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ピコンッという鼓動

作者: TOMMY
掲載日:2025/11/14

ピコンッ……ピコンッ……。

僕の頭の中には、いつからか小さなシグナル音が響いていた。

一定周期で脳を揺さぶるシグナル。

意識しなければ聞こえないくらい小さな音。

それは不快ではなく、頭を優しくなでてもらうように心地いい。

その頃の僕には、それがどんな意味を持っているかなんて、想像もつかなかった。


ピコンッ、ピコンッ。

修学旅行で京都に行ったとき、ほとんど忘れかけていたシグナルが耳に響いたことを覚えている。

その音の感覚はいつもより早く感じた。

けれど、見たこともない風景に圧倒されて、それ以上考えることはなかった。

あのときはニアミスだったのかもしれない。


僕は大人になり、故郷の東京を離れ、北海道の会社に就職した。

北海道の地を初めて踏んだとき、

ピコンッと、とても小さなシグナルが鳴った気がした。

どこかの地を踏むたびにシグナルは鳴るのだと、何となく理解した。

でも、初めての仕事にのめり込み、やがてその存在を忘れていった。


就職して10年が経った頃、おばあちゃんが亡くなったと連絡が入った。

僕は急いで東京に戻った。

「何でもっと早く、連絡してくれなかったんだ」と両親を怒った。

しかし、両親は何も言わなかった。

僕は、生粋のおばあちゃん子だった。

もう一緒にいられないなんて寂し過ぎる。


お葬式でお焼香をしているとき、

ピコンッ……ピコンッと久しぶりの音が聞こえた。


静かに手を合わせる。

ピコンッ。


その音が止んだとき、僕の中に、確かに何かが灯っていた。


──ある日。

僕は京都を訪れた。

頭の中のシグナルは、やはり大きい。

もっと西へ。もっと西へ。シグナルはそう言っているように思えた。

おばあちゃんの故郷は、たしか九州だった。

記憶の糸を少しずつ手繰る。

そして僕は、静かに決意した。


生まれて初めて、九州の地を踏んだ。

ピコン、ピコン、ピコン。

音は大きく、テンポも速い。

「近い」

──僕は、このシグナルの意味を探し求めた。

レンタカーで市街地を離れ、人の気配のない山奥へ入る。

シグナルに合わせて、胸の鼓動が大きくなっていった。


車を降り、右を向く。

音が小さくなる。

左を向く。ピコン。音が大きくなる。

「こっち、か……」

懐中電灯を頼りに道なき道を進んだ。

気がつけば深夜になっていた。

不思議と疲れはない。

ただ、シグナルが僕を導いていた。


山の頂上についた。

そこの木々は枯れ果て、地面は長い眠りについたように、灰色に乾ききっていた。

枯れた木々の狭間に平らな場所を見つけた。


視線を向ける──僕の鼓動は、静かに跳ねた。


そこには見たこともない、

まん丸な白い球体が地面に半分埋まっていた。

僕は急いでそれに駆け寄ると、無意識に球体を操作して、それを起動させた。


何がなんだか分からない。これが何かも知らない。

ただ、そうしなければいけないと、僕の中の何かが命じた。

ただ、助けたかった。


球体は蒸気を吐き出し、こがね色に優しく輝いた。

まるで古い心臓のように、ゆっくりと脈打っている。

それと同時に、シグナルはピタリと止んだ。


ドクンッ……ドクンッ。

鼓動の音だけが、とてもうるさい。


すると、周囲の木々がゆっくりと息を吹き返すように、生い茂っていく。

地面は苔むし、緑の絨毯に美しい花が次々と咲いていく。

球体の光に照らされて、ここは荘厳なる空間に生まれ変わっていった。

僕はその景色に、ふいに手を合わせ、目を閉じた。


まぶたの裏でも輝く世界は、優しく僕を包み込む。

温かい。じんわりと心が満たされていく。

そこには、おばあちゃんが立っている気がした。


時間の存在を思い出し、ゆっくりと目を開ける。

するとそこに、球体はなかった。

球体のあった場所には、ただ風だけが残っていた。

それが僕には、世界の呼吸のように思えた。

僕は確かな地面を踏みしめながら山を降りた。

頭の中には、まるで流星群のように思考がかけめぐっていた。


──それからときが経ち、おばあちゃんの三回忌。

お寺でお焼香をしていると、ほのかな胸騒ぎがした。

ゆっくりと手を合わせ、目をつぶる。

そして頭の中に強く意識を向けた。


ピコンッ。

胸の奥が熱を帯びた。


次の日、準備を整え、そのシグナルを追いかけた。

心臓の鼓動が「早く早く」とはやし立てる。

今度は東だった。

太平洋に浮かぶ小さな無人島。

そこには産業廃棄物が大量に不法投棄され、大地は荒れ果てていた。

シグナルは、そこにあることを僕に知らせる。


そして、また、見つけた。


まん丸の白い球体。

それは僕を見つめるように静止している。

僕の手は、勝手に何かを押していく。

今度はその動作をしっかりと確かめる。

タッチパネルのようなものが球体についている。

僕はそれを迷うことなく押す。

画面に触れた指先の位置を追うように、球体の光が内部でゆっくり回転した。

それはまるで、僕の脈拍に同調しているようだった。


球体は蒸気を吐き出し、こがね色に輝きながら起動した。

そして、温かい光によって、廃棄物は浄化されていく。

大地は透き通った液体で満たされ、草木が生い茂る。

空気は徐々に澄み渡り、呼吸するだけで体内が潤っていくように心地よい。

この島が息を吹き返したことを肌で感じた。

頬は自然と緩み、穏やかな感覚とともに時間が溶けていく。


「……同じ、なのかもしれない」

僕はつぶやいた。その瞬間、一瞬のうちに球体は空高く飛んでいった。

その空は透き通るように輝いている。

僕は少しずつ、成すべきことを理解していった。


──おばあちゃんの7回忌。

僕はしっかりと準備をした。

お焼香をして、祈るように目をつぶる。

あのとき、おばあちゃんを救えなかった。

その代わりに、世界を少しでも癒やせるならと思った。


きっと、来る。


ドクンッ。

僕の鼓動はそれに答えて高鳴る。


今度は北だった。

おばあちゃんが眠る東京を通り越して、

もっと遠くへ行けと、シグナルは訴えている気がした。

まるで、僕自身の記憶をひとつずつ巡るように。


僕はすぐに移動し、荒廃とした大地を探した。

そして長い時間をかけて白い球体を見つけ、それを起動させる。

もう、見つけ方も手順も理解している。

重要なのはその後だ。

時間はすでに、深夜になっていた。


僕は何台ものカメラを三脚に据え、白い球体の行方を捉える準備をした。

白い球体による美しい景観が脳の感覚をほぐす。

意識を虚ろにして、この空間に溶けたい。

だが、首を振る。僕は知りたかった。

その球体の意味を、おばあちゃんの意志を。


球体は役目を終えると、勢い良く飛び立った。

何台ものカメラがその光景を捉える。

そして、ようやく分かった。


空の向こう、宇宙を超えて、

そこにあるのは”月”だった。


僕の全身は震えた。

球体は月の光に吸い込まれるように消えていった。

月が脈打っているように見えた。

もしかすると、あれは最初から、月の心臓だったのかもしれない。

そしてその鼓動を、僕は察知できる。


そのとき、幼い頃のおばあちゃんの声が、頭の中に響いた──


「いいかい?人は死ぬと、魂が空に登るんだよ」


「なんで〜?」


「それはね、お月様がその魂を使って地球を癒やしてくれるからさ」


「へーすごいね」


「そうさね。だから丁寧に、ひいお祖母様を供養してあげなさい。魂が浄化されるように」


「うん、わかった。お月様。よろしくお願いします」


「弔うことができるのは、親しい人だけだからね」


──僕の頬をひとしずくの涙がつたった。

「おばあちゃんの魂は、僕がちゃんと弔ったよ」

僕は、世界を親しい人だと思うことにした。


夜空に浮かぶまん丸な月は、いっそう輝いて見えた。


──月が沈んだ夜明け、僕は静かに目を覚ました。あの夜の光は、まだ心の奥に残っている。

胸の鼓動と同じリズムで、世界のどこかが呼吸している気がする。

窓を開けると、冷たい風が頬をなでた。

遠くの地平線から、ゆっくりと朝が生まれていく。


あの夜から、世界の観測データが少しずつ変化していた。

地球の平均気温はわずかに安定している。

海流の乱れも、氷床の融解速度も。

すべてが、まるで呼吸を取り戻したように緩やかになっていった。


僕は会社を辞め、独学で地球物理を学び始めた。

誰も信じないだろうが、僕は知っている。

あの白い球体が、月の内部へと吸い込まれた瞬間から、この惑星の“鼓動”は確かに変わったのだ。


夜、ベランダに立って空を見上げる。

月は以前よりもわずかに明るく、温かみを帯びている。

観測機器を通して見ると、光の波長に微弱な揺らぎがある。

周期は──三・八秒。


ピコンッ……ピコンッ……。

あの音と同じ周期だった。


僕は笑ってしまう。

この現象をどう呼べばいいのか、科学の言葉ではまだ説明できない。

けれど、心臓の鼓動がこの惑星の波形と同期しているのを感じる。

データも感覚も、同じことを示している。


世界は、確かに回復している。

それが偶然でも、奇跡でも構わない。

僕はこの事実をただ、観測し、記録し、静かに見届けようと思う。


星はまたたき、月は今夜もゆっくりと脈打っている。

その光の中で、僕の影もまた、ほんのわずかに震えていた。

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