壱話―①
もう、三月だというのに寒かった。毎年、今頃は咲く桜も咲いていない。それどころか、つぼみすらない。木々は寒々しく茶色の裸姿同然で、強い風に吹かれていた。
今日は、春分の日だと朝のニュースでやっていた。
しかし、本当に今は春なのかと疑いたいぐらいの寒さだった。
そんな春なのか冬なのか分からない今日、僕は彼女、伊織と出会った。
「自殺って、こわいよ」
ちょうどその時僕は、知らない無人駅にいた。そこで自殺しようと試みて、この田んぼしかない田舎にやってきた。この駅には五分ごとに特急電車が通過する。僕はその時を狙っていた。
電車事故は、遺族に巨額の賠償金を支払わせると聞いたことがある。それは僕には関係ない。だって、僕は、僕は一人だ。両親や弟はたしかにいる。ただ、縁は切った。僕は、家族にはすでに死んでいると示してきた。示す、と言っても自分の血液で玄関に『僕は死んだ』と何かのサスペンスか刑事ドラマの事件現場のように意味不明な痕跡を残しておいた。
まあ、自分自ら私は死にましたと言う人はいないかもしれない、というか、いない。
そして、僕は、本当に死ぬためにここにやってきた。そしてまた、この少女に出会った。
「どうして自殺するの?」
少女は袖のない白いワンピースを身に着けていた。歳は一〇歳ぐらい。僕の弟と同じぐらいの少女だった。そして、白い髪に大きな赤い目。で、芋虫のような赤いタトゥー。
見ていて寒くなるような格好だった。
「それに、自殺は死体が綺麗に残らない、しね」
赤、が鈍い光を放った。
電車の踏切の音、鈍い音。
「自殺って、こわいよ」
再び、少女は同じようなことを言った。しかし、今度は、小さな声で、でも、何故かそれが僕は怖かった。
「それに、お兄さん、吸血鬼なんだね」
えっ、と思わず呟く。そして、少女を見下ろした。
「吸血鬼だから自殺するの、もったいない」
もったいない、がやけに強調された。何だ、何だ?
「お兄さんは、人間としての居場所を捨ててきた、でしょ?」
少女の言っていることは的を当てた。そして、こう続ける。
「よく、研究したよね、お兄ちゃん。自分の血で文字書いて、自分の家族を吸血鬼から守ろうとするなんて。あ、違うか。自分が家族を襲わないため、でしょ?」
なぜ分かる、と僕はこの少女に説きたかった。
というか、彼女は何者だと僕の脳が緊急信号を出す。コイツハヤバイゾ、と。
その時、僕たちの隣を特急電車が物凄い勢いで通過していった。風の勢いで少女のワンピースが舞う。左足から覗く赤い芋虫が目に付いた。
「自殺、しなかったね」
にこっ、と少女は女神のように笑った。
とたんに何故か、緊急信号が解除される。そして、僕は彼女に説いた。
「君は、誰?」
「私、死神の伊織といいます」
そして、彼女は再び女神のように笑った。