第七章 曹華伝三十二 砦攻め
金城国の砦をめぐる決戦の火蓋は切られた。
天鳳将軍の本軍は河を渡り、正面からの圧力を加え続け、敵軍の意識を釘付けにしていた。そしてついに、その戦線を押し込む大役を――天鳳は曹華に任せたのだ。
「曹華副隊長、正面突破の押し込みを指揮せよ。」
天鳳の声は静かで、だがその響きは全軍に轟くように力強かった。
曹華は一歩前に進み、槍を胸元で立てて深く頭を下げた。
「かしこまりました、将軍。」
その声音は凛として、礼を失わぬもの。だが胸の奥では、熱いものが込み上げていた。前線での戦いを経て、自分の働きが将軍に認められた――そう実感できた瞬間だった。
(これが……副隊長としての責務。姉さん、弟……私は生きている。この手で必ず掴む。)
紫叡を駆り、曹華は兵を率いて突撃した。盾の列が開かれ、城門前へ雪崩れ込む。矢の雨が降り注ぎ、怒号が響き渡る。
砦の上から、金城国の兵が曹華を指差し、下卑た笑い声を上げた。
「女だぞ!見ろ、女が槍を振るってる!」
「誰が最初に捕らえる?俺のものにするんだ!」
「慰み者にすれば、戦の褒美になる!」
その言葉は、曹華の耳に鮮明に届いた。
瞬間、胸の奥で何かが弾ける。
顔を紅潮させる羞恥ではない。烈火のごとき怒り――それは、女である前に一人の武人として戦場に立つ自分を侮辱する言葉だった。
「……貴様ら。」
曹華の声は低く、震えるように怒りを帯びていた。
次の刹那、彼女の槍は稲妻のごとき速さで閃き、敵兵の胸を貫いた。返す穂先で隣の兵の喉を裂く。血飛沫が砦の石壁に朱を描き、味方兵の目に強烈な光景を刻み付けた。
「副隊長を侮辱するなァッ!」
「曹華副隊長を守れ!俺たちの副隊長を馬鹿にする奴は一人残らず斬り捨てろ!」
配下の兵士たちが奮い立ち、怒声を上げて突撃した。彼らの胸にも曹華への信頼と誇りが宿っていたのだ。戦列は熱を帯び、金城国の兵を押し返す波となる。
曹華は怒りを槍に乗せ、さらに突き進んだ。槍の柄を滑らせて敵を弾き飛ばし、近距離では腰の剣を抜いて斬り伏せる。斬撃と突き、返しと払い――動きには一切の躊躇がなく、彼女の怒りは戦場そのものを支配するようだった。
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同時刻。谷を抜けた麗月将軍の別働隊は、砦の背後から攻め入っていた。
「ぬかるな。崩せ。」
麗月の冷徹な声に従い、碧蘭が矢の指揮を執り、白玲は自ら刃を振るって敵兵を斬り伏せた。
白玲の目に、戦場の混乱の中で前線を駆ける曹華の姿がちらつく。
(……あの娘、やはりただ者ではない。)
そう胸中で呟き、彼女は再び敵兵に刃を突き立てた。
砦の内外で、二人の女武官が、それぞれの戦場を鮮烈に駆け抜けていた。
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ここから、砦を巡る激戦は本格化していく。
曹華は怒りを糧に槍を振るい、兵を導き、戦場を紅に染める。
やがてその名は、「紫電の曹華」と呼ばれるほどに轟くことになるのだが――それはまだ先のことであった。




