装して接近したいところだが2人分しかない」
「だったら1人はボートで待機して脱出の準備をするっていうのはどう?」
甘い甘い、もっといいやり方があるだろう?
俺を誰だと思ってやがる?
「俺はムサシ=ハナノカワ、この国のお尋ね者だぜ!
軍服はあんた達が着るんだ。俺はこのままでいい」
「まさか…あんた!?」
「そうだ、あんた達が俺を捕まえた事にするんだ。
正面から堂々と顔パスで入れるぜ」
「ああ、確かにいい考えだ。だが軍には君の追撃命令が出されている。その場で殺されるかもしれないよ」
うーん、そのリスクは確かに大きいな。
だがこの状況ではこれしかないだろう。
「一か八かだ、その時はまた逃げ切ってやるさ」
決して疲労困憊からくる無鉄砲な考え方じゃないからな、そこだけは誤解するんじゃねぞ。
と、まぁ、こうしてA班の考えはまとまった。
「こうなったら女のフリをする必要もないわね……」
ネイルは立ち上がると腰のナイフを抜き、何のためらいもなくその長い髪に当てた。
外見が完全に女だからなんとなく「止めないと」って反射的に考えてしまったが、
すでに切り落とされた髪の束はネイルの手の中だ。
ん?あれ?何か誰かに似てるな…。
「ふ~、スッキリしたぜ」
続いて戦闘服を脱ぎ、胸パットとブラを取り外す。
川の水で顔を何度も洗い流し、再びその表情を俺達に向けると
すでにそこにネイルはいなかった。
初めて見るクラインの姿、確かに女装向きのきれいな顔立ちだな。
「ムサシ、これからはクラインで呼んでもいいわ……じゃなくていいぜ!」
「へっ、やっぱり男は男らしくが一番だな」
周囲が完全に闇にのまれ、帝都とは大違いの何も見えない不気味な空間が広がる。
虫の声と川の流れる音だけが何重にも重なって聞こえるが、人の気配というものが全くない。
その中を俺達3人が乗るボートがタンタンタンとエンジン音を静かに鳴らしながら下流へと進んでゆく。川の流れに乗っている分エンジンペダルも強く踏む必要がない。
この暗さの中、ボートに備えられた一基のサーチライトだけが頼りだ。
視野が狭く恐怖心がさらに掻き立てられる中、両手を後ろに縛られ膝まづいている俺。
その横には帝国兵に成り済ましたブルート、後方には同じく変装しボートを操縦するクラインがいる。
ブルートの言ったとおり、本物の帝国兵の前に姿を現した瞬間撃ち殺されるかもしれない。
万が一の為に両手の縄は自分で解けるように上手く結んである。
奪った地図を見ながら進み、そろそろかと思っているとついにそれは姿を現した。
川幅が広く、流れもかなり緩やかな場所では物音がない。
周囲の暗闇を掻き消すかのようにオレンジの電灯が水面にゆらゆらと写るその先にコンクリート製の小さな建物が、周囲を有刺鉄線に囲まて闇夜にぽつりと建っている。
基地と呼ぶには小さすぎる物だが恐らくあれはただの入り口だろう。
その入り口の前には木製の桟橋が設けられ、俺達の乗るボートと同型のものが5台横付けされている。
当然だが見張りの兵士が数名いる。逆光の為に表情こそ確認できないが俺達もサーチライトを点けているんだ、すでに見つかっている事は間違いない。
意を決して進む俺達にサーチライトが向けられる。
「おい!お前ら!!探したぞ。何があった!?」
エンジンを切り、俺達のボートは惰性で見張りの兵士達に近づく、
数秒返答の時間が空いたがクラインが口を開く。
「何の事だ?俺達は乗り捨ててあったこのボートに乗って来ただけだぞ」
「何……?」
見張り兵が一斉に銃を俺達に向ける。
おいおいクライン大丈夫か?
「お前達どこの隊の者だ!?所属と階級、名前を答えろ!!」
「ああ、それどころじゃない!!コイツを見ろ!!」
さっそく切り札の俺を使うブルート。
痛てっ!!強引に髪の毛を引っ張って俺の顔をまるで通行証のように兵士達に突き出しやがった。俺は俺で疑われないように恐怖に歪む表情を演じて見せる。
「そいつは!!!ムサシ!!!!」
「ああ、俺達はバンカー少佐の下、追撃任務に就いていたのだがコイツを追っているうちに森に入り込んでしまってな・・・。捕まえたがいいが無線機を壊してしまって、おまけに迷ってしまった」
「それで丁度無人のボートを見つけたんだ」
うむうむいい感じだ、筋は通っている。
見張り兵はひとまず銃を下げてくれた。
「だが命令は追撃のはずだ。なぜ殺さない!?」
「なんだったら俺が手柄を横取りしてやるぜ?」
一番でかい奴が下ろした銃を再び俺に突きつける。
やはりそうきたか・・・・
さてどうするか、見えないように後ろ手に隠した右腕の銃をそっと備えたが、
その時、見張り兵の後方からまたもや逆光で顔は見えないが冷めた口調の人物が登場した。
「待ちたまえ。これだから軍人は野蛮で良くない・・・」
「Drシュバルツ!!」
何だ!何者だ!!?
逆光だから影しか見えないが軍人じゃあないな。
ロングコートを着ているが身体が俺並みに細いのが分かる。
「君がムサシ=ハナノカワか・・・興味深い」
「Drシュバルツ!!こいつには追撃命令が出されています!!」
「ほう、確かに私には君達を指揮・命令する権利など持ってはいない。
だが忘れるな野蛮人共、私は司令部からこの作戦行動に特別招待されたゲストだ。機嫌を損ねると君達のボスも良い顔はしないだろうね」
何だか嫌な奴だな・・・
絶対に友達になれないタイプの人間だ。
「・・・・・・はっ、失礼しました」
嫌な奴だがとにかく何とかなった。
だがこのDrシュバルツ、どういうつもりだ?
「ふむ、丁度いいところに現われてくれたねムサシ=ハナノカワ。
今君を殺させる事はいささか気が早い気がする。君は私の研究のキーとなる存在である可能性を有しているからね」
「研究?」
おいおい俺とあんたは初対面だろ?
何を言ってやがる?
「分からなくていい、私の見当違いだったとすれば野蛮人共の言うとおりに君を処分すれば済む話だ。おい、君達2名はそのままムサシ=ハナノカワを連行したまえ」
何なんだこの野郎は!?人をモノみたいに扱いやがって!!
・・・・とは言うもののこのDrシュバルツのおかげで俺達3名は無事に基地に侵入することができた、と言うよりも何だか招かれた感じだ。
見張りの兵士たちは実に不満そうだがまぁいいや。
入り口の扉を開くと地下へ続く階段が俺達を出迎えた。
何だろう、嫌な予感しかしない・・・。いや、もともと良い場所ではないか。
「来たまえ」
シュバルツに言われるまま進む俺達。
階段はそう長くもなく、すぐにまっすぐに進む廊下に出た。
廊下に出ると白色の電灯がまぶしい程廊下の隅までを照らしていたので、ここでDrシュバルツの素顔を確認できた。歳は45、6ってとこか?白髪に痩せた顔。眼光は鋭いというよりもなんとも無機質さがあり、眼の下はクマだらけだ。
声から想像していたとおりのいかにも科学者って感じの雰囲気が出てる。
目の前に広がる廊下にはどう見ても以前から存在していた施設とは思えないほど真新しい壁が続いており、途中には多くの部屋があったがどれも窓がなく中の様子をのぞく事ができない。
「おい、ムサシ=ハナノカワの縄を解きたまえ」
「は、しかし」
クラインがためらうふりをしたがシュバルツは容赦なかった。
「ふん、彼一人が暴れたところで逃げ出せるわけがないだろう」
ジャッジメンの3名に囲まれているとも知らず呑気なもんだ。
いっそこのままシュバルツを人質にとっちまおうか?
しかしクラインは俺の縄を解く際に右腕のマガジンも一緒に取り上げた。
まだ何もするなって事だな。
「おもしろい腕をしているな。私は機械屋ではないが人体と機械の融合には興味がある。義手とはまた違う仕組みのようだ・・・・少し見せてくれないか」
いいからさっさと進んでくれよ。
しぶしぶ右腕を差し出すと、Drシュバルツは目を細めて真剣に観察を始めた。
なんか・・・・・気持ちわりぃ奴だ。
「ふむ、銃の事はさっぱり分からないが良くできている。肘先の残った腱とジョイント内の部品が結合されて筋肉の動きでトリガーが作動する仕組みになっているようだ。強引な発想ではあるが、使用者が痛みを感じないのであれば上手く神経も取り除かれているはずだ。機械技術と言うよりも医療技術の高さをうかがえる」
ほんとに何なんだこいつは!!銃を褒められなかった事に関してはクラインもムッとしたに違いない。しかしこいつの言っている事が正しいのであれば医者のジイさんはヤブ医者じゃないってことだ。
考察を終えるとDrシュバルツはすでに俺の右腕には興味が無くなったようで、再び進みだした。
しばらく進んだが、複雑な構造をした施設だ。多分案内無しでは元の地上へは戻れそうにない。ここでようやくDrシュバルツは足を止めた。
その先には1つの扉が・・・
「君達は入り口を見張っていろ。
さぁ、ムサシ=ハナノカワ来たまえ・・・」
「いいのかDrシュバルツ?いくら丸腰の俺でもあんたぐらいなら殺せるぜ」
しかし俺の余裕は数秒も持たなかった・・・
開いたドアの向こう側は暗闇だったが、見えなくても感じることのできるとてつもない威圧感が俺を締め付けたのだ。
恐る恐る部屋へと足を踏み入れるが何なんだこの感覚は・・・?
猛獣のいる檻に入っていく気分だ。
「!!!」
何だ?声を上げる間もなく俺の首筋に銀色の刃が突きつけられていた・・・いつの間に?
「博士、これはどういう事だ?」
無骨で太い声が闇から伸びる刃の元から聞こえる。
ゆっくり視線を向けるとそこには本当に猛獣がいた・・・。
「答えろ!!博士!!なぜこいつがここにいる!!?」
すげぇ迫力だ!息がうまくできねぇ!!
猛獣の正体はミッドルト帝国が生んだ英雄フォレスト大佐。
帝国国民なら知らない奴はいない猛将だ。
冗談じゃねぇ!!確実に殺される!!!
「彼の首を切り落とすのはもう少し待ってもらえないか、大佐」
「博士、俺に命令するつもりか?」
「落ち着きたまえ大佐!!」
おいおい、どういうことか説明してくれよ!!
というより一秒でも早くここから逃げたい!!
「どけ博士!!追撃命令は少将閣下が下したものだ!!」
俺の首にあてられた刃が姿を消した。
大佐がその日本刀を振りかぶったからだ。
ああ、ここまでか・・・
そう思った瞬間、目の前が真っ白になった。
うん、死んだんだな、俺。
いやいや違う!
部屋の照明が点いただけだ。
それに気づくのには数秒かかった。
眩しくて良く分かんねぇ。
だが一番に目に飛び込んだのは俺達が探し求めた「彼女」の予想もしなかった姿だ・・・
「どうだね、ムサシ=ハナノカワ。
実に美しいとは思わないか?
これが帝国中枢に易々と侵入し軍部要人を暗殺し続けた超級兵器の姿だ」
多くの訳のわからない精密機械に囲まれた巨大な試験管の中でエリスは静かに眠りに就いている。死んでいるのか生きているのかそれすら分からないが、まさか彼女の裸をこんな形で見る事になるとは・・・。
「そこまでだ」
ショックの連続で頭の回転が鈍ったのか、俺の脳天めがけて振りかぶられた日本刀の存在を忘れてしまっていた。眩しい照明に照らされた刃は綺麗な輝きを放っている。
「大佐、どうぞご自由に・・・やれるものならね」
おいおいおい!!Dr!!何だよそれ!!俺に彼女を見せるだけ見せて殺すつもりかよ!!いくら何でも悪趣味過ぎる!!
日本刀の姿が消えた。
今度こそ本当の終わりだ。
右腕の銃は弾が入っていないし、グレネードキャノンは間に合わない!
人間って死ぬ間際に今まで生きてきたいろんな場面が走馬灯のように蘇るって聞いたことあるか?脳天割られても見る事できるのかね?
ん~~~、始まらねぇぞ?
って事は生きてるんだよな?
さっきは照明に騙されたわけだが、次は何だ?
恐る恐る目を開けると、目の前には超凶暴な表情をしたフォレスト大佐が、
しかしその眼光は俺に向けられず部屋の中央へ向けられている。
んな事より俺はどうなった?何が起こったんだ?
「どうしたのかね?大佐」
「くっ!どういう事か説明しろ博士」
えーっと、ひとつひとつ見てみよう。
Drシュバルツは相変わらず冷めた面して得意げな笑みを浮かべて突っ立ってる。
フォレスト大佐は日本刀を振りかっぶった格好で止まってる。
日本刀は・・・
何だ?これ?
俺に向けて振り下ろされるはずだった日本刀は壁に突き刺さった銀色の槍にその動きを止められている。その槍が向かってきた方向へ目をやると、部屋の中央の試験管に・・・
割れてんじゃん!さっきまでエリスが閉じ込められていた試験官が割れてる。
満たされていた溶液が床にこぼれ落ちて床がびしょ濡れだ。
「エリス!!」
状況を理解しやっと彼女の名を呼ぶことができたが、さっきまでそこで眠っていたはずのエリスがいない。代わりに黒い球体が割れた試験官の中に浮いている。
俺を助けた銀色の槍はその球体から真っ直ぐに伸びたものだった。
シュルシュル、とその槍は飴細工のように柔軟性を得ると黒い球体の中へ逆再生するかのように戻っていく。
俺はこの現象を見た事があるぞ。
ジョーカーのブレードと同じだ。
「ククク、素晴らしい。
これまでに様々な実験を試みたがまるで反応が無かったくせに、
たかがこんな虫ケラを守るために発動するとは・・・レポートの通りだ。
実に興味深い」
「博士、奴なのか?」
すぐさま日本刀を黒い球体に向け構え直す大佐。
俺に対しての物とはまるで違う迫力を発するその構えにはまるで隙が無い。
「うおっ!!!」
黒い球体が突然直視出来ないほどの眩い光を放つ。
バチバチと青白い放電を周囲にまき散らしながら光がさらに強くなる。
数秒してその光が治まると、さっきの光の熱のせいか、割れて残っていた試験官のガラスはドロドロに溶けて、周辺の機械は真っ黒焦げ。
部屋はその異臭と煙で立ち込めている。
そして、その中央には奴が。
「エリス!!?」
「出たな、化け物め!!」
「やっとお目覚めか、『零式』」
三者三様の捉え方ではあるが、目の前にいるのは姿形こそエリス。
だが大佐が表現するようにとんでもない化け物でもあり、
Drが言うように自らを「零式」と名乗る謎の人物でもある。
俺は目の前の黒マント姿の女をエリスと認めたい。
だがその黒マントの瞳は地下水道で見た時と同じで真紅に染まっている。
表情も実に機械的な冷たいもので、残念だが『零式』と呼んだ方が似合っている。
『プログラム起動・・・
システム正常・・・
攻撃対象確認・・・』
「ククク、大佐逃げた方がいいのではないか?」
「黙れ、このフォレストにこれ以上の敗北はあり得はせん」
これって一応俺にとっては都合のいい話だよな。
だが、なんか嫌な予感がする。
「Drシュバルツ!!何かありましたか!!?」
「ああ、何だこれは!!?」
と、突然部屋に入ってきたのはまだ変装を続けていたクラインとブルート。
異変に気付き助けに来てくれたのか!?
バカ野郎!!なんてタイミングで入ってきてんだ!!
ここでブルートがとっさに銃をエリスへ向けてしまう。
『攻撃対象再確認・・・プログラム実行』
「やめろ!!エリス!!!!」




