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新約:魔法少女マルクトマルコ  作者: 蓬松
第一章:白と黒の魔術師
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6th.白と黒の魔術師(The ring of the mutual help around)

 灰色の荒野にて、青く光る天の球に手を伸ばす姿があった。

 白髪を無重力に揺らし、赤い瞳を涙に濡らしたその女性の纏う雰囲気は人間のそれに近いようであり、それと同時にどこか歪であった。


「あぁ……第十一権能の覚醒を確認した、これも書に加えておかなければ……」


 女性がそうつぶやくと、白髪が急にざわついた。

 白髪が向いた先には、黒く白く、不気味な猛獣のパーツをないまぜにしたような怪物が不器用に足を引きずりながら女性を睨んでいた。

 女性はまぶたを閉じると、怪物を迎え入れるように……あるいは引き止めるように両手を拡げた。


「新たに生まれた呪いか……すまない、お前を放つわけにはいかないんだ」


[るるるる……シャガアアァァァァァ!!!!]


 唸り声をあげた怪物は、助走をつけて女性へととびかかる……しかし


 ズキュッ


 と、肉を抉る生々しい音とともに貫かれたのは怪物のほうだった。

 怪物は何が起きたのかを理解する前に、黒い咢に飲み込まれた。


「あぁ、すまない…再び私に還ってくれ…」


 静寂が戻った灰色の荒野に、ザッ、と一歩を踏み入れる足音が響いた。

 その足音のほうを見やると、女性は緊迫したその表情をわずかに緩ませた。


「待っていたよ、脚本家」


 ◆


 ジュリアが魔術師の呪縛から解放されて数日が経った。

 魔法によるリバウンドでお互いに丸一日動けない状態だったマルコが目覚めた時には、ジュリアはすでに下院と一緒に青銅欄を後にしていた。

 結局、ジュリアを魔法使いの運命から解放することはできなかったのではないか…そんな不安が、丸子の胸には去来していた。


「ジュリアちゃん、あれからどうなったかなぁ…?」


 朝の登校時、ため息とともに呟いたマルコの視界を覆うように両掌が覆いかぶさった。


「外国の子?」


「うひゃぁ!?」


 マルコは吃驚してその手をどけていたずらの犯人に振り向いた。


「美香ぁびっくりさせないでよぅ」


「にひひ~ごめんねぃ」


 いたずらっぽく笑う美香は、じぃっとマルコの顔をうかがって訪ねた。


「人助けは済んだのかねい?」


 美香に問われたマルコは一瞬驚いたように美香を見るが、かなわないなぁとため息をつくと内容を端折って話すことにした。


「うん…その子ね、その子にしかできないことで悪い人に悪いことさせられてたんだ。どうにか止める事ができたんだけど…その子は本当に救われたのかなって思うと、ちょっとすっきりしなくて」


「うむぅ、それは中々にすっきりしない顛末だねい……でも」


 美香が顎に手を当てて考える。


「…それでマルコが会いたいって願うなら、きっと会えると思うよ」


 美香はいつもの明るい笑顔で言う。


「私もマルコに割と助けてもらってるもの、実行委員を作れたのもマルコの機転のおかげだし……それにね、マルコが友達になってくれたから今の私がいるんだよい。私の髪こんなんだから、マルコがいなかったら学校でも一人だったと思うんだ。昔は寂しくって一人で人形でも作ろうかって思ってたくらいネガティブ系だったしねぃ」


 美香は恥かしそうに指でその綺麗な金髪を弄びながら言う。


「でも、助けてくれた恩があるから…じゃないんだ。助けあう事が楽しいから、助け合うことが本当に助けるってことだからマルコと一緒にいるんだよ私も。だから、きっとそのジュリアって子も来るよ…友達になりにねぃ♪」


 だから…と、美香は付け加えると、マルコの手を両手で握る。 


「その時は、その子も実行委員メンバーにしようねぃ♪」


 美香のその言葉に、マルコは強く胸を打たれた気がした。

 そう、一方的な救済は押し付けであって、それをマルコは覚悟しているはずだった。

 しかし、その思いはいずれきっと連鎖する。

 マルコの行動もまた、ジュリアを救ったことでまた別の救済に続くなら…確かにマルコのやったことに意味はあったのだ。

 きっと、それは奇跡と同じものだ。


「………うんっ♪」


 マルコは笑顔になって美香の言葉に頷いた。

 …にゃぁ、と一鳴きした黒猫が塀を通り過ぎて行った。


 ◆


 しかし、その奇跡はマルコの予想するはるか上からやってきた。


「えぇ~、突然ですが急遽こちらに転校してきた新しいお友達を紹介します」


「ジュリア=F=ヘンデルで~すっ、よろしくねっ!」


 教卓のすぐ隣で、白く光る銀髪に黒い制服姿の少女が元気に頭を下げた。

私は突然の転校生に驚きを隠すことなく呆然としていた。


≪え~~~~~~と……操られていたとはいえ彼女は色々問題起こしたから

暫くの間は|薔薇十字騎士団日本支部(うち)で預かることになったんだって。

団長から『元気すぎるくらいの子だけど、ジュリをどうかよろしく頼む』だってさ By蓮≫


 マルコが教室の端を見ると、神賀戸は眉間を手で押さえてため息をついていた。

 苦笑いを浮かべるマルコの肩をつんつんと、美香がつついた。


「何してんのマルコ、早く紐引っ張って!」


「ふぇ?え…これ?」


 いわれるがままに引っ張ると、パァン!というクラッカーの音とともに


『ウェルカムトゥ青銅欄第三小学校!!』


『ようこそウェルカムジュリアちゃん!』


『いらっしゃいませ実行委員!!』


 と書かれた張り紙が、前よりも進化した装いで教室の壁に垂れ下がった。


「何時の間にしかけたんだろう…」


「おれがー、昨日の夜のうちに―、忍び込んで―…」


 地面で太一が疲労で地面に突っ伏していたことにようやく気がついたマルコは屈んで太一の頭を撫でた。


「あぁ、太一君…おつかれさま」


「にっひっひー、この金奈美香の情報網を甘く見たらいかんよー?

ジュリアちゃんって名前なのはさっき聞いたんだけれどねぃ♪」


 美香はジュリアに向かうとマルコを引き寄せて大きくサムズアップのサインを送った。


「あっ……」「あ…」


 そして、マルコとジュリアの目があった。

 心臓がドキリと高鳴ったのはお互いなのか、二人して気まずそうにもじもじし始める。


「あっ…あの……」


「……これからよろしくね、マルコ♪」


 そう、ジュリアは元気な笑顔でマルコに手を差し伸べた。

 マルコもまた、目じりに涙をためてジュリアの手を取った。


「……うんっ、よろしく…ジュリアちゃん!!」


 マルコはその日、新しく白い魔術師の友達を迎えた。


 ◆


 深夜、逃げ延びた彼はひたすらに生きようともがき苦しんでいた。


「がっは……!!がぁっ、げほっ」


 血反吐を吐いて都市部の路地裏の壁にもたれかかる初老のような見た目の男性、魔術師、グラディ=マクマートリーである。

 肉体には一切の傷を負っていない。しかしジュリアに憑依し、そのジュリア本人の魔法によって吹き飛ばされたアストラル体は今生きていることが不思議なほどずたずたに引き裂かれていた。


「ぐ、そぉ!!!!あの小娘ども、今に見ていろ!!!!」


 壁を叩いて沈みそうになる意識をどうにかこの世に保ちながら、グラディはひたすらに怨嗟をため込んでいた。

 しかしその怨嗟もまた、死という事実に塗りつぶされようとしている。

 それがグラディという一人格としてか、魔術師という人種の本能からか、グラディの憎しみを増長していた。


「まだだ、ま゛だおわってなるものがぁ!!!俺様の可能性を、魔力を、すべて使ってでも……!!!!」


 そうしてグラディが己のうちにため込んだ魔力すべてを使い蘇生術式で自らを再生しようとしたその時だった。


「ほう、中々良い……いいや、旨そうな怨念をしておるではないか若造?」


 若い、幼い少女の、それでも老成した絶対者のような威厳を孕んだ声が、グラディを背中から突き刺した。


「っは……!?」


「頭が高いわ、下げろ下種」


 ガスッ!!!!と、衝撃がグラディの脳天を襲う。

 地面に顔をこすりつけるような屈辱的な体制になったグラディは、それでも息をしようともがき頭を上げようとする。


「惨めよのう、口惜しいよのう、浅はかよのう、耐えられぬよのう

その気持ち、その怨嗟、その憤怒、その怨念、まこと人にしておくには惜しい逸材じゃ」


「ぐ……!!!!ぐごごがあぁぁぁぁぁあああ!!!!」


 それでもグラディは、力任せに……地に手をついて起き上がろうとする。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、こんなところで地に頭をつけて窒息死するのだけは嫌だ。

 それでは、スラムで死んだあの子供と同じだ。

 魔術師として、ありえざる人生を歩んだありえざる子どもとして、それだけは許すことができなかった。


「くかかかかかかかか!!!!!」


 その様を、少女は嗤った。

 愉快に、豪快に、そして何より残酷に。


「良いぞ、良いぞグラディ=マクマートリーよ!!!!面白い、そなたを気に入ったぞ妾は!!!!」



万物の祈りに応じよ(キリエ・エレイソン)!!!!」

「我が身に情を…」



「!!!?」


 グラディはその魔法の言葉に狼狽した。

 そして、残ったかすかな体力を頼りにその後ろを振り返る。

 そこには、燃えるような赤髪をした二人の少女が佇んでいた。


慈悲(ケセド)よ、こやつを回復してやれ」


 一人の少女、厚顔不遜な言葉をグラディに浴びせ続けた少女の指示に頷き、慈悲と呼ばれた少女はグラディに向けて手をかざす。

 すると失ったはずの膨大な魔力が、グラディにも感じ取れるほどに急速に復元していく。


「これは…!!!貴様、いったい……」

 そのグラディの言葉に、厚顔不遜な赤髪の少女はにやりと悪い笑みを見せた。


「妾はこの世あまねく怨念の王……朱にして呪を制する王……さぁ、選ぶ権利はもうないぞ!!!!」



「妾のために働け、グラディ=マクマートリー!!!!」


 ◆


「さて……管轄外かしらね、ここの空気は?」


 一方で、送電塔の天辺から

 白髪の少女が青銅欄を見下ろしていた。

 街を包む商機にも似たよどみは、魔術によるもの。

 少女が追うのは魔術とは別のものであった……しかし、追っていた対象が逃げ込んだ…いや、根城と決め込んだのがこの青銅欄だった。

 専門外の相手がいる可能性がある以上、ここは引いたほうがいいのか…それとも、この機に対象を滅ぼすべきか……


 そう、少女が思い悩んでいるその時だった。


「ちょぉ待って下さいなぁ?」


「!」


 パシュン、と軽い音とともに送電線に一本の糸が張られる。

 そしてその上に降り立ったのは少女と同じ白髪、紫のドレス。


「確かに、彼女はここに居ますえ」


「貴方は……」


 送電線の上に立つ赤瞳の少女は、奇妙な『匂い』を感じてドレスの少女に爪を向けた。

 それは彼女の追う対象と全く同じ、どこかで気を変えたかのように全く違う香りを付け加えたかのような混色の香り。


「そうや、薔薇十字騎士団指定幻想種討伐騎士、蜘蛛美由良さん?」


 紫のドレスの少女は、スカートの端を持ち上げ舞台役者のように礼儀正しいお辞儀を由良と呼んだ赤瞳の少女に下げた。


「私は間違いなくあなたの敵やったもの……そして今は、あなたのお友達になりたい思うんよ♪」


 ◆


 再び、灰色の荒野。

 女性の隣にて本を読むのは、明 綾乃。


「すべてはお前の思惑通り……ここまで来ると、まるで戯画だな」


「そう、舞台は戯画化(カリカチュアライズ)された盤上……これこそが私の楽園のあるべき姿

救いの存在する魔法の世界、日常と同時に魔法を得る少女を中心としたストーリー」


 煙草を燻らせながら天の球を見上げる女性に、明は答えた。


「それにしても、随分とサービスが良い。本当は、ジュリアという子のサポートなんてしない心算だったでしょう?」


「ん、必要なのはマルコちゃんだけだったからね?でも…まぁ気まぐれよ」


 明もまた歩き出して言う。


「必要なのはより強いマルコの力…その為にグラディにはもっともっと悪役になってもらわないと困るものねぇ?彼の内側を探って見たら、まだ他にイレギュラーはあったみたいだしね?」


 明が活き活きと言うと、女性は煙草を吹いてそれに返し問う。


「ハァ……マルコの更なる成長か、それも賭けでは?」


「そう…ね」


 明は地面に闇色の魔法陣を発生させて、その上に乗る。


「完全な確率と結果だけを求めるなら、神はだた一編の物語を書けば良い。もしあの子が…この町の真相に気がついてしまったならば、その時は……」


 明は、振り返って女性と悲しい瞳同士を向け会った。




「その時は、私とあの子の戦いが待っている…それだけよ」




 明が魔法陣と共に消えた月の上の世界は、何処までも静かで

 それでも何処か神秘的な魔力に包まれていた。

 女性は宇宙の闇に向かい、その両腕を広げて願う


「あぁ、願おう…その時が来ない事を。その時は、私は貴女の最悪の武器となる……願わくば、苦しみのない終焉を、私達の望みは、ただそれだけなのだから…」


 女性はそう言うと、悲しい瞳の目を閉じて

 弱い重力の宇宙空間に輝く涙の滴を浮かばせた。

次章予告

一つの根源は二つの事象となって混沌を生む。

その混沌は、平和を手にしたマルコとジュリアの身にも降りかかった。

再び現れるブランク、再び現れる魔術師。

そして、新たに現れる赤と白の魔法使い。

仕組まれた混沌、仕組まれた饗宴

仕組まれた舞台、その目的もわからないまま……

この町の淀みは、未だ消えていない。


         次章.形骸を紡ぐもの

次回.形から逃れた世界(What betrays form)


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