3話:勇者って、嫌なんだけど
「いやいやいや、勇者って、そんなこと、あるわ、け……」
頭は混乱中、勇者とか王城とか、何をいっているんだろうか。そう、これはやっぱり夢で。
「申し遅れを。わたくしはフライヤ、この王城で使用人として働いております」
でも、目の前の茶髪の彼女のまじめな雰囲気。肌に感じる、窓からの日差しの感覚。五感のすべてが、現実と寸分違わない。
「……じゃあ、本当にここは、異世界ってやつなんですか……?」
「はい、その点も、その他のこともできるかぎりご説明いたします」
「は、はい……」
まだ半信半疑。けれど、現状理解に努めようと、私は彼女の話を聞くことにした。
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この世界は、ラナージュというらしい。人神と魔神。ふたつの神が、戦い続けた世界。魔の襲撃に幾重にも晒され、戦いと共に繁栄してきた、血濡れた歴史を持つ世界。
現在は人神歴565年。大昔の大人魔戦争で、世界は北と南に分断され、人は大地の北へ、魔は大地の南に蠢くようになった、らしい。
そうして、今日に至るまで大地の中央で魔の存在を退けながら、砂上の平和を享受し続けている、そんな世界だとか。
また、私が今いるここは、大陸の北方に位置する、カルテ、という王国らしい。この世で一番栄えている国で、各国との交流や会談、体裁を取り持つ役目まで担っているとか。国というか、世界の中心みたいな。
「――と、おおよその説明は以上となります」
一心に聞いていた。聞いていたけど、到底受け入れがたい内容だった。まず突拍子がなさすぎて、一体何を言っているんだって気持ちになる。
周りに見える風景がいくらファンタジーだからって、はいそうですかと馴染めるわけがない。混乱して、胸がどきどきする。
「ここまでで、なにか気になること等ございますでしょうか」
「い、いいえ……」
というかわけがわからなすぎて、何をどう聞けばいいのかすらわかっていない。すべてがハテナ。クエスチョンしか頭に浮かんでこない。
ただ、ひとつだけ、さっき聞いた単語が浮かんできた。
「あ、で、でも、じゃあ、勇者っていうのは……?」
「もちろん、その件についてもご説明いたします」
勇者様。確かにそうやって、さっき私は呼ばれた。
勇者、人と魔の戦いの歴史の上で、なくしては語れないらしい存在。
この世界の人類に危機が迫るたびに、神託によって異世界から現れた人。
召喚の儀によって、神から加護を得、常人以上の力を宿し、ラナージュに顕現する。
そうして人々を守り、世界の危機を退けるのが勇者の役目だと。
「つまり、あなた様は勇者として人神マキナ様に選ばれ、呼ばれました。この世界の危機を救うために」
真剣な眼差しで、彼女が言う。
その言葉の重みを、私は理解できない。理解したくない。
だって、こんなのあまりに突然すぎて、心の準備もできていない。そもそも準備なんてできない。
勇者。ゲームとかで主人公で、戦って、怪我して、仲間と協力して。そして敵を打ち倒す。
そんな存在に、私が――?
「あ……」
そう考えているときにひとつ、訊ねたいことを話す。
「あの……ほかに、この世界に来た人とかって、いないんですか?」
混乱していて、タイミングを逃していたけど、訊ねたのは、親友のこと。大好きで、大切な、私の同級生。
わざわざ高校まで一緒に選んで、一緒に過ごしてきた彼女のこと。
事故の光景が蘇る。つないでいた右手。血を流して、倒れていたあの様子。
もしかしたら、あわよくば、私がこうなったんだから、きっと彼女も。
そんな根拠のない気持ちが沸き上がってきて、我慢できなくて。だからもう聞かずにはいられなかった。
「もう一人、呼ばれた方がいますよ。ダイラ、と名を仰っていました」
そして彼女から、一番聞きたい名が出てきて。
「よ、よかった……大良は、無事なんですね」
安堵に、大きくため息をつく。さっきまでの緊張が一気にほどけた気がした。
「ええ、王城の治癒能力者に治癒してもらい、ついさきほど目を覚ましております。では、あなた様の名はナナセ、でお間違いないでしょうか」
「は、はい」
私の名は、おそらく大良から聞いたのだろう。きっと大良も、突然呼ばれて私と同じように混乱していたはずだ。ゲーム好きだし、私よりは場慣れしてたりするかもしれない。
ともかく、無事なのはよかった。
けれど――。
「お二人とも命に係わる大きな怪我でしたので。しばらくの間眠っておられました」
「そう、ですか。助けていただいて、ありがとう、ございます」
助けてくれたことは、喜んでいいのだろうか。命を救われたことに感謝の気持ちがないわけではないのだけれど。
ただ、勇者とか、異世界とか、いきなり世界を救ってくださいとか。
そんな重みをいっぱしの女子高生が担うことになりそうな事実に、素直に喜べなかった。
叶うならば、普通に家に帰りたい。
「あの……! 元の世界には、帰れるんですか?」
だからそんな質問を私は問う。なかば懇願でもあった。
「……ひとまず、ダイラ様と合流いたしましょうか。案内しますので」
それに対する答えは、フライヤさんはしてくれなかった。少し、彼女が悲しそうな表情をしたように見えたのは気のせいだったのだろうか。




