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三華繚乱  作者: 南優華
第七章
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第七章 曹華伝三十六 第二の報

砦の重苦しい空気は、天鳳将軍の冷静な采配によって次第に落ち着きを取り戻していった。

混乱と不安でざわめいていた兵士たちの胸を、短く的確な命令が次々と貫き、迷いを断ち切っていく。まるで、濃霧に閉ざされた道を切り裂く一条の刃のようだった。


「兵糧の確認を怠るな。水の備蓄もだ。砦の井戸を調べさせろ」

「負傷兵は右の広間に集める。衛生係を急ぎ回せ」

「伝令の経路を整理しろ。西の門からは出入りを禁じる。――いいな、徹底せよ」


その一言一言が鎖のように繋がり、砦全体を支えていく。誰もが不安を抱えながらも、その声を聞けば背筋が自然と伸びる。

兵たちの視線が一斉に将軍へ集まり、さっきまで濁っていた空気が澄んでいくように思えた。


やはり、この人はただの将ではない――。


胸の奥からそう呟きが漏れる。



---


父を討った敵。

あの夜の惨劇。

血と炎に包まれ、私と姉と弟を引き裂いた宿命の刃。


長く、その憎しみだけで私は生きていた。

父の仇を討つ、その一念だけが槍を握る理由だった。


だが、今は違う。


あれはただの復讐の物語ではなかったのだ。

蒼龍国を内から蝕み続ける黒龍宗という影を斬るための決断だった。

私はようやくそれを理解している。


あのときの私は、憎しみに囚われた子どもにすぎなかった。

だが、天鳳将軍はその私を傍らに置き、鍛え、導き、戦場に立つ意味を教えてくれた。


(どこまで先を見通しているのだろう。この人は……)


戦の理、国の行く末、黒龍宗の影。

すべてを冷徹に見据える天鳳将軍の姿に、私は畏怖と尊敬を同時に抱いていた。



---


軍議を終えた私は、麗月将軍の副官である白玲とともに、一隊を率いて蒼龍国側の拠点へ戻る任を与えられていた。

兵站線を確かめ、襲撃の真相を探り、再び砦へ帰還する――容易ではない任務だ。


私と白玲は膝を突き合わせて地図を広げ、作戦を詰める。油の灯がちらちらと紙面を照らし、墨で描かれた山々と川が揺れる影を落とした。


「林道を進めば早いが、道幅が狭い。伏兵に襲われれば持たない」

白玲は指先で細い道をなぞり、冷静に告げる。


「谷道を迂回すれば安全だが、半日は遅れる。それでは急報に応える任を果たせないでしょう」

私も即座に反論する。


「……ならば?」

「林道を進みます。ただし、側面に遊撃を置きます。道を封じられても突破できるように」


言いながら、自分の声が驚くほどはっきりしていることに気づいた。

白玲は鋭い瞳で私を見据え、そしてわずかに頷いた。


沈黙が落ちる。だが、その沈黙は不快ではなかった。

互いに視線を交わした刹那、そこに敵意はなく、むしろ不思議な共鳴が走った。


白玲の瞳の奥にも、私と同じ火が宿っている。

この女は――敵であり、同時に好敵手でもある。


(やはり、この人は……私の行く道を阻む存在になるかもしれない)


胸の奥でそう確信しながらも、どこかで期待している自分がいた。



---


その時だった。


砦の外から兵の足音が一斉に響き、怒声が混じり合い、広間の空気がざわめきに呑まれる。

駆け込んできた伝令の兵は額に玉のような汗を浮かべ、肩で息をしていた。

顔は蒼白で、声は震えている。


「て、天鳳将軍……!」


兵たちの視線が一斉に伝令へ集まり、静寂が落ちる。油の灯が揺れ、炎がぱちぱちと音を立てる。


「……何事だ」

天鳳将軍の低い声が響く。その声音は揺らぎなく、伝令の恐怖をかき消すかのようだった。


伝令は深く頭を下げ、声を振り絞った。


「天鳳将軍! 本国より――泰延帝より緊急の報せです!」


その一言で、砦全体が凍り付いた。

兵も将も、誰もが息を呑み、伝令の口から紡がれる次の言葉を待った。


炎が揺れ、夜風が砦の石壁を叩く音だけが、やけに大きく響いていた。

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