4th.薔薇十字の魔術師(It's an actual protector)
非観測空間の張られた公園で、マルコは軽く息を吸う。
空気の流れを体全体で感じる、外側だけでなく内側でも。
世界は流れる、あらゆるものが流れている。
物質世界を司る王国の魔法は、この世界の流れを支配する。
「この魂に哀れみを(キリエ・エレイソン)」
右手にはめた黄金のブレスレットが回転し、魔力を循環させていく。
マルコは自らの意志で魔法の言葉を紡ぎあげていく。
「預言の献納に記された10番の虹色球たる王権により、奇跡は信じる心と循環する力によりて権限せり
故に片割れにして最後の剣サンダルフォン、ここに来たりて共に誓いを」
マルコの言葉が流れるように、その衣服も流れて大気に還っていく。
そしてドラウプニルが回転し、魔法の力が環の形になってマルコの身を包む。
「『王国』の魔法、世界を流れる条理の力、それを以て全てを救う、私は王国の魔法使い!この身に翼を!フェオ・ウル・フィン・アンスール!!」
環、これはマルコの魔法の力。
魔法使いの衣服はそれそのものが魔法の性質を指す。
故に、衣服そのものもマルコの環。
故に、マルコがそう願えば、衣服そのものを『空を飛ぶ願い』の為に変えることができる。
皮の鎧は除外され、緑色の衣服とスカートに身を包んだマルコの胸から円環状に繋がった羽衣が延びてたゆたう。
マルコが少し羽衣に魔力を込めると、風に吹かれたようにふわりとマルコの身が宙に浮いた。
「よし、見事なもんだな・・・づぁ!?」
それを見て満足そうに頷くかがとの頭を、剣になったエリヤがパコンと叩いた。
「何をするこの駄天使!!」
「あんたどさくさ紛れてマルコの裸みたでしょ!!」
「そんな事するか!!ボクはこれでも英国紳士だぞ!?」
マルコはふわふわ浮かびながらそんな会話をする神賀戸とエリヤを見て、クスリと笑みをこぼした。
「何だ?」
「いやぁ、神賀戸くんって素だと結構叫ぶんだなぁって」
「なっ・・・!!」
かぁと赤面した顔を隠すように、神賀戸は目を逸らして言った。
「そ、そんなことよりいつまで浮かんでるつもりだ。飛ぶ練習もしといた方がいいだろう?結界を上向きに広げるから・・・・・・!?」
その時、神賀戸は尋常ならざる気配を感じてマルコに叫んだ。
「マルコ!!地面に降りろ、はやく!!」
「えっ!?」
「神鎖ドロミー」
ヂャラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ・・・・・・・・・!!!!!!
けたたましい金属音とともにどこからともなく無数の鎖がマルコへと向かって飛来する。
「わ、うわっ!?」
「マルコ!!」
エリヤが剣に変身してマルコの手に収まる、マルコは底上げした身体能力でその鎖をすべて断ち切った。
「ヤグルシ、アイムール」
青年の声、それとともに一対の岩でできた二本の棍棒が飛来する。
受け止めようとしたマルコは、その棍棒がわずかに放電していることを見抜くと環を出現させて受け止めた。
「巡って、ドラウプニル!!」
マルコは環から大魔力を放出すると、それそのもので受け止めるのではなく棍棒の動きそのものを阻害するように魔力の流れで包んで止める。
雷神、かのトールのハンマーの原点となった棍棒は静止した空中からあらゆるエネルギーを失って地面に落ちた。
落ちたものは、二本の木の枝、キーチェーン。
そう、長い鎖も、雷神の棍棒もそこにはなかった。
「い、今のは……」
『え、この術式って・・・・・・』
エリヤはその時、剣先から伝わる魔術の術式を解析してある事へと思い至った。
「成る程・・・練度はそこそこ、能力は強力・・・あいつが選んだだけのことはあるかね」
ザッ、と公園の土に足を踏み入れるのは一見して何て事ないハーフコートを羽織ったふつうの日本人の青年だった。
しかし、神賀戸はその青年を指さして口を開き絶句した。
「な、な、な・・・」
まさに顔面蒼白、そういった様子の神賀戸にマルコは不安を覚え身構える。
ひょっとしたらこの男が悪い魔術師なのかもしれないと。
しかし、神賀戸は叫んだ。
「何で貴方がこんな所にいるんですか、『団長』!!!!」
「・・・・・・ふぇ?」
神賀戸の言葉に、マルコは間の抜けた声を上げた。
(えっと、神賀戸君は悪い魔術師を追いかけてる組織の一員で、神賀戸君が団長って呼ぶって事は・・・・・・)
「・・・えっと」
「ははは・・・」
思い悩むマルコに、青年はばつが悪そうに苦笑を漏らすと、神賀戸を指さして申し訳なさそうに言った。
「突然で悪かったかね、俺はそこの神賀戸君の上司といえばいいかね?」
「薔薇十字騎士団三代目団長、最悪の名を継ぐ魔術師、下院=A=クロウリーだ・・・・・・前に言ってた、ジュリアの婚約者だよ」
神賀戸の紹介を聞いて、マルコは目を点にして熟考する。
そして、その意味を理解したときマルコは悲鳴にも近い驚きの声を上げた。
「え、えええええぇぇぇぇえええ!!?」
◆
喫茶Avaronに集まったマルコと神賀戸と下院は、一緒に紅茶を一飲みしてほっとため息をついた。
「あらあら、そんな美味しそうに飲んで貰うと淹れ甲斐があるわねぇ」
「上手くなったな、明」
「あらおやじギャグ」
親しげに話す明と下院だが、その横にいるマルコとしては気が気でない様子だった。
下院はどう見ても高校生くらい、対してジュリアはマルコと同い年くらい。
ジュリアが魔法や魔術で年齢を操作してるとか、そんなことを聞いた覚えもないし・・・もしかして、この二人実は似通っているのかもしれない。
というか・・・
「明さん、クロウリーさんとどんな関係なの?」
「あぁ、私彼の妹弟子だからねぇ。古くからの仲なのよん♪まぁ、年齢的には私のが姉弟子だけどね♪」
明はあっさりととんでもない過去を暴露し、神賀戸が吹き出しかけた。
「な、確かに前の反論は団長の兄だと聞いてはいたけど・・・そんな事聞いてないぞ!?」
「聞かれなかったもの?」
明はどこぞの外道マスコットのようなことを言い出した。
「それで、そろそろ貴方も分かってきてるんじゃないかしら?この町に巣くうイレギュラー・・・・・・魔術師の正体。魔術師の代表みたいな貴方が来るって事は、それくらいの情報は持ってきてるんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
ふと、明が問いだすと下院は急に黙り込んだ。
その時、マルコは否応なく理解した。
この下院という青年はどこまでも自分というものを隠すことが上手い人種の人間なのだと。
それもそうである、複雑な事情があることは確かだが仮にも婚約者たる少女が悪人の手に渡りましてや利用されているのだ。
心配にならないわけがない、しかし……
「貴方のことだから、ジュリアを助け出そうと思ってたんでしょう・・・・・・ひとりで」
「!?」
明の言葉に、マルコはがたりと身を乗り出した。
「そういうところは少しも変わってないわねぇ、本当に大切なことだけは何もかも一人で背負おうと足掻くその性質…まぁ、それで周囲に結果背負わせるから尚性質が悪い」
「明さん……?」
そしてマルコはまた気づく。
明の物言いもまた、彼との再会を懐かしむものから次第に彼を責めるものへと変わっていっていることに。
「私はまだ許していないし、背負って生きているわよ」
「…………」
「それでもまだ、一人で背負おうというなら……」
明の言葉に、その場に居る全員がごくりと息をのんだ。
「貴方が小学生の頃、給しょ…「わああああぁぁぁぁっ!!!??だああぁぁぁぁぁあああっ!!!!!!!!」…たことバラすわねぇ!!!」
明がカミングアウトしようとした事を、下院は我を忘れて大声でかき消した。
神賀戸とマルコは何が起こったのかとポカンと口をあけてその様子を見ている。
「ふっふっふ…私、昔の下院の悪事は全て記憶しているのよん……ねぇ♪」
最後の「ねぇ♪」の時に、その笑顔を見た全員がゾクリと悪寒を感じた。
そう、まるで母親に過去の黒歴史的な事を大人になってから思い出されるような生々しい現実味のある悪寒である。
「こほん」
そう咳払いしたのは下院だった。
「言うさ…恐らくこれはジュリを止められなかった俺の招いた事だ
それに、恐らく彼女を元に戻すカギを握っているのはその子だろうしな…」
「…ふぇ、私ですか!?」
下院に目を向けられたマルコは、確かに彼女を助けようという決意はしていた。
しかし、下院程の人物に鍵と言わしめるほどの要素が自分にあるとは到底思えなかったが故に
マルコはビクリと背筋をこわばらせて下院の話に聞き入った。
「そうだな…まずは、ジュリアの事情についてどこまで聞いたかね?」
「下院がロリコンになったってとこまでーね?」
「ぶっ」
明が言った言葉に神賀戸は吹き出した。
「………神賀戸クン?ちょっとOHANASIしようか」
「待ってください団長、ちょっと待ってください団長」
こほんと咳ばらいをした神賀戸はマルコに説明を付け足した。
「晶水、婚約っていうのも立派な呪術契約なんだ。それも一般世界に浸透するほどそれはより強固な儀式魔術と化す…団長は婚約という形で魔術的に彼女を保護していたんだ」
あぁ、成程とマルコは手を打った。
本当は詳しいところまでわからないが、それも一種のおまじないだったのだと。
「でもジュリアちゃんが好きなのは本当なんでしょ?」
明の問いに、下院は窓から外を眺めた……
誰も、何も言えなくなった
(やっぱりこの人明さんの兄妹弟子なんだなー)
マルコはとりあえずそう思って無理やり納得することにした。
「さて…どこから語ったものか」
◆
――ジュリアは嘗て、讃美歌の聖人と呼ばれた魔法使い…ゲオルク=F=ヘンデルの血を引いた魔法使い候補として
まだ物心つく前から…ウェルダ教団という魔術組織で信仰の対象と祭り上げられていた…
彼女は生まれた時から、魔法と魔術という非日常の世界に生きる事を余儀なくされた少女だったんだ
ジュリアの両親がいつ、どうなってしまったのかは知らない…しかし、娘を一人偶像崇拝の対象にしようという事に、親は賛成するはずもない…
彼女は組織の崇める『聖人』であって……それでも尚孤独だった――
「『おとーさま』、おとーさま♪」
少女ジュリアが嬉しそうに繰り返す言葉に、先導する男は眉をひそめて問う。
「…何だ、その呼び方は…?」
「信者の人がね、教えてくれたの
自分を育ててくれる大事な人を、『おとーさん』って呼ぶんだって」
ジュリアが無邪気に微笑んで言う、男は「やれやれ…」とこめかみを押さえて頭を振る。
「ジュリア、それは人間同士の関係だ…忘れなさい」
「えっ……………でも……」
ジュリアの反論を切って、男は続ける。
「ジュリア、我々は教団の頂きに立ち…この世の神になり替わる新たな神となる存在だ
信者には悪いが、『ニンゲン』の下らない人間関係を我々にあてはめるなど在ってはならない事だ
私は神となり、私が駄目になったその時はジュリアが後を継いで神となる…それだけだ」
男はそう言って手を翻すと、ジュリアの頭を愛おしそうに撫でた。
「期待しているのだ、俗世に染まるな…ジュリア=F=ヘンデル」
「………はい、教祖様…」
――そして俺の居た十字教薔薇十字騎士団は、非公式の魔術を弾圧し根絶するのが基本方針だった。
それも元来魔術とは神や聖人…魔法使い達の起こした軌跡をなぞり、神の定めた使命に反する事だからだ…という名目はあるが
実際のところ、薔薇十字騎士団の団員のほとんどは…この俺を含めても、魔術師をはじめとした超常を悪事に使う者への復讐のための組織だ
そんな薔薇十字騎士団と、ウェルダ教団が対立するのは必然ともいえる事だった。――
「魔術結社の掃討、今時珍しい指令も来たものだ…そうは思はないかね?」
薔薇十字騎士団の本部で、下院は隣に立つ屈強な黒人の大男にその指令所を渡した。
「本当、19世紀の無茶のせいで今時魔術師も少数精鋭になってるというのに
とうとう『市国』の上層部は残り少ない魔術師の人数管理すらできなくなったのかしら?」
部屋の端にくつろぐ赤毛の女性が、何故か竹ぼうきを磨きながら問う。
「アルジェナ、問題発言だ」
指令所を持った大男が、アルジェナと呼ばれた赤毛の女性に短く告げる。
「あら、こちとら歴史あるペイガン学派の魔術師としてあいつらにろくな思い出がなくってね
貴方もそうでしょう、ロカ?」
ロカと呼ばれた大男は「そういう、問題ではない」と、眉をひそめてサングラス越しにアルジェナを睨む。
険悪な二人を取り持つように、両手を出して二人に制止をかけた。
「待て待て待て、そもそも此処が何処なのかをよく考えてくれ
団長の俺の前で堂々と喧嘩するなお前ら」
「「………すんません(、)団長」」
「何にせよ、此処は壊滅さなきゃならないんだがね
度重なる人体実験、教団員に対する無節操な魔術知識譲渡、死者蘇生にそれの堂々としたパフォーマンス
これ以上人間を『魔術』にし続ければいずれ騎士団でも手に負えなくなる…そう『市国』は踏んだんだよ。」
「典型的な、都市魔術」
「魔術化して蘇生した人間を媒介に、地域一帯の『常識』を支配する…神作りでもする気?」
下院は、デスクから立ち上がって号令をかけた。
「十字教薔薇十字騎士団統括団長、下院=K=無明が命じる
3日後以内に、ウェルダ教団本部をあぶりだして魔術の根幹を焼き払え」
――殲滅には、三日と掛からなかった――
魔術様式に合わせるために中世的な様式を配した神殿でも
今日の防衛のためには近代的な装備も配置せざるを得ないのだという。
ウェルダ教団本部…『神殿』にも、機械的なアラートが鳴り響き、霊装と機関銃で武装した教団の僧兵たちが防衛ラインを敷いていた。
しかし、例えどれだけ武装しようとも、魔術でも魔法でも化学でもそれぞれ違いがあろうとも…
使う兵器と、それを使う者の熟練度の違いはどうしても覆すことができないのだろう。
「無粋だわ、吐き気がする」
『神殿』に、露出度の高い扇情的な霊装と竹箒のみで侵入した魔術師の一薙ぎで、それはもう確定していた。
魔女アルジェナ、ペイガン学派を伝える魔術結社『魔女宗の後継者』の元巫女
彼女の保有する魔力は魔法使いにこそ劣れど
出力のみでいえば、史実上のどの魔法使いでさえ敵う者は居ない…幻影と破壊の魔女。
片や、ウェルダ教団の魔術師たちはその殆どがただの一般人。
まして、昨日今日…敵対勢力による教団支部攻撃が始まってからようやく攻勢魔術や銃器の扱いの基礎を始めたという者ばかりだった。
その結果は歴然かつ当然かつ圧倒的かつ暴力的…それ以前に、一方的だった。
タン と、アルジェナが箒を逆さにして地面を叩くと…
急に重力が下ではない、横…教団の出口に向いた。
「な、なんだよこれ!?」「うあああぁぁぁぁああっ!!?」
ウェルダ教団の魔術師たちのみがアルジェナの横を通り出口へと落ちていく…その先に待つのは、メイド服を着た二人の少女。
「さぁさ蟲たち…ご飯の時間ですよ?」
「うぅ…アルジェナさまは容赦がないですよぉ」
それぞれが思い思いのことを言い、それと同じくして二人同じようにスカートを持ち上げる。
「皆殺しにしちゃうなんて…」
ゾ ァ ア ッ !!
アルジェナに向かって『容赦がない』と文句を垂れた少女がそう言ったとき…二人のスカートから何か(・・)が溢れ出す。
それは、白と黒…奇麗に彩られるモノクロームの波…
それに向かって落ちゆく教団の魔術師たちは、それをただ奇麗だと思うその直後、それの正体に気付いた。
蟲…蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲ゴリュッ蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲グチャブチッ蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲バキベキチャムチャム蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲ブチュ蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲グチャ蟲蟲蟲蟲蟲蟲ブチブチブチィ蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲
とぷ ん
「…んっ、ごちそうさまです」
「うぅ…っ……おいしかった」
二人のメイド、一人は満足そうにまるで美味しいものを食べたかのような口を拭うジェスチャーをする。
一人は胃もたれを起こしたようによろめいて嗚咽するが…本音が漏れていた。
「お掃除お疲れ、さすがはメイド♡」
アルジェナの言葉に、胃もたれするメイドの背中をなでつつもう一人のメイドが反す。
「お誉めに預かり、光栄でございます…でも、姉さんが胃もたれしてしまいましたので
あとは皆様にお願いいたしますよ」
メイド…おそらくは妹の言葉に、攻撃的な笑みを浮かべるのはアルジェナだけではなかった。
一人は、学ラン姿の瓶底メガネの少年
一人は、サングラスをかけた黒人の大男
一人は、一見してごく普通の東洋人の青年
一人は、魔女
「「「「応。」」」」
「ジュリア様っ!!こちらへ…」
襲撃の報からすぐに、ジュリアは教団からの脱出ルートを進んでいた。
「……」
「っく、一体何故此処の所在がばれたんだ…!!」
教団の存在そのものは知れても可笑しくはない、寧ろ宗教と言うものは知れられなければ意味がないのだから。
しかし、その中でもその本部であるこの地下施設の隠蔽そのものは完璧の筈だった…それなのに何故この位置が特定されたのか…
爆発が起き、ジュリア以外の今日団員達が薙ぎ払われていく。
「退路の占拠は完了、と」
そう言って、瓦礫の中から現れる下院、彼が教団を経った今壊滅させんとしている組織…薔薇十字騎士団の一員なのだという事はジュリアにも理解できた
「子供か…そこの教団員の娘か、悪い事をした…っ!!?」
ジュリアが振るった魔術剣を、下院は即座に強化した片手で受け止めた。
「娘じゃない…ジュリアは、教祖様の……娘じゃないっ!!」
叫んだジュリアは教団で必要最低限身につけた体術を駆使して、下院に斬りかかる。
それは、目の前で教団員を殺された怒りではない
一人ひとり顔なんて覚えているわけでもない、自分に逢うニンゲンなんて…ただ彼の道具としての自分を手入れに来る雑務係で
自分をジュリアという一個人として扱ってくれる人は誰も居ないから。
ジュリアが怒気を露わにしたのは、自分が『誰かの娘』であるという勘違い。
「あああぁぁぁああっ!!」『止すんだジュリ!!』
剣を構えて下院に突進するジュリアの心に、突如として制止の声が響いた。
「邪魔しないでメタトロン!」
と、叫ぶジュリアの蹴りが下院の脇腹に刺さり、下院は一瞬苦悶の表情をみせた。
しかし、一瞬の後にはその足を掴みグルンとジュリアを組み伏せた。
ジュリアは、泣きながら叫ぶ。
「ジュリアは…じゅりあはっ…ニンゲンじゃないよっ
教団の道具だもの、ずっと此処に居る…教祖様の代わりだもの……っ」
胸の内を明かして泣き伏すジュリアを見て下院は…
「メタトロン…天使を模した上位自己を持っているのか…
キミは、魔法使い…それも未覚醒かね?」
下院の問いに「……」と、ジュリアは無言で応える。
すると下院は黙り込み、一瞬考えた後にジュリアに問う。
「二回問う…今、ここで死ぬのを望むか」
そう言って青年の延ばす手にジュリアの身は縮こまるが、その手はジュリアの頭を優しく撫でた。
「それとも、この無明・下院と外の世界へ出るか…だ」
「ぇ……」
ジュリアは下院の差し伸べた手を、思わず凝視した。
下院は続ける。
「来るのなら、お前が知らないものをすべて教えてやる
外の事、人間である事、外の常識、感情も…」
翡翠のような深緑の瞳は、誰かに向ける殺意だけではない…後悔、そして決心で確かに輝いて見えた。
「じゃぁ……」
ジュリアは剣を置き
「愛も、教えてくれるの?」
ジュリアの問いに、青年は頷いた。
「おぉ、愚かなる神よ、我々はいくらでも貴方に弓を引こう
私は全ての光と世界に復讐する者であり…であるが故に、私と志を同じくする智天使の血肉を喰らったのだから」
祭壇の上で両手を天に掲げ、男は嗤っていた。
それは神を冒涜する自らの愚かさを嗤っていたのか
あるいはこれからその元へ赴き自ら殺さんとする神そのものを嗤っているのか
それは今となっては誰にもわからない、それは男をその時やっと見つけた下院自身も深く知ろうとはしないだろう。
「素晴らしい製圧力だ、流石は総ての魔法の仇敵、薔薇十字に仕える勇者達よ」
男…ウェルダ教教祖もふと祭壇へ続く階段を見下ろして、下院の姿を確認すると袖に隠れた両手から光を放つ。
「薔薇十字騎士団もあくまで復讐者の集まり、お前と同じく総ての幻想と現実に嫌気がさし
暴力と攻性魔術によってそれを他者にぶつけるしかない愚昧かつ蒙昧な人種と言える。
しかしそれはお前も同じだ、その対象が魔術師であれ、神であれ…」
下院はゆっくりと階段を一歩ずつ昇りながら教祖の言葉に返して言葉を重ねて行く。
「俺とお前は同じ人種なんだろう?ウェルダ・エアリアルマスター」
「その呼び名も、もうすぐこの世界から失われよう…私はこれから人間の肉体を捨て
多神教の指すところの神と呼ばれる存在へと至った後、『あちら』の世界で戦争を起こす
そして然るべき条件さえ満たせば、彼の唯一神に裁きを下すことも可能となるだろう」
ウェルダの言葉を聞き、下院はそれが彼の妄言などではないことを確信する…しかし
「何故そう言い切れる?人類史上あちらに行ってこれた者の中で
誰か一人でもそんな事が出来たのであればもうとっくに世の中の仕組みは変わっているはずだ」
下院はあえてその計画を一笑に伏す形で嘲笑う、彼の成さんとしていることは解る
しかしその動機が解らない、下院にとってはそれが不可解で不気味なのである。
教祖がそんな手に引っ掛かるほど愚かではない事も下院は既に分かっている。
他の騎士団員が此処までたどり着けないのも一足先に地下施設の裏口に回って破壊活動を行っていただけにすぎない。
その他のルートは儀式が始まった瞬間には既に閉鎖、更には複雑な距離増幅結界が作動してしまっている。
事実上の一騎打ち、果たしてこれはこの男の思惑通りなのか…
「高い…」
教祖の言葉に、下院は耳を傾ける。
「既存の神の居場所は余りにも高い、それが故に、我々人類の受けた『意味』
自覚なき運命に縛られた存在のみが存在するこの世界になってしまっているのではないか…そう思ったのだよ
例えこの世に存在する死さえも意味があるものであるならば
果たして、己の成すべきことを成し切れずに非業の死を遂げて行った人間はどうする
そして世界に絶望し、見飽いて、昇華した魂は私の手を以ってしても救う事は出来ぬ
何と残酷で、絶対的な神の理だとは思はないか!!」
ふ…と笑ったのは双方同時だった。
「成程…ウェルダ教は元々教祖を神と崇め、その信仰の力で『死の超越』を行おうと研究をしている組織と聞いていた
納得がいった、つまりはお前のつまらないエゴの為に教団はわざわざ十字教に喧嘩を売ったのか
合点がいった、道理でこの組織はどいつもこいつも戦闘慣れどころかやる気と言うものがお前以外空回りしているわけだ
もう少し抵抗があってもいいと思っていたものだが、そう言うことか」
「いずれ皆蘇らせよう…神のように気紛れなどではない、信仰と言う己の利益のみで求めるものでもない
総ての人間が蘇り、そして死と言う概念も消滅する…そこにあるのはこの私と言う神の管理する楽園だ」
カツっ! と、強い足取りで下院は祭壇の最上階に立った。
その表情はつい一瞬前までの穏やかな物ではなく、明らかな敵意を教祖に向けた復讐者の目だ。
「呆れたものだね、ウェルダ・エアリアルマスター」
「…何?」
下院はどさりと手に持ったトランクを落とす。
「先ほども言ったがそれはお前のエゴだよウェルダ、そして強い破滅願望に過ぎない
だいたい神が一々人を救って何になる、神にそんな力とやる気があったところでそれに甘んじて生きるのは俺は御免だ
魔術師が…それ以前に人間と言うのはそう言う生き物だと、お前は誰よりも知っている筈なのにな」
「なればこそ、我が手で運命を…せめて高みから神を蹴落とすまでも」
教祖が言いかけたところで、下院はジャリン!!と、トランクから取り出した剣で教祖へと斬りかかり
教祖はその両袖の光を剣のように伸ばして、両手の光剣で下院の剣を受け止めた。
「誰もが救われ、誰もが幸せになる光景が見たいならば
神は世界など作らずに一編の物語でも書けば良いんだ、だが俺たちは神の駒でもキャラクターでもない」
「ふふははは!!薔薇十字の騎士よ、お前は本当に私と同じであるようだ
ならばもう言葉はいらない、どちらが正しいかは互いの魔導によって決めようではないか
正義が勝つ?違う、勝ったものが正しい理を持つ者だ!!」
教祖は光剣をレーザーのように下院に向けて放つが、下院はとっさに剣でそれを反らして避け互いに距離をとる。
続けて教祖の両袖には再び光が灯り光剣が姿を現す、そして其れを祭壇の間の壁に向けて放つ。
祭壇の間は広い、物理法則を無視して地下に開けられた大空洞に無理やりピラミッドを詰め込んだような外観となっている…
その材質は下院とてうかがい知ることなど出来なかったが、恐らくは『そう言う材質』なのだ…下院は即座にトランクから独鈷を5つ取りだして上空に放り投げる。
二本の光剣は反射して勢いを増しながら祭壇の間中を縦横無尽に飛び回った、
「物理結界は邪道だと思うが、そうは言ってられないかね…!!」
禁!!(キン)と、五本の独鈷の先端が下院の周囲で規則正しく並び、二重の正四面体となって下院の身を護る。
しかし光剣は既に文字通り光の速さで祭壇の間中を飛び回っており、その速度のまま結界に衝突して強い衝撃を下院に与える。
其れに加えて、眼前には新たに生み出した光剣を振り被る教祖の姿…下院はトランクから今度は二本の蛮刀を取り出し…
「ふんっ!!」「でぇや!!」
その二本で教祖の光剣と飛び回る光剣の二本を受け留めた。
そして…パァン!!と、光剣は総て弾け飛んだ。
「!?…くっ…恐ろしいな、その剣…贋作か?」
「あぁ、良くできた贋作、ティソナとコッラーダ…異教を狩るもの、元々はその異教の武器だが使い方を誤らなければ違う教派の術式を粉々に分解する」
二つの剣を宙に浮かせて、下院はポケットの中から長い長いチェーンを取り出す。
「神を名乗り、神にさえも本気で戦争しようって相手に出し惜しみする気はない
たった二人の魔法使いを助けられなかったときに俺は誓っていた
神の盾であれと、神すら叩き伏す盾であれと!
救えなかった、あの女に救いのない未来を用意してしまった責任を果たせと!!
故に、俺はお前も容赦なく打ち倒す、良いなウェルダ・エアリアルマスター!!!!!」
「出し惜しみ?する必要はない、私も神の最強の盾である貴様に油断などもってのほかだと思っている
ならば見せつくすしかないだろう、『知恵』の魔法使いである私の力、説くと知るがいい!!
下院・クロウリー・無明!!!!」
下院の蛮刀と教祖の光剣が交差し、次々と火花が上がって行く。
知恵の魔法は他の魔法とは異なり、使用者に大いなる円環の知恵…観測された魔術センスをもたらすものである。
祭壇を構成する術式が魔法でない以上は下院でも勝てない相手ではない…しかし下院が懐から放った鎖、幻想を現実に重ねる召喚魔術によって呼び出された鉄竜を教祖はその片手の一振りで凌いだ。
「自らも魔法と化していたか、それがお前の出した答えか!!」
「これは手順であり戒めだ、私は失敗を許されてなどいない…私の後にはもう一人の魔法使いを…ジュリアを置いている
バックアップにしてもジュリアは覚醒すら済ませていない、だからこそ…私は自らの手で神を屠る!!」
神に敵対する覚悟を持った二人の殺陣は続き、やがて下院の剣筋が鈍って行く。
魔法と魔術…それも魔法と化し幻想種、神に近い存在となった教祖に体力が追い付くわけなどない。
ましてや下院が得意とする召喚魔術は
人間としての魔法使いには有効だが、神に敗れる運命にある竜で神に勝てる道理はない。
片膝をついた下院に、教祖は語りかける。
「薔薇十字の若き騎士団長よ、これで最後だ…」
「…一つ、聞きたい事がある」
それで尚コッラーダを向ける下院に、教祖は光剣を向けながらもその動きを留める。
「何かを殺す事によって得られる未来があるなら…その先に世界の望むものが何がしかあるとするならば
罪を背負ってでも、かなえなければならない事なのか?」
「これは君の言う通り私のエゴだ、どれだけ取り繕おうが
…それに罪は罪だ、許される事ではないだろう
私の手で、罪を背負った先に…楽園があるとするならば、私の手でそれを成そう」
下院はコッラーダを手放し、祭壇の間に乾いた金属音が響く。
「合点がいった…」
それでも下院の視線は教祖を貫いていた。
「その罪、俺が背負おう」
下院の手には、刃のない剣が握られていた。
教祖がその剣を認識し、驚愕に目を見開いた時には…勝負はもうついていた。
「ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット…本物の、智天使の剣か
お前が犠牲にしているのは、お前の対に巻き込まれるものではなく…お前自身だったという事か…」
教祖の躯には幾筋もの火の線が上がっていた。
それは恐らく、下院の剣の効果なのだろう…節理の存在しない魔術で総ての魔術回路を焼き切られた痛みを内臓に感じながら、教祖は祭壇を下りて行く…
祭壇の最下層には、教祖を見上げるジュリアの姿があった。
「私は……見ての通り、奴により消される……。
故に神化はお前に任せる。私に代わって…」
教祖はジュリアの頭に手を伸ばすが、ジュリアはその手をパァン!と払いのけた。
「もう、私は貴方の人形じゃない!私は彼についていって、色々教えてもらうの」
「裏切るというのか?今までお前を育ててきた私をっ!」
憎々しげに言う教祖に、ジュリアは叫ぶように応えた。
「貴方には……何も教わったことなんて無い。
人の温もり…愛すらも!」
ジュリアの言葉に、フ…と笑みをこぼした教祖は、両の手に大量の光剣を生み出しては集束させ二つの光球を作る。
「どこまでもニンゲンに成りたがるか!……ならばお前も連れていく!」
「…っ!!待てウェルダ!!」
光球は弾け飛び、祭壇の間から総ての照明が消えた…
やがて、ポツ…ポツポツ…ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!! と、光剣が周囲に現れてくる。
その数は数十…数百…数万…数億…元の何倍にでも数を増していき
フ、ハ、ハ、ハ…!!!と、強く悲しい嗤い声とともに教祖はその両手を祭壇の間全体に向けた。
「邪魔しないで!」
ジュリアがそう言って教祖を留めようとした時にはもう遅い、祭壇の間の内壁を満たす程の光剣の一つがチュン!!とジュリアの足元に当たり反射して天上へと飛んで行く。
やがて二つ目、三つ目…やがて数百…やがて総ての光剣が一斉にジュリアと下院へ降り注いだ。
「ブルンツヴィークの魔剣よ!!俺たちを護れ!!!」
「無駄だ、貴殿の作る贋作ではこの『魔法』は防ぎきれまい!!さぁ降り注げ、『雷光の万華鏡』!!!」
下院はなりふりかまわず祭壇から飛び降り、ジュリアの身をかばう為あらかじめ持ってきていた魔術の外套をかぶせる。
教祖の身のみをすり抜けて魔力の塊は絶えず降り注ぐ、彼のいうと折りそのすべてを防ぐことは不可能だった。
「っぐ!!」
ブルンツヴィークの守護魔剣、ティソナ・コッラーダ、三つの魔剣を用いてもその質量をすべてカバーできずジュリアをその隙間からカバーするようにその身で魔力を受け止める。
「団長さん・・・っ!!!」
「くそ、そろそろ魔力も限界か…切り札で仕留めなかったのがまずかったかね…」
下院のこめかみから血が滴る、それは教祖の放った魔力によるものではなく自身の魔力不足の所為である。
ラハット・ハヘレブ・ハミトゥハペヘットは下院の奥の手であると同時に多くの魔力を喰う諸刃の剣であった。
しかし今こうして教祖が倒れず、残る力を『雷光の万華鏡』の起動に当てられたのは下院の慈悲によるものだった。
「何故私を殺さなかった、そうすれば今こうして私の最後の足掻きを食らわずに住んだものを…」
「殺すことに躊躇したんじゃない…この子に、ジュリアに会う機会を残しただけだ。俺は所詮偽善者だ、これも当然の報いだろう」
教祖はそれをあらん限りに下院を嘲笑った。
「ふははははは!!ならば君は私の手によって共に消えるというわけか!!!ジュリアに世界を教えることもなく、愛も教えることなく!!」
「死なせたりは…しない!!」
その時、ジュリアに変化が生じた。
被せられた外套がパキパキパキ…と、音を立てて光に分解されていく…
「これは…威光……威光の魔法か…!?」
そして分解された外套は両腕を翻したジュリアに正しく着直される形で再構成される。
それはもはや贋作ではなく、伝説にある魔女神の外套そのもの
下院はジュリアにとってはじめて知った外の世界そのものの化身である。
いまだ愛すら知らないジュリアにとってそれは何物にも変えがたいものであり、その存在の死は、今まさに終わろうとしている教団と運命を共にすることを示す。
ジュリアは本能的に、大いなる円環から流れてくる言葉を紡ぐ。
「主よ、憐れみたまえ(キリエ・エレイソン)」
ジュリアは、脳裏に浮かんだ『魔法の言葉』を唱えた。
「預言の権能に記された1番の白色球たる王権によって、奇跡は遍く精神と意思によって顕現せり。故に片割れにして最後の剣メタトロン、ここに降りて汝に祈る者を守護する事を誓いたまえ」
ジュリアの全身から目を覆わんばかりの光が溢れ、祭壇の間を包み込む。
光はその中に溶かしていくように、遅い来る光剣を分解させていき…やがてすべてが飲み込まれていった。
「ねぇ、教祖様…貴方にはとても嬉しくない事かもしれない…でも、私…自分で決められたんだよ
誰かに教えられることでさえ、生きることでさえずっと教祖様に…教団の皆にしてもらってた私が…」
「…私のバックアップにもなれない、出来損ないの魔法使い(にんぎょう)が何を言うか!!!」
教祖は再び祭壇のスイッチに手を置き、ありったけの魔力を注入する。
再び祭壇の間中に無数の知恵の光剣が灯る、しかし体中の魔力回路を焼ききられ、奥の手を一度使った教祖は
下院と同じ、否、それ以上に多くの箇所から出血する。
そして再び飛び交い始めた光剣もすべて、いつの間にか切り分けられて空中に四散した。
「ジュリに手を出すことは、私が許さない」
凛とした女性の声を、銀色の剣が発した。
ジュリアの手に握られた、剣先のない長方形の刀身の剣…ある国の王冠を現すとされる威光の剣。
「教祖様、貴方のことが私は好きでした…ずっと伝えられなかったけれど、私は愛とは違う感情で
ニンゲンとしての感情で…貴方に、お別れを言わせて…
ゴメン…教祖様……」
「くっ……私が…!」
「私は…あの人についていくの!」
バアアアァァァァァァァァァ……………ァン
祭壇の間を包む威光の光から、無数の落雷が教祖の体に降り注いだ。
すべて終わった…立つのは最早雷に全身を打たれ生きてるかもわからないまま立ち続ける教祖と下院の二人だけ…
ジュリアは初めての覚醒ゆえか、同じように力尽きた黒い子竜の天使を抱いて意識を失っていた。
「グ……ぁ…はっ」
全身を火傷と炭化した肉に覆われた教祖の口から、黒い煙が咳と共にあふれ出す。
教祖はもはや最後の力を振り絞り、下院と…愛しいジュリアを見る。
「……私の妄執から解き放たれたか、魔法まで……覚醒するとは、余程気に入ったらしい…」
「やはり、ジュリアを試して…いや、本当は覚醒することも知っていたな?知識の魔法で…」
下院の言葉に答える様子もない、最早教祖の体は足元から塵の用に細かい塩と化していくだけだ。
それが、神となった教祖の末路だった。
「幸せを掴め…我が娘のような…………ジュリア……」
眠るジュリアの頬を撫で、教祖は塩の柱と化してその場に崩れ落ちた。
「娘のような…馬鹿を云うんじゃないよ」
下院は祭壇の間の天井を、それよりもまず上を向いて呟く。
「お前だって本当は、ジュリアの父親に成りたかったんだろうが…っ」
下院の囁きは誰にも聞こえることも、観測されることもなく
ただ…祭壇の間の反射だけが、その言葉を繰り返し呟いていた。
◆
「まぁ…ジュリアに一目惚れしてしまったというのは本当だよ、だからこそ彼女を護ろうと思ったんだ
彼女には、魔法使いの素質もあったしな…護ろうと思えば、一生をかけて護らなければならない」
「ジュリアちゃんは、その事を…?」
マルコの問いに、下院は応える。
「知っている…教祖にとどめを刺したのも彼女だ。そして、あの子は俺の事を許してくれた。親を早くに失い、育ててくれた組織も…普通の人間としての未来も全て諦めたうえで
そして、その事さえも受け入れて俺の事を愛すると誓ってくれた。俺達は永遠に愛し合う事を誓った仲となった…だからジュリアはあんなことをいつしか願うようになっていったんだ」
「あんな事…?」
下院は組んだ腕に額を乗せて言う。
「ウェルダ教団の魔術師たちが魔法使いまで手に入れて研究していた永遠の命題であり
彼女が生まれた時から、ウェルダ教団に刷り込まれた生来の願望に近い目的…
転生術や蘇生術さえも超える死の超越…
不老不死の秘術…
しかしそれは、逆に十字教の教義に反するものだ
だから俺はジュリアに異端騎士の称号を預けて『異端魔術の研究と排除任務』を彼女に命じ世界を廻らせたんだ」
下院の言葉に、明は呆れたように言う。
「結局偽善の果てに失敗して正体不明の敵に渡してしまったと、とんだ大バカな話ねぇ」
「っ!!明、貴様!!!」
明の言葉に逆上した神賀戸を、下院が押さえる。
「あぁ、また(・・)失敗したんだ…だからこそ、俺にも手伝わせてほしい
魔法使い晶水摶子、君にも俺から独自に協力を要請したい…構わないかね?」
「………!!この感じ、それに…この方向は!!」
「学校…いや、公園か!!」
マルコと神賀戸がブランクの気配を察知して立ち上がったのは同時だった。
それと同時に、壁に浮かんだ下院の自動筆記の発行色が浸食されるように黒く変わっていく。
画面に映し出されているその姿は…
「ジュリ!!」「お姉ちゃん(メタトロン)!!」「…それと、貴方が黒幕かしら、ねぇ?」
その瞳に光を映さぬ銀の髪の少女と、敵意の視線をマルコ達に向ける黒い天使…エリヤの姉、メタトロン
そして…今にも折れてしまいそうな細い身を司祭のような霊装で身を覆い尽くした初老の男。
『これはこれは、よもや薔薇十字騎士団現団長様もお越しとは
いささか御持て成しが少なかったでしょうかなぁ…』
自動筆記の魔法陣の向こうで、男は獣のような笑みを浮かべる。
その聞き覚えのある声を聞き、下院は初老の男…魔術師を見やる。
「お前は…」
『そうです、貴方に嘗てその地位を追われ…こんな辺境の猿山で隠居する事となった哀れな先達に御座います』
魔術師は道化のように外套を翻しそう言うと、再び獣の笑みを下院に向ける。
一方で下院はその男の目的を大方悟り、敵意の視線を見せる。
「ジュリを返してもらおうかね…」
『おぉ怖い怖い、若僧とは言え流石は現団長様。そこの子娘とは殺気がまるで違う、いやはやお見事なものです
しかして私もこの様に便利な肉道具は早々手放すわけにはいきませんなぁ』
魔術師は霊装と手袋で覆い尽くした両腕でジュリアを抱き上げ、その頬を撫でまわす。
無抵抗に撫でまわされるジュリアの頬は、ぐにぐにと形を崩しては元の無表情に戻る。
「ジュリアちゃんに…ジュリアちゃんに何をしたんですか!!」
その光景を見て拳を握りしめ、我慢できずに叫んだのはマルコだった。
マルコはジュリアの元の姿を知らない、しかし、力任せに頬の形を変えられて表情さえ変わらないその姿はどう見ても異常だった。
それに、マルコの知っている分ジュリアは婚約者の事を思い出しても苦しむような程
下院の事も忘れていなかった筈だ…事態は、あの襲撃から更に酷くなっていたのだ。
『ブランクと同じですよ日本人のお譲ちゃん。『思考する意味』を奪い何も考えられない、婚約の事さえ忘れてしまっているでしょう…
なので私が使って差し上げているのですよ…ヒッヒッヒ』
マルコは吐き気を催す魔術師の笑みに戦慄する、この男は魔術師でも…下院や神賀戸とは全く違う
その魔術師はあまりに残酷で、傲慢で、なにより無限ともいえる欲望にまみれていた。
『さて、ここが何処か解りますか?』
魔術師が身をひるがえすとその後ろにはマルコにとって見慣れた光景があった。
「そこは…まさか、学校!?」
『やはり貴女の学校でしたか…明日の正午、この学校に展開した非観測空間にて待ちましょう
今は休みみたいですからねぇ、しかし…もし来ていただけなかった場合は、この学校の生徒全員をブランクに変えて差し上げましょう』
魔術師の言葉に、マルコは目を見開いて嫌な汗を流す。
(この人、どうかしちゃってる…ッ!!!)
「お姉ちゃん…」
エリヤがそう言うと、メタトロンは辛そうにそっぽを向き、口を開く。
『私はジュリの守護天使だ、この男がジュリの思考も主導権も握っている以上手出しはできない』
そう告げるメタトロンの肩…羽の付け根も屈辱に震えていた。
『返答は、明日聞きましょうか…それでは皆様、良き週末を』
魔術師がそう言うと、壁に展開された黒い自動筆記の魔法陣はかき消されるように消えて行った。
「ジュリア……」
下院はカウンターに固く握った拳を押し付けて俯く…
「店壊さないでね?
…成程、あの子はもうあの魔術師にとって用済みと言ったところなのかしらね
でなければこんな大雑把に果たし状なんて送るわけがない…悪趣味にして蒙昧、故に助かってるようなものかしらね」
明が感想を載せると、マルコは下院のハーフコートを握る。
その表情は背の高い下院には見えなかった。
「……おかしいです、そんなの」
「魔術師にとっての魔法使いなんて言うものは『そういうもの』だ……彼女でさえもそれは既に諦め、受け入れてしまっている……それだけはもう変えようが」
「それがおかしいって言うんです!!!!」
マルコは、自分でも驚くほど珍しく声を荒げていた。
これほどの事を理不尽と感じるのは、むしろごく最近までただの一般人であったマルコならば当然のことだろう。
しかし、マルコが怒っているのはその事だけではなかった。
下院も、どこかが麻痺している。
ジュリアの事を救いながら、どこか見捨ててしまっている。
そこに、マルコはどうしようもない怒りを抱き始めていた。
「普通に生きることの何が悪いんですか、当たり前に生きることの何が悪いんですか!?
それを助けてあげるのが、大人の責任なんじゃないんですか…!!!!」
よってたかって、彼女を『魔法使い』にしようとしている。
その『理不尽』から、彼女を助けたい。
マルコの願いは、今ようやく確かな言葉として形になった。
「協力します、ジュリアちゃんも…メタトロンさんも、助け出します!だから…」
マルコは、怒りも含めた…それでも真っ直ぐと『助けたい』という信念のもとに
下院にその目を向けた。
「私達は何をすればいいのか、教えて下さい!」
次回予告
戦いが始まる
マルコとジュリア
王国と威光
魔法と魔法
ぶつかり合う力の勝者を決するのは意志か野望か。
魔法と魔術
光と闇
ジュリアとグラディ
決着がつく
次回:救うもの、救われるもの(She is a reliever of Malchut)