その2
俺は近所のファミレスにアルデバランを連れて行った。
短いスカートに小さなお飾りのエプロンを身に着けたウェイトレスが、二名様ですねと俺達を席に案内する。
俺は薄いメニューを開き、アルデバランに尋ねた。
「お前は何を食うんだ」
「私は食べません。どうぞあなたは食べてください」
「じゃあなんでこんな所に来たがったんだ。こんな所くらい俺がいなくても来られるだろう」
「あなたが食べているところを見たいですし、分からないことはあなたの言葉で教えて欲しいのです」
「ふざけんな、俺は見世物か?そうか見世物か」
「どうか気を悪くしないでください」
「気を悪くするに決まってるだろ、馬鹿野郎」
馬鹿野郎が罵倒の文句だと知っているらしく、アルデバランは初めて笑顔を止め、しおらしそうな表情を作って見せた。
「わたしも、ふるさとではあなた達と同じように食事をします。あなた達のものより少し工程は多いですが、調理もします。でもあなた達の食べ物は食べることはできないのです。あなたに不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
俺がはぁそうかいといい加減に相槌を打った時、ウェイトレスが注文を取りに来た。適当にメニューを指して俺の分だけ料理を頼む。ウェイトレスはただ承りましたとだけ言って厨房に去って行く。今はこれが普通になったのか。楽なご時世だ。
暫く沈黙が続くが、俺は別に気まずいとは思わない。多分アルデバランも何も思っちゃいない。
沈黙を破ったのは、アルデバランの方だった。
「わたし、この人を知っています」
アルデバランはテーブルの真横の小さな広告を指した。
この国出身の若い女性歌手で、デビューして数年は大して売れなかったらしい。
彼女を一躍有名にしたのは、アルデバランの星に「招待」されたからである。
数年前からアルデバラン達は彼らの母星に人間を「招待」するようになった。それは大抵歌手や俳優であり、世界的に有名な者から誰も知らないような者までアルデバランらしい不可解な選択だった。
「招待」された人々によると、アルデバラン達は普通の人間と変わらないように接触して来て打ち合わせをした後、数瞬のうちに舞台セットなどを彼らの星に移動させた。そして歌を歌ったり、彼らと話をしたりしたのだと言う。
当初は作り話かと思われていた「招待」であったが、今ではアルデバランに公式に選ばれた人物として世間の注目の的となっている。
「ああ、そいつなら確かに有名だな」
お前らのおかげでな、とは声に出さなかった。
「彼女の歌は、素晴らしいです。それに彼女はかわいいです」
「俺はかわいいとは思わない」
アルデバランはそうですか、と少し小さめの声で言うとまた俺の顔をじっと窺った。俺のように斜に構えた性格の悪い個体に興味があるとしたらご苦労なことである。
料理が運ばれてくると、俺は黙々と平らげた。アルデバランはこの国の社会の中でのファミレスの位置付けから俺の食っている料理の皿の色についてどう思うかまで馬鹿馬鹿しい質問を幾つか投げつけてきて、俺は授業の後に熱心な生徒がやって来た時のように、適当に答えてやった。
ファミレスを出ると、アルデバランはカラオケに行きましょうと言ってきた。
「んなこと言ってお前はどうせ歌いもしないんだろ。外だけ見て帰りゃいいじゃねえか。俺は歌わないぞ」
「わたしは歌います」
ふざけんな、と喉元まで出掛かったが、後もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせた。
カラオケボックスの狭くて薄暗い個室の中で、奴は大いに歌ってくれた。
流行の歌から民謡まで、この国の歌を正確なメロディーで何曲も立て続けに歌った。
その中でも、古いアニメの主題歌が占める割合が多かったのには苦笑させられた。
「あなたも歌ってください。あなただけでも、わたしと一緒でも」
「俺は歌わないって言ったろ」
そうですか、と奴は残念そうな顔を作ってみせる。むかつくからやめろと言いたかったが、俺は黙って煙草を吸っていた。
結局二時間ほど奴の歌を聞かされてから、俺達は店を出た。
最後は喫茶店です、とアルデバランは言った。
「喫茶店もファミレスと大して変わらない所だ、そろそろ終わりにしてくれないか」
「そう言わないでください。わたしはあなた達がくつろぐ空間を見たいのです」
「コーヒーハウスの歴史の本でも読めばいい」
「わたしは新しい見識が欲しいのです」
結局、俺は押し負けて近所の古い喫茶店に連れて行った。