5th.救うもの、救われるもの(She is a reliever of Malchut)
翌日…青銅欄第三小学校。
常人には見えない非観測空間の霧に包まれた校舎に複数の生徒たちと教員たちとがいつも通り通う。
故にそこは日常と非日常が綯交ぜになった異様な光景となっていた。
「あれ、今日晶水は休みか?」
太一はカバンを置いて教室を見回している。
「神賀戸くんもいないねぇ…これはひょっとしたら、二人で一緒にずる休みかねぃ~?」
「な、な、な、なんだってぇ!!?」
太一はバン!!と、机に手をたたきつけて美香を向く。
「冗談だよぃ、きっと今日は用事でもあったんだよ
だから、今日はゆっくりマルコの好きにさせてあげた方がいいよ♪」
「なんだよ、美香は晶水が何してんのか知ってんの?」
太一の言葉に、美香は首を横に振る。
「知らないさね、でも…何やってたかわからんけども、嘘つくの優しいマルコは苦手だから…だからさ、今はあの子の好きにさせてあげてまたあとで事情を聴いてもいいんじゃないかねぃ♪」
美香が笑いながら言うのと、太一は黙って席に座り腕を組む。
「あのビンゾコもか…まったく、今日くらいは赦してやるか。でも、俺からマルコをとったら容赦はしねぇかんな。」
良くマルコと神賀戸を知る実行委員の二人は、どうやって二人のずる休みを説明するか暗黙の了解で考え始めていた。
彼女たちがマルコのいる世界に足を踏み入れるのはもう少し先の話になる、しかし彼女たちはそれでもマルコの親友だ。
それがマルコという魔法使いが日常という表の世界に存在する証に思えた。
「……ありがとう」
非観測空間の向こうから二人を見るマルコは、二人に感謝の言葉を送りながら決戦の支度を開始した。
「……がんばるよ!」
◆Side Kain
屋上にて正午、そこに居る人間は下院だけだった。
その目の前には不吉な目の輝きをした黒い猫…やがてその形は影絵のように変わり肥大化し…やがて黒い翼になった黒猫だったものは
その内から銀髪の少女の姿を露わした。
「ジュリ…いや、憑いているかね?お前も騎士団を行きなりぬけたかと思えば、しばらく会わないうちに悪趣味になったものだ」
「く、くくく…「ハハハハハ、久しいな…アレイスターの孫」」
少女、ジュリアはたしかに口を動かして発音していた。
しかし、その声は初老の男性…先日の魔術師のものだった。
「薔薇十字騎士団元団長…グラディ=マクマートリー
まさかこの数年の間に魔法まで手に入れていたとは…まずはおめでとうと言うべきかね?」
下院の言葉に、ジュリア…いや、彼女に憑依しその肉体を操る魔術師は眉間に皺を寄せて彼への憎悪を露わにした。
そう、それこそが魔術師の正体。
グラディ=マクマートリー、かつて薔薇十字騎士団初代団長だったアレイスター=クロウリーの後継者である。
その性格は根っからの研究者気質にして残忍極まるものだった。
しかし十字峡の本部である『市国』としては異端者の撲滅さえできればそれでもよかった、グラディは異端者の撲滅とは名ばかりの虐殺と、その被害者を用いた人体実験で己の魔術をほとんど魔法に近いものにまで昇華させていった。
しかし、そこで横槍が入った。
下院は若く、そして強力な魔術師であり初代団長であるアレイスター=クロウリーの孫であった。
元々グラディはリーダーとして仲間たちをまとめる才能に欠けており、魔術のセンスでも下院に劣っていたという事実によって団長を下されたのは当然の帰結といえる。
しかし、グラディはそれを当然と思うことができなかった。
なぜか、それは親代わりの存在であり師でもあるアレイスタークロウリーへの強い憧れからだった。
赤子の頃、狂った女に病院から盗まれどこかの国の貧困街で育てられて来たグラディは
本来の人生にそぐわない生活の中で恨みと憎悪…そして表の華やかな世界に対する嫉妬と欲望に染まった黒く淀んだ魔力をずっと溜め込み続けてきた。
その魔力に目をつけて、彼を魔術師としての道に引きずり込んだのがアレイスター=クロウリーだった。
残虐な人体実験も、それによって得た力も…すべてはアレイスターへの尊敬と、無限の欲望のため。
『何時の欲する所を成せ、それが汝の法となる』
その言葉をいつまでも信じていた。
そう、彼は自由と魔術…そしてそれと同時に無限といえる欲望を彼から授かった。
そのすべてを、今目の前にいる若者に否定された……その憎しみは計り知れない。
「騎士団に居たのも今こうしているのも、全ては私の欲望を満たす為
その為に無限の魔法まで身に付けた、貴様ごときにはもう負けることなどない、騎士団ももう必要ない!!!!」
「ほう、オメデトウかね」
しかし下院の目は、どこまでもグラディを見下していた。
「っ!!…メタトロン!!」「……」
ジュリア=グラディが手を翻すと、メタトロンが飛来してカーテナ型の銀の剣となりその手に収まった。
「威光の魔法を前にしてその余裕、流石は対魔法使い魔術師といったところか!」
ジュリア=グラディは獣のような笑みを浮かべ下院に切りかかる。
ギャリッ!!と、金属同士が擦れる不快な音と共に下院は一歩ジュリア=グラディに踏み込む。
下院の手には何も握られていない、斬撃を受け止めたのは中空に浮く装飾過多の剣、ブルンツヴィークの守護魔剣である。
「退路を断て」
ガン!!と、下院はトランクを蹴った。
するとヒョンヒョンヒョンと風を切ってトランクからその大きさを無視した四本の長剣が飛び出して屋上の四隅に深く差し込まれた。
そして閉錠するようにガチャリと回ると非観測空間に閉ざされた空気がさらに狭くなった。
「結界で場所をさらに狭くしただと!?馬鹿め、戦闘特化の魔法使いに白兵戦を挑む気か!!」
「あぁ、そのつもりだ」
トランクからティソナとコッラーダを抜き、ジュリア=グラディに叩きつける。
しかしその直前にジュリアの頭上に瞬いた闇から純銀の盾が現れそれを受け止めていた。
「っはっは!!」
ジュリア=グラディは腕に闇を纏わせ、そこから無数の剣を生み出し下院に殴りかかる。
しかし下院は身を翻してそれをかわし、地に手を突いて術式を発動した。
「Get_Set_地は地に、土は土に、石灰は骨に、石版は我が盾に!!」
「食らえ、サーベルレイン縛霊撃!!!!」
無数の霊剣に吸い寄せられた悪霊達の質量で、剣の拳は致命的な暴力と化して下院に叩きつけられた・・・かに思えた。
「!!!!」
「よくやった、火打ち石の竜ファーブニル」
下院の身を守ったのは、屋上のタイルだった。
それが鱗のように集まり、一匹の大蛇を形成する。
その瞳に当たる部位からは炎が吹き出し、ジュリア=グラディの心を焼こうとする。
「ぐおぉ・・・!!邪竜ごときが、奇跡に逆らうんじゃない!!」
すぐさまジュリア=グラディは闇から装飾過多の剣を生み出してタイルの蛇に突き刺した。
英雄シグルズの剣の贋作、否、ジュリアの意向によって生み出されたそれは限りなく本物に近い効果を持っていた。
「ーーーーーーー!!!!!」
断末魔の悲鳴を上げてファーブニルは崩れ元のタイルに戻った。
「く、は、は、は!!!!無力!!無力だな魔術師下院!!!!」
「あぁ、成る程・・・・・・すばらしく成長したな、ジュリアの魔法は」
下院のその言葉に、ジュリア、グラディは青筋を浮かべた。
「私、の、魔法だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
殴りかかるジュリアの小さい拳を、パシンと受け止めて下院は笑みを浮かべる。
それは、グラディの飢えた獣の笑みではない。
絶対的優位に立つ、狩るものの笑みである。
「違うね、そいつはジュリアの魔法だ」
「がっぐ・・・・・・」
(待て、ブレーカー落とせ、いかんせん制御を慣性に持っていかれる、なぜ私はこいつに後ずさる、なぜ恐怖する、こいつのこの目か・・・・・・!!!!)
一瞬にして思考を張り巡らせると、ジュリア=グラディは全身から闇を溢れ出しそれを純粋な光の塊にして放つ。
「・・・・・・・・・っ!!!?」
「はぁははは!!!!見えなければ想像のしようがないだろう!!!!」
「まったくもってその通りだ、わざわざ自分から目隠しをしてくれるとはね」
背後から聞こえた声に、ジュリア=グラディは即座に振り返った。
振り返っただけで、何もできなかった。
そこには、手袋をつけた手を振りかぶる神賀戸の姿。
その手袋には、一つの魔術が込められていた。
「レイライン=エドワード=ウェイトの名において、ジュリア=F=ヘンデルに仮初めの意味を与えよ!!!!」
詠唱とともに、ジュリアの額に押し当てられた術手袋。
バヂン!!!!と、鞭のような音とともにジュリアの体はびくんと仰け反った。
「「ガッ!!・・・・・・っあ!!!!」」
二人の悲鳴がぶれ始めた。
「頼む、戻ってきてくれ・・・・・・ジュリア!!!!」
◆Side Julia
どくん・・・どくん・・・
と、何かが脈打つ暖かい感触に、ジュリアは目覚めた。
目覚めた場所は、闇に包まれた何もない場所だった。
「うっ・・・・・・く、ここは?」
痛む頭を押さえながら、ジュリアは何もない空間を見回した。
すると、闇の中からぬるりと男が這い出てきた。
「なぜ起きあがった・・・そうか、先ほど打ち込まれたのは思考のルーンか・・・・・・」
「あなたは・・・っ、グラディ・・・・・・マクマートリー・・・っ」
ジュリアは、その顔を見て思い出した。
『これはこれは・・・威光の魔法使いジュリア=F=ヘンデル嬢ではありませんか。私は下院殿の先達、今は貴女と同じ異端審問騎士をしております。グラディ=マクマートリーと申します』
日本へ渡ったジュリアを迎えたのは、ジュリアの味方を装ったグラディだった。
彼は無限という魔術を研究するカバラ学派の魔術師だった。
無限とは、限りないこと、無限光からもたらされる無限の力を指す概念。
かつて地球上に存在していた数多くの神はそれによって不死性を会得していたという。
日本へ渡ったのはその研究者であるグラディに会うためでもあった。
『ここは?』
『青銅欄、この日本という国ではあの団長が築いたO∴H∴財団によって比較的魔術の運用を認められているのです。しかし、わかりますかこの町を包む淀みが
ここは……魔法を覚醒させるには絶好の環境なのですよ』
そう、それほどにこの町は魔術的に歪んでいた。
何かの前提がおかしい、そのために何かが連鎖し大きな因果となって巨大なよどみとして存在していた。
おそらく、それは視点さえ違えばだれにでも発見できる。その視線を持っていたグラディと見ることで、そのよどみはジュリアにも十分に理解できた。
しかし、そのよどみは巨大すぎて一瞬ではジュリアに理解しきることができなかった。
それが、ジュリアに一瞬のすきを生んだ。
『でも、ジュリアにはもう威光の魔法が……』
『いえ……引き継ぎ、ですよ』
そう、グラディが言った時には遅かった。
何かが引き抜かれる感触、眠気に包まれ何かが足りなくなり電池の抜けたおもちゃになった様な感触。
そのまま、ジュリアはずっと眠りについていた。
今の今まで。
「グラディ…っ、あなたはジュリアを裏切って…!!!!」
「裏切ってなどいませんよ、あなたは私の魔法によって永遠を手にするのです。魔法を兼ね備えた究極の魔術師として、この私の肉体としてねぇぇ」
その瞬間、部屋を包む闇がうねりジュリアを取り込もうと襲いかかった。
◆Side Kain
「「うぅ……あぁぁ」いやああああぁぁぁあああああ!!!!!!」
ジュリア=グラディはジュリアの悲鳴とともに弾丸のように決壊を突き破って飛んで行った。
「…始まったか!」
飛んでいくジュリアを心配そうに見つめる下院。
しかし、神賀戸は逆に自信に満ちた目でその行く先を見ていた。
そう、結界には一方だけ薄い部分をあえて作っていたのだ。
ある方角へと、黒い弾丸を誘導するように。
「大丈夫、マルコはあんな奴には負けません!」
◆Side Malco
『俺達がジュリアの心に思考のルーンを刻む、しかしそれはあくまでも贋作の偽物だ。意識そのものは取り戻すことはできるだろうが、奴自身が肉体に取り憑いてして操っている可能性がある。そうなれば意識を取り戻したジュリアは内側でグラディと戦うことになるだろう。そうなったら・・・・・・』
「「うごおぉぉぉぉおおお・・・」・・・う、うわああああぁぁぁぁあああああああ!!!!」
高速で移動しながらもがき苦しみ、闇から無数の装甲を異形に纏っていくジュリアを見上げてマルコは腕輪を掲げる。
「待ってて、ジュリアちゃん」
魔法の言葉はもういらない、願いは確かにマルコの中にある。
衣服は大気に溶け、魔法の羽衣がその身を包む。
それはまさしく魔法少女、願いを叶え希望を与える存在。
そして救済者。
そして、それは王国のマルコ。
変身を終えて、魔法少女マルクトマルコは腕輪の魔力を公園に予め設置された儀式場に流した。
神賀戸の設置した儀式場は八角形に輝き、どこまでも縦に延びる結界でジュリアを囲み閉じこめた。
「「ぐるるるぅ・・・?」」
「でぇぇやあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
がぃん!!!!という金属音と共に、ジュリア=グラディの装甲の一枚がはがされた。
剣と化したエリヤは悪意ある魔術に対して強い攻撃性を持つ。
この状態のジュリアの威光魔法は、暴走したぐらでぃの魔術と直結しているためサンダルフォンで容易に切り裂くことができる。
……しかし
「「うがあああぁぁぁぁああ!!!!」」
本体であるジュリア=グラディが腕を振るうと、もはや巨大な装甲と剣で異形と化した巨大な義肢が闇の中から生えて変形し、内側から巨大な独鈷が姿をあらわした。
『雷来るよ!!!!』
エリヤの叫びとともに、マルコはすぐさま構えを変える。
右手にはめたドラウプニルをジュリアに向けて固定し、狙いを定めるように。
しかし、狙うのはジュリアではない。
「ドラウプニル……門を開いて」
マルコの言葉に従うように、ドラウプニルは門のような輪を作る。
直径にしてマルコの背丈の二倍、そのうちにある空間は穴も何も見えることはできない……否、『知覚できない門』なのだ。
「「------------!!!!」」
雄叫びとともに、手加減も何もない極太の雷撃が人間には反応できない速度でマルコに迫る。
しかし、それと同時に輪は己の役割を、魔法を発動した。
「ドレイン!!!!」
マルコの叫びと、雷撃が門を通過したのは同時だった。
雷撃の核となっていた独鈷は、門を通過すると魔力の塊へと還元していった。
◆Side Julia
「………!!」
「なにっ!?」
ジュリアは目を見開き、威光で作った剣を握るとグラディに向けて振り上げた。
グラディはあわてて距離をとった、そして信じられないものを見るような目でその剣を観察する。
「貴様…今、どこから魔力をひねり出した!!!!」
「わからない、けど!!」
ジュリアは続けて威光を放ち、生成したもう一本の剣と合わせ二刀の構えでグラディへと走り寄る。
「もうあなたの言いなりにはならない!!!!」
しかし、剣は盾に阻まれた。
空間を包む闇から盾が姿を現したのだ。
そう、未だ『ここ』の主導権はグラディが握っているのだ。
「ならば、君をここで殺し……魔法と肉体だけ奪ってくれようか」
グラディは明らかな敵意の視線をジュリアに向ける、そして闇から雨のように剣が降り注いだ。
ジュリアは残った魔力で盾を作るが、剣の雨の前に盾は脆くも欠けていく。
「くっ……っあ……下院……さ、ま……」
そのまま、ジュリアは剣の墓場と化した精神世界に沈んでいった…
◆Side Malco
ジュリア=グラディは悲鳴を上げながらどんどん鎧を肥大化させていく。
鎧がエリヤで削りきれないような速度で増殖していくのである。
加えてシビアなタイミングでの魔法無効化の連続で行っているマルコは、息を切らせながらもエリヤを構えた。
『無理だこんなの!!全然本体に届く気がしない!!』
「弱音を吐くには……まだ、はやいよっ!!」
輪を出現させて再び雷撃を無効化するが、その隙にジュリア=グラディは義腕を伸ばしマルコを握りしめた。
そして間髪をおかずにそれを空中に放り投げる。
「わあぁ!!?」
そしてマルコの周囲を黒い威光が覆い、雷雲がマルコに殺到した。
……しかし
「!?」
白い威光がマルコの周囲に瞬き、いくつもの剣がマルコの周囲に並び立つ。
剣は避雷針のように雷撃を吸収して消滅した。
「ジュリア……ちゃん?」
マルコは確信した、ジュリアの意識はあの中で目覚めつつあることを。
マルコはエリヤの塚を強く握りしめると、輪を周囲に展開させる。
そして風を吹かせて雷雲を吹き飛ばした。
黒い雷雲の中から躍り出たマルコはそのまま公園と同じ大きさにて浮遊する鎧の要塞と化したジュリア=グラディめがけて剣を振り下ろした。
「せぇーーーーーーっ!!!!」
鎧の要塞の一部が切り落ちた。
マルコの衣服に変化があった、軽さだけを重視し羽衣と衣服だけで構成された衣装の節々に輪で構成されたプロテクターがはめてあるのである。
『マルコ、これ禁じ手なんじゃあ』
「モード:ベルセルク!!!!」
嘗てドラウプニルの所有者であった北欧神話の主神オーディンは、兵士にドラウプニルをはめることで狂戦士ベルセルクにしていたという。
その神話を知ってか、あるいはただ狂戦士という言葉だけを知っていたのか。
マルコは腕輪の力を解放した。
それと同時にマルコの節々に装着されたプロテクターも励起光を放つ。
モード:ベルセルク、生命中の流れを一時的に加速することでただでさえ魔法の覚醒で底上げされた身体能力を強化……さらに周囲の大魔力循環を上げてリバウンド覚悟で魔力行使を行う魔法である。
しかし、それはマルコ自身にも負担を伴うまさしく禁じ手である。
「足りない部分は魔法で回復して補うっ、今はあれをはがすことが最優先だよ!!!!」
『がってん!!!!』
エリヤにめぐる魔力も増大し、より増した破魔の力がそこにあるだけでジュリア=グラディの鎧を焼いていく。
「「ーーーーーーー!!!!」」
「ジュリアちゃんを、返せええええぇぇぇぇ!!!!」
気合の一閃が、ジュリア=グラディの鎧を大きく削った。
削り落ちた鎧も、マルコが下に設置した門に吸い込まれ魔力へと還元していく。
そして魔力は、ジュリア自身へと送られていくのだ。
◆Side Julia
「あの、小娘ぇ……!!!!私の鎧を削ってジュリアに供給する魔力にしていたのか!!!!」
憎しげに拳を握るグラディ、振り返るとジュリアも外が見えているのだろう。
剣の墓場と化した精神世界の地面に座して、マルコに向けてサポートの威光を送るジュリアの姿があった。
「ジュウウウゥゥゥゥゥゥリアアアアアァァァァァァァァ」
怒りのままに雄たけびを上げ、闇を吹き出しながらジュリアへと飛び掛かるグラディをジュリアは正面から睨みつけた。
「もうお前の思い道理にはならない…グラディ!!!!」
剣の墓場が、光に包まれた。
墓標のように突き立てられた剣は、威光に還元して立ち上がる。
そして光輝く雨となってグラディの闇と激突した。
その隙にジュリアは威光で羽外套を再生すると羽ばたき飛び上がってグラディに詰め寄った。
「ひっ…!!!」
「はあぁぁぁあああ!!!」
裂ぱくの気合いとともに振る剣を、グラディは闇でいなす。
「図に乗るなああぁぁぁ!!!!」
「ブラッディサンダー・ヴぁジュラ!!!!」
独鈷をまとった拳同士がぶつかり合う。
そして押し負けたのは……
「がっはぁ……ぐおぉ、おのれぁぁぁ!!!!」
黒く焦げた礼服を引きずり、地におちたまま怨嗟の声をあげるグラディだった。
しかし、その怨嗟とともにグラディの全身から闇が噴出し、ジュリアの剣を巻き込んで膨れ上がっていく。
「……!!何をするき?」
「命が惜しくないんだろう…?ならぁ、ここで全員潰れろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
◆Side Malco
「「うわああああああああっぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」」
突如として、悲鳴を上げながら巨体の全身から闇と威光の両方を吹き出すジュリア=グラディにマルコは立ち止った。
その光と闇はとてつもない速さで天高く昇っていくと、空を包むような太極図を形成した。
「!!?」
『何を……って、まさか……そんな!!!!』
それは、巨大な塊だった。
材質はコンクリートに近い、石と鉄の塊。
窓はなく、入り口もない……破壊だけのために作られた巨大建造物。
それが建物の低をなしているならば、それはまさしく高層ビルとでもいうべき形をした塊だった。
「「ガ…ががが…がが、『===========================================================================』」」
それまで二重音声のようだったジュリア=グラディの声がさらに違う別の声に変わる。
それはまるで、創造神のような……否、この場においては破壊神とでもいうべき威厳に満ちた絶対という形容詞の合う『何か』の声だった。
「「『光あれ・|砕け落ちる神ならざる被造物』」」
その言葉とともに、高度にして800mの高度から高さにしておおよそ600mもの建造物が……絶望が形を持って落ちてきた。
「あんなのが落ちてきたら……町が!!」
『ちょっと!!!!どうするつもりよマルコ!!!!』
ビルに向けて飛翔を始めたマルコにエリヤが叫ぶ。
このような魔力構造体、いくら強化されているとはいえエリヤにも切り裂けるかどうかわからない。
「どうにかして、止めないと!!!!」
『でも、どうやって……!!!!』
マルコは魔法の反動で動けないジュリアをはさみ正面にビルを見据えると、瞳を閉じた。
考える、どうやったらあの魔法を消すことができるか……
魔法、ジュリアの放った独鈷もマルコの門で消すことができた……
同様に、あのビルも門を通せば魔力に還元できる…………あ。
まるで、魔法のように
何かのピースが、はまった。
◆Side May
「そう……人の想像しうることは、すべて起こりうる魔法現象」
Avalonのカウンターに座る明は、本のページをめくりながら誰かに向けて囁いた。
「それは魔法使いに許された特権。
想像を創造へ…摂理を作り空想と幻想を世界に認めさせることのできる器、それが魔法
それを媒介に、あなたは本物の魔法を作り出す……さぁさ、呼びなさい…
あなたの、魔法を!!」
◆Side Julia
「ぁ……ぁぁ……」
外の光景を見たジュリアは、地に膝をつき力の入らない体でそれでも立ち上がろうとする。
魔術師はそんな有様の魔法使いを蔑むように見下ろし、追い打ちをかけるように言い放つ。
「無駄だ、あの不完全な魔法使いにリバウンドまでして放った魔法を止めることができるものか
できたとしても、力尽きるだろうよ……すべては貴様の抵抗が招いた結果だ、ジュリア」
「それでも……それでも私は…っ」
「く、は、は、は、はぁ!!!あ は は は は は は は!!!!」
魔術師はついに、こらえきれなくなったかのように高笑いをした。
「わからねえのか魔法使い!!!!この魔法は貴様自身なんだよ、親を殺し、出来損ないの我を通す壊れた自動人形の終着地のようなこの有様、これがお前の姿だ!!!!」
グラディの言葉で、ジュリアはすっと全身の血が失せていく感覚を覚える。
自由を得るための戦い、外の世界に出るために行ったもの……それはジュリアにとって呪縛に他ならなかった。
ひょっとしたら、あのまま教団に加担していればこんなことにはならなかったのではないだろうか?
教祖を神にして、自らも神のバックアップになってさえいれば、それが偽りの家族であったとしても幸せだったのではないか?
そうだ、人間ではない……神になるためだけの、信仰の苗床。偶像。人形。
「いやだ……嫌だ!!!!」
頭を抱え、ジュリアは祈る。
「人形なんて、いやだ…っ……誰か、助けて……っ」
◆Side Malco
「ぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!」
マルコは叫びとともに、すべての魔力をドラウプニルに…その『魔法』に注ぎ込む。
『ま、マルコ!!?』
無茶だ、エリヤはそう思った。
マルコに扱える魔力の限界量、それを超えればベルセルクでさえもリバウンドは止めることができない。
そして、もしそれでビルを門に通すことができたとしても、そのあとにはジュリア=グラディが控えているのだ。
敗北は必至……しかし、マルコのその目に諦めはなかった。
『……っ、信じるわよ…マルコ!!』
その言葉にうなづくと、マルコはジュリアのみを通り越して、ビルの眼前にその幅がぎりぎり入るほどの巨大な門を作り出した。
しかし、 ズ ン !!!! と、衝撃がマルコの小さい体に圧し掛かった。
「うぐうぅっ…!?」
胸が痛くなる、リバウンドを魔法で抑えることができない……それでもマルコは魔力の結合を解除してビルを分解していく。
その時だった、ジュリア=グラディの鎧が顔のように立ち並ぶと、口を開きグラディの声がマルコの耳に届いた。
「無謀だ、無茶だ、無様だ、無理だ!!!!
俺様の魔法を貴様ごときが防げるわけがない、ジュリアの体は俺様が頂く……魔法使いの価値は魔法そのものにあるんだよ!!!!
できそこないの王国はここで潰えろぉぉ!!!!」
「……っ」
グラディの罵倒に、マルコの腕にこもった力が削がれていく。
……しかし
「たす……け、て」
ジュリアが言った、確かに言ったその言葉にマルコは最後の力を振り絞った。
「出来損ないでもいい、私の魔法は助ける魔法……人を救う王国の魔法!!!!
魔法が奇跡というのなら、私はジュリアちゃんを助けたい!!!!」
その時、変化が訪れた。
マルコの輪の周囲に、不可思議な文様が花の花弁のように展開していく。
それは、『i』を紋章にしたかのようなとげとげしい文様だが、それが咲き誇ったマルコの輪は魔法陣を形成した。
知っている、これは願いをかなえる力だと。
知っている、これこそがマルコが本能的にずっと望み続けた力だと。
ビルが、見る見るうちにに威光の光へと還元されていく。
その光は流れ、分岐し、ジュリアとマルコへと流れ込んでいく。
「ば、馬鹿な……!!!!魔法を取り込むだと…?俺様の魔法が、形を変えるだとぉ………っ!!!?」
「魔法使いの価値が魔法だけにあるなんて間違ってる!!!!
魔法は願い……人の心を移す力!!魔法使いだって人間なんだ、ブランクにされた人たちだって人間なんだ!!!!」
そして、マルコは威光に包まれ姿を変えた。
帽子と上着が消えて、ジュリアの身にまとっていたものと同じ黒いレオタードに元の上着が開いた形で羽織い直される。
そして腰回りからはジュリアと同じ黒い羽が生え、エリヤが消えてマルコの背に翼となって装着される。
「それを違うっていうのなら、ジュリアちゃんのためにも…ブランクにされた人たちのためにも
私は負けない……いや、負けられない!!!!」
そして威光はさらに輝き、巨大な光の剣となってマルコのすぐ横に従う形でジュリア=グラディを見上げた。
そして『i』の文様と輪が同心円の円柱を描くように組み合わさっていき光の剣を打ち出す砲台と化す。
そして狙いをジュリア=グラディへと定めたマルコとエリヤは、同時に信じた魔法の名を叫んだ。
「『メガロマニア:威光…!!!!』」
放たれたそれはジュリアの願い。
自らの力で生を歩むための魔法。
光の剣はジュリア=グラディの身を取り込む鎧を粉々に吹き飛ばし、ジュリアの姿を浮き彫りにした。
ジュリアの胸に、ルーン文字が光る。魔力によって偽物から本物へと変わったジュリアの思考の意味であり、それはジュリアが完全に戻ったことの証だった。
◆Side Julia
精神世界を包む闇が、バキバキと音を立てて砕けていく。
グラディの手に握られていた偽物の威光の剣も、パキンと軽い音を立てて崩れ落ちる。
「馬鹿な……そんな馬鹿な!!!!」
現実を否定するように、頭をかきむしりながらグラディはヒステリックに叫ぶ。
しかし、地を踏み鳴らすその足音にビクリと身を震わせると、逆に壊れた人形のような緩慢な動きでその方へと向き直った。
「認めてくれる人がいる……下院様も、あの王国の子も……だから私も負けない、負けられない……だよね、メタトロン」
ジュリアの手に、黄金のカーテナが握られる。
カーテナ……メタトロンは、安堵した優しい声でそれに答えた。
『そうだ……祈りを捧げるのは何時だって人間だ、それに私たちはいつも答えてきた
祈ってくれジュリア=F=ヘンデル、君の魔法に……この私に』
それに答えたジュリアは、子守唄のように祈りを捧げる。
「預言の権能に記された1番の白色球たる王権によって、奇跡は遍く精神と意思によって顕現せり
故に片割れにして最後の剣メタトロン、ここに降りて汝に祈る者を守護する事を誓いたまえ。
威光の魔法よ、顕現せし神の奇跡よ、私はここに新たな則を唱える者、新たな理を添える者
故に私は望む…この手に奇跡を、闇を払う魔法を。
カノ・ソウィル・ラグズ・アンスール……」
ジュリアの祈りとともに、砕けた闇の隙間から溢れ出した威光がカーテナに吸い込まれていく。
それは、マルコがジュリアに放った光の剣。
「魔術師、グラディ=マクマートリー」
薄く目を開けて、ジュリアは眼前の敵を見据えた。
振り上げた光の剣から、怒涛の魔力が溢れてくる。
そして、ジュリアはそれを一気に振り下ろした。
「ジュリアから、出て行けええぇぇ!!!!」
「ぎゃあアアアアアぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!!」
世界すべてを包む膨大な威光が、剣戟とともにグラディを押しつぶす。
魔術師は悲鳴を上げながらその流れとともに何処かへと飛んでいき、消滅した。
◆Side Malco
「やった……よ、下院様……王国の、女の子……」
威光の光の中で、涙を零しながらジュリアはか細い声を出した。
マルコはジュリアが飛ぶ力をなくす前に彼女を支えに行く。
そしてジュリアの肩を担ぎながら言った。
「マルコ……晶水マルコだよ」
「マルコ……あり、がとう」
そう言ってジュリアは安心したように意識を手放し、くぅくぅと寝息を立てた。
「ありがとう……か」
マルコの口から、思わずして笑みがこぼれた。
誰かを救える自分になれた、それだけでマルコは満足だった。
そして、地に立って二人を見守っていた下院にジュリアの身を預けた。
そして、緊張を解すようにため息交じりに告げた。
「修正、完了っ」
次回予告
存外気づかないものなのだ。
人はだれかと助け合い、そうした連鎖の中に身を置いている。
それはマルコも例外ではない。
しかしそれはマルコにしかできないことだった。
そしてこれからは……
次回:白と黒の魔術師(The ring of the mutual help around)