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新約:魔法少女マルクトマルコ  作者: 蓬松
第一章:白と黒の魔術師
1/8

1st.開幕は出会いと共に(Boy meets Girl)

魔法、それは人の成し得ない奇跡

魔法、それは奇跡の権能

魔法、それは権能とも呼ばれる能力

魔法、それは願いを叶える力


雨が降る…

記憶と思いを映す、銀色の雨…


「あぁ…あぁぁああ!!」


嘆く女、地に伏し、雨に濡れ、黒い髪を振り乱してこの世への憎悪を撒き散らす。


「くそがああァァァ!!!これ以上、私に何を失えと言うんだ!!私に何をしろと言うんだ!!

この世界…この運命…この名この私…全てが世界に害されると言うのなら…」


彼女は、二つの可能性へと分かたれる。

一つは、この世を否定し、魔法を肯定した一人の魔女の運命へ。

そしてもう一つは…


「この世界に!!奇跡(まほう)なんかないじゃないかああああぁぁぁぁ!!!!」


この世界を肯定し、魔法を否定した…もう一人の魔女の運命へ…


挿絵(By みてみん)

MagicalGirl MalchutoMalucho

1st action : White and a black mages


2009/9/26







 空が、とても近くに感じた。

 赤く染まった視界、胸を刺された痛み。

 少女は、死を実感していた。

 総てが冷たく、冷たく、少女の全身を包んで行く…

 そんな中、彼女を掲げ上げる腕の温もり。

 

「…ぁ……ぅ…」

 

 場所を抱き上げたその女性の笑顔は、とても頼もしく

 それと矛盾するように、悲しい笑みだった。


「……………」


彼女が何かを言っている。

しかし、少女が手を伸ばした所で夢は終わる。

そう、すべては一夜の夢――3年前の忌まわしく、そして暖かい記憶の追体験

 

 

 

 

「……ぁ、あさ?」


 少女は宙を掴む手をぐぅぱぁと開け閉めすると、鳴り続ける携帯電話をとって通話ボタンを押した。


「はい、マルコです」


『お~そ~い~~~~~!!!!』


携帯電話の向こうから聞こえた大きな声に少女はビクリと身を震わせた。


「にゃぁあ!?み、美香ぁ?どうしたのこんな朝早くに?」


『転校生だよ転校生!!忘れちゃったの!?』


 美香と呼ばれた携帯電話の向こうの声、その言葉に少女は目を丸くした。


「ごめん!すぐ着替える!」


 少女は通話を切ると、すぐにパジャマを脱いで私服に着替える。

 窓の外では美香がおーいと声を上げて少女を急かしていた。


 ◆


 青銅欄、東京都の一部であり都心に近い位置にありながら、最新の海水環境管理システムを採用しており、街の何処からでも美しい海と自然に囲まれた山々を近くに見る事が出来る街。


「はぁっ…はぁっ…まってよー美香ぁ!」


「にょっほっほ、こっちだよ~いマルコ~♪」


綺麗な金髪を揺らして先に走る少女、美香を追うのはふわふわしたあずき色の髪の一見して地味に感じるような普通の少女。

彼女の名前は(あきら)(みず)マルコ。

美香のような騒がしい友人に恵まれたごく普通の小学三年生である。


「よく転校生が来る正確な日が解ったねぇ?」


「にひひ~、この美香の情報網を甘く見たらアカンぜよ~?」


 マルコの友人、名を(きん)()美香(みか)

 マルコの親友であり、憧れでもある彼女はその活発さからトラブルメイカーとしても名高い少女である。

 しかしその活発さと幼いながらも高い社交性のためかコネクションは非常に広い。

 噂では校長先生とすらコネクションがあり親しげに話しているのを目撃した生徒がいると言う。

 その真偽は定かでなないが、しかしその情報網が非常に正確である事はたしかである。

 なにより美香は、そういう波乱を引き起こしそうな情報が大好きなのだ。


「と、いうことは!」


「『実行委員』、成立だね!」


 マルコの問いに、美香が輝くような笑みでこたえた。

 『実行委員』とは、美香がリーダーを務める自主的なレクリエーション部の事。

 レクリエーションだけにとどまらず、文化祭などの学校行事も明るく楽しく演出し、学校生活をより楽しくしようと言う名目で活動する集団である。

 美香はこれを前から学校の正式な委員会活動として申請していたのだが――今の所所属しているのは美香とマルコ、そしてもう一人を加えた三人だけである為認められず仮認可に収まっていた。しかもその三人を除くクラスメイトは全員何かしらの委員会に所属していた上に、クラスの半数は美香の活動に否定的だったのだ。

 しかし…


「それもこれも、マルコのおかげだねぃ♪学級会議で反対派の意見の裏をかいて…」


『人数が足りないなら、転校生が来れば設立しても構わないよね?』


「なーんていうから、なし崩し的に転校生が来れば設立OKなんてはなしになったんだよねぇ」


「あはは…思いつきだったんだけどねぇ」


 謙遜するように言うマルコに、美香は両手を上げて抗議する。


「何を言いますか!この街は今新規のベッドタウンとしては流行りの最先端だし、青銅欄第三小学校だって割と新しい校舎だから転校生や留学生は割としょっちゅう来るんだよ?それを計算したと言わずになんという!」


「寧ろそこまでリサーチできる美香がすごいよぉ」


しかし、マルコが思い返してみれば美香も転校生だったのだ。

一年生の半期から、外国人のクォーターで不自然に金髪碧眼が遺伝してしまった美香は元の学校では相当孤立していたらしく、マルコが関わって友達になってから此処まで活発になったのだ。


「色んな意味で、マルコは私の恩人だよ…っさ、それはそうと早く行こうよ!」


「だから、まってってばぁ~」


走る美香を息を切らせて追うマルコに、唐突に声が掛けられる。


「あらあらぁ、こんな朝からランニングかしらねぇ?」


 そこは、喫茶Avalonという看板の立てられた喫茶店の前だった。

 その店先を古めかしい箒で掃除する、黒いコートに美しい黒髪を持った女性が頬に手を置いてマルコと美香を見ていた。


「あぁ、メイさん」


「ランニングはほどほどにしないと体に悪いわよん、ねぇ?」


 語尾に「ね」とつけるこの女性、名を明綾乃(めいあやの)という。

 喫茶Avalonを切り盛りする若いマスターである。


「ランニングなんてもんじゃないよぉ、学校まで長距離走だぜ!」


 元気に応える美香にあらあらと囁いた明は掃除の手を止めると、細い目を更に細めて…


「あぁ、朝露に混ざって散る少女たちの健康的な汗…やっぱり小学校近くに店を構えて正解だったわねぇ♪寧ろ校庭を覗けるベストポジションに建てたかったものねぇ」


 などと危険な言葉を吐きながらうふふふふと怪しい笑みをこぼし始めた。


「あっはっは、犯罪はほどほどにね~」


美香は笑って走っていった。

明は確かに怪しい、外見も言動も怪しいことこの上ないし実際重度のロリショタコンなのだ。

 しかしそれと同時に美香達の事は友人として愛しているらしく、よく事象実行委員会の面々には帰りにアイスやお茶を御馳走してくれる。

 それに、明は…


「美香ぁ、置いてかないでよぉ~」


「マルコちゃん、体…大丈夫?」


 明の問いかけに、マルコは美香を追いかけようとした脚を止めた。

 振り向くと、明は先程までの穏やかに置チャラ桁笑顔ではなく心配そうな視線をマルコに向けていた。


「大丈夫ですよメイさん、あの時の傷はもう殆ど治ってますから」


「そう…ならいいんだけどねぇ、気をつけてねぇ♪」


 そう言うと明はまた明るい笑顔でマルコを見送った。

 そう、明はマルコの命を救った恩人でもあった。


「じゃあねぇ~メイさーん」


「いい汗かいてきたらカルピスおごったげるわよ~ん♪」


走っていくマルコを見送ると明は呟いた。


「えぇ…本当はずっと、大丈夫でいて欲しい…」


 ◆


 黒板にカッカッと、力強くも達筆に転校生が自らの名前を刻む。

 『神賀(かが)()レン』と、名前を書き終えて振りかえった学ラン姿の少年はクラスメイト達に向き直った。


「神賀戸レンです。」


 そのまま自分の席に向かう…


………それだけ!?

周囲の全員がそう思った事だろう。


「か、神賀戸君?もうちょっと自分の紹介とかこれからのお友達に対する一言とかをお願いできないかなぁ?」


 顔をひきつらせた教師の言葉に、神賀戸は心底面倒くさそうなため息をついた。


「…はぁ、特に紹介する程目立った特徴もありません。よろしく。」


 そう言うと今度こそ神賀戸は席についた。


「か、変わった転校生だね…緊張してるだけ、なのかな」


 屈んで仕掛けの紐を隠すマルコの言葉に、同じく屈む美香もうぅむと唸って答える。


「ありゃ逆に引っ越し慣れしてるタイプだね、友達作りにくい事に開き直って周りを拒絶するタイプとみた」


 美香の冷静な判断に驚きながらも、それでもマルコは美香がその程度で転校生を諦めるような事は無いと確信していた。


「それでも、やるんでしょ?」


 マルコの言葉に、美香はニカっと悪戯をしかけるような笑みを浮かべた。


「…やらいでか!」


美香の言葉を合図に、二人は紐を引っ張った。


パァン!パパァン!!


 クラッカーの音が鳴り響き、黒板を除く教室の壁にばさりと三枚の垂れ幕が下がった。

 その垂れ幕にはそれぞれ――

『ようこそ3年3組!!』

『おいでませ実行委員!!』

『ウェルカム転校生!!』

――と書かれており、いささか強引に神賀戸を実行委員に引き入れる旨を伝えるには十分すぎるインパクトだった。


「な…!なぁ…!!?」

 

流石の神賀戸も教室に入ってから一度も崩さなかった鉄仮面を崩して驚愕していた。


「何だこれは…ボクはこんな!!」


「おめでとう神賀戸君、君が記念すべき実行委員初の新入り決定だ―!!」


 抗議の声は美香の声にかき消され、それと同時に歓声が上がった。

 

 ◆

 

 そして、放課後。

 4人の実行委員は机を合わせて最初の会議を始めていた。

 

「ふっふっふ、これよ!これが3年3組のあるべき姿よ!」


 悪事に成功した悪の幹部よろしく含み笑いをする実行委員長、美香。


「というか、反対派にも文化祭が近いから押しつけられただけだろ?大した案も出ないでグダグダだったしな」


 美香に厳しい突っ込みを上げるツンツン頭の少年、実行委員の体力担当である斎藤太一。

 古武術を伝える家系に生まれ、番長を名乗って喧嘩の毎日を送っていた時代錯誤な少年であるが、マルコに出会ってからは人が変わったかのように喧嘩をやめて実行委員に協力してきた努力人である。


「じゃ、最初の議題はどうしよっか?」


「う~んと、まず神賀戸君に近所を紹介して回るのはどうかな?」


「良いです、この辺の地理は既に把握してますから」


 書記となったマルコの提案を、神賀戸はその場で切り捨てた。

 どうやら無理やり参加させられた事に少なからず怒りを感じているようだ。


「まぁまぁ神賀戸君、折角なんだから新しい学校をエンジョイしようじゃないか」


「…はぁ、馬鹿馬鹿しい」


 美香の言葉にも、神賀戸はため息をこぼしてその席を立つ。

 神賀戸は実行委員の3人を冷たい視線で見下ろすと、はっきりと口を開いて言い放った。


「僕には僕のやるべき事があるんだ、遊びなら君達だけでやっててくれ」


 そう言って教室を去ろうとする神賀戸の肩に手を置く太一。


「おい、幾らなんでも無関心すぎゃしねえか?美香はともかく、マルコは真面目にてめえの…」


 そこまで行ったところで、太一の視界が反転した。


「は…?あだぁ!?」


 まるで流れるような動きで、神賀戸は太一の腕を掴み籠手回しの要領で投げ飛ばしたのである。その光景に美香もマルコも絶句する、太一は喧嘩こそしなくなったが運動能力に置いてはクラス1を誇っていたのだ。それも道場で教え込まれた武術を小学生レベルとはいえ一通り収めているため小学生離れしたスペックを持っているからだ。


「邪魔をするな…!」


そんな太一を地に伏せた神賀戸はそう言うと、何かに焦るように教室の外へ飛び出していった。


「あ…神賀戸くん!」「こんの、待て神賀戸ぉ!」


 思わず駈け出したマルコと、怒りに燃えた太一は神賀戸を追いかけて教室を出る。


「むぅ、これは謎だ…よし、実行委員最初の活動は神賀戸くんの確保だぁ!」


 少し考えた後、美香も心底楽しそうに教室を後にした。


 ◆


「はっ…はぁ…はぁ……ええと、何処行ったんだろう?」


 マルコは神賀戸を追いかけて学校を出た後、太一と二手に分かれて彼を探すことにした。

しかし、太一や神賀戸と違い体力のないマルコは息を切らして商店街で足を止めた。


「あれ…ここ…商店街、だよね?」


 マルコは見知ったはずの商店街の違和感に気付き、周囲を見回した。

肌で感じる空気が、まるで違うものだったからだ。

 それだけではない、放課後の帰り道は一番一通りの多い時間の筈なのに、商店街に誰もいない時点で違和感があったのだ。


「…なんだろう…怖い」


 肌寒いものを感じぶるっと身を縮こませ、マルコは一刻も早くこの場から去ろうとするが…振り返った瞬間に何かにぶつかった。


「キャ、すいませ…ん」


 その何かを見上げながらマルコは目を見開いていく

口は開いたままただそれを直視することしかできなくなってしまった。

 なぜなら、それは真っ白だったからだ。

 なぜなら、それには輪郭すらなかったからだ。

 なぜなら、それは白い机の上で写真をヒト型に切ったように…真っ白で現実味が一切なかったからだ。


イイィィィィィィイイイイイイイイミイイィヲオオオォォォオオオカァァエエエェェェセエエェェエエエエエエ


 それが自分の頭に向かって手を伸ばしている…しかし、マルコは何もできないし行動する余地などなかった。

あまりに現実離れしたそれを前にして一切の思考をそれの理解に向けていたからだ。


「…危ない!!」


 何者かが、マルコと真っ白なそれを突き離した…神賀戸だ。


「うぁ!…神賀戸くん!?」


神賀戸は怪物に向けて白い手袋で触れる。

すると怪物との接点に見た事も無い文字が浮かび、その間に確かな斥力場を生じ怪物を弾き飛ばした。


イイイイイギャアアァァァァァァァアアアアアアア


悲鳴のような音を立てて壁に突っ込んだ怪物は音も無く倒れ込むと、不気味に緩慢な動きで起き上がる。

 神賀戸はその隙に手袋を怪物の額らしき部分に押し当て、何かを唱える。

言霊という言葉があるように、確かな『意味』を持たせた言葉。

それは異能を発現するに足る世界への強制力、人間の技による奇跡。


「魔術師レイライン=エドワード=ウェイトの名において、ブランクよ…仮初の意味を以てあるべき姿へ還元せよ!」


 瞬間、バチィンと鞭のような打撃音が響き神賀戸の手袋と怪物の間から閃光が迸った。

すると怪物は徐々に輪郭と色を帯びていき…商店街に住む一人の男性へと姿を変えた。

 それは近所で細々と肉屋を営む名も知らぬ男性だった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌ててゆすり起こそうとするが、神賀戸に押し留められる。


「やめておいてくれないか、この事を思い出したらまたブランクに戻ってしまう」


「神賀戸くん…これ、一体何なの?一体何が起こってるの!?」


 マルコはこの場になってようやく自らの身に危険が迫っていた事を自覚した。

それと同時に狼狽しながらも、神賀戸にこの事態の真実を問いかける。

神賀戸は苦虫をかみつぶすような顔をすると、意を決した表情でマルコに向き直った。


「他の人には、秘密にしておいてほしい…僕はこの意味を奪われたモノの成れの果て――『ブランク』を生みだす『魔術師』を追ってこの街へ来た…」


「魔術師……!?」


まじゅつし、まほうつかい、今まで小説やアニメ、RPGで見たような架空上の言葉。

魔法を用いるもの、魔術を用いるもの、そんな現実離れした言葉も、今さっきの異常な危険性を目の当たりにしたマルコには否定する事は出来なかった。


「そして…僕自身も、魔術師だ。」


 そう言って眼鏡を外した神賀戸の眼を見て、マルコは返そうとした質問の言葉を失った。

 眼鏡をとった彼の瞳が、宝石のように蒼かったからだ。

 

「わかっただろう、こんな物に関わっているんだ…遊びはやめておけ…!?」


しかし、その間も長くは続かなかった。

 もう一人、神賀戸の真後ろに切りぬきのような白いモノが現れる。

 ブランクと呼ばれたそれの存在感があまりにも希薄だったため気付かなかったのだ。

 ブランクはものすごい握力で神賀戸の肩をつかみ、片手で持ち上げる。


「がっ…ぁ、ぐ!?」


「神賀戸くんっ!」


 右肩のみを万力のように掴みあげられ、神賀戸は苦悶の声を上げる。

 ブランクはもう片方の手を神賀戸の頭に向け、無音ともとれる雄たけびを上げる。

 やがて神賀戸自身から英語のような文字が次々と剥がれ落ちブランクの手に吸収されていく、神賀戸自身の色もブランクのように希薄になっていく…。


「うわぁぁぁぁっ…!」


「神賀戸くんっ…!」


 マルコは思い切ってブランクに体当たりをしてその体をよろめかせる。

 ブォンと投げ離された神賀戸は地面に転げ落ちて、辛うじて輪郭と色を残している状態で苦しげに唸る。

 目標を投げ捨ててしまったブランクは、代わりと言わんばかりにゆっくりとマルコに手を伸ばした。


「っ!…や、いやぁ!」


 胸ぐらをつかみあげられマルコは足をじたばたと暴れさせ抵抗するが、ブランクの腕力は万力のようでまるで抵抗にならない。

 そして、神賀戸から奪った文字の浮かぶ手をゆっくりとマルコの頭に近付けて行く。

マルコは生理的な嫌悪感と、凍るような悪寒に顔を青く染める。


「あくっ、やだっ…誰か、助けて…っ!!」


 マルコは息苦しさに意識を失いそうになりながらも、確かに祈った。

 その瞬間、誰かが祈りを受け取ったかのように、優しい声がその場に響いた。



「この魂に哀れみを(キリエ・エレイソン)」



カッ!と、眩い虹色の光がマルコを包んだ。


「預言の権能に記された10番の虹色球たる王権により、奇跡(まほう)は須く信じる心と循環する力によって顕現せり

なれば片割れにして最後の剣サンダルフォン、ここに(くだ)りて汝に祈る者――王国(マルクト)の魔法使いを選定せよ」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン…と、風を斬ってそれはブランクの腕を絶ち切り地面に突き刺さった。

 ブランクの斬られた腕はマルコを離すと、重力に従って落下することなく元の位置へと戻り、色と輪郭を取り戻して人間のそれへと変化した。


ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!


人間のそれに戻った腕を抑えて、ブランクはもがき苦しんだ。


「あぅっ…けほっ、けほ…」


「早く!そこを離れるんだ!」


 地面に尻餅を突いてむせるような咳をするマルコは、せかすような声に導かれ。言われるがままにその場から距離を置いた。


「誰…?助けてくれたの…?」


「早く、そこの魔術師も助けたいんでしょ?だったら自分の力で助けないと!」


 霧のような光の中から、小さい鳥のようなものが姿を現した。

 それは、純白のトカゲのような…ミニチュアの恐竜のような躯に鳥のような羽を持つ不思議な生き物だった。


「…ドラ…ゴン?」


「ちがう!私は天使だよ、天使サンダルフォン!ほら、この腕輪をつけて!」


 天使と名乗るその幻獣は、足に引っ掛けておいた腕輪をマルコに渡す。


「これは…?」


「それは物質界を操る『王国』の力、10番のセフィラの象徴の『円環のドラウプニル』。君はこれを持つべき魔法使いに選ばれたんだ」


 円環のドラウプニルと呼ばれたそれは、黄金の輝きを放ちながら装備者を待つようにカチャリと開いた。

 不思議な事にマルコには、ドラウプニルの表面に書いてあるものが紋章と文字である事――そして、その意味が触れた途端に理解できた。

 

「そして唱えるんだ、ブランクを生み出した魔術を超える…本物の魔法(きせき)の言葉を!」


 全く状況の呑みこめない状況の中で、マルコは神賀戸の姿を見る。

 苦悶の表情で地面に倒れ伏し、それ以前でも孤独であり続けたであろう少年は今、希薄になった存在をこの世界に押しとどめようと腕を握りしめている。

 そして肉屋のおじさん…何故あの怪物になっていたのかはわからない、だけど彼が怪物になる必要はなかったはずだと理解する事は出来た。

 その為に神賀戸は孤独であろうとし、威嚇として太一にあんな事をしたのだ…

 それを理解したとき、マルコはブランクに向き直り不完全に人間に戻り苦しむ姿を憐れに、決心する。


「…助けたい…この人たちを助ける奇跡(まほう)の力が欲しい!」


 ガチン!と、マルコは右腕にドラウプニルをはめる、そしてその表面に記された文字を読み上げる。



「王の財宝よ、流れる円環の渦よ、顕現せし『王国』の魔法を示せ。私は『王国(マルクト)

』の魔法使い!

フェオ・ユル・ウル・アンスール!!」


「選定完了、汝『王国の魔法使いマルコ(マルクトマルコ)』――その権能を以て世界を修正せよ!」


 その呪文に反応し、円環のドラウプニルが光り輝きマルコの姿を包む。

幻を映し出すようにドラウプニルからまったく同型の黄金の腕輪が生まれ、輪ゴムのよ

うに伸びて黄金の円環となってマルコの周囲を廻る。

マルコは荒れ狂う魔力の奔流に流されるように瞳を閉じて身を任せる。

 そしてマルコの身に着けていた服が総て消え、新たにオリーブ色の服と革の鎧のような装甲に身を包まれる。

 髪の色は小豆色からレモン色へ、そして玉座に座る若い女性のような人形が入った水晶の首飾りが首にかかりその表面に『10』という数字が光る。

 やがてドラウプニルの光も、天使の発した霧の光も消え、『王国の魔法使い』へと変身したマルコがその姿を現した。


地面に降り立ったマルコは、変身を終えた自らの姿をまじまじと見廻した。


「…わぁ。」


 変身を終えた、マルコは感心したように自分の姿を見て目を輝かせた。

 髪のひと房を摘み、それがレモン色になっていることも確認する。


「…髪染めちゃった……きゃ!」


 明らかにずれた事を気にしていたマルコだが、痛みを訴えるように突進してきたブランクをとっさに避ける。

 身体能力も上がっている事もわかった…しかし…


「ど、どうやって助ければいいんだろう?」


「あぁもう、流れるものをイメージするの!

ブランクは魔力の源である『意味(ルーン)』を奪われたモノ、だからその魔力を自然と循環させれば元に戻す事が出来る!」


 天使サンダルフォンがすかさずフォローを入れる。


「あ、ありがとう…ドラウプニル…巡らせて、魔力を!!」


 マルコがブランクに右手を掲げて念じると

 ドラウプニルから再び腕輪を拡大したようなリングが生まれブランクの周囲を飛び回る。

 そしてガチン!という音とともにブランクを中心として固定すると、黄金の光でブランクを包んだ。


「が…ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ブランクが苦悶の声を上げるのを合図とするように、天使の体が変化して黄金の剣と化す。


「これで最後、魔術師の術から切り離す!その為の片割れにして最後の剣サンダルフォンよ!」


 言われるままに剣の塚を握り、マルコはブランクに向かって走り出す。


「ごめんね、今解放してあげるから!」


 そう言ってマルコは、輪郭を得かけているブランクに黄金の剣を振りかぶり

勢いよく切り払った!!


「やああぁっ!!」


「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 断末魔のような悲鳴を上げ、ブランクの体から無数のルーン文字が爆散する。

 飛び散った文字たちは、吸いこまれるようにお肉屋さんのおじさんと神賀戸の体に吸い込まれていく…

 そしておじさんは顔の色に生気が、神賀戸は輪郭と色がはっきりとしたものになっていく。


「終わった…修正、完了。」


 マルコがそう唱えると、瞬時に服装が元に戻り、ドラウプニルは細くなって金色のブレスレットになる。


「はぁ…はぁ……はぅ…」


 緊張の糸が切れたのか、元の小豆色の髪に戻ったマルコはそのまま後ろ向きに倒れようとする。


「おっ…と、ね♪」


 それを受け止めたのは箒を持った女性、明だった。


「また派手にデビューしたものねぇ、さって…この子たちが起きたらまずは何から説明するべきか、ね」


 そう言うと明はマルコと神賀戸を両肩に担ぎ運んで行く。

 明は愛おしそうにマルコの寝顔を見下ろして、祝福の言葉を贈った。


「ようこそリンゴと腐臭の少女…魔と神が織りなすキセキとマホウの世界へ…」




 こうしてマルコは、突然にも非日常の世界へと足を踏み入れてしまう。


その先にあるのは魔法の(カルマ)か、奇跡の(ワザ)か…




それを知る者は、今のところ誰もいない。

次回予告


明 綾乃


反論の魔法使いにして、第十魔法をマルコに与えた張本人。

彼女はいつでも笑っている、何かを隠すように。


来訪者、神賀戸レン


この町の異常、ブランク


元凶、魔術師


魔法使い


何も知らない魔法使い、マルコは


何も知らないまま決意する。


次回:魔術師と魔法使い(Wizard and Warlock)

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