第七章 曹華伝三十四 束の間の休息と急報
砦が制圧されてから数刻。戦場の喧騒はようやく収まり、砦には束の間の静けさが戻ってきた。とはいえ、その静けさは決して安寧ではない。血と汗の匂いが石畳に染み込み、兵たちの呼吸が重く響く。戦の只中にあることを、肌で感じさせる空気だった。
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砦の広間に、天鳳将軍と麗月将軍が並んで腰を下ろした。蝋燭の炎が壁に影を映し、戦場の続きのような張り詰めた空気が漂う。
「砦は我らがものとなった。だが金城国は、この一敗で引き下がる相手ではない。」
天鳳将軍の言葉に、麗月も頷く。
「正面からの圧力に加え、砦を拠点とした補給線の確保が急務。次の戦はここを基盤に広がる。」
軍議は兵糧の残量、斥候の報告、後詰の必要性に及んだ。麗月は冷徹に数字を並べ、天鳳は合理的に采配を決めていく。そのやり取りは互いの持ち味をぶつけ合いながらも、戦局を確実に進めるものだった。
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軍議の後、趙将は砦の廊下で曹華を呼び止めた。
「曹華。今日の戦、お前の采配は見事だったぞ。」
その声には、戦場を生き抜いてきた将の重みがあった。
曹華は深く頭を下げる。
「隊長の支えあってのことです。」
だが趙将は笑みを浮かべ、首を横に振った。
「謙遜するな。兵たちがお前を支えようと声を上げたのは、お前がその価値を示したからだ。……副隊長としてだけでなく、一人の将としての姿を、俺は確かに見た。」
その言葉に、曹華の胸が熱くなる。戦の疲れが少し和らぎ、心に新たな誓いが刻まれていくのを感じた。
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砦の外壁。夜風が石壁を撫でる中、碧蘭と白玲が並んで見回りをしていた。
「……この砦、思ったより堅牢だな。」
碧蘭が低く呟く。
「はい。ただ、敵の死守を見ても分かる通り、ここは金城にとって要の拠点。奪ったからといって油断はできません。」
白玲の返答は冷静で、だがどこか鋭さを帯びていた。
ふと、白玲は昼間の戦いで思い浮かんだ顔を思い出す。
「……天鳳将軍の副官、曹華。」
口に出した言葉に、碧蘭が一瞥を寄越す。
「どうした。」
「戦場で一度も剣を交えたわけではありませんが……彼女、ただの副隊長ではないと思います。」
碧蘭は短く笑った。
「お前がそう思うなら、そうなのだろう。あの将軍が傍に置く女、副隊長という役職だけでは済まぬ力があるはずだ。」
白玲は黙って夜空を仰いだ。星が、冷たく光っていた。
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その夜半。砦の門前に、蒼龍国本国からの早馬が駆け込んできた。
泥にまみれ、息を荒げた伝令兵が膝をつき、血走った眼で叫ぶ。
「火急の報!――蒼龍国補給拠点より、至急の伝令にございます!」
砦の広間に伝令兵が通され、封をされた書簡が天鳳将軍のもとへ差し出された。蝋を割り、中を開く。
その瞬間、天鳳の瞳が細く光を帯びた。麗月もまた身を乗り出す。
砦に張り詰めた空気が、さらに重くなる。束の間の休息は、容赦なく打ち砕かれた。




