第1話
-------------------------------------------------------------------------------
帝都総司令部より緊急通達。
先ほど2300時、総統府指令庁においてミッドナー将軍が暗殺された。
犯人は「ジョーカー」 以前の犯行と同じく白の仮面に黒マント、武装の有無は確認できず。
その場から逃走した模様。
只今より戒厳令を施行。駐留軍全軍を持って捜索にあたる。
警察隊諸子は我が軍の援護と共に各管轄の治安維持に務めよ
以上
-------------------------------------------------------------------------------
けたたましいサイレンの音とは逆に巨大な帝都ランブルクは完全に静まり返っていた。突然の戒厳令下に市民に外出は許されず、いや、圧倒的な力を持つこの国の軍隊を前にただじっとそれに従うしかないのである。
先程まで降っていた雨も止み、ランブルク主流の石造建築が冷たく濡らされ、石畳の地面が潤っている第7地区の町工場街の一角に一台のパトカーが停まっていた。
「くそっ!明日から休暇だってのに…」
短くなったタバコをくわえながらなんともくたびれた感じの男と
「まぁそう言いうなムサシ、俺達はただの援護係、こうやってさぼっていようが問題な
いんだしよ」
と怠けオーラ全開のムサシをなだめるのはパトカーの助手席が似合わないほどの巨漢を誇るウォード巡査長。二人はこの地区を管轄に置くレッドブルー警察署の署員であり、5ヶ月前にムサシが他の地区から転勤して来て以来この二人はコンビを組んでいる。日は浅いのだが「仕事に対するいい加減さ」が妙に噛み合い二人の相性はぴったりであった。
「ウォードよぉ、ただの休暇じゃねぇんだよ!お前「ベンジャミン」のエリスちゃん知ってるか?」
「お前がカワイイっていつも話してた娘だろ?その娘がどうかは知らんが「ベンジャミン」のロールケーキは俺も大好きだ、お前食ったか?」
ムサシはタバコを窓から投げ捨て煙を吐くのと同時に言った
「ロールケーキはどうでもいいんだよ!俺は甘いものが好きじゃねぇ、なのに何度も通いとおしてやっとエリスちゃんと明日ドライブに行く約束までしたんだ!なのにこんな時に暗殺事件だよ、くそっ…」
「お盛んだねぇ…たまには頭から女の事外してみろよ。お前と組んでから女の話をしなかった日がないぞ」
「はぁ…エリスちゃん………」
「けっ!聞いてねえ」
そんなくだらない会話の最中、突然車内の無線が鳴った。ムサシがそれを気にせず新しいタバコに火をつけた直後である、再び無線に電波が入った。
「ーーーーーーどこだ!?どこにきえた!?
ーーーーーー少尉殿がやられた!!!くそっ!応援を呼べ!!
ーーーーーギャアァァァァァァ!!!!!!ブツッ」
無線は切れたまま何の音も発しなかったが、二人にはその無線の合間に明らかに混ざっていた銃声が耳に残り、恐怖で一瞬固まった。無線が届くという事は間違えなくこの地区内だ。
二人は申し合わせたかのようにパトカーを勢い良く飛び出し、腰の拳銃を抜き、初弾をリロードするとムサシは前を、ウォードは後ろに向け素早く構えた。
普段、軍が治安維持のために幅を利かせているため警察隊が実戦に出る機会は少ないこの国で、その中でもとりわけ危機感のないこのコンビが相手も現れていないのに本能に駆られて銃を抜くのには訳がある。
『ジョーカー』と呼ばれるテロリストが出現したのは3カ月ほど前。以来たった一人で軍部要人を連続して暗殺し続けているのだ。建国してからはたった一度のテロも許さなかったこの帝国も『ジョーカー』を相手に苦戦を強いられている。
恐るべきはその戦闘能力で、次期総統の呼び声高いゴドウェル元帥はボディーガードにこれまた高名なエリート特殊部隊、IRFの一個小隊を完全武装させ随時その身を護らせたのだが、総統府官邸から出るところを襲撃され、ボディーガードもろとも斬殺された。
さすがのこのコンビもそのニュースは良く覚えており、自身の身の危険を感じたのであろう。つい先ほどまでだらけきっていたムサシの顔は「ナンパするならその顔で行けよ」と言えるほど引き締まり、くわえたタバコの火がフィルターまで来ていることにすら気が付かなかった。
ウォードも余程慌てていたのかリロードまではしたものの銃の安全装置を解除し忘れているのにようやく気付き外した。
カチッ、という解除の音に一瞬ビクついてしまったムサシを見て、さらにウォードが「お前もだ」の意味で立派なひげの生えたあごでムサシの銃を指した。
ムムッとした顔で自分の銃も解除すると、「フッ」と吹き出してしまい二人の緊張が一瞬解けた。
「なぁウォード、何も律儀に戦う事はねぇ。奴は現体制を嫌うテロリストだ、俺達が戦う意志を見せなきゃ奴にも戦う理由なんてないだろ?いつも俺達のこと見下してる軍のために命を捨てるのはごめんだね」
すでに構えを解き、銃を片手でぶらつかせながら再び締まりのない顔に戻ったムサシを見て、馬鹿らしくなったのかウォードも構えを解くとボンネットに寄りかかり制帽を脱いでため息をついた。
緊張からか額から吹き出した汗を手でぬぐうウォードの横で、同じくボンネットに寄りかかろうとするムサシだったが、一つ忘れていた…。
口元に迫っていたタバコの火がムサシの唇を炙った。
「熱っつ!!!」
反射的にタバコを吐き出したのはいいが、同じく反射的にトリガーを引いてしまった!
乾いた発砲音が響く。
ムサシの放った9mm口径の弾丸はパトカー後方の街灯をかすめ「フリンク金属加工」の看板がかかったレンガ造りの塀に当たり、パラパラっとレンガの破片が落ちた音がした。と同時に薬莢の落ちる金属音がその場に響いた。
「何やってんだ!!!」
ウォードが駆け寄ると、何が起こったのか未だに把握しきれていないムサシがしゃがみながら少し申し訳なさそうにその甘いマスクを歪ませた。
「悪ぃ…」
そうつぶやいたムサシが弾丸の行き先に目をやると、そこには黒い人影のようなものが見えた…。コツ…コツ…コツ…という足音と同時に人影がゆっくりこちらに近づいてくるのが確認できた瞬間、
「止まれっ!!!!!!」
再び素早く銃を構えると、ウォードがその巨漢に似合った大声で叫んだ!
その声を聞いてムサシも遅れて人影へと銃口を向けた。
銃口ににらまれているにも関わらず人影は前進を止めず、ついに街灯の光の下に姿を現した。
「IRFですら私に傷一つ負わせる事が出来なかったのに…まさか警官ごときが私に血を流させるとは…」
白い不気味な仮面の下から若々しい声を響かせるその人物が、足から血を流しているのが全身にまとう黒マントの隙間から見えた。
「こいつが『ジョーカー』……」
突然の出来事にポカンとしているムサシの後ろに立っていたウォードは、突然スイッチが入ったように渾身の力を込めて構えた拳銃のトリガーを引き絞る。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!」
雄叫びと共に何発も銃撃を加えたが、黒マントはそれをかわすのと同時に信じられない跳躍力でパトカーを飛び越えウォード達の後ろへ回り込んだ!!
それを追うようにしてコンビは振り向いが、もう遅かった…。
振り向いた先にいるはずの黒マントがなぜかコンビの背後であるパトカーの天井に乗って静かに立っていた。
「野郎っ!!」
二人同時に『ジョーカー』へ向け銃を構え直したのだが、なぜか妙に軽い…
「嘘だろ…」
お互いの銃がグリップの上から先を分解され、砲身部分が抜き取られている。
抜き取られた銃の砲身部分は2丁分とも黒マントの手にぶら下がっていた。
もう何が何だか分からないムサシはニヤつきながら両手をあげて降参の態度を見せたが、
ウォードはまだ諦めずに今度は腰の警棒を手に取ると、天井に立つ黒マントの足を払おうと横に振りぬいた!!!…が当るはずもなく黒マントは華麗に地面に降りた。
「ふぬぅぅぅうう!!」
ウォードはそれでも追撃を加えるが、ブンッ!ブンッ!ブンッ!と豪快な空振りを繰り返すばかり、最後に渾身の力を込めて警棒を地面に叩きつけたがそれと同時に黒マントの強烈な蹴りがウォードのあごを捉え、100キロを超える彼の体は宙に浮き、のけぞったまま地面に倒れこんでしまった。
「フン、馬鹿め…」
「馬鹿はお前だ!」
ウォードに気を取られていた黒マントにムサシがパトカーの影からタックルを見舞い、地面に押さえつけた!!
「捕まえたぞ『ジョーカー』!!!…ん!?」
ムサシはここで何かに気付く。
「お前もしかして女………?」
次の瞬間これまでにない速さで黒マントはムサシをはじき飛ばすと、
これまでにない速さでムサシとの間合いを詰めて、
これまでにないほど鮮やかな回し蹴りを繰り出し、
これまでにない破壊力でムサシの意識を飛ばしてしまった。
コンビの記憶はここまでで、次の日二人は第7地区の総合病院で目を覚ました。