第14話
ミッドルト帝国が各地で快進撃を続けてるこのご時世、
どの町にもあの憎ったらしい国旗が掲げられてるわけだが、
当然各地の町や村には国旗と共に駐留軍が多かれ少なかれ存在する。
今やお尋ね者となった俺が堂々と盗んだバイクで近付けるはずがない。
ようやく断崖を下るルートを見つけそれを下り、後はペイルワールへ向かうだけとなったがバイクとはさよならするしかない。
仕方なく歩きで果てしない荒野を進んだ。
「参ったな」
何がかって?
いや、俺面割れてんだよね…
気づくのが遅い俺も悪いけどこれじゃ町に入れない。
この距離ならもしかすると望遠鏡ですでに見つかってるかもな…。
急に顔を隠すようにうつむいて歩く俺は他人から見て明らかに怪しい。
しかもまだ制服姿だ!
「片腕の警官」なんて一目で俺だとバレちまうじゃねぇかよ!
急いで着ていたブルーのシャツを脱ぎ捨てて、Tシャツ1枚になった。
「くそっ!!」
再び歩き出す俺。
地面に映った自分の影を見てその貧弱そうなシルエットは何とも頼りがいがないもんだ。
これまで苦労を避けて生きてきたからなぁ…
と、突然後ろからクラクション!!
「ヤバい!!」と思ったが振り返ってすぐに安心した。
ビビらせんなよな、どう見ても民間のトラックだ。
「お兄さん!こんな所フラフラ歩いてどこに行くの?」
話しかけてきたのは気の強そうな女。
ん!スタイルいいな!
「あぁ、実はペイルワールに行く途中でバイクが故障しちまってね」
背の高いトラックのサイドミラーに手をかけ、必要以上に苦しそうな顔をして見せて、
「乗せてくれ」と目で訴えてやった。
「なんだ、いい男じゃない!ペイルワールなら丁度いい、乗りなよ」
「悪いな」
いやー助かったぜ。
これで何とか町に入れる。
助手席に乗り込むとやはり女は俺の右腕に注目した。
「お兄さん、ずいぶん痛々しいね。顔色も悪いし…何かあったの?」
質問するにしちゃあストレート過ぎだろ!
「ああ…この前ニュースで言ってただろ、バレンクスとの戦いがあったって。
俺は兵士じゃないけどたまたまそこにいてね……流れ弾だよ」
「フォレスト大佐のニュースね。
あんた馬鹿だねぇ、何がおもしろくて戦地になんて行ったのさ」
前線に行ってたってのは大ウソだけど「馬鹿」は当たってるかもな…。
「お!なぁ、おねぇさん、このコートだけど良かったら貸してくれないか?」
運転席と助手席の背もたれの間にかけられた薄手の茶色のコートに目が留まり尋ねた。
「え?なんだいこの暑いのにこんなの着るつもり?」
「俺実は肌が弱くてさ、日差しに当たり過ぎるとヤケドみたいになっちまうんだよ」
「男前なのに女みたいな事言うわね。
元々雨避けに使ってたけど、こんなボロで良ければ別にいいわよ」
それを聞くなり喜んでコートを羽織り、頭をフードですっぽり隠した。
暑いしちょっと恥ずかしいがこれで正体は隠せる。
怪しいけど…。
しかしよく喋る女で町に着くまで会話が止まることがなかった。
女の名はネイル。
ペイルワールで作られた精密部品を帝都に運送するのが仕事だそうだ。
なんでもペイルワールは元々高級時計の生産で有名だったらしいが、戦争が始まってからはその精巧な技術を軍から買われ、電信機器の部品製造なんかを請け負ってるんだと。
おかげで小さな町ながらも戦争のおかげで町の懐は随分と温もってるそうだ。
……戦争で苦しむ人間もいればその逆もあるもんなんだな。
と、ネイルの長話を話半分に聞いてるといつの間にか町がもう目の前に来ていた。
見たくはなかったが、嫌でも目に入るのはやはり
町の入口のショボイ木製の門の両端に掲げられた帝国軍の国旗。
それを横目にしてトラックは低速でさらに進む。
遠くから見ても分かったが決して大きな町ではない。
ネイルが言うにはかなりの歴史があるらしく、レンガ造りの建物が多い。
精密機器産業での好景気のおかげで今までは地面がむき出しであった道路が
最近になって帝都と同じ石畳に舗装されたそうだ。
町の規模にしてはやけに小奇麗な印象だ、確かに金を持ってる町の雰囲気ではある。
しばらく進んで気づいた。
「んー?何だ、この町には軍がいないのか?」
「常駐軍っていっても大した数じゃないわ。
軍はこの町を守るというよりも生産の管理にうるさいのよ、
町全体がほぼ国営工場みたいに見られてる。
ま、そのおかげで収入に困らないけどね。
でもこの前まで町を出入りするのにいちいち検問を通らないといけなかったのよ、
ほら、こないだの帝都の反乱事件あったでしょ?
犯人がまだ一人見つかってないらしいじゃない」
話を聞いて一瞬冷や汗をかいたが、警戒が緩くなったのは好都合だ。
「…しかし何だ、軍どころか人がいないな」
帝都暮らしに慣れてたせいか、人通りのない風景に違和感を感じた。
町の雰囲気に合わず住んでいる人間の姿がない。
「みんな仕事中よ」
「仕事?」
そう言ってネイルがトラックを大きな建物の脇に停めてエンジンを切ると
これまで聞こえていなかった鉄を打つ音やら溶接の火花が散る音やらがかすかに耳に入ってきた。
「さ、降りて。
せっかくペイルワールに来たんだから工房を覗いていきなさいよ」
半ば強引にふるさと自慢を受け、俺はその大きなレンガ造りの建物の中に案内された。
階段を登り、突き当たりの木製のドアを開いた先の光景に驚いた。
フロア全体に敷き詰められるようにきれいに並べられた長机。
各机に2人が座っており、その誰もがよそ見することなく目の前に並ぶ金属の部品を
小さなドリルやらハンマーやらで加工している。
一つ一つの作業が細かく、加工する際の金属音も地味で、小さな音が何重にも重なって何とも気味が悪かった。
奇妙なことに作業員全員がやたら分厚い、マンガに出てくるような瓶底メガネをかけ、俺とネイルの存在など完全に無視して作業に没頭している。
「ここで作ってるのはあの超高級車エルフィンカイザーのエンジン部品よ、
こいつはペイルワールの技術じゃないとできないってことで軍も高く買ってくれるの」
「…………………へぇ」
どんなに技術が高くてもこんなに地味じゃぁな……
「何よ?もっと驚きなさいよ!」
「あ、ああ。凄過ぎて言葉を失っちまったよ」
「でしょでしょ!!それでこの部品はね!!――――――――――――――――」
この機械オタクが!!
ネイルの機械うんちくには底がない…。
「ジリリリリリリリリリリリ」
うんちくに嫌気がさした時、何かの合図なのか、いきなりベルがやかましく鳴った。
ベルと同時にさっきまでうるさかった作業の音がぴたりと止んで、
メガネ軍団が一斉に席を立ちあがり俺を睨んだ。
窓から入る外の光がメガネに反射してギョッとさせられたが
連中が見たのは俺ではなく俺の頭上にある柱時計のようだ。
「午前の作業は終了だ!1時間後に再開する、皆しっかり休んでくれ」
一番奥で作業していた小男がここの主任らしく、作業員達に声をかけると
皆分厚い眼鏡を外して俺の横を通り過ぎて外へ出て行った。
最後に主任が去り際に俺のことを随分疑り深い目で睨みながらネイルのもとへ
近寄った。
「ネイル、何だこいつは?」
「ん?ただ偶然町の外で一緒になったの。なんでもここに用があるって」
「フン!部品の注文なら諦めるんだな。当分は軍の相手で手一杯だ」
そう言い放ち主任も階段を降りて行った。
部品なんかにゃ全くもって興味ないんだがな…。
この後ネイルの好意により俺も一緒に昼飯をいただくことになった。
よく考えたらあの事件以来何も食ってないからな、助かるぜ。
ネイルに食堂に案内されるとうまそうなにおいが俺を出迎えてくれた。
俺が最後に口にしたのは医者のジィさんの所で飲んだコップ一杯の水。
そのせいか大して豪華なわけでもないのに従業員達に囲まれて食ったスパゲッティは
最高の御馳走になった。
「はぁ~~~~うめぇ!!!」
「ちょっとあんた!もっとゆっくり食べなよ!」
あんまりうまそうに食ってたせいか頼んでもないのにおかわりが勝手に出てきた。
そいつもペロッと平らげて、ふと冷静に考えた。
………いかんいかん、当初の目的を忘れてたぜ!
「なぁ、ネイル。クラインってのはどいつだ?」
その瞬間ネイルの表情は固まり、それに合わせて食堂にいた全員が手を止めて一斉に俺を
凝視した。
「………う、ううん。クライン?誰かしらね?
そんな人この町にはいないわよ。
さ、みんな、食べたら午後の作業も頑張るわよ!!」
何とも怪しいネイルのごまかしに全員がぎこちなく反応し、また元通りの食事風景となったのだが……どう考えても普通じゃねぇよな、今のリアクションは。
「なぁネイル、俺何かまずい事聞いちゃったか?」
「え?何でもないわよ、気にしないで」
ここで諦める俺じゃねぇよ!
ここの連中が何か隠してるのはよーく分かった。
しょうがねぇ、腹もいっぱいになって元気になったところで本領発揮といきますかね!
「なぁネイル、この町がとても素晴らしい精密技術を持った所だってのはよく分かった。
ただ残念なのは君のような美しい女性が目の前にいるってのに
俺はまだ君の名前しか知らない………。
良かったら二人きりで話しをしたいんだが時間はあるかい?」
俺が本気で口説いて恋に落ちなかった女はいない!
さぁ来い!!
「え?ええ、うれしいわ!喜んで」
よしっ!ちょろいぜ!!
従業員たちがさっきの工房に戻って行くのとは逆方向に俺達は歩き出す。
ネイルはやたら早足で俺の前を進み、俺は黙ってついて行った
「ネイル、どこに行くんだい?」
「そうね、私の部屋なんてどお?」
おいおい!随分大胆に出たな!
過去のナンパ記録でもこんなにスムーズなのは例にないぞ。
またまたレンガ造りの建物に案内されたが、ここの並びはいかにも住宅街って感じだ、二階建ての長屋が続いている。止まることなくそのまま二階の一室に連れていかれた。
「さ、入って」
案内されたのは10畳ほどのワンルーム。
さすが女の部屋、綺麗にしてるねぇ。
と、関心してると後ろで鍵を閉める音が。
おいおいどこまでヤル気満々なんだよ?
「いい部屋だな………」
とりあえず何か話をしようと彼女の方を振り返ったのだが、
マジかよ!!ネイルはいきなり俺の首に腕をまわして身体を密着させてきた。
………なるほど、
こんな田舎の町工場にずっといたもんだからイイ男に会うのが久しぶりなんだな。
ちょっと誘われただけで燃え上がっちまったわけだ、しょうがねぇな。
「ペイルワールってのはいい町だな」
「でしょ、自慢は精密機械だけじゃないのよ」
そう言うとネイルはそのまま俺をベッドに押し倒し、馬乗りになった。
は~人間って欲求不満になるとここまで大胆になるんだな…
既に彼女は着ていたタンクトップを脱ぎ捨ててブラジャー姿になっている。
俺自身が元々Sなせいか、負けてらんねぇと上半身を何とか起こして
左手一つで彼女の背に手を回してブラジャーのホックを外してやった。
「器用なのね」
「まぁね」
次の瞬間、得意気にしてる俺に人生最大の衝撃が襲いかかる!
ポトッ………………………
「ポトッ?」
何か重みのあるものが2つ俺の腹の上に落ちた音だった。
「何だ?これ?」
恐るおそる手にとると肌色をしたおわん型のやわらかな物体で、
それが何であるのかなかなか気づかなかった。
「これは……………まさか!!」
気づくのが遅すぎた!!
気づいた時には俺はネイルに首根っこを掴まれてベッドに抑え込まれていた。
いつの間にか俺の腰にあったリボルバーはネイルの手に奪われて、
逆に俺の眉間に銃口を押しつけられていた。
こんな非常事態にも関わらずおれの目は一応の確認に、と彼女の胸元に視線を送った。
なんとも見事にまっ平らなそれを確認すると、おれの息子も冷静さを取り戻したようだ。
「どスケベめ!!さぁ合言葉は!!?」
は?合言葉?
「ちょっと待て!!何の事だ?」
「とぼけるな!!だったら何で私のことを知ってる!!お前さては帝国軍の犬だな!!」
何ぃ!!どうなってんだよこりゃ!!
ネイルがひとまずオカマだってことは分かったが、わけが分かんねぇ…。
えーと、ひとまず落ち着いて考えろ俺!
「……………」
「何とか言え!!撃つぞ!!」
あっ!なるほど。
「あんたがクラインか」
「分かってて私に近づいてきたんじゃないのか?じゃあお前の目的は何だ?」
ふぅ………
何だか話が上手く通ってないみたいだな。
あのジィさんどういうつもりで俺をここに行かせたんだ?
「なぁ、俺は軍の人間なんかじゃねぇよ。頼むから離してくれ、
俺はオカマを上に乗せて喜ぶような趣味は持ってないんだ」
疑い深く未だに銃口を俺に向けたままだが、ようやくネイル…いやクラインは俺を解放した。
「何で私のことを知っているのだ?」
「川を上って行ったとこに小屋があるだろ?そこの医者のジィさんに言われたんだよ、
俺の助けになってくれるってな」
「あのジジィ!!簡単に喋りやがって!!
まったく……あんた、ジジィの紹介ってことは覚悟はできてるんだろうね?」
いきなりの質問だが良く分かんねぇ。
俺はジィさんからとりあえずクラインに会えとしか言われてないんだがな…
「覚悟ってどういうことだよ?」
「はぁ~呆れた!ホントに何にも聞いてないんだな。
あのジジィ、医者としては腕はいいけど最近ボケが始まってるからな」
どうやらクラインにとって俺は敵ではないと見なされたようで、
クラインはようやくリボルバーの構えを解くと、ベッドに落ちた胸パットを再びブラジャーと共に装着して元どおりネイルに戻った。
すげぇな…こうして見ると完全に女にしか見えねぇ。
「あんた、一応聞くけど金は持ってるの?」
「金?今手持ちはないな」
「だろうね…持ってそうには見えないもの」
ちょっとカチンときたが今の俺の容姿なら仕方ないか。
警官やってた時はこれでも独身貴族って言われてたんだぞ!!
「だったら働いてもらうしかないわ。説明が必要ね」
「ちょっと待った!俺はここの工房なんかで働く気はねぇぞ!!」
「うるさいわね!だから今から説明してあげるから」
なんだか嫌な予感がするぜ…
しかし今の俺にはどんな話でもすがるしかない。
こうして俺達は再び工房のある建物へと向かった。
「おい!地下にも工房があるのか?」
「いいから黙ってついて来なさい!」
連れて行かれたのは先ほどの2階の工房ではなく地下へ通じる下りの階段。
2階への上り階段と同じくらいの距離だから地下1階だろう、
すぐに入口に着いた。中は暗くて何も見えない。
「むっ」
ネイルが明かりをつけると目の前には2階同様に、なんだかよく分からない機械が沢山
並べられた空間が広がっていた。
しかし長い間使われていない様子でどの機械にもほこりとクモの巣がかかって
空気もカビ臭い。
「おい、まさかここの掃除をしろってんじゃねぇだろうな?」
冗談交じりで尋ねるが、ネイルは俺を無視して部屋の奥へと進んだ。
「おい!無視すんなよ」
何をどうしてくれるのか全く分かんねぇからついて行くしかねぇけどよ、
今の俺は高額の賞金首だ、用心しとくに越したことはない。
返してもらったリボルバーにいつでも手が届くように腰に手を当てながらネイルの動きから目を逸らさずにいた。
「コン、コン……………コン、コンコン…………コンコン」
ネイルのとった行動は、突き当りの壁に向かっての奇妙なリズムのノック。
何やってんだ?
「合言葉は?」
と、低い声でノックの返事が。今の壁からだよな?
「『第3工房は大忙し』」
なんかスパイ映画観てるみたいだ。
ここまで来れば次の展開はおそらく…
「ガチャ」
…だよな。壁が扉みたいに開いちゃったよ。
扉の中から出迎えたのは上の工房の連中とは雰囲気の全く違うガテン系のおっちゃん。
「お疲れさま」
「おう、ネイル。何だ後ろの男は?」
「彼は新入りよ、ジジィの紹介だから安心して」
そうやって通された先にはまたもや扉が、随分厳重だな。
その扉が開かれた時、俺はようやくネイルの考えを察することができた。
行き着いたその部屋の壁にはとにかく銃が!
右を向こうが左を向こうが所狭しと銃が飾られている。
壁だけじゃない、部屋の中央に2列に置かれた鉄製のラックにもぎっちりと規則正しく
並べられている。
簡単に持ち出しできないようにしているのか?
その全てがトリガー部分にチェーンを通されて保管されている。
しかしよく見ると帝都の兵士たちが持っているものとは違い、そのどれもが見慣れないものばかりだ。
「密造か!」
「ご名答。ただしこれは違法よ!
ミッドルト帝国では軍直営の管理工場でないと兵器の製造は許されてないわ」
「なら誰に売るために造ってんだ?」
「売るためじゃない、自分たちで使うためよ」
入口にいたガテン系オヤジに続いてむさ苦しい男が4人部屋に入ってきた。
こいつらの身なりから察するにどう考えても工房の従業員じゃねぇ。
ジィさん、やっと分かったぜ!
ここに俺を行かせた理由が!
「ようこそ反帝国組織ジャッジメンへ!!」
「マジかよ…」
この時の心境は?って?
うれしいに決まってんだろ!!
お先真っ暗の俺の戦いに光が見えた瞬間だ!!
「ちょうど人手不足だったのよ、助かるわ
よろしく…………えーと名前をまだ聞いてなかったわね」
「ムサシだ。ムサシ=ハナノカワ…」
こんな田舎町にも俺の名は一応知られてたみたいだな。
俺の名前を聞くなり全員が驚いた表情を見せた。
どうやら名前だけでジャッジメンのメンバーには信用いただけたようだ。




