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新約:魔法少女マルクトマルコ  作者: 蓬松
第一章:白と黒の魔術師
3/8

3rd.負けず嫌いたち(It loses and dislikes up)

 青銅欄の通学路を霧が覆う、これはただの霧ではない。

 非観測空間、観測された者はすべて正しいと言う現代社会に置いて魔術師が用いる結界である。

 観測された通常空間と、観測されない自らの戦場を分断する為の異空間と化した霧の青銅欄の空。

金と銀、二つの光がぶつかり合いながら飛行していた


「サーベルレインを実行…ファイヤ!」


 銀色の魔法使いが機械的に読み上げる威光の魔法、それと共に闇色の威光から無数の刀剣が溢れだし、竜のような塊となってマルコに押し寄せた。


「うわわっ…!防いで風よ!!」


マルコは慣れない飛行制御魔法を実行しながら、銀色の魔法使いに向けてリングを放つ。

リングは風圧の流れを操り一瞬にしてハンマーのような風圧を生み、刀剣の龍をバラバラに弾き飛ばした。


「ばかっ、マルコ!!魔力の使い過ぎ…」


「あっ…!!う!!」


 マルコは胸を抑えて苦悶の表情を浮かべた。

胸の傷が急に痛み出したのだ、まるでそこに傷があった事を思い出したかのように。

魔法使いは魔術師と違い無制限に魔力を用いる事が出来る、

しかし、大魔力とは本来この世界で使用された魔力が異相の世界に行きついて集積されたもの。それ故に一度に大量の魔力を使えば魔法使いそのものに良い影響を与える筈もない。


「リバウンド…!!」


「配列変更、全方位固定」


 銀色の魔法使いがマルコの周囲全体に散らばされた刀剣を配置する位置で静止させる。

 その総てがマルコを向いた。


「ぅ……ぁ……」


 その時、むき出しの殺意を身体中に浴びたマルコはその場に固まってしまう。

 動けるわけがない、マルコにとってそれは最悪の状況だった。

 2年前の事件と今この場、死を直面した普通とはほど遠い一瞬の空気――それはたった9歳の女の子が2度受けるには重すぎる重圧だった。


 そんな隙も鑑みる事も無い。

 最初から定められた事であるかのように銀色の魔法使いはマルコに向けた掌を握りつぶすように閉じた。

 剣が、マルコに殺到する。


「マルコおォォォ!!!」


 マルコの周囲を旋回するように飛んだエリヤは、回転しながら黄金の剣の形をとった。

 ひゅんひゅんと風を斬って舞い飛ぶエリヤは円盤のようにマルコの周囲に殺到する剣を弾き飛ばし、マルコの手に収まった。


「………ッ!!!!!!」


 その時マルコの目に光が戻った、ドラウプニルが輝きその映し身が飛行魔法を補強するようにもう1輪追加された。

 輪は高速回転を始め、物理的なバリヤーの代わりとなってマルコの身を剣の幕から守った。


「実行失敗、再度使用された魔法に対する対抗策を逆算…完了」


 すると銀色の魔法使いはロケットのような推進力でマルコめがけて飛行した。

 余りにも大きい黒い翅、銀色の魔法使いのマントが変化したそれはたった一度の羽ばたきで暴風を纏いマルコへの接敵を許す。

 そして、その手に黒い威光が瞬くと、それは握り拳の先端に据え付けられた極小の暗雲を纏った独鈷剣と化していた。


「ブラッディサンダー…執行」


 バヂイ!!!!!


 と、蒼光する稲妻がリングを通して空気中を放電し、マルコの身を貫いた。


「……あっ………ッ!!!!」


 マルコの身体はビクンと電気刺激によって震えると、振り下ろされた独鈷剣の物理的な衝撃によって地面へと叩き落とされた。

 仮に、マルコがその周囲に飛行魔法を張り巡らせてそれに剣が阻まれていなければ致命傷へと至っていたに違いない。

もう一つの幸いは、マルコが《王国》の魔法使いであった事だ。電流によって負った火傷も打撲も、魔法によって生体修復を行えば瞬く間に癒される。

 しかし痛みは抑える事こそできても、無かった事には出来ない。

 その身に生まれて初めてに近い衝撃を幾つも受けたマルコはその場で動けなくなってしまった。


「あぐっ…ぅ」


「対象の沈黙を確認、処分を実行しまs」


「待つんだ、ジュリ!!ジュリアFヘンデル!!!」


 その時、彼女が腰に携えた金色のカーテナから声がした。

 エリヤと似ているようで、どこか凛とした雰囲気の女性の声。


「エノク…!?エノクなの!!?」


 その声に反応したのは、ジュリアと呼ばれた銀色の魔法使いではなく、マルコの手に握られたエリヤだった。


「こいつ等は薔薇十字と関係を持っている…下手に殺して刺激を与えるのはまずい」


「薔薇……十字……」


 エノクと呼ばれたカーテナの声に、ジュリアはようやく動揺したかのような声を出した。

 しかしそれは薔薇十字というものを知っているが故の動揺には聞こえなかった……まるで、自分がそれを知らない事――忘れている事そのものに動揺しているように見えた。


「何やってるのエノク!!魔術師に手を貸すなんて…天使は魔法使いが世界のゆがみを修正するに足る資格を選定するもの…寄りによって堅物の貴女が…」


「………誰でも良い」


 歯噛みしたような声が、カーテナから漏れる。


「だれか…ジュリアを、止めてくれ……ッ!!!!」


 震える声で、助けを求める声がした。


「……ッ、ぁぁあ!!!」


 声を上げて、痛む体に鞭打ってマルコは地面に手を突いた。

 その時、ジュリアは無感情に告げる。


「思案完了、未だ敵性残留…完全に殺す」


 そう言うと、ジュリアはエノクと呼ばれたカーテナを腰から引き抜き振り被る。

 それは処刑を行う段罪人のように無慈悲に、動けないマルコを見下ろしていた。


「やめろ!!!辞めるんだジュリア!!!!!やめてくれぇ!!!!」


 振りあげられたカーテナは魔力を溜めながらジュリアに懇願する。

 そして――


「もう2度と、下院に逢えなくなるんだぞ!!!!」


 カーテナのその言葉に、ジュリアの瞳の瞳孔が開いた。


「………ぁ、かいんさ…ま……」


 ジュリアが呟いたそれは、それまでの暗く機械的な声ではない。

 年相応の少女の呟く、感情の揺れに震えた少女の声だった。


 ドクン ドクン! と、ジュリアの心臓が痛い程に動悸する。


「っぁ……いや、いやあああぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」


 ジュリアは感情を暴発させたかのように叫ぶと、マントを包まれるように折り畳み――ドン!!!!という衝撃音と共に弾丸のような速度で何処かへと飛んで行った。


 しん…とした静寂が、マルコの落ちたクレーターの残る公園を包む。

 それも一瞬、魔法使いの気配が完全に失われた所でマルコは詰まっていた息を吐きだした。


「……っはぁっ、はぁっ!たすかっ……た?」


 息を荒くしたマルコは、その手の中でカタカタと震えるエリヤの剣に気付く。


「そんな……エノク……」


 マルコはエリヤを元の子竜に戻すと、そのまま仰向けになって彼女を抱きしめた。


 ◆


威光(いこう)魔法使(まほうつか)い () 候補(こうほ)…ジュリア=F=ヘンデル》


 授業中、マルコにだけ見える魔術の視覚情報…自動筆記、手紙のようなそれに銀髪の少女の姿が映った映像が添付されている。

 しかし、その仕草は感情に溢れた普通の少女そのものであり、他の魔術師だろうか、彼らにすぐそばにいる青年と何かを離しては楽しそうに笑っていた。


《元々、僕等『十字新派薔薇十字騎士団』におけるエース魔法使いだった彼女は暫くの単独行動の後に姿を消している。話からして予想するに、彼女は魔術師に掴まって無理やりに魔法を使わせられている事になる》


《こんな優しそうな子が……》


《魔術の世界では、洗脳や使役の方法が星の数に至る程存在する……最悪、『思考する意味』さえも奪って肉の人形にするなんて事も有り得るんだ。特に、魔法使いは大量の意味と魔力を保有する物が多いから、魔法使いを捕まえて研究の材料にする魔術師も後を絶たない》


「……ッ」


 神賀戸の文に、マルコも動揺する。

 同じ魔法使いとなった事に、危機感を覚えるのも無理のない話だ……しかし


《でも、ちょっと聞いていいかな?十字新派薔薇十字騎士団って何?》


 その返答に、神賀戸は呆れたような溜息をついた。

 それでも、マルコは関わり抜く気でいるのだ…神賀戸としてはこの機会に身を引いて欲しかったのだが。


《世界最大クラスの対魔術・魔法組織――この世の摂理に反する魔術の存在を世界から隠蔽する事を目的とした魔術師の集いだ。魔術師は己の目的の為に手段を選ばない連中が非常に多いからな、その被害者や自分の見識を広めたい魔術師が此処に集まって他の魔術師を狩る…世界の平和の為ではあるが、同族殺しの異端者揃いだ》


《神賀戸君も…?》


《僕も魔術師に、多くのものを奪われた…彼女もね》


 神賀戸は次の文に、ある宗教組織の玉座に括りつけっ類る様にして座らされていたジュリアの映像を添付した。


《彼女も魔術組織から保護された当初も晶水から聞いたような無感情な人形のような有様だった……だが同時に、団長から多くのものを貰ったはずだ。何故行方をくらませたのかは、恐らく本人か団長にしかわからん》


《団長?》


《無明下院、魔法でもなくあらゆる奇跡を再現する能力に特化した『対魔法使い魔術師』。最強クラスの魔術師にして、ジュリアの婚約者だ》


 神賀戸のその分を見て、マルコは目を丸くした。


「こ、こんやく!?」


 そう言って思わず立ち上がるマルコ、しかし今は授業中である。

 ひそひそと笑い声がすえう。


「晶水、お前は普段からいい子だし偶には居眠りも許すが、寝ぼけて授業の邪魔はするなよ?」


 先生のその言葉が、寧ろフォローだった。


「ぁぅ……」


 顔を赤くしながら座るマルコを見て、神賀戸はため息をつく。

 そんな二人の関連性にいち早く気づき。ギリギリと歯ぎしりをしながら理樹を入れた机にひびを作る番長が居た。


「か、が、とおおぉぉぉぉぉおおお」


 そう、斎藤太一はマルコに好意を寄せているのである。

 それはもう趣味代わりのケンカを辞め、彼女の敵であるならば上級生だろうが中学生だろうがねじ伏せ

 彼女に例え気付いてもらえなくとも猛烈にアタックを続ける程にマルコの事が大好きなのである。

 そんな彼が今のマルコを見て、嫉妬の怒りに震えない事が果たしてあろうか、いやない。 反語。

 チャイムが鳴る直前に、太一は絶妙なコントロールで教室端に向かってある物を投げた。


「…何のつもりだ、あいつ…?」


 神賀戸は机の上にジャストで乗った物体を怪訝な顔で見る。

 何故か、神賀戸の机の上に洗いたての靴下が乗っていた。




「それじゃあ斎藤、この問題解いてみろ」


 算数の時間に太一が指される事は多い、それは彼の思考が常にマルコの方へと偏っているためである。

 もちろん授業などほとんど聴き飛ばしているも同然なのだが、ここに美香のサポートが入るわけである。


「マルコに見直させるチャンスかもねぃ♪」


 その一言を聞いた太一は、黒板に向かうまでに何気なく教科書の今周囲が開いているページを開く。

 通常、勉学と言う者は何度も練習し勉学を重ねることでちゃんとした知識へと昇華する。

 そう、予習復習をちゃんとしてこその勉学なのだ…しかし、それを太一は凌駕した。


「答えは、3分の2だ!!」「せ…正解だ、やればできるじゃないか斎藤!!」


 愛とは時に奇跡を起こす、それがたとえ理不尽な者でも想いの力に勝るものなど無いのである。

 太一はものの見事に問題の答えを言い当てて見せた、途中式まで確実に。

 それも太一の類稀な集中力が美香の発言によってへんなスイッチへと切り替わっただけなのだが…


「じゃあ次の問題をそうだな…神賀戸やってみろ」「はい」


 至極面倒くさそうな返答をし、席を立つ神賀戸だが…黒板への道のりにすれ違い太一は神賀戸をものすごい形相で睨んでいた。

 神賀戸はそれに会えて気付かないふりをして問題を見て、ため息交じりに答える。


「…5分の3」「…神賀戸、途中式も書くように」


 先生の返答を受け神賀戸は途中式を描く、通常の途中式に加え証明の為の数式を幾つも幾つも…


「すみませんでした、完敗です」


 やがて黒板が埋まったところで先生が土下座した、どうやら先生なりに引っ掛けを加え難解にした問題だったようだ。

 さらに証明式のレベルが小学校レベルから最早一個につき黒板の半分を埋めるような高等数学の域まで達している。

 理解不能の事態に太一は顎が外れんばかりに口をあけていた、周囲もまた唖然とする。


「……って頭いいんだなぁ…」


 マルコは、「魔術師って頭いいんだなぁ…」と言ったのだが、呆然としていた太一にはそれが後半しか聞こえなかった。

 「神賀戸君って頭いいんだなぁ…」と脳内補正をかけてしまうのは、ライバルを持った恋する少年の性か

太一はビキビキと机のひび割れをさらに広めていった。



 続いて体育の時間…バスケットボールの試合となり、案の定太一と神賀戸は敵同士のチームとなる。


「くくく…ちょっとは驚いたが、眼鏡をかけてる時点で頭いいっていうのはだいたい予想が付いてたんだよ。今度は晶水の視線、いただくぜ!!」


「思考が駄々漏れだねぃ♪」


 背後に廻っていた審判の美香の言葉を無視しつつも、神賀戸と太一はジャンプボールを取る為に相対する。

 美香は美香でこの状況、ひたすら楽しんでいた。


「今朝のアレは何の意味があるのか教えてもらおうか…?」


 ここにきても眼鏡を外さない神賀戸の問いに、太一は胸を張って答える。


「決闘の申し込みだ!」


「それなら手袋を投げろ」


 神賀戸の至極冷徹なツッコミを受け、太一はこめかみに青筋を浮かべる。


「伝わりゃいいんだよ…この試合、勝たせて貰うぜ」


 太一の溢れる熱意と、神賀戸の氷の視線が混ざり合い、小学生のバスケらしからぬ緊張感が周囲に生まれる。

・・・・・・・・・・・・・・・美香が、高らかに宣言した。


「すたーとっ!!」


 美香がボールを天高く放り投げ、二人は跳び上がる。


「・・・・・・っ!!」


 太一が驚いたのは、連が予想以上に高く跳びあがった事だった…恐らくは体力において小学生離れした太一にも匹敵するであろうジャンプ力である。

 しかし、背丈は太一の方が上だった。

 …バシィ!!

 太一が弾いたボールは、的確に自分のチームの少年の手元に向かって空中を走る!!


「取れ安田(仮)ぁ!!」


「えっ!あ!?」


 二人の全力飛翔に呆然としていた安田(仮)少年は慌ててボールをキャッチするが…パシっという音と共に何者かに奪われてしまう。


「え…?」


 安田(仮)少年が振り返ると、そこには既に神賀戸が居た。


「…速ぇ!?クソッ…完璧超人かてめぇは!!」


 太一は大急ぎで神賀戸に迫りボールを奪おうとする…しかし神賀戸は最小限の動きでそれを回避、ドリブルしながら敵ゴールへ向かう。

 その道中に太一が立ちふさがる、体格は太一の方がやや上だ。

 太一の筋肉は必要最低限の種類のみ鍛えられている本格的な武術者の身体だ。

 まして小学生だからこそその体格は細くてしかるべきだ。

 そんな太一の隙を突き、ゴールへ再び歩を進めるのは全身で精密な動作の出来る神賀戸だからこそ出来る動作ではあるものの、その技術左は致命的だった。


「さっきの言葉、そのまま返すぞ」


 太一と離れる瞬間にそう言った神賀戸は、ゴールから5m離れた位置からボールを投げ…的確に3pシュートを決めてしまった。


 ◆


「……あ~、ココアがうまいわぁ」


 翼で起用にコップを持ちココアを煽るエリヤの横で、明は楽しそうに笑う。


「しかし、レンくんもややこしい事に巻き込まれてないかしらねぇ?」


「はぁ?あのおっさん魔術師がマルコに持って来たようなものでしょうが、こんなややこしい事態」


 エリヤの言葉に、明は首を横に振る。


「違うの、彼37歳とか言ってるけど…それはあくまで生きた年月

彼の本質からするに、きっとずっと9歳のままで成長が止まっているのよ」


「ふぅん、だから?」


 明はにっこり笑って答える。


「負けず嫌いの子供のまんまなのよ、彼も」


 ◆


「…やるじゃねぇか、ビンゾコ」


「それはこの眼鏡の事を指してるのか、靴下男?」


 ボールを手にして威嚇する太一を前に、神賀戸は挑発するように言う。

 太一はアイコンタクトで周囲のチームメイトに指示を送る。


「チームワークで征そうとしても無駄だ、僕とお前ならともかく…戦力差が大きすぎると思うぞ?」


 しかし、太一は大きくボールを振りかぶる。


 ―所詮子供か、ゴールに近い奴に投げようが…取ればいいだけの事…―


 そう思い神賀戸が最小限の動きでそちらに向かおうと足の形を整えたのを、太一は見逃さなかった。


「…考えが足に出てる…ぜっと!」


 太一は不自然に振りかぶった体制のまま、手首のスナップだけで一番近いチームメイトにボールを渡した。


「なっ…!?」


 神賀戸は急いで太一の場所へ向かおうとするが、急激な変更に体制が追い付かない。

 あくまで神賀戸の機動力という売りは、『的確かつ最小限の動き』で成り立っている。

 それが整えられないままの神賀戸は、普通の小学生のそれと同じ機動力のまま走り始めてしまったのだ。


「しまっ…!!」「お先に!!」


 対する太一は鍛えた体力に、仮実行委員としてクラスメイトと付きあって来たチームワークがある。

まさに太一は昔からその座を譲らない3年3組の砲塔なのである。


「入れぇぇぇぇ!!!」


「「いっけぇぇ太一ぃぃぃ!!!」」


 太一はゴールからコートの半分以上も離れた位置からがむしゃらにボールを放った。

 しかし太一のコントロール力は、皮肉にも神賀戸が今朝の試合で既に確認していた

 ボールはゴールの環にぶつかりほぼ垂直に跳ね上がり、吸いこまれるように輪の内側へと入っていった…


「…決まったーっ!!これは離れすぎです、最早4p!!壮絶の4pシュートですよぃ!!」


 あまりにも奇跡的な事態に興奮した美香がテレビの試合の司会よろしく解説し、太一のチームに勝手に4p加算する。

 しかして誰もその加算に文句を言うことはなかった。そして--

 ピピピピぴピピピピ!!


「試合終了ぉー!!」


「「「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」」」


 観客も見学も太一のチームも、果ては負けた神賀戸のチームメイトさえ感動のラストに打ちふるえた。


 ◆


「……ほらね?それなりに楽しくやれてるじゃない?」


 明の言葉に、エリヤは黙り込む。


「どうしたの?エリヤ……」


「ねぇ」


 エリヤは口を開き、明は腕を組んでその問いを聞いた。


「私たちって、赦されるのかな」


「………」


「あんな幸せな日常を、あの子に『押し付けて』」


「サンダルフォン」


 エリヤの懺悔に似たつぶやきを、明は彼女の本来の名前で呼びとめた。


「赦されないのは私だけ、あの時そう契約したじゃない……貴女がそういうのは、ずるいわよ」


 明のその言葉に、果たしてどのような意味が含まれるというのだろう。

 エリヤは子竜の姿でありながら、それでも見て解るほどに罪悪感を背負うような顔をする。

 しかし、すぐ開き直ったかのように翅を広げて羽ばたいた。


「……そうねっ、あたしらしくもない」


「そう、常に『らしくあれ』……それが宿命の天使っていうのは、残酷なものよね……」


 深刻な表情で紅茶の表面に映るマルコの姿を見つめた彼女は、おもむろにコートのポケットから携帯電話を取り出す。


「あぁもしもし、久しぶりねぇ元気してたかしら…ね?」


 明は懐かしいと元再開したかのように気さくに話しかけるが、その目は決して笑っていない。

明は誰よりも電話の先の男を憎み、また誰より電話の先の男を頼りにしているからだ。


『何の用かね?…ざっと2年ぶりか…』


「ジュリア・フリードリヒ・ヘンデル…確か、貴方が保護した子よね?

そのジュリアって子が行方不明にでもなっているのなら、私の方から情報を提供してあげてもいいのだけれど…ね♪」


 明がそう言うと、電話の先の男は一瞬とはいえ明らかに動揺したように『!?』と、驚愕を露わにした声をあげる。


「安心して、私が取って食ったわけじゃないからね♪

でも、相手によってはもっとひどい事になっているかもしれないわねぇ…?」



『…いるんだな、ジュリが…青銅欄、お前の 楽園 に!!!』


 ◆


「はぁ…はぁ……く、うぅ…」


 現代の日本において、人間の気配を感じない場所は殆ど無いといっても過言はないだろう。

 しかしてこの場所は、あまりにも人間の気配というものはなく、代わりに少女の苦しむ咽び声のみが響いている。


「う…くぁ…………あぁぁあ!!あ、うぐぅぅ…っ!!?」


「やめろ…」


 喘ぎ苦しむ少女、ジュリアの傍らに…黒い天使が立ち、見ていられずに目をそらし叫ぶ。


「やめろ…もう止めろぉ!!!!!!」


 しかしそれは少女ジュリアの苦しみを助長させるのみにしかとどまらない

 朧気なな思考と、只一つの単語から溢れる感情の波の摩擦

 それが苦痛となりジュリアを苦しめているのである。

 

「…中途半端に思考権を返した結果だ、お前の提案ではないか…」


 あまりにその男の存在感は人間とはかけ離れていた、しかしそれは確実に人間で

 しかし天使でさえ顔を背けるジュリアの現状を冷酷に見つめ、ただ其処に立っている。


「やめて…こんな気じゃなかった…だからジュリアを…助けてくれ…」


「…いいのかね?ここで思考権を私に返還するということは…またあの町の者をブランク化する為に

意味を奪って廻ってもらうこととなるが…?」


 黒い天使、メタトロンは俯いて翅を屈辱に震わせる。

 もはやのたうつ体力も無くしたジュリを挟んで、メタトロンに向かい合うように立つその男は

 悪趣味としか言いようがなかった。

 しかし彼女達はその男に従うほか選択肢を持っていなかった。


―――こんな事なら、あの男の言う通り『あれ』の研究なんて辞めておけば…っ!!!―――


 悔し涙を流すメタトロンにさえ、魔術師は冷たく見下ろす。

 そして魔術師は冷酷に、ジュリアから再び思考を奪おうと無慈悲に手を振り上げた。


次回予告



晶水マルコはおかしな少女だ。


誰よりも死に近づき、誰よりもそれを恐れ、そのくせ誰よりも普通に生きる。


普通に生きることこそ最大の戦いとでもその身で表すかのように。


最強の魔術師もまた、彼女にどこか似ていた。




もしかしたら彼女は、彼が在ろうとした有り方の一形態なのかもしれない。


何故なら彼女は、それでもあの子を救うつもりなのだから。


次回:薔薇十字の魔術師(It's an actual protector)

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