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その1

ドアを開けると、スーツを着た男が立っていた。


「お取り込み中失礼いたします。お宅に少々お邪魔してもよろしいでしょうか?」


訪問販売や、新聞、新興宗教の勧誘などは絶えて久しい。


「何だよ」


「わたしはこういうものです」


気がつくと、男の姿は消えていた。


代わりにちっぽけで小煩い羽虫が俺の顔の周りを一周したと思うと、目の前に男の姿が再び現れた。


「お前、アルデバランか」


「ええ、そうです」


仕方なく俺は男を部屋に入れた。


アルデバランなら、たとえ拒んでも中に入ってくることが分かっていたからだ。


* * *


アルデバラン達がこの星に接触してきてからもう十数年が経つ。


最初の接触から数年は「地球外生命体による侵略の脅威」が各種メディアによって取り沙汰されたが、連中が何もしてこないことが分かると混乱は収束し、ほとんどの人間が自分には関係のないこととして日常を過ごしている。


通常のアルデバランの容姿は小指の先ほどもない羽虫の「チョウバエ」に酷似している。


ただ、どうした技術を用いているのかは不明だが、人間とほぼ同じ姿に擬態することが出来る。


羽虫のような小さな生物とは言え、(彼らの言によると)数百光年離れた母星からの移動、実態の数万倍である人類とほぼ同じ質量への擬態、人類との交信を可能にした技術はこの星の科学力を凌駕していると思われるため、政府は彼らへの関与を慎重に行っている。とは言え、彼らがこの星の政治の観念を完全に理解しているとは思えない事件も度々生じている。


アルデバランは唐突に人類に接触してくるが、もし彼らと交戦すれば政府の軍事力を持ってしてでも、恐らく太刀打ち出来ないであろうと知られている。


彼らは傷つけない限りこちらに危害を加えない(であろう)ことは知られているため、俺達に出来ることはただ黙って彼らの欲求をそれなりに満たしてやることである。


また、彼らが人類にとって法外な要求をしてくることもない。地球外の存在に法外という言葉を使うのが適切であるかどうかは分からないが。


* * *


「ありがとうございます」


「俺は何のもてなしも出来ないぞ」


「そんなことはありません。現在のあなたは仕事をしていないため、わたしのお相手をしてくださる時間があると思ってのことです」


忌々しい。


アルデバランはやけに黄色い肌をした痩身の男の姿をしていた。目を細くして貼り付けたような笑顔を作っている。


かつての戦争の折に、敵国が俺達の国の人間を揶揄して描いた姿に似た、お世辞にも美しいとはいえない姿だ。


数百億はいると言われるアルデバランのうちの一個体とは言え、どうせなら話に聞いたような絶世の美女のような姿をした奴と出会いたかった。


取りあえず俺はアルデバランの為に茶をいれた。茶請けも、茶托も、来客用の茶碗すらないが、どうせ気にしないだろう。


もう何年もこの部屋に人が訪れたことはない。ここ何年かは、たまに非常勤講師のアルバイトなどをして食いつないでいたが、本当は誰とも世間話などしたくない。


「それで、何をして欲しいんだ」


「普段通りの生活を拝見させて頂きたいのです」


はぁ?と俺はあからさまに不機嫌な反応をして見せた。


アルデバランは感情を理解しないと言う。そもそも政府ですらアルデバラン達との対話には苦労しているのだ。多少不快な思いをさせたとしても、外交問題には発展しないだろう。彼らはやっと俺達の政府の概念を理解し始めたばかりだ。


「普段通りの生活を見せろなんて言われてはいそうですかと暮らせる奴がいるか」


「まぁ、そうおっしゃらずに」


「その慇懃な喋り方もやめろ。俺達のことなんか間抜けな動物とでも思ってるくせに」


俺が怒鳴りつけると、アルデバランは黙った。まさにその通りのことを思っていたのだろう。


貼り付けたような笑顔を崩さないのにも腹が立った。このまま出て行って「話の分かる」奴を探して欲しい。


腕組みをして睨みつけていると、アルデバランは口角を持ち上げたまま言った。


「わたしは、あなた達の文化を知りたいのです」


馬鹿馬鹿しい。


文化なんて大層な言葉を使いやがって。今じゃこの星のどこに行っても食い物も娯楽も芸術も皆同じだ。


「俺達の文化とやらを知りたいのなら、もっとまともな奴の所に行け」


「わたしは、あなたの生活が見たいのです。ほんの数時間でいいですから」


馬鹿にしてやがる。


俺の何がこいつの興味を引いちまったんだ。何もしてないところか。他の人間と関わろうとしないところか。


これ以上話すのも面倒になって、適当に付き合ってやって追い返そうと思った。


「じゃあ何が見たい?何をして欲しいんだ。どっか行きたい場所でもあるなら言えよ」


アルデバランはまた少し黙った。気のせいか、顔を動かさずにその黒目がちな小さな目で俺の部屋を物色しているようだった。


ほんの一瞬、俺の本棚に目を留めたように見えたのは気のせいだろう。


「わたしは、ファミレスとカラオケと喫茶店に行きたいです」


お前は観光客かと言いかけてやめたのは、最近では物見遊山に行くなんてことが流行らなくなったからだ。大した目的もなく遠隔地に移動するなんて、時間と資源の無駄だ。言わば廃れた「文化」だ。


「じゃあ今から連れてってやるよ。終わったら帰れよ」


アルデバランは貼り付けたような笑顔を崩さずに、ありがとうございますと言った。


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