第17話
俺達の乗るトラックの左後方で炎が上がり爆発音が鳴り響いた。
誰かが撃った弾が近づいてきたバイクのガソリンタンクを打ち抜いたのだろう。
「おい!!俺の弾はどこだ!?」
皆俺に構ってる場合じゃなさそうだがドルフがかろうじて木箱を指差して教えてくれた。
素早くマガジンをセットしリロード!
ん?あれ?今さら気づいたがトリガーがねぇぞ!!
「ムサシ!!右腕があると思って人差し指を握って!!それがトリガーよ!!」
「なんだって?」
「いいから撃って!!囲まれるわ!!」
くそっ!!
奴らが散開して俺達の乗ったトラックの前後に移動を始めやがった。
悪路のおかげでトラックは激しく揺れ、メンバーの放つ弾丸はなかなかターゲットに命中しない。
俺もメンバー達が照準を定める先に右腕をかざし、今は亡き右手の人指し指を握り締めた。
メンバー達の構えた銃はペイルワールで密造されたものだから聞き慣れない銃声を放っているが、俺の右腕はその中でもさらにひときわ目立って咆哮した。
なんというか、最初の感想としてはただ「美しい」ってとこか。
滑らかに前後にすべるコッキングレバーの動きに連動してスムーズに薬莢が吐き出され、口径の大きな10mmライフル弾の発砲音はとりわけ激しく、何重もの轟音の中でも十分にそれを認識できる程だ。
と、ここまではいいが俺の右腕はその激しい咆哮と共に左後方に弾かれ、その反動でズッコケちまった。
危ねぇ!危ねぇ!もうちょっとで左にいたテルプトを撃ち殺すところだった!!
「何するんだよムサシ!!」
テルプトも随分青ざめつつもマジギレしている。
「ムサシ!!それは自分に発砲炎がかからないように右側から排炎される構造になってるの。だから左に銃身が弾かれるのよ!左手でホールドしながら撃てばいいわ!!」
運転しながらも見事なまでの説明をくれるネイル。
最初から言えっての!!
「おい!ムサシ右を頼む!!」
「任せろ!!」
左手の補助が入ると問題なく弾丸は俺の狙った方向に放たれ、
トラックを追い抜いて俺達の前方をブロックしようとした1台を見事に阻止。
弾を受けた男はバイクから崩れるように落ちて砂ぼこりと共にゴロゴロと転がってくたばった。自分が生き残るため人を殺す事に何も感じなくなった俺。やっぱり気分のいいもんじゃねぇ。
だがウォードを殺った帝国への復讐心が殺しを正当化してくれる。
気分の良し悪しは問題ではないんだ、今の俺にはそれ以外にすがる物はない。
「いいぞ!!残りはあれだけだ!!」
ドルフが指差した先には同じようにバイクの群れが数台。
だが俺達の思いもよらない反撃を目にしたせいかさっきまでの勢いが感じられず
なかなか接近してこない。
へっ、諦めたのか?ちょろいぜ。
ジャッジメン側には特に被害はないようだ、けが人もなく全員無事……
と、俺を見るメンバー達の表情が凍りついた。
「何だよ…?」
メンバーの視線は俺に向けられたものではない。
そう気づいて振り向くとそこには絶望が待っていた。
俺たちの乗っている物の倍以上はあるであろう巨大なトラックが後方から迫ってくる。
フロントガラスには金網が張られ、全体を雑な迷彩ペイントで包んだ盗賊共の自前の戦闘車両だ。
「あかん!!もう弾がないで!!」
「ああ、はめられた…バイクは囮かよ」
荷台で俺たちが慌てているのを尻目に戦闘車は俺たちの乗るトラックのカマを掘り始めた!!強烈な衝撃に襲われて皆トラックの壁に叩きつけられパニック状態に!!
「くそ!!冗談じゃねぇぞ!!」
ただそんな中でも俺たちのリーダーはなぜか冷静で、
トラックが倒されないようにうまくコントロールしながらまたも俺にアドバイスを一言。
「ムサシ!今度は中指でトリガーを引いて!!運転席を狙うの!!」
「お次は何だネイル!?」
不思議に思いながらも他に手はない。
もうどうにでもなりやがれ!!
俺が狙いを定めた先の運転席には、髪も髭も伸ばしっ放しで、遠くから見ても何日も風呂に入ってないのが分るほどなんとも汚らしいオッサンが俺を睨みつけている。
「てめぇなんかにやられてたまるかよ!!」
先程と同じ要領で中指のトリガーを強く引き絞ると、
右腕の銃の底部が開き、極太の第2の砲身が姿を現した。
まさかこれは…
爆音と同時に激しい反動で俺の体は後方に弾き飛ばされ右肩に激痛が走った!!
だがその犠牲の甲斐あって戦闘車の運転席は火の海に!
コントロールを失った戦闘車は横転して黒煙を吐きながらそのまま動かなくなった。
グレネードキャノン。
まったくとんでもねぇ代物をおまけしやがって…
残ったバイクの群れもこの状況ではなす術もなく気がつけばどこかへ消え失せていた。
再びあたりに静けさが戻ってくる。
いやさっきまでより風が強くなってきたか?
「痛ってぇ………」
「ほんとにお前さんはきゃしゃな体してるな、どれ俺に任せろ」
ボクッという気味の悪い音を立てながらドルフが俺の外れた肩関節を慣れた手つきではめてくれた、もちろんすんげぇ痛いんだけどな…。
まったくあんな衝撃なら誰でもこうなるっての!!
目にうっすらと涙を浮かべながらしばらく痛みの余韻に耐えていると、
ネイルはトラックをUターンさせ、奴らの戦闘車両に近づいた。
ここからは手分け作業、テルプトが戦闘車の状況確認に、ネルとドルフが周辺に転がったバイクの回収に、俺とフリック、ネイル、ブルートはトラックに待機した。
「ブルート、こいつら一体何者だ?」
「ああ、ペイルワールからの輸送品を狙う盗賊共さ。
最近現れなかったが狙いは恐らく君だよ。
捕まえて軍に突き出せば俺たちの部品を狙うよりもはるかに大金が手に入るからな」
「あんたほんまに苦労が絶えまへんな…」
もう言われなくとも分ってるよ…
「全員死んでる!!大丈夫だ!!」
先に戦闘車に近づいたテルプトの合図を聞いて全員がトラックを降りて後に続く。
戦闘車から使える弾を頂いたジャッジメン…もうどっちが盗賊なんだかな。
「偶然にせよこれは好都合よ、
あたし達は帝都まで部品を届ける途中、盗賊に襲撃された結果トラックを爆破され
全員跡形もなく吹っ飛んだ…どお?このシナリオ?」
「ああ、丁度俺も今それを考えていたよ」
ネイル、ブルートよりも俺が一番先に考えてたけどね!
そうすりゃ全員死亡扱い。ペイルワールに残った同志達にも迷惑がかからず今後の行動が取りやすくなる。
メンバー全員に異存はなく、乗ってきたトラックにダイナマイトが仕掛けられる。
「ムサシ…これであなただけじゃなくなったわね
帰る場所が無くなったのは…」
「そうだな、これからもよろしく頼むよリーダー」
巨大な火柱と共にトラックは吹き飛び、
かなり離れたはずだが小さな破片がここまで飛んできた。
これで間違いなくペイルワールの帝国軍にも気付かれたはずだ。
さっさと先を目指そう。
「!!!」
おいおいおい!!
出発しようとエンジンをかけようとペダルに足を乗せた時だ、
誰もかけていないのに遠くからエンジン音が!
さっき諦めて消え失せたかと思った盗賊の残党共だ!
やぶれかぶれで仕返しに来やがった。
「くそ、うかつだったわ囲まれてる!!
早くしないと軍に見つかるわ!!」
なるほど、逃げたのではなく大勢を立て直してたわけね…
「ネイル!時間がない、突っ切るぞ!!」
次第に包囲網を狭めてくる残党共。
しかし不思議なことが起こった…
一台ずつではあるが勝手に転倒してる。
それも同じ間隔を空けて、
あ、まただ!!
どうなってんだ?俺達は何もしていないぞ…
「狙撃!!?」
残党側も何が起こっているのかも分かっていないようで、
つい先ほどまでは絶対優位に立っていたはずが包囲網は崩され、
ついには最期の1台になってしまった。
その1台も逃げようとバイクを反転させた瞬間に頭を正確に撃ち抜かれ転倒した。
全員あっけにとられ言葉を失っていたのだが、
俺は気づいた。
どこから撃ってきているのかは分からないが
台数が減るにつれ聞こえるようになった銃声が
俺の右腕を吹っ飛ばした時のものと同じであることを。
YT-400スナイパーライフル。
帝国軍の正式装備だ。
そして見つけた、
遠くの蜃気楼に浮かぶ黒い影を。
黒い影もバイクに乗りこみこちらに向かってきた。
「みんな銃を構えて!!」
「今度はなんやねん!?」
メンバーが取り乱している中俺だけが冷静だった。
「みんな落ち着け、大丈夫だ」
「?」
黒い影はついに俺たちと会話できる距離にまで近づいたが
どんなに近づいても全身黒。
頭をゴーグルとヘルメットで包んだ黒い影の正体は
バイクを降りると俺達に歩み寄った。
「IRF!!!」
黒装束のワッペンを確認したメンバーはさらに固まってしまったが
俺はここまでくるとそのゴーグルとヘルメットの中身がどんな顔なのかも理解していた。
「あんたか…テラ少尉」
「へっ、よく生きてたねムサシ巡査長」
ゴーグルを外すとあの独特のタレ目が現れた。
「知り合いなの?ムサシ?」
「まぁ、ちょっとしたな…」
俺の頭の中ではすでにはっきりしている。
目の前にいるこの女はIRF隊員、ウォードを殺した連中と同じ。
あの地下水道での一連の行動もクルトンの指示によるものなのかもしれない…
つまり敵だ。
さっきまで一番落ち着いていたはずの俺だったが気づけば右腕の銃の照準をテラの眉間に定めていた。
「テラ!てめぇ何のつもりだ!?また俺をだますつもりか!?」
「面白い銃だねムサシ。まぁ落ち着きなよ、助けてやったのにそれはないだろ?」
「うるせぇ!悪いが俺はお前の言うことなんか信じねぇぞ!!」
分ってる、ペイルワールでの銃声もこいつの仕業なんだろう、
分っているがこいつの付けているワッペンを見ると怒りしかでてこない!
「ムサシ、あたしはただあの時の借りを返しに来ただけだよ」
「うるせぇ!!」
まさか俺が女相手に殺意を抱くとは思ってもみなかった…
だが俺の勢いは空回りしたようで、気がつくと俺はエリート特殊部隊仕込みの体術で軽々と投げられ、地面に叩きつけれていた。
素早く俺の首元にナイフをつきつけ、腰の拳銃を他のメンバーに向けながらテラは完全に戦闘モードに突入している。
桁違いの戦闘力を目の当たりにしてメンバーも全く動けない。
「動くんじゃないよ!!テロリスト共!!」
「テラ!やっぱりてめぇ!!」
張り詰めていた表情を数秒続け、睨みを利かせていたテラだったが、
拳銃をホルスターに戻してナイフも収めると足早にバイクに向かった。
「ムサシ、これでチャラだよ!今度会った時は容赦しないからね!!」
立ち去るテラに再び銃口を向けようとしたが、今度は何故か体が反応しない。
黒い影はあっという間に砂ぼこりの向こうへ消えていった。
「くそっ!!!」
悔しさからか妙にイラつく!!
「ムサシ、大丈夫か?」
周囲から完全に誰もいなくなり皆ようやく安堵の表情を取り戻すが、
IRF1人に対してこの様だ、自分達が相手にしようとしている巨大組織の
重圧を思い知らされ、全員の表情が曇る。
だが、前に進むしかないんだ。
そう思う俺達を乗せてバイクは目的地のペイネン区を目指してただ走った。




