世界は神である
ロッドは教会を追放された、オランダの商人の息子だった。
彼はもともとクリスチャンになる気などはなく、オランダの偉人、スピノザの著書『エチカ』や、デカルトの『コギト』などを愛読している青年だった。
それらは異端書扱いされ、ことに、デカルトの『世界論』などは、メルセンヌという神父に渡すことを拒んで正解だったと、デカルトは言っているほど、危険な書物と言われていた。
(ガリレオが本を出したとき、かなり批判を受けたため)。
「司祭様。神様はいると申しますが、なぜ空腹を満たしてはくださらないのでしょう。もし神が完全と言えるのであれば、そんなことくらい、たやすいでしょう。なぜそうしないのですか」
ある時ロッドは、こんな質問をカトリック教会で投げかけてみた。
するとお前は悪魔にとりつかれたなどと言われ、司祭から破門を言い渡されてしまった。
「あんなに怒る必要があるほど、神というのはうそつきでくだらん存在と言うことが、よくわかった」
ロッドはスピノザのようにレンズ磨きをして、放浪の生活を選んだ。
それから何年かして、ロッドはイタリアに滞在し、一人の娘と恋仲になった。
ルチアと言う娘だった。
ルチアは品はなかったが、気はよく、顔が美しかった。
「ロッド、錬金術って知ってる? それがもし使えたら、黄金が山ほどできるわ。そうしたら、飢えることもない、エルドラドのような生活ができる」
「錬金術・・・・・・。でも司祭様が悪魔の所業だって・・・・・・」
「あんたはもう教会関係者じゃないくせに。あたしね、あんたの説く、コギトなんとかっての、好きよ」
ロッドはデカルトの本を見せながら、
「コギト・エルゴ・スム? あるいは懐疑かな。目の前にあるものは、水であって水でない、ってね」
「ややこしいけど、好きよ・・・・・・あんたもね」
ロッドはルチアに告白されて、すっかり舞い上がってしまい、彼女と交わした会話をほとんどおぼえちゃいなかった。
ロッドは広大なエアーズ・ロックを目の前にしたときの興奮を、ルチアに話したことがあった。
「あのエアーズ・ロックの上から眺めた世界は、まさしく神そのものだったよ! 世界は神自身なんだ。スピノザが言ったように、神がすべてを与えているんじゃない、我々が神の中に生かされているんだ!」
ルチアは首をひねりながらも、目をキラキラさせて語るロッドの話しに聞き入っていた。
けれども、ロッドが世界の神について説いて回っているウチ、どういうわけか教会にその話が届き、宗教裁判が始まって、ルチアは魔女だと噂され、火あぶりになった。
「なぜです! 司祭様。説いたのは俺で、彼女は関係ない!」
「ロッド。お前ほどかわいそうな男はないよ」
司祭の目は、生ける屍であった。
その瞳の奥で輝く、邪悪な光のおぞましさにロッドは思わず後ずさりする。
「ロッド。貴様も同罪だ。娘とともに地獄へ逝け!」
ロッドは牢屋に入れられて、生涯出してもらえぬまま病気にかかり、獄死した。
遺体のそばでしわだらけになった、彼の書いたメモにはこう記されてあった。
「俺の見つけた真実は、神によって生かされているとか言う、そんなデタラメな思想じゃなかった。もっとこう、深くて偉大で・・・・・・言葉にできないが、そういうことらしかった。つまり・・・・・・我々が神という、大きな器の中で生かされているのだと言うことである」
ジンはパズルを揺さぶって、
「さあ、それが真実かどうかはまだ、わからねえが・・・・・・」
と、ロッドの遺体の傍らでつぶやいた。
スピノザの理論がでてきましたね。
この思想のポイントは、汎神論でしょうか。
つまり・・・・・・神がたくさんいて、ロッドも言ったように、世界自身が神である。
神道などがそれに当たりますか。