第七話(最終話)
【7】
ミヤコワスレを手に家に帰り着いたのは、夜の七時くらいだった。
家に入る前に、習慣として郵便受けを探る。
「あれ?」
大きくて硬いものが入った封筒が押し込まれていた。
取り出しては見たものの、中身が本であること以外、暗くて分からない。
中に入ってしっかり見ようと、脇に挟んだ。
成行きで持ち込んでしまったミヤコワスレを、キッチンのテーブルの上に置く。そして、その横で封筒を開けて中身を取り出す。
暗い蛍光灯の明かりに照らされたその本の表紙には、花の写真が幾つも並べられている。
タイトルには大きく『花図鑑』と書かれていた。
――これは彼からのものだ。
そうに違いない。直感でそう悟った。
一ページ目を捲ると、目次が並んでいる。そのままパラパラとページを捲ると、色鮮やかな花の写真が、幾つも目の前を通り過ぎていった。
私は何を求めて、この図鑑をめくってるんだろう。
何を求めて――……、私は馬鹿だ。
なぜ気付かなかったんだろう。答えは、このテーブルの上に載っているのに。
急いでそのページを求めてページをめくると、何度も行き過ぎた。一度手を止め、大きく深呼吸する。きっと図鑑を睨みつける。そして、ゆっくりとページをめくり始めると、ようやく目当てのページに辿りついた。
『ミヤコワスレ(都忘れ)』
と大きく左上に書かれ、その下に青から紫まで、様々な種類のミヤコワスレが咲き乱れている写真が載っている。そしてその横から、ミヤコワスレの名前の由来などがびっしりと書き連ねてある。
少し肩透かしを食らったような気がした。
ここにくれば、メモか何かが挟まれているような期待をしていたのだ。
「そんな甲斐性ないか……」
そう呟いては見るものの、なにか頭に引っかかりを覚える。
彼が、わざわざミヤコワスレをカフェに持って行ってまで、私に渡そうと思った理由。彼の、多くを語らない性格。違う言い方をすれば照れ屋なだけ。
なにかあると思って、もう一度そのページに目を落とした。
そして、見つけた。
とても薄い鉛筆で下に線が引かれた、一文を。
『ミヤコワスレ花言葉』
――望郷、しばしの別れ
それが意味するところは、すぐには頭に入り込んでこなかった。
でも次の瞬間、銃で打ち込まれでもしたように、唐突に流れ込んできた。
胸の中に、熱いものが溢れかえる。
声は出なかった。
代りに涙が溢れた。
いくども、いくども。感情が溢れてゆく。
――その先できっと、また会えるよね……
そう心の中で聞いた答えが、ここにあった。流れる涙が、私の感情をどんどんと精製していって、ひとつのものへと作り上げてゆく。
「ありがとう――」
今度は自然に声が出た。
――大好きだよ
ぼやけた視界の隅に、裏返した封筒に書かれた名前が映った。
私は、それを口の中で呟いた。
完
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!