5話:陣、儀式、意思。
その後、しばらく部屋で談笑しているとコンコンとノックがされ、部屋の扉が開かれる。フライヤさんだった。
「ダイラ様、ナナセ様。お待たせいたしました。国王がお見えになられまして、一度ご挨拶のため、謁見の機会を設けられました」
「謁見? それって……」
大良が反応する。それに対し、フライヤさんが静かな所作で、王が会いたいと、そのため謁見の間に案内するという旨を伝えてくる。
国王、つまり、この国の一番偉い人。
「わぁ~王様に会えるんだ! すごいすごい! RPGみたい!」
「はしゃぎすぎじゃない?」
勇者というだけあって、私たちの扱いは丁重らしい。ここが王城の時点で、なんとなく、立場としてそうなのは感じていた。
「その、謁見、はいつなんですか?」
「すぐにでもということでしたので、これからご案内いたします」
「はーい! あでも、私たち、マナーとか大丈夫かな」
「その点をお気になさる必要はありませんよ。ご心配なく」
フライヤさんについていく形で、部屋を出る。さっきも大良に会うために移動していたけど、豪華な廊下、階段。改めて、ここが城だということを認識させられる。
隣の大良は目をキラキラさせながら、天井に壁に、いろんなところに目移りしていた。
そんな大良が、ふと、思い出したかのようにぽかんと口を開けると、フライヤさんに質問をする。
「フライヤさん、私たち、元の世界に帰れますか?」
歩きながら、訊ねる。そう、私たちは元の世界に戻りたい。異世界冒険譚なんて言ったけど、あくまでそれは、そうするしかないときの話。叶うならば、帰りたいのだ。
フライヤさんは前を向いたままだ。その歩みは止まらない。私たちも黙ってついていく。
「そう、ですね……帰還できることを祈っております」
そして、少し間があったのちにそんな返答が返ってくる。曖昧な返答だった。けれど、帰る、というのは難しいのだとその発言から読み取れた。
「そう、ですか……じゃあ、冒険するしかない、か! うおー! やったるでー!!」
大良もそれは分かったみたいだ。けれど、すぐ切り替えたかのように、テンション高く意気込む。きっと悲しんでも無駄だってわかっているからこその意気込みだろう。空元気ってほどじゃあないだろうけど、でも無理やりにでもな前向きな姿勢が、ちょっと痛ましい。同時にすごいなぁなんて、勇気づけられる。
私も、大良となら大丈夫だ。
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「こちらです」
「わ、わあ……なんか、緊張してきちゃった」
その後、少し歩いて、私たちは大きな扉の前に辿り着いた。両開きで、廊下の高い天井の近くまでそびえる。扉のサイドには、甲冑をまとった騎士? だろうか。剣を携えた男性が二人、立っていた。その大仰な姿に大良だけでなく、私も緊張してきている。
片方の騎士にフライヤさんが軽く会釈する。騎士も敬礼であろうびしっとした動作で応じている。身長の数倍はある扉を、フライヤさんがゆっくりと開いた。
「国王、エクス・リードレット様! かの勇者様方を連れてまいりました!」
「うむ、ご苦労であった」
扉を開き、フライヤさんが声をあげて報告する。私たちもフライヤさんに続いて中に入った。
大きな空間だった。学校の体育館くらいはあるんじゃあなかろうか。床に敷かれた赤い絨毯、煌びやかな装飾の、中央に垂れ下がる照明。大きな天窓から差し込む、明るい光が幻想的だ。
ここが、謁見の間。
両サイドには入り口にもいた、騎士であろう人たちがずらあっといて、姿勢を正して一列に並んで立っている。奥には、少し段で高くなっているスペースに、豪華な椅子に座る男性がいた。あれがきっと国王なのだろう。その両サイドには、白い衣服をまとった者たちがいた。なんとなく、聖職っぽい雰囲気を感じる。
フライヤさんに続いて、真ん中を歩いていく。空間の中心部辺りで彼女の足が止まった。
「フライヤ、汝は戻ってよい」
男性の、低い声が響く。国王のその声は、たしかに王だけあって威厳を感じさせた。
「承知いたしました。ではお二人とも、失礼いたします」
フライヤさん、私たちの側にいた彼女は王にそう言われて、立ち去ろうと踵を返す。けれどその時、もう一言だけフライヤさんの言葉が続いた。
「……この世に、絶望なさらぬよう」
「……え」
静かな声量で、ひっそりと。私たちだけに聞こえるように。でも確かに、彼女はそう言った。
そのままフライヤさんは歩いて戻っていく。私は思わず振り返るが、反対に彼女は振り返らず、そのまま扉の向こうへ去って行ってしまった。
となりの大良と目線が合う。大良ももちろん聞こえていたようだ。フライヤさんの思わぬ発言に、そのわからない意図に、不安が募っていく。
「では、勇者よ。そのまま少し前に」
大良も不安を感じている様子だった。でも、そうやって見つめあっていると、国王から声がかかる。
「前に」
もう一度、同じ言葉を言われる。有無を言わさぬ圧を感じた。私たちは言われるがまま、前へと足を進める。
「とまれ、その陣の中が定位置だ」
絨毯が途切れ、完全に部屋の中心部。大きなサイズの文様が床に刻まれていた。その中で、私たちは止まれと言われる。
その文様のデザインは、私たちの頬に刻まれた刻印と似ている。中心にゼロみたいな刻印の文様、その周りに枝分かれしたような、歪な線が無数に広がっている。
「魔法、陣……?」
大良がそんなことを口にする。たしかに、言われるとそういうデザインにも感じる。こんな印の上に、土足で立ってしまっていいのか。
いや、それよりもだ。
「七瀬、なんか、いやな感じ、する……」
「うん……」
その陣の中に入った時に感じた、感覚。悪寒、といっていいのだろうか。気のせいかとも思ったが、たしかに嫌な予感は私も感じ取っていた。大良も同様らしい。
「王よ、もう繕う必要もないでしょう」
すると、モノクルを掛けた白服の男性が、隣の王に向かって発言していた。
繕う、なににだろうか。私たちに――?
私は混乱している。けれど、嫌な予感は全く消えない。それに、今の発言。
「……そうだな」
王がそう言うと、そのモノクルの男性が、にやりと、笑みを浮かべた。
あ、その笑みは。今の表情は――。
「七瀬ッ!!」
「皆の者! 儀式を執行する!」
大良の声と、モノクルの男性の声がほぼ同時に聞こえた。瞬間、私は大良に突き飛ばされる。勢いよく、私は陣の外に押し出された。さらにその次の瞬間だった。
地面から光が湧き出てきた。
光、と言っても綺麗なものではない。赤黒い、なんというか、不気味な光。
それが、私たちのいた陣の文様をなぞるように光っていた。
「大良ッ!」
光が次第に強くなる。大良が飲み込まれていくかのように、包まれていく。
「大良ッ、大良!! 大丈夫なの!?」
返事はない。だから、私も光の中に入り込む。眩しくて、何も見えない。けれど、彼女の感覚があった。手を取って、引っ張るように、抱きしめる。
何秒くらいだろうか。少しして、光が弱まって、消えた。
「ちょっと! 大良に……私たちに、なにしたんですか!?」
光が消え、静まり返った空間で、私は声を張り上げる。怖いけど、モノクルの男性を睨みつける。
いったい今のはなんなんだ。明らかに異質で、私の感性では急にやっていいことではない。
不安感と、怒りと、でもいざとなったら大良を守るために、モノクルの男性と国王のほうを見据える。
「おや……ほぉ」
モノクルの男性が、興味深そうに、しかし下賤さを感じる笑みで私を見つめ返してきた。
次の瞬間だった。
「がぁっ!?」
体中に、電撃のように痛みが走る。
熱い、熱い。皮膚を全身焦がされているような。目も、耳も、すべての感覚がそれに集中させられているような。
痛い、痛すぎる。大良を抱きしめていた私は痛みで床に突っ伏して、のたうち回る。
「ふむ、不完全ながらも、儀式は執り行えたようですね。これなら安心だ」
「はぁ……はぁ……」
モノクルの男性が何か言っているが、理解することすら痛みで困難だった。でも、これがいまの光のせいなのだと、したら。
「だい、ら……」
大良はそばで立っていた。私を見下ろして、しっかり立っていた。
そしてにへっと笑って、言葉を紡ぐ。
「もー、七瀬ったら。だめだよ、勇者なんだから、反抗しちゃあ」
「だい、ら……?」
大良はなんでもないように、えへへと笑っている。むしろ私にだめだよ、なんて言ってきた。
「勇者はみんなのいうことを聞かないと、勇者なんだから」
おかしい。違和感しかなかった。普通に話してるけど、でもこれは、いつもの大良じゃない。人を心配して、助けようとし、寄り添ってくれる大良じゃない。
大良の目は光り輝いている。けれど、私を見ていない。
「大良に……大良に、何をしたの!? あがぁっ!!」
再び、全身が痛む。痛みでまたのたうち回る。少しして痛みは引くが、大良は手を差し伸べてはくれなかった。
「もう一方は完全に成功、でしょうね。意思操作も十分のようです」
モノクルの男性がそんなことを言っている。
イシソウサ、意思の操作――?
大良を見上げる、目は明るいのに、前を、どこかを向いてしまっている。私のことなんて眼中にないみたいだった。
「そうか、では勇者よ。国のための、人類のための働き。期待しているぞ」
国王がそんなことを言う。こんなことをされて、頷けるわけがない。
でも大良は。
「はーい! みんなのために頑張ります!!」
元気いっぱいに返事をして、ニコニコと笑顔を振りまいていた。
「大良! 大良ぁぁ……!!」
その歪な様が痛ましくて、見ていられなくて、私は涙を流す。
「なんで泣いてるのさ、七瀬ったら。勇者は光栄なことなんだよ?」
そんな涙も、今の大良には届かないようだった。




